馬鹿みたい
私は買い物から帰ると、ベッドに身を投げ枕に顔を埋める。
喜多見に会った。
正直、もっと気まずくなると思った。うまく会話ができないと思った。
彼は、私が今学校に行けてない理由を知っているのだろうか。
知らないでいてくれると嬉しい。いや、助かると言った方が正しいか。
ともかく、私の自業自得で彼にこれ以上の迷惑をかけることはしたくない。
何日か学校を休んで、いろいろ考えた。
これからの身の振り方。みんなとの付き合い方。
そもそも学校に行くかどうか。
そして何より、彼との接し方。
あのばら撒かれた紙のこともあるし、迷惑かけたことは謝るべきか。
それとも、それすらも迷惑になってしまうだろうか、と。
いろいろ考えて、いろいろ悩んだ。
「なんか、馬鹿みたい」
分かってる。私が勝手に一人で悩んでいたということだ。
きっと彼にとっては、些事なことだったというだけ。
それでも、それでも。
「私だけか」
分かってる。自惚だったってことぐらい。
力になれてたかもなんて、そんなこと思ってはいけない。
でも、でも、でも。
「あの子、喜多見とどんな関係なんだろ」
バイトの後輩って言ってた。けど、本当にそれだけかって思っちゃう。
というよりも、あの子の喜多見を見るその目に、その関係を疑ってしまう。
仲が良いんだろう。彼の彼女に対する接し方も、どこか柔らかいように感じた。
「私には冷たかったのになぁ」
口に出しておきながら、別に彼が私に冷たくしたわけではないことを、頭でしっかり理解する。
彼女と比べて、ただそれだけのことだ。
2人の関係値など、まるで知らないのだが。
このもやもやは、おそらく嫉妬だ。
一人で思い上がったが故の末路。
彼にとって、どこか特別な存在でいれているなんて、そんな思い上がりが招いた事態。
自分は。いや、自分だけは、と。
彼のことを理解しているなんて、そんな勘違い。
簡単な話。彼の理解者は他にもいる。それだけ。
私がうだうだ悩んでいる間にも、彼は前に進んでいたんだ。
だから、この感情は、ダメだ。
押し付けるなんて、許されない。
明日から学校にちゃんと行こう。
そして、何気なく挨拶して、それで元通りだ。
クラスメイトたちにはどんな顔をされるだろうかって、昨日までそんなことばかり考えていたはずなのに、ただ彼一人の存在が遠かった事実は、その苦悩をあっさりと超えた。
その事実に蓋をして、私は胸に渦巻く思いを封じ込めた。
ーーーー
そして翌日月曜日、私は予定通りに登校していた。
正直は気は全く乗っていなかったのだが、思いのほか憂鬱な気持ちは薄らいでいた。
それはたぶん昨日彼と会って、私に対する態度がほとんど変わっていなかったからで、彼だけは私の味方でいてくれるのでは?という一方的な心の支えによるものだ。
「おはよー舞華」
「お、おはよう」
そして驚くことに、クラスメイトの私に対する態度が変わっていた。
いや、正しくは元に戻っていた。
(同情?いや、これはきっと……)
飛び火を恐れたのだろうと思った。きっと、私が学校に来なくなって、ことが大きいものだと思ったのだろう。それで加害者にはなるまいと、露骨な態度をとらないようにしているのだろう。
(なんて、そこまで考えてないのかもしれないけど)
別にたまたまかもしれない。
でも、一度悪意に触れてしまった私にはどうしても、そういった裏の思惑があるんじゃないかって、そう思ってしまう。考えてしまう。
素直に他人を信じることができなくなってしまっていた。
(関係ないや)
そう、関係ない。
周りがそう接してくるのなら、私もそれに応じるだけだ。
彼女にさえ過度に接しなければ、問題ないだろう。
あれはきっと、彼女なりの脅しだったのだろう。余計なことをするなという、脅し。
もう、関わらない。それで、おしまい。
何も問題なんて、ない。
ーーーー
「何これ、放課後に校舎裏?」
昼休み、私は自分のカバンに一枚の手紙が入れられていることに気づいた。
内容は放課後に校舎裏まで来て欲しいとのこと。
(告白?)
行くかは迷ったけど、一応行くことにした。
いろいろと思うことはあるけど、問題の先送りは面倒だと思ったからだ。それにシチュエーション的にも、まぁ何度かは経験があることだし。
待ち合わせ場所にいたのは、同じクラスの男子だった。
白河だ。一体なんの用だろうか。
「舞華。俺と付き合おうぜ?」
「え?」
なんの前置きもなしに、いきなりそんなことを言ってきた。
意味がわからない。まさか白河に告白されるとは思わなかった。てか、告白というより提案?なんのつもりだろうか。
とはいえ、返事はしなければいけない。
「ごめんなさい」
一言、そう言った。普通に彼と付き合うとかは考えられない。
まず仲良くないし。名前呼びされても正直気持ち悪い。
「な、なんでだよ!俺と付き合うのが嫌なのか?」
嫌に決まってるでしょ。今までだって少し話したことがある程度の仲だろう。
「……くそっ!なんでだよ!なんで俺と付き合えないんだよ!!」
理由なんかない。付き合う理由がないからだ。
どれだけ自信があるのだというのだ、彼は。
とはいえ、理由を言わなければ、こいつはきっと納得しない。
なんて答えようかと迷った私は、気づけばこう返していた。
「私、好きな人がいるから」
「す、好きな人?」
ズキン。
何気なく放った言葉のはずだった。ただの言い訳。
この状況をやり過ごすための、でまかせ。
だけどその言葉は、私の胸に重くのしかかった気がした。何かが軋む音がした。
「くそっ!喜多見か?あいつ!無視しやがったな!?」
「……え?ど、どういうこと?無視って」
私の好きな人に、彼が浮かぶのはわかる。
誤解を受けるような行動をとってしまっていたし、あの紙のこともある。
だけど、無視ってなに?ドロリとした、そんな嫌な感覚が全身を走る。
「いいのか?あいつ、彼女いるぞ」
「……彼女?」
白河の言葉に、明らかな動揺。だけど悟られないように押し殺す。
「ああそうだぜ。土曜日に二人で腕を組んで歩いてたぜ。名前呼びまでしてたぜ、その彼女はな」
白河の口が、ニヤリと歪む。分かってる。喜多見のことを陥れようとしているんだ。別に喜多見に彼女がいたって悪いことはないのだから。
だけど。
(今日は会えてよかった、って榊原さんは言ってた。ってことは、また、別の人?)
ちらりと聞こえた会話から、二人が久しぶりに会ったのはわかっていた。
関係ない。関係ない。だから、考えるな。
「あんな二股野郎のことなんて信じるなって。な?また今度、話でもしようぜ、ゆっくりとな?」
そう言って白河は去った。その目は、静かな怒りに満ちているように見えた。
(私には関係ない)
そう、無関係だ。
彼が誰と何してたって、良いじゃないか。
彼女がいたって、いいじゃないか。
なのに、何でこんなに胸がざわつく?
知らない。知らない。知りたくない。
暗い感情を押し殺し、私は帰路に着く。
どこか世界に取り残されたような、そんな感覚を覚えた。
第三章ここまで!
意外と気に入った回だったりします。
自分はその人にとって「特別」ではなく「その他大勢」だった。そのことに寂しさに似たものを覚えたことのある人は多いのでは?