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一人と独りの静電気   作者: 枕元
第四章 悪意と失意のその先で
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ずるい選択

 夕飯を食べ終え、俺と幸は特に何をすることもなく、ただ時間が流れるままに過ごした。


 俺はポケットから、宮島から渡された紙を開く。


 そこには電話番号と、一言【不躾なことを、ごめんなさい】と書かれていた。


 そのメッセージから読み取るに、おそらく彼女の目的は、俺に謝ることなんじゃないかって思った。


 だけど気になるのは、どうしてこのタイミングでってこと。


 板倉が絡んでいるのはほぼ確定だし、何なら呼び出された先で待ち伏せ、なんてことも考えられる。


 捻くれてるだろうか。いや、前例がある以上、そういう警戒をしてしまっても仕方ないか。


 「お兄ちゃん、どしたの?」

 「や、何でもないよ」


 顔に出てただろうか、幸が俺の方を覗き込むように伺ってきた。


 「じゃあ聞かないけど、無理はしないでね?」

 「分かってるよ」


 何でもなくないことは、バレバレだった。だけど幸は距離感を考えてくれた。その気遣いに、少し心が温かくなった。


 「もし、さ」


 気づけば俺は、幸に向けて話し出した。


 「俺が全部嫌になっちゃって、全部投げ出して、全部捨ててどっかに消えたとしたら、幸はどうする?」


 言った後で、激しく後悔する。同時に恥ずかしさが込み上げてきた。


 俺は妹に一体何を聞いているんだ?

 こんなの、ずるい質問じゃないか。半ば強制的だ。


 幸は支えになってくれる。そんな盲信が生んだ独りよがりの悲劇だ。


 こんなの、一歩を踏み出すのに背中を押してもらいたいだけ。

 素直に頼れない自分に、嫌気がさした。

 

 つい手で抱え込む形で、顔を隠した。

 幸の顔を見るのが怖かったから。



 「どうもしないよ」



 幸から帰ってきたのは、そんな答えだった。


 そしてそれは、俺に取って何より嬉しい言葉だった。


 「別にどうもしない。どうにかする権利なんかないし、責める権利も私にはないから」


 今の私にはね、と彼女は付け足して続ける。


 「お兄ちゃんに選択を迫って、それでもなお受け入れられなかったら、私にはもうどうしようもないってわかってる。それを罰として、受け入れる」


 つまりは、俺の選択を受け入れてくれるってことだ。

 つまり俺は、俺のことを受け入れてもらいたかったんだ。

 どんな結論であれ、その出した答えを。


 「もしそれが、お兄ちゃんの選択ならね」

 「俺の、選択」


 「うん。お兄ちゃんが考えて、その末に出した納得のいく結論なら、私は諦められる」


 だけど、と続ける。


 「もし誰かに迫られて、その末に出した苦肉の策なら、私は認めない。認めたくない」

 「幸」


 「私がずるいって言ったのは、そういうこと。兄妹っていう立場を、お兄ちゃんの優しさを利用して、選択を迫ってるから私はずるい。ね?」

 「確かに、それはずるいな」


 そう言って俺と幸は、目を合わせて、笑った。


 いつからこんなに、二人の空間は居心地のいいものになったのだろうか。


 「ま、なんてことを言いながらも、多分私はお兄ちゃんのことを諦めないかもしれないけど。お兄ちゃんが私の望む答えを出さなかったら、反対しちゃうかも?」 

 「それこそ、ずるいだろ」


 「そうだよ。私はずるい子なんだよ」

 「何言ってんだ、ふふっ」


 ここまで言わせて、一歩踏み出さないわけにはいかないな。


 理由ができた。いや、理由を作ってもらった。


 俺自身のためには、俺自身のことに向き合うのには、少し勇気が足りなかった。


 だから俺もずるくなろう。理由をでっち上げてしまおう。


 ()()()()()


 理由としては十分だ。幸が望む答えを出せるように、俺は頑張ろう。


 俺がしたいことを、幸のためにしよう。


 言ってることはめちゃくちゃだ。だけど、そんなの俺だけが分かってればいい。


 言い訳も逃げ道も、情けない武器は出揃った。


 「ありがとな」


 俺は幸に一言、そう言った。


 幸は何も言わずに、ただ笑顔を返してくれた。



ーーーー


 翌日の朝、登校した俺は早速面倒な事態に見舞われた。


 「おい、お前どういうつもりだ?」


 白河だった。朝っぱらから迷惑だからやめてほしい。


 教室にいる生徒も、俺たちに注目を集めた。そりゃ、何事かと気になるよな。


 「何が?」

 「あ!?とぼけてんじゃねぇぞてめぇ!」


 キンキンうるさいな。てか、とぼけてなんかない。


 「てめぇ、二人に謝ってねぇだろ!!」

 「あっ、そういえば」


 昨日絡んでこなかったから、てっきり無かったことになったのかと思ったよ。てか、忘れていたことすら忘れてたわ。


 「テメェのせいで!俺が恥をかいちまったじゃねーかよ!!一体どうしてくれんだ!?」

 「恥をかいた?まじで何言ってんの?」


 なぜ俺のせいでお前が恥をかく。てか、今この状況が1番の恥だろ。なんでそんなに熱くなってるんだよ……。

 

 「うるせぇ!このっ……」


 白河は悪態をつきながら、俺に迫ってきた。

 凄んでくるが、全然怖くない。


 初対面の店長の方がよっぽど怖かったな。今じゃあんな感じ(主に榊原のせい)だけど。


 「殴れば?」

 「なっ!?」  


 こいつ勘違いしてるな。俺がお前を放置してきた理由を。


 「証拠さえあればさ、俺は泣き寝入りなんかしないんだよ。ほら、みんな見てるぞ?」

 「このチキン野郎が」


 そう吐き捨てて、どこかバツが悪そうな表情で白河は一歩引く。


 俺としてはそのままお家までおかえり願いたいが、そうもいかないようで。


 「何で二人に謝らなかった?」


 まだそこにこだわるのか。


 「前にも言わなかったか?何に謝るんだよ。そもそも俺が悪いことしたっていう証拠は?」


 「あ!?そんなの()()が言ったに決まってんだろ!!」


 なるほど、本人が言っていたと。だから、証拠はあるんだと。


 嘘をつくなよ。


 「嘘だな。お前、板倉に聞いたんだろ」 

 「だ、だったらどうした。お前が犯した罪は消えねーぞ?」


 お、あっさり認めたな。そこはさして重要じゃないと思ってるのか。


 「本人はそんな謝罪望んでないかもよ?」

 「んなわけねーだろ!!加害者が高説垂れてんじゃねーぞ!」


 口悪すぎだろ。どんな教育受けてんだ。

 てか、いちいち凄もうとするのやめてくれ。耳が痛い。


 「だったらさ、本人に聞いてくれよ。本当にそれが必要なのかって。聞けるよな?板倉経由でもいいぞ」

 「……ちっ。お前本当に覚えておけよ」


 やっぱり、聞けないよな。だってこれ、お前らが勝手にやってることだもんな。


 でなきゃ、あんなすれ違い起こるはずがない。


 白河は悪態を残して帰っていった。


 (なんだ、簡単だったな)


 強気でいれば、なんてことない相手だった。今までは、怯えすぎだったかもしれない。


 いや、事実怯えていたのか。何せ、独りになりかけていたから。


 今は、全てを投げ捨てられる。全てを諦められる。


 逃げ道がある。


 それを作ってくれたのは、幸だ。



 


 とにかく、だ。幸のために、俺は変わるって決めた。


 だから、踏み出す。


 俺は携帯に届いたメッセージに目を通す。


 【今日の放課後、駅でお待ちしています。】

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当言うと主人公全部捨てて、別の土地が一番吉でしょうが。
[良い点] 動機付け。大事ですね。気持ちいい「誰かのため」です。内側にとどめるというのも良い。 外側に出したら、「誰かのせい」とイコールで自分の行動を人のせいにする言い訳になることも多いですからね。
[良い点] 凄い好みな作品 [気になる点] 1話1話が短い [一言] 頑張って下さい
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