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一人と独りの静電気   作者: 枕元
第五章 その救いは誰のものか
31/75

救い

お待たせです

 「ちょっと舞華!?そいつに何されたの!?」


 店に入ってくるなり大声でそんなことを言う板倉に、俺は目を丸くして驚いた。

  

 驚いたのは福村も同じようで、彼女は彼女で頭に疑問符を浮かべているようだ。


 「ちょっと。誰だか知らないですけど、もうお店閉めてるんですけど」


 そう言って榊原が間に割って入ってきた。


 そう、すでにお店は閉じてある。扉にぶら下がっている板は、すでにOPENからCLOSEに変わっている。


 にもかかわらず彼女は入ってきた。普通に迷惑行為だ。


 それでも彼女は自分には非がないと、その態度を崩すことはなかった。


 「友達が騙されてるのに、黙ってるわけないでしよう?関係ないのは黙ってて!」

 「なっ、関係ないって……私だって先輩のこと心配して!」


 「心配してるのはこっちも同じなの。わかる?ちょっと黙っててね?」


 有無を言わさないその態度に、榊原は気圧されてしまった。


 これ以上は彼女が可哀想だ。というか、勇気を出してくれたこと自体が、俺にとってはすごく嬉しかった。


 彼女はそこまで行動的ではない、というのが俺の印象だった。


 明るいのはあくまで知り合いにだけ。客にまで愛想を振りまくタイプではない。


 特に、急な出来事には慌ててしまうことが多い。


 俺が彼女の何を知っているんだと言う話だが、ともかく彼女は助けを出そうとしてくれた。


 それだけで俺にとっては十分だった。


 「榊原、大丈夫だから」

 「でも、先輩。この人例の人ですよね?」


 直接見たわけではないが、店長から多少の話は聞いていたのだろう。どんな相手かは察したらしい。


 「それでも大丈夫だ。ありがとうな、榊原」

 「あうぅ。わかりました、先輩」


 榊原は俺の言葉に、少々不服そうにしながらも従ってくれた。


 それでも心配なのだろう。その視線はずっとこちらに向けられたままだった。


 いつまでも話を進めないわけにもいかないので、とりあえず俺は板倉に尋ねる。


 「板倉さん。俺たち今大事な話をしてるんだけど、日を改めてもらえるかな?」


 きっとこれは避けられない衝突。だからせめて、と思ったのだが。


 「馬鹿言わないで。その内に手遅れになったらどうするのよ」


 これだ。まるで聞く耳を持たない。これは何を言っても無駄だろう。


 「これ以上舞華を傷つけさせるわけにはいかないのよ。それに、恵美もね」

 「瑞樹、別に私は、喜多見が悪いなんて思ってない」


 彼女の言葉に、福村はそう返す。


 その声ははっきりと震えていた。


 「恵美と喧嘩したのも?」

 「っ!そ、それは関係ないでしょ!!」


 「園田と、喧嘩?」


 嫌がらせを受けたりとかではなく、喧嘩?


 「あんた知らないの?恵美と舞華があんたのせいで喧嘩してるの」

 「俺のせいで、喧嘩か」


 状況を掴み切れてはいないが、福村の様子を見るに喧嘩をしたこと自体は本当みたいだ。


 「ち、違うから!喜多見のせいなんかじゃない!」


 福村が声を荒げて板倉の言葉を否定する。


 福村の様子は何かに怯えているようで、それはさっき俺に謝ってきた時にも彼女が見せたものだった。


 (怖いんだ、きっと)


 「なんでそいつを庇うのよ!そいつはいじめなんかをする最低なやつで、今恵美と喧嘩してるのもそいつのせいでしょ!」


 「ちがうの!あれは私が言いつけを破ったせいで、迷惑、かけたせいで……」


 彼女の言葉がそこで途絶えた。


 きっとこの事実を言うことが、彼女は怖かったのだろう。


 確かに驚いた。喧嘩という状況にまで発展していることは知らなかった。


 そしてそれが俺絡みだということ。


 それは確かに、俺は「迷惑だ」って言っただろう。


 「勝手なことをするな」「なんで関わろうとするんだ」


 「自己満足を押し付けるな」と。



 「舞華はなんでそいつに構うのよ!なんでそんな奴の味方をするの!?」

 「そ、それは……」


 受け入れるのも、突き放すのも、全部苦しくて辛いこと。


 だったら一人でいい。本気でそう思ってたし、そうなるように意識してきた。


 独りが嫌だから、一人を選んだ。


 それを否定されるのが嫌だった。


 人の幸せを決めつけないでほしかった。


 何かを捨てて選んだ道だなんて、思われたくなかった。



 そして何よりも、過去の自分を否定したかった。

 

 間違った考えだと、二度と間違いが起こらないようにと。




 「嬉しかったんだよ、本当は」 

 「……喜多見?」


 俺の言葉の真意を掴めない様子の二人。


 構わず、続ける。


 「自分が否定されたものを、誰かに肯定してもらえた気がしてさ」


 その在り方は、理想だった。


 別に深い理由なんかなく、手を差し伸べることができる。


 かつて否定したら自分に、手が差し出された。


 そう感じたんだ。


 「別に今の自分が間違ってるなんて思わない。今だって、踏み込むのも、踏み込まれるのも怖くて苦しい」


 それでも、今こうして幸に、母さんに向き合おうと思えているのは、そのきっかけを作ってくれたのは、間違いなく彼女だ。


 俺があの時、一緒に住もうと言う幸の提案を受け入れられたのは、どうしてだろうか。


 連日付き纏ってきた福村から、無理矢理距離を取らなかったのはどうしてだろうか。


 「はっきりとは言えないけど、多分辛かったんだと思う」


 かつて彼女が言った言葉は、自分の思う以上に響いていた。


 きっとその言葉に、知らず知らずのうちに救われていた。


 「今こんな状況になっても、正直学校のこととかはどうでもいいんだよね」


 嘘じゃない。心底どうでもいい。


 だって、俺には逃げ道があるから。全てを捨てて逃げられるから。


 「だけど福村が今置かれてる状況は、無視できなくなった」

 「え、わ、私の?」


 思いがけないタイミングで自分の名前が出てきたことに、福村は驚いていたようだった。


 「ああ、福村の状況だけは改善したいと思ってる」

 「どうして?私は、自業自得で、私が悪いのに?」


 なんで俺が手を差し伸べるのか、分からないようだった。


 言葉たらずだろう。そのままの意味じゃない。


 だけどあえて俺は、その言葉を選んだ。


 「福村が、()()()()()()()()

 「っーー!」


 きっと伝わる。彼女になら。これ以上は、蛇足だと思った。


 だけど、それでは伝わらない存在がここに入る。


 「ちょっと、黙って聞いてればなんなの?意味わかんない!!とやかく言ったところで、あんたが最低なやつってことには変わらないのよ!?」


 板倉なら、きっとそう言うと思った。


 「そ、それは違うって」


 福村が反論しようとしてくれるが、彼女は知らない。


 あの日何があったのか。俺が何を思ったのか。


 彼女は踏み込んでくれた。俺に救いの手を差し伸べてくれた。


 だから、今度は。


 「今から話すよ」


 「「え?」」


 二人の声が重なった。


 俺は深呼吸を入れて、覚悟を決めた。


 「あの日、何があったのか話すよ」


 俺も踏み込む時が、きた。



ーーーー


 「ちょっと待っててくれ」


 そう言って俺は一度席を外す。二人ともそれに何も言うことはなかった。


 俺は少し離れたところで、見守ってくれていた店長に声をかける。


 「店長、その、もう少しかかりそうなんですけど」

 「気にするな。もし遅くなったら、車で送ってやる」


 ここは店長の優しさに甘えさせてもらうことにしよう。


 俺は店長の横を通り過ぎて、休憩室に入った。


 そこに置いてあった自分の携帯で、電話をかける。


 「もしもし、幸ーーーー」

 「お兄ちゃん!?なんで電話出てくれないの!?」


 幸の大声に、少し驚く。

 電話をしながら着信を確認すると、確かに何件も入っていた。


 連絡なしに帰りが遅くなったから心配してくれたのだろう。


 「もー心配したよ?なんかあったの?」

 「いや、なんかはあったんだけど、どう説明したものか」


 結果が出るのはこれからだしな。


 「ま、無事ならなんでもいいけどね?」

 「ありがとな。それで、ひとついいか?」

 

 どうしても幸には言っておかないといけないことがある。


 「今ある人と一緒にいて、それで、あの日のことを話そうと思ってるんだ」

 「……うん。それで?」


 あの日というのがいつのことか、そしてそれがどういう意味かは、幸はきっと正しくわかってる。それでも幸は、俺に言わせてくれた。


 「本当は一番に幸にしなきゃいけないのに、だ」

 「うん」


 「もし幸がさ、嫌ならやめる。帰って、幸に話してからにする。俺はどうすればいいと思う?」


 この期に及んで、また同じだ。結局幸に頼ってる。


 これもまた、ずるい質問だ。


 「意地悪だね、お兄ちゃん」

 「そうなんだ、ごめんな、幸」


 声だけで、幸が少し微笑んだのがわかった。


 「言ったよね?待ってるって。だからお兄ちゃんの好きにして?」

 「ありがとうな、幸」


 こうして俺は、再び背中を押してもらった。

 もう逃げるわけにはいかない。


 大丈夫。気負うことはない。


 こんなにも頼りになる家族がいるのだ。


 だから大丈夫。


 俺は気持ちを落ち着かせ、二人の元へと戻っていった。

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[一言] 踏み込むのおせえよ
[一言] さあ板倉に間違いを認め反省できるだけの知能と理性があるかな? 今までの人間性から根拠もなく嘘だと決めつけて逆ギレするようにしか思えないけど。
[良い点] 楽しくなってきましたねえ…… [気になる点] 当然のことながら板倉クッソ嫌われてて笑った [一言] 板倉にゴリッゴリに後悔してほしい。
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