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一人と独りの静電気   作者: 枕元
第三章 嘆き散らせど、その線は
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小さな宣言

 無愛想な人だな。


 私の先輩に対する第一印象である。


 高校生になる直前、春休みに私はバイトを始めた。


 場所は近所のカフェで、前から何度か客として訪れたことがあって、その落ち着いた雰囲気というか、お洒落な雰囲気というか、ともかく働くならここだと決めていた。


 従業員も多くないみたいだし客がとても多い訳じゃないので、楽そうだと思ったこともある。髪色の指定とかもないので、明るい色に染めてた私にとってかなり都合が良かった。


 私は無事面接を突破。アルバイトが始まった。


 「新しくバイトに入った榊原です!よろしくお願いします!」

 「喜多見です。よろしくお願いします」

 

 私たちのファーストコンタクトがこれ。テンション差が半端なかった。


 まるで面倒ごとが舞い込んできたかのような表情で、教育係に任命された先輩は私を出迎えた。


 まぁ、実際教育係に任命されて面倒だったのだろう。


 (でも、何か親近感湧くなー)


 そう、無愛想と思いながらも私は親近感を覚えていた。

 具体的には、中学の頃の自分を見ているようだった。


 そう、高校デビューである。私はそれに成功していた。



 もともと陰で、いわゆる地味子なんて呼ばれてた私は、その状況を脱却すべく高校デビューに挑戦。


 無理した訳じゃない。もともと少し派手な格好とか、明るい髪色とか、そういうのに憧れがあった。


 別に自分を偽ってるとかそういう話じゃないのであしからず。


 むしろ自信がついて自然体でいれる点で言えば、今の私が本当の私なんだと、自信を持って言える。


 そんな経緯があるからだろうか、彼がとても窮屈な生き方をしていると思ったのは。


 前提として、先輩は優しい。それもかなり底抜けに、だ。


 しかし先輩が私と距離をとっているのは明らかだった。


 挨拶等の最低限の会話しかしてくれないし、仮に話しかけてもそっけない返事しか返ってこない。それも、作り笑いで。


 作り笑いをしているのはバレバレだった。


 でもきっと、先輩もそれはわかっていたと思う。


 そもそも仲良くなる気がないから、取り繕っていることを取り繕わない。


 そしてそれは、身に覚えがある感覚だった。

  

 私にどう思われてもどうでもいいと、先輩はきっとそう思っている。


 そんな先輩だけど、私はどうしても嫌いになれなかった。


 親近感が湧いたからではない。


 理由は簡単。だって先輩、良い人だから。


 

 まず気遣いの仕方がすごい。


 なんて言うか、すごい気にかけてくれるのだ。

 

 私のミスにはすぐ気づく。そしてすぐカバーしてくれる。


 だけど先輩は何も言わない。だからそれに気づくのはいつも後になってからだった。


 気づいたタイミングでお礼は言うのだが、やはりそっけない返事が返ってくる。


 だんだん無愛想という印象は、不器用って印象に変わっていった。



 そして私にとって()()()となる、ある出来事が起きる。


 私は大きな失敗をしてしまった。


 注文されたコーヒーを、つまづいて客にぶちまけてしまったのだ。


 今までにない大きなミスに、頭が真っ白になった。


 客が何か私に言っている。わかってる。怒ってるのだ。


 謝らなきゃ。なんて言う?その前にコーヒーの代わりを。違う。まずは拭かなきゃ。


 「何ぼーっとしてんだ!どうしてくれるんだ、この服高いんだぞ!」


 落ち着きを取り戻せそうなところで、荒い口調で捲し立てられ、さらに混乱した。


 私は何もできずに立ち尽くしてしまった。


 「何無視してんだ!このっ!」

 「ひっ!」

 

 男は私に痺れを切らしたのか、テーブルに出されていた水をグラスごと私に投げてきた。

 私は驚きのあまり腰を抜かしてしまう。


 ゴッ、と言う音を響かせた後、グラスが地面を転がった。


 「っ痛ーー」

 「うそ……先輩!?」


 グラスが私に当たることはなかった。


 先輩が私と男の間に割り込んで、私を庇ってくれたからだ。


 「なんだおま……」

 「警察、呼んだんで」


 男が文句を言うのを遮るように、先輩はそう言った。


 私は先輩が怒っているように見えた。初めて見る表情だった。


 「なっ!?お、俺は被害者だぞ?客に向かって何様だ!!」


 先輩の言葉に、少し狼狽を見せながらも、男は引かなかった。


 「関係ないですよ。もうあんた加害者だ。監視カメラもあるし、諦めろ」

 「く、くそっ!こんな店二度と来ないからな!!」


 男は逃げるように店から出て行った。


 「せ、先輩……ありがとうございます」 


 いまだはっきりしない思考で、何とかお礼の言葉を捻り出した。私は未だ腰を抜かしたままだった。


 「大丈夫か……あー、大丈夫だよな」


 「あ……はい。大丈夫です」


 先輩はこちらに手を伸ばそうとして、やめた。その表情は、やはり私が見たことないもので、さっきとは打って変わって、悲しそうな表情に見えた。


 その手をいつか握りたいと思ったのを、きっと先輩は知らない。

 

 その後、店長が警察に通報して色々処理をしてくれた。


 私がしたのはあくまでミスで、それは極論お金で解決できた。弁償という形で。


 しかし向こうは明らかに故意。非は向こうにあるとされた。


 本当はもっと複雑で難しい話なんだろうけど、先輩はそれしか言わなかった。気を遣われていた。私は守られてばかりだった。


 優しくて、だけど不器用な、そんな先輩のことをいつしか私は慕っていた。


 そして最近の先輩の異変にも、私は薄々気づいていた。


 何か悩んでいるような、そんな様子が1ヶ月ぐらい続いたのだ。


 そして、先輩はバイトに来なくなってしまった。

 店長が言うには、今はお休みをとっているとのことと、その期限は決まっていないことを教えてもらった。


 声をかけるべきだったのかもしれないと、後悔した。悩んでいるのには薄々気づいていたのだから、何か出来たんじゃないかって思った。


 でもそれは、ある日突然払拭される。


 店長の言葉による誤解が発覚。先輩はバイトに復帰した。


 先輩と自然に話せた気がしたのは、これが初めてだった。勝手な印象だが、何か憑き物が落ちたようなそんな気がした。


 何かあったのだろう。


 その事実に私は、少し悔しいなって思った。


 私のいないところで何があったのか、純粋に知りたかった。


 福村さんと先輩の関係も気になる。気になることばかりだ。


 彼女との関係性はわからない。だけど、きっと先輩にとってただの一クラスメイトではないんだろうと、それだけはわかった。


 先輩というよりも、彼女のその態度からそれは感じ取れた。


 そして同時に、彼の深いところにいる彼女を羨ましく思った。


 これは焦燥感だろうか。私は焦っているのだろうか。


 嫉妬という感情を抱いているのは間違いない。


 せっかく連絡先だって手に入れたのだ。


 もっと欲張りになっても良いだろうか。


 そんなことを考えちゃう自分に、私は少し笑ってしまう。


 「ちょっとだけ、がんばろ……うん!」


 小さな宣言が、誰に知られることもなく呟かれた。

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