前を向いて
お待たせしました!
第4章の始まりです!
「その、なんだ?誤解させてしまって、悪かった」
月曜放課後。俺は榊原との約束通りに、久しぶりのバイトに来ていた。
俺に会うなり店長は謝ってきた。しかも正座で。ほぼ土下座である。もちろん俺がそうさせているのではない。店長の後ろで目を光らせている、後輩である榊原によるものだ。
「いえ、騒ぎを起こしたこっちも悪かったと思いますし、お互い水に流すということで……。というか、クビにされてないだけでありがたいですから」
実際店に迷惑がかかったのは本当なのだ。なんのお咎めもなしに、気遣いまでしてくれていたのだ。俺としては感謝しかないレベルなのだが。
「悪いな、助かる」
どうやら店長。俺が来るまでに榊原にこってり絞られたご様子。反省の色が濃く見られた。
「まったく店長は!!あんなんどう考えても先輩誤解するでしょ!反省してくださいね!?ね!」
「はい」
榊原の追撃に、すっかり縮こまってしまった店長。
こんな店長の姿を見るのは初めてで、なんていうか、すこし親近感を覚えてしまったのは内緒だ。
とはいえ誤解も解けて、晴れてバイト復帰だ。頑張ってお金を稼ぐとしよう。
ーーーー
「お疲れ様でしたー」
閉店時間になり、俺たちもバイトを上がった。今は二人で帰っているところだ。
正確な場所は知らんが、榊原の家もこの辺の近くらしい。
「お疲れ様でしたー。やっぱり今日はお客さん多くて疲れましたね、先輩」
「そうだな。なんでも有名なブロガー?的な人に紹介されたんだろ?」
「そうなんですよ!お客さん増えれば、もしかして時給上がったりしないですかね〜」
そう簡単にはいかないだろうと思いながらも、俺も同様にそんなことを少し期待してしまう。
「てか先輩、バイト休んでた理由って聞いても大丈夫ですか?」
他愛もない話をしていると、ふと榊原がそんなことを聞いてきた。心なしか、声色も少し真剣な気がした。
まぁそりゃ、気になるよな。
「店長からは何も聞いていないのか?」
「えーと、なんか言い争いになっちゃって、それで先輩が思い詰めた顔をしてたから、って感じの話は聞いたんですけど」
そんな顔をしていたのか。
まぁ確かにあの時、俺は一つ諦めた。
そう思われても仕方がないか。
「あんま、話したくないかな」
本心を伝える。中途半端にごまかすのもよくないだろう。
「わかりました。もう聞かないです」
彼女は割とあっさりと引いた。
意外だった。もっと追求されると思っていた。
「ただ、これだけは聞かせて欲しいです」
彼女はそう言って、続けた。
「大丈夫なんですよね?」
その言葉に含まれた意味を、俺は正しく受け取った。
彼女は心配してくれている。
ただただ、心配してくれている。
背景とかも聞かずに、ただただ。
そんな彼女の言葉が、幸の言葉に重なって聞こえた。
『関係ないから』
「大丈夫だ」
俺は気づけばそう答えていた。
「ん。ならオッケーです!」
そう言って彼女は、パッと花の咲くような笑顔を見せた。
(大丈夫、か)
以前の俺なら多分わからなかった。自分が大丈夫なのか、そうでないのかさえ。
でも、今は自信を持って言えるかもしれない。
理由は多分分かってる。まだそれを言葉にするのが怖いだけで。
心では、きっと支えになっているんだ。
あいつの、言葉が、態度が。
俺に逃げ道を作ってくれてるんだ。
だから少し、気楽に慣れているかもしれない。余裕ができているのかもしれない。
だから少しだけ前を向こう。
外はもう暗くなっていた。
だけど、世界に取り残されてはいなかった。
ーーーー
しかし取り残されていない俺には、いろいろと舞い込んでくるようだ。
俺は今日の夕飯の食材を買うべく、例のスーパーに来ていた。
バイトが終わったのが8時ぐらいで、店を出たのがその少し後なので今は8時30分ごろ。
幸が夕飯は一緒に食べると言ってきかないので、おそらく今頃お腹を空かして待っていることだろう。
一応幸がうちにいる期間は、夏休みまでということになった。といってもとりあえずの予定なので、なし崩しでそのまま居座られる気がしなくもない。
ま、母さんがそれでいいならいいだろう。
(意外と平気だな)
前までは家族のことを考えるだけでも少しつらかったが、今はそうでもないことに気づいた。
もちろん、すべてではない。
あの時母さんにぶつけた言葉はすべて本心であったし、その気持ちはまだ変わっていない。
それでも、余裕と言えばいいのだろうか。そう言ったものが俺の心に芽生え始めていた。
(そういえば、福村も学校に来てたみたいだしな)
たまたまではあったが、今日学校で友達と話している場面を目撃した。
一週間のうちに、きっと何か変化があったのだろう。
(あいつらも今日は絡んでこなかったし、もーまんたいだな)
あいつらとはバカ二人のことである。
俺に絡んだ理由とか結局わからずじまい(察しはつくけれども)だし、まあ特別気になるわけでもないからいいんだけども。
ま、問題ないならそれでよし。日常に戻るだけ。
教室の居心地は少し悪くなったけれど、逆に言えばそれだけ。むしろ関りが減った分楽ぐらいの気持ちでいよう。
きっとその方が、心が楽だから。
「見つけた」
そう、つぶやきが聞こえた。
その呟きはどうやら俺に向けられていたようで、それに気づいた俺は振り返った。
そして、後悔した。
「もしかして、宮島か?」
「うん……久しぶりだね。喜多見」
見覚えのあるその姿に。しかし懐かしさは覚えない。代わりに思いだすのは、苦い苦い思い出だそこに。そこに立っていたのは、かつての同級生にして……俺をいじめていたグループの一人、宮島加奈だった。
「見つけたってことは、もしかして俺のことを探していたのか?」
そうならなぜ。いや、どうやって。
数々の疑問が頭に浮かんでくる。
「どうしても会って話がしたかったから。あのときのこと」
やっぱりか。まあ俺に用って言ったら、それしか考えられないんだが。
「急に押しかけて、ごめんなさい。それで、時間あったりしますか?」
以前の関係からは考えられないような丁寧な言葉遣い。いったい何を企んでいる?
この場所を知っているということは、きっと板倉が絡んでいる気がした。油断はできない。
「悪いけど、今日はこの後時間がないんだ。日を改めてくれるか?」
時間がないのは本当だ。目の前の女子と帰りを待ってくれている妹。どちらを優先するかなんて決まっている。
そんなのただの言い訳かもしれないが。
「じゃ、じゃあせめてこれを。私の連絡先。もし都合のいい日があったら、教えてほしいです」
そう言って彼女はポケットから、あらかじめ用意されていたのであろう紙切れをこちらに渡してきた。
「分かった。都合が合えばな」
そう言って俺は彼女に背を向けて歩き出した。気づけば手汗がすごいことになっていた。
いったい彼女は何が目的だったのだろうか。
その言葉、誰の言葉なんでしょうかね。
というわけで第4章スタートです!
世界に取り残されて~っていうフレーズは、短編との対比だったり。




