ずるい選択
夕飯を食べ終え、俺と幸は特に何をすることもなく、ただ時間が流れるままに過ごした。
俺はポケットから、宮島から渡された紙を開く。
そこには電話番号と、一言【不躾なことを、ごめんなさい】と書かれていた。
そのメッセージから読み取るに、おそらく彼女の目的は、俺に謝ることなんじゃないかって思った。
だけど気になるのは、どうしてこのタイミングでってこと。
板倉が絡んでいるのはほぼ確定だし、何なら呼び出された先で待ち伏せ、なんてことも考えられる。
捻くれてるだろうか。いや、前例がある以上、そういう警戒をしてしまっても仕方ないか。
「お兄ちゃん、どしたの?」
「や、何でもないよ」
顔に出てただろうか、幸が俺の方を覗き込むように伺ってきた。
「じゃあ聞かないけど、無理はしないでね?」
「分かってるよ」
何でもなくないことは、バレバレだった。だけど幸は距離感を考えてくれた。その気遣いに、少し心が温かくなった。
「もし、さ」
気づけば俺は、幸に向けて話し出した。
「俺が全部嫌になっちゃって、全部投げ出して、全部捨ててどっかに消えたとしたら、幸はどうする?」
言った後で、激しく後悔する。同時に恥ずかしさが込み上げてきた。
俺は妹に一体何を聞いているんだ?
こんなの、ずるい質問じゃないか。半ば強制的だ。
幸は支えになってくれる。そんな盲信が生んだ独りよがりの悲劇だ。
こんなの、一歩を踏み出すのに背中を押してもらいたいだけ。
素直に頼れない自分に、嫌気がさした。
つい手で抱え込む形で、顔を隠した。
幸の顔を見るのが怖かったから。
「どうもしないよ」
幸から帰ってきたのは、そんな答えだった。
そしてそれは、俺に取って何より嬉しい言葉だった。
「別にどうもしない。どうにかする権利なんかないし、責める権利も私にはないから」
今の私にはね、と彼女は付け足して続ける。
「お兄ちゃんに選択を迫って、それでもなお受け入れられなかったら、私にはもうどうしようもないってわかってる。それを罰として、受け入れる」
つまりは、俺の選択を受け入れてくれるってことだ。
つまり俺は、俺のことを受け入れてもらいたかったんだ。
どんな結論であれ、その出した答えを。
「もしそれが、お兄ちゃんの選択ならね」
「俺の、選択」
「うん。お兄ちゃんが考えて、その末に出した納得のいく結論なら、私は諦められる」
だけど、と続ける。
「もし誰かに迫られて、その末に出した苦肉の策なら、私は認めない。認めたくない」
「幸」
「私がずるいって言ったのは、そういうこと。兄妹っていう立場を、お兄ちゃんの優しさを利用して、選択を迫ってるから私はずるい。ね?」
「確かに、それはずるいな」
そう言って俺と幸は、目を合わせて、笑った。
いつからこんなに、二人の空間は居心地のいいものになったのだろうか。
「ま、なんてことを言いながらも、多分私はお兄ちゃんのことを諦めないかもしれないけど。お兄ちゃんが私の望む答えを出さなかったら、反対しちゃうかも?」
「それこそ、ずるいだろ」
「そうだよ。私はずるい子なんだよ」
「何言ってんだ、ふふっ」
ここまで言わせて、一歩踏み出さないわけにはいかないな。
理由ができた。いや、理由を作ってもらった。
俺自身のためには、俺自身のことに向き合うのには、少し勇気が足りなかった。
だから俺もずるくなろう。理由をでっち上げてしまおう。
幸のために。
理由としては十分だ。幸が望む答えを出せるように、俺は頑張ろう。
俺がしたいことを、幸のためにしよう。
言ってることはめちゃくちゃだ。だけど、そんなの俺だけが分かってればいい。
言い訳も逃げ道も、情けない武器は出揃った。
「ありがとな」
俺は幸に一言、そう言った。
幸は何も言わずに、ただ笑顔を返してくれた。
ーーーー
翌日の朝、登校した俺は早速面倒な事態に見舞われた。
「おい、お前どういうつもりだ?」
白河だった。朝っぱらから迷惑だからやめてほしい。
教室にいる生徒も、俺たちに注目を集めた。そりゃ、何事かと気になるよな。
「何が?」
「あ!?とぼけてんじゃねぇぞてめぇ!」
キンキンうるさいな。てか、とぼけてなんかない。
「てめぇ、二人に謝ってねぇだろ!!」
「あっ、そういえば」
昨日絡んでこなかったから、てっきり無かったことになったのかと思ったよ。てか、忘れていたことすら忘れてたわ。
「テメェのせいで!俺が恥をかいちまったじゃねーかよ!!一体どうしてくれんだ!?」
「恥をかいた?まじで何言ってんの?」
なぜ俺のせいでお前が恥をかく。てか、今この状況が1番の恥だろ。なんでそんなに熱くなってるんだよ……。
「うるせぇ!このっ……」
白河は悪態をつきながら、俺に迫ってきた。
凄んでくるが、全然怖くない。
初対面の店長の方がよっぽど怖かったな。今じゃあんな感じ(主に榊原のせい)だけど。
「殴れば?」
「なっ!?」
こいつ勘違いしてるな。俺がお前を放置してきた理由を。
「証拠さえあればさ、俺は泣き寝入りなんかしないんだよ。ほら、みんな見てるぞ?」
「このチキン野郎が」
そう吐き捨てて、どこかバツが悪そうな表情で白河は一歩引く。
俺としてはそのままお家までおかえり願いたいが、そうもいかないようで。
「何で二人に謝らなかった?」
まだそこにこだわるのか。
「前にも言わなかったか?何に謝るんだよ。そもそも俺が悪いことしたっていう証拠は?」
「あ!?そんなの園田が言ったに決まってんだろ!!」
なるほど、本人が言っていたと。だから、証拠はあるんだと。
嘘をつくなよ。
「嘘だな。お前、板倉に聞いたんだろ」
「だ、だったらどうした。お前が犯した罪は消えねーぞ?」
お、あっさり認めたな。そこはさして重要じゃないと思ってるのか。
「本人はそんな謝罪望んでないかもよ?」
「んなわけねーだろ!!加害者が高説垂れてんじゃねーぞ!」
口悪すぎだろ。どんな教育受けてんだ。
てか、いちいち凄もうとするのやめてくれ。耳が痛い。
「だったらさ、本人に聞いてくれよ。本当にそれが必要なのかって。聞けるよな?板倉経由でもいいぞ」
「……ちっ。お前本当に覚えておけよ」
やっぱり、聞けないよな。だってこれ、お前らが勝手にやってることだもんな。
でなきゃ、あんなすれ違い起こるはずがない。
白河は悪態を残して帰っていった。
(なんだ、簡単だったな)
強気でいれば、なんてことない相手だった。今までは、怯えすぎだったかもしれない。
いや、事実怯えていたのか。何せ、独りになりかけていたから。
今は、全てを投げ捨てられる。全てを諦められる。
逃げ道がある。
それを作ってくれたのは、幸だ。
とにかく、だ。幸のために、俺は変わるって決めた。
だから、踏み出す。
俺は携帯に届いたメッセージに目を通す。
【今日の放課後、駅でお待ちしています。】
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