真相
お待たせしました。
俺は板倉の方に顔を向け、こう聞いた。
「あのさ、板倉の中で俺は何をしたことになってる?」
とりあえずそこを確認しておこう。
「あんたが恵美のことをいじめて、それがバレてハブられたりしたんじゃないの?ハブられたのは自業自得もいいところ、被害者ぶったりするんじゃないわよ?」
板倉がそう答える。先程とは変わって、今は落ち着きを取り戻している。
「それで学校来なくなったあんたは、そのまま転校。雲隠れした。要するに逃げたってことよ」
逃げた、とはっきりと板倉は言った。
(確かに、俺は逃げたのかもしれないな)
だけど逃げるのが間違いなんて、今も昔も思わない。
辛いことから逃げることの何が悪いのか。
苦しいことを避けようとするのが間違いなのか。
そんなはずはないだろう。
「二つ間違ってることがある」
「言ってみなさいよ」
板倉は聞く姿勢を見せる。福村も同様に、俺が真相を話すのを待っていた。
「まず最初にいじめられてたのは園田。それは間違ってないよ」
順を追って説明する。
「だけどいじめてた奴らは他のクラスメイトで、俺は関係ないんだ」
「なっ、そんなはず……ないでしょ!?」
俺の言葉に驚きを隠せない板倉。
それもそうだろう。俺にかけた罵倒の全ては、俺が園田をいじめていたという前提で放たれたものだ。
その前提が今、全て崩されたのだから。
「悪いけど本当だ。俺が園田をいじめてた事実は存在しない」
「嘘よ!だって恵美は、あんたにいじめられたって!」
正確には恵美はそう言っておらず、周りがそう判断しただけなのだが、この二人には知る由もなかった。
「それが嘘なんだよ」
「そんなわけないでしょ!!だって、だったらなんで!なんであんたは今まで何も言い返さなかったのよ!」
理由は簡単だ。
だけど確かに板倉からすれば、それが一番気になるだろう。
「当時は言い返したさ。でも、誰も信じてくれなかった。それで真実がそうなってしまった。それを覆すだけのものがなかった」
「そうだとしても!だったらなんで恵美はあんたを犯人になんかしたのよ!そんなの恵美になんのメリットもないじゃない!」
ここまでの情報なら、板倉の言う通りだ。
だけど、彼女と俺では前提が違う。
「続きを話すよ」
そう前置きして、続ける。
「園田をいじめていた奴らの次の標的は俺だった。それで俺はいじめられた。それが板倉が聞いていた、俺がハブられたりしたっていう話のことだ」
「尚更わかんないわよ。だって、その話が本当なら二人ともただの被害者じゃない!嘘つくのやめなさいよ!」
そうなのだ。それでよかったのだ。
二人とも被害者なら、きっと結末は違っていた。きっともっといい着地点が見つかっていたはずだった。
でも、それは叶わない。なぜなら。
「もしかして、恵美が加害者になったってこと?」
そう言ったのは、俺ではなく福村だった。
「なっ、恵美が加害者って、いじめ側ってこと?」
板倉が、その言葉に唖然とする。
「そういうことだよ。俺をいじめていたのは、もともと園田をいじめていたやつと、園田自身だよ」
「そんなっ、そんなこと、あるわけ」
「悪いけど、嘘じゃない。これが本当のことなんだよ」
俺は諭すように、板倉にそう言う。
だけど、板倉はまだ信じられないようで。
「そ、そんなの!でまかせかもしれないじゃない!あんたが嘘ついてない理由なんてあるの!?」
確かに、板倉からしてみれば俺が嘘をついているように見えるだろう。
だけど、すでに揃っているのだ。
「喜多見ーーあるんでしょ?証拠」
福村が俺の目を見据え、そう問いかけてくる。
そう。証拠はあるのだ。
「さっき言ってたでしょ?覆すだけのものがなかったって。今話してくれたってことは、それだけのものがあるんでしょ?」
「ああ、ある」
俺は目を逸らさずに、福村の問いかけに答えた。
もちろん証拠とは宮島のことだ。きっと彼女なら、正しいことを証言してくれるだろう。
しかし、その話を聞いてなお納得できない板倉だった。
「で、でも、それでも恵美が悪いなんて、恵美だけが悪いなんて思えない……」
まだ諦めきれないと言う表情のまま、彼女は続ける。
「なんか!なんか事情があったのかもしれないじゃない!例えば、もともといじめてたやつに脅されたとか……。とにかく、恵美はただの加害者なんかじゃ……!」
板倉は語気を弱めながらも、そう言った。
「そうかもな」
俺はただ一言、そう返した。
それは本心からの言葉だった。
「っー!だ、だったら!」
「悪いけど、それとこれとは別なんだよ。園田がどうであれ、やられっぱなしにはならないよ」
今は、と。そう心の中で付け足す。
以前の俺なら、きっとここで踏みとどまった。
だけど、今はそうでない。それだけの話だ。
「信じられないわよ、そんなの」
「そうかもな」
きっとショックだろう。信じてた人が、自分に嘘をついていたのだから。
その辛さが、俺にはよくわかっていた。
「帰るわ。その……悪いけど、また話がしたいんだけど」
「わかった、また今度な」
板倉はおぼつかない足つきで、店を出ていった。
その背中は、俺の瞳にひどく寂しく映ったのだった。
ーーーー
店内には俺と福村、そして榊原が残った。
「悪いな榊原。こんな話聞かせちゃって」
「いえ、むしろ聞かせてもらえて、その、嬉しかったです」
それならよかったけどと言って、俺は再び福村に向き直る。
「だいたいこんな感じだ。納得したか?」
納得も何もないか。福村にしてみれば、やっと聞けた真相だ。
「ううん。全然してない」
返ってきたのは、そんな答え。
意外な返答に、少し驚く。
「え」
「だって、まだ教えてもらってないことあるもん」
福村は少し俯きがちに、少し拗ねたような言い方でそう言った。
おしえてないこと。その心当たりが、俺にはあった。
そして予想通りの質問を、福村はしてくるのだった。
「どうして標的が、喜多見に変わったの?」
決して誤魔化されることはないと、そう福村の瞳は語っていた。
どうして標的が俺に移ったのか。
そう聞いてきた彼女の瞳から、俺はある仮説を立てた。
「もしかして、だいたい気づいてる?」
すでにバレてるんじゃないかって、そんな気がした。
「わかんない。でも、喜多見が悪くないってのは、信じてる」
わからない。でも、信じてる。
それは俺がかつて手を伸ばし、当時掴めなかったもの。
それが今差し出されている。心強いなって思った。
「もしかして先輩が巻き込まれたのって、その、園田?って人を助けたからですか?」
ここで口を挟んだのは榊原だった。話を聞いているのはわかってた。彼女ならいいかなと、そのままにしていた。
そしてそれは、正解だった。
「ああ、そうだよ」
「やっぱり」
そう言ったのは福村。なんだ、気づいてたんじゃないか。
「だとしたら、許せないですね」
榊原は怒りをあらわにして、そう呟いた。
なんていうか、自分のことで誰かが怒ってくれるって、ありがたいことだって思った。
「てか、だったらなんでさっき言わなかったんですか?まるで庇っているみたいじゃないですか」
「それは」
自分でもうまく言語化できなかった。
確かに俺はわざと、意識的にその事実を伏せた。
それは間違いない。
でもなぜかって問われると、分からなかった。
「喜多見はさ、優しすぎるんだと思う」
「……優しすぎる?」
福村はそう言った。俺が優しすぎると。
それはつい最近、幸にも言われたことだった。
「聞くね?喜多見はさ、結局のところ恵美のことを被害者と加害者、どっちだと思ってる?」
「園田が、どっち……?」
答えがすぐに出ないことに、自分で驚く。そして福村が言いたいことを、あの時幸が俺にかけた言葉を、少しだけ理解できた気がする。
「多分喜多見はさ、さっきの瑞樹の話に納得したんじゃない?その、恵美にも事情があったっていう」
そうかも、しれない。
「まだ喜多見の中では、恵美が被害者のまんまなんだよ、たぶん。だからこんなことになっても、恵美に気を使う。悪者にするのを避ける」
ストンーーと。その言葉を納得することができた。
ああ、そうだ。俺はずっとそうだった。
「確かに裏切られたのがショックだっただけで、俺は園田を責めたことがなかったかもしれないな」
確かに憎いと感じたし、その立場に嫉妬さえ覚えた。
だけど俺は園田を責めるということはしてこなかった。
自分でも気づくことができなかった。それを気づかせてくれた。
「それは喜多見の良いところかもしれないけどね」
そう言って福村は、少し自嘲するように笑った。
その微笑が何を表すかは、この時の俺にはまだわかっていなかった。
「なんですかそれ、意味わかんないです」
そう口を挟んだのは榊原だった。
「榊原?」
「そんなの、はっきり言って異常ですよ。先輩、悪いですけど間違ってますよ、それ」
間違っていると、彼女は言った。
そしてその考えに同調するものがもう一人。
「うん。私もそう思うかな。なんていうか、自分のことを大切にしてないっていうか」
「自分のこと?」
「はい。まぁ、いじめから助けてあげる際の自己犠牲?はわかるんですけど、その後。もちろん他のいじめをしてた人も悪いですけど、明らかに園田って人だって悪いじゃないですか。その人に対して、許す許さないの次元にいないのが不思議っていうか」
確かに許すとか許さないとか、そういうふうに考えたことはないかもしれない。
「私だったらもう、憎しみですね。恨みつらみで呪ってやるぐらいに思いますけど」
「呪いって、そんな大げさな」
「はっきり言いますけど、大げさじゃないです。先輩がおかしいんです。結局聞いてれば、今回なんか色々決心ついたのも福村さんのためなんでしょ?お人好しなんてレベルじゃないですよ、正直」
そこまではっきり言われると、何も言えなくなる。
「まぁそれが、その、ーーーーかもですけど」
「え?」
急にもぞもぞと喋り出して何を言ったか聞こえなかった。
「何でもないですよ!ま、ともかくもっと自分を大切にしてほしいって話です」
「わかった。気を付けてみるよ」
後輩からのありがたい忠告だ。肝に銘じておくとしよう。
「その、今日はありがとう、喜多見。わざわざ押しかけちゃって、ごめんね?」
「いや、俺も色々話せてよかったよ。それじゃ、そろそろ帰るか」
俺たちは店の裏の方で待機していてくれた店長にお礼を言って、一緒に店を出た。結局車を出してもらうことはなく、俺が家の近くまで送っていった。
やることはたくさんある。
だけどまずは、帰りを待ってくれている人にお土産でも買って帰ることにしよう。




