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一人と独りの静電気   作者: 枕元
第四章 悪意と失意のその先で

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24/65

利己的で自己満足で、それでもその想いは

 時間帯的に、自分と同じように放課後を迎えた生徒たちが、駅には多く見受けられた。


 広がって歩く学生グループに少しばかりの嫌悪感を覚えながら、俺は待ち合わせ場所に向かう。


 駅は通過点。目的地は別の場所。


 俺は10分ほど自転車を走らせ、目的地に到着した。


 「店長。わがまま言ってすいません。少し、長くなっちゃうかもですが大丈夫ですか?」

 「大丈夫だ。この前のお詫びとでも思ってくれ」


 場所はバイト先だった。向こうから場所は任せると言われたので、俺はこの場所を選んだ。


 店長に、少し込み入った用件であることを伝えたら、快く受け入れてくれた。


 まぁ、普通に客として利用するだけだから、断る理由もないのかもしれないが。


 「お待たせ、宮島」

 「ううん。ありがとう。来てくれて」


 先に案内されていた宮島は、深妙な面持ちで俺を迎えた。



ーーーー


 「あー、注文は済ませたのか?」

 「いや、まだで、一緒でいいって店員さんが言ってくれて。注文自体は決まってる……ます」


 なるほど。きっと店長が気を遣ってくれたのだろう。


 というよりも、少し気になることがある。遠慮なく指摘させてもらおう。


 「別に、敬語じゃなくていいよ」

 「えっ。あーうん。わ、分かった」


 様子から察するに、無意識だったようだ。

 まぁ、おそらく俺の考えが正しければ、きっとこの後の会話に関わるような要素なのだろう。


 「とりあえず、頼むか」

 「うん」


 俺たちは注文を済ませる。そして、いよいよ彼女に話を振った。


 「それで、話っていうのは?」

 「あ.。うん。あのね。まずはーー」


 彼女はそこで一度言葉を区切り、一つ深呼吸を入れた。

 声はすでに震えていた。その震えに、つい最近の出来事が重なった。


 やはり、か。


 「まずは、謝らせてください。あの時は、本当にごめんなさい」

 「……」


 彼女は頭を下げて、そう言った。声も、体も、震えていた。まるで何かに怯えているようだった。


 何が、とは聞かなかった。それが無意味な質問であることはわかっていたし、俺は目の前の少女に、追い討ちをかけたいわけでもなかったから。


 その代わり、こう聞いた。


 「どうして?」

 「……どうして?」


 なぜ今、急に?それがどうしてもわからない。


 いや、一つだけ考えられる可能性はあった。


 「もしかしてさ、板倉に何か言われたか?」

 「っ!そ、それは」


 図星か。結局、何か企んでいるのだろうか。


 だって、理由がないじゃないか。彼女が俺に謝る必要のある事態。


 それが俺にはわからなかった。


 「ま、待って!ちゃんと説明する!私が悪いのも分かってるの!だからお願い!」

 「説明するって、何を?」


 説明も何も、そもそも味方かも怪しいのに、何を信用しろと?


 「今、瑞樹に何かされてるんじゃない?」

 「それは……どういう意味だよ?」


 墓穴を掘ってしまうような、そんな無様は晒したくない。俺はあくまで彼女からの説明を求めた。


 「これを見てほしい」

 「うわ。まじかよこれ」


 宮島から差し出された携帯。その画面には、板倉からのメッセージが表示されていた。


 【☆速報☆喜多見が成増駅から十分のカフェでバイトしてた!!みんな注意!!】


 【喜多見が彼女連れて歩いてた!!その子も騙されているっぽい!】


 【学校で舞華にも迷惑かけてるっぽい!!しかも噂によると、二股までしてるらしい!!】


 数々の個人情報。誹謗中傷。その数々がそこにはあった。ドン引きである。何だよ☆速報☆って。


 「これ、私だけじゃなくて色んな人に送られてるらしいの。その、私以外の、喜多見をいじめてた人にも」

 「これはひどいな」


 ここまでやるか。というか、おそらくだが。


 「これ、多分俺の学校にもいつか広がるだろうな」


 もう広がってるかもしれない。いや、そうと考えるべきだろう。


 何せ、白河と板倉は繋がってるからな。


 「それで、なんとかしなきゃって、そう思って。もちろん、私なんかが言える立場じゃないんだけど」


 そう彼女は自嘲するように言った。


 なるほど、事情はわかった。


 だけど、それでもわからない。


 どうして彼女が俺の前に現れたかが。


 「どうして、なんとかしなきゃって、思ったんだ?」

 「……それは、えっと」


 彼女はそこで言い淀んだ。


 「ごめん、聞き方が悪かったかも。えっと、どういう考えで、思考回路で、いや、違うな」


 うまく言葉がまとまらない。


 『ーーーーだったから』


 だけどふと、ある言葉が浮かんだ。俺の胸にいまだ引っかかり続けている、ある言葉が。


 だから、あの時と似たような言葉で、俺は問う。


 「どうして、俺を助けようと思ったんだ?」

 

 別に、放っておけばよかったはずだ。


 連絡も無視して、見て見ぬ振りができたはず。それが何よりも楽だったはずだ。


 なのに彼女は、俺に関わることを選んだ。それが、理解できないのだ。


 「少し、長くなってもいい?」

 「ああ、大丈夫だ」


 少し昔の話からするね。そう言って彼女は、ゆっくりと話し始めた。依然、その声は震えていた。


 「あのね、後悔自体はずっとしてたんだ。タイミングで言うと、喜多見のことをいじめ始めた、その瞬間から」



ーーーー


 私は、恵美のことをいじめていたわけではなかった。私がいじめに加担したのは、喜多見に対してのものだけだった。


 恵美がいじめを受けていたのは知っていた。でも私は、何もしなかった。


 報復を受けるのが、次のターゲットになるのが怖かった。


 恵美とはそこそこの仲だったと思う。一緒に遊びに行ったこともあったし、友達と言える存在であったことは間違いない。


 だけど、私は見て見ぬ振りをした。怖かった。保身に走った。


 そして自分に言い聞かせた。関係ないって。


 きっかけは、ある放課後。


 恵美が、喜多見の教科書に悪口を書いてるのを目撃してしまった。


 私は正しく事態を理解していた。


 喜多見が私にできなかったことをして、私が恐れた事態に陥ってしまっていたことを。


 恵美が加害者側に回っていたことは、その時に知った。


 私は恵美を止めた。こんなの、喜多見が可哀想だって。


 「何もしてくれなかったくせに!!勝手なこと言わないで!!」


 帰ってきたのは、そんな言葉。

 

 そして続く言葉は、正しく最悪なものと言えた。


 「あんたも手伝って。じゃないとまた私か、それかあんたがいじめられる。だから、()()()()


 そしてその提案を、私は受けてしまった。


 断れなかったのではない。断らなかったのだ。


 その後喜多見は学校に来なくなってしまった。


 そして最終的に、残った結果は「お咎めなし」だった。


 そもそも、私と恵美はいじめに加担していなかったことになった。

 

 なんでかは知っている。恵美が、もともと自分たちをいじめていた人たちを()()()()()


 私たちの罪をばらせば、全部の嘘をばらす、と。


 要は喜多見一人を犠牲にして、自分に最も都合の良い形で事態を収束させた。


 彼女はたった一人の()()()となった。



ーーーー

 

 ここまで話したところで、注文の品が届く。


 しかし彼女はそれに手をつけることは無く、話を続けた。


 「脅されたとか、流されたとか。そんなものが私の罪を軽くするなんて、そんなこと全く思ってない。私は間違いなく、みんなと同罪。喜多見を傷つけた」


 「ずっと謝りたかった。だけど、喜多見は引っ越しちゃって、その機会もなかった」

 「それで今回居場所がわかったから、ってことか」


 俺はしばらく黙って話を聞いていたが、ここでようやく口を挟んだ。


 「でもそれは、俺の手助けをする理由にはならないだろ。あくまで宮島は、俺に謝れればそれで良いんじゃないのか?」


 あくまで、彼女は俺に許されにきただけで、俺の味方になる必要はないはずだ。


 彼女にとっても、予想外の質問だったのか、しばらく考え込むようにして黙った。

 俺も急かすことなく、ただ待った。


 そしてしばらくして、彼女はぽつりと言った。


 「罪滅ぼし、かな」

 「罪滅ぼし?」


 「いや、正しくは自己満足、って言った方が良いかも、です。多分、喜多見の味方になることで、自分のことを許せるようになりたいのかもしれない。ごめん。私、最低だよね」

 「自己満足、か」


 彼女は泣きそうになるのを、グッと堪えている。傍目から見ても、それがよく分かった。


 まるでその行為が、許されていないかのように、彼女は耐えていた。


 おそらく、自分の行動原理に、彼女は今気づいたのだろう。彼女自身、この言動が自己満足からくるものだとは気づいていなかったのだろう。


 そしてそれは、彼女にとって受け入れ難いものだったようだ。


 「ごめんなさい、私」

 

 それが利己的であることに気づいたのだろう。

 それが100%相手のための行動でないことに、気づいてしまったのだろう。



 「別に、自己満足でもいいよ」



 「……え?」


 俺の言葉に、宮島は呆気に取られる。


 あまりに予想外の返答だったらしい。



 「はっきり言うよ。俺はまだ、宮島のことを許せない。許せるほど、俺の中で整理がついてない」

 「……うん」


 「だけど、宮島が反省してて、どうにかしたいと思ってくれたことは、わかった」

 「っ!あ、ありがとう」


 だから、だからだ。


 「だから、その思いだけは受け取りたいと思う」


 分かってる。この言葉が「自己満足でもいい」の答えになってないことは。


 口には出さない。いや、出せない。


 だって、俺も同じだから。


 俺がしたいと思ったことも、かつて何かを救おうとしたことも、間違いなく自己満足だったから。


 彼女を許さないのもそうだ。


 反省して、行動に移した。


 なれば本当なら、俺は彼女を許すべきなのではないか。それが彼女の自己満足だったとしても。でないと、俺たちの関係は何も変わらない。それはただの停滞だ。


 分かってる。俺は認めたくないんだ。この選択が間違いじゃなかったって。


 許さないことが、間違いだって認めたくない。


 だって俺は、目の前の少女よりも大切な存在を、まだ許すことができていないから。


 ここで彼女を許してしまったら、その想いを、俺に向けられた言葉を否定してしまうことになる。


 俺は拒絶した。だけど、否定したかったわけじゃない。

 

 少なくともその言葉がかけられて、俺は嬉しかったんだ。


 母さんが俺を見てくれたことが、嬉しかったんだ。


 支えになった。俺が許すだけで、元に戻れる可能性が、俺の心を満たしたんだ。


 だから、俺は目の前の少女の自己満足を否定しない。その在り方が正しいかなんて、誰にもわからないんだから。


 俺を案じてくれている、それがこの場において最も重要で、大切なことだ。


 俺の都合で、俺の想い。彼女の都合で、彼女の想い。


 そこに1%でも、他者への想いがあれば、十分じゃないか。


 正しいか正しくないかではなく、俺自身が、彼女自身がどうしたいか。


 だから、俺は彼女の想いを否定しない。


 「宮島の思いはわかったよ。許すのは、さっき言った通り、まだ難しいけど」

 「ううん。本当にありがとう。いつか許してもらえるように、頑張るから……」


 彼女は堪えきれずに、涙を流した。


 そしてそれは、俺もだった。

 

 何に対してなのか分からなかったけど、俺にとって大切なものだって、それだけはわかった

「謝罪」という行為と「自己満足」って、とっても似てると思うんです。


そして謝罪って、許す許さないの選択を迫る一種の選択の押し付けで、その行為そのものが相手に与える影響は計り知れないものがありますよね。


ぜひ!下の☆☆☆☆☆から評価の方をお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 要するに、最初の加害者連中が一番悪い。 誰なんだ、そいつらは? 早く鉄槌食らわしてやってくれ。
[一言] まわりにクズしかいない。何この地獄。
[一言] どんな行為も自己満足だよな。道端で困っているおばあちゃんを助けるのも自己満足みたいなもんだよな
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