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一人と独りの静電気   作者: 枕元
第三章 嘆き散らせど、その線は
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嘆き散らせど、線は途絶えず

 あの時俺が一言「許すよ」って言えれば、今この胸に渦巻く思いは消えていたのだろうか。


 俺は家に帰ってきて、枕に顔を埋めて考えに耽っていた。


 あの場面での「最適解」はなんだったのかと、そう考えてしまう。


 かけた言葉が、とった態度が取り消せないのは、自分自身がよく分かっていた。


 「どうして俺は……」


 今日母さんと会ったのか。その問いに答えを出さずにいた。


 ただ会いたかった。久しぶりに顔を見せようと思った。


 違う。そのどちらでもないことは分かりきっていた。


 「変わり、たかったんだよな」


 進展があると思ったんだ。何か変わるって。


 きっと良い方向に進むって。


 そんな希望があったから、母さんの誘いに、幸の願いに乗ったんだ。


つまりは俺自身、そう願っていた部分があったというわけだ。


 なのに。


 俺自身の手によって、その関係性は悪化した。


 母さんと幸がどんな話をしたのかなんて知らない。


 そう、俺は()()()()


 「結局、俺も」


 一緒じゃないか。あの時の周りと。


 話を聞かず、ただ一方的に気持ちをぶつけた。


 母さんの話も、幸の制止も、決して意に返すことはなく。


 これじゃ、人のことなんて何もいえない。俺だって、一緒だ。


ーーーー


 「ただいま」

 「……おかえり」

 

 1時間ほど遅れて幸が帰ってきた。わざわざ帰りを知らせに寝室に来るまで、その音にすら気づかなかった。


 心で思ったままで言うと、帰ってきてくれた。


 「「……」」


 気まずい沈黙が二人に流れた。その重苦しい空気に耐えかねて、俺はたまらず目をそらしてしまう。本当にかっこ悪いな、俺。


 「……って幸!?」

 

 そんな俺に対して、ボフッ、という音とともに、幸が俺の上に覆い被さるように乗っかってきた。


 「私はさ」


 動揺を隠せない俺をよそに、幸は話し始めた。


 「別にお兄ちゃんが悪いなんて、これっぽっちも思ってないから」

 「そうか。だけど、ごめんな」


 幸の言葉に対して、それでも俺は謝った。


 きっと幸の希望は叶わなかったから。


 「謝らないで?私は今日の結果に、満足してるし」

 「満足って?」


 満足したとはどういうことだろうか。結果として、幸としては最悪の展開ではなかっただろうか?


 その言葉の真意を汲み取れない俺を尻目に、幸は続けた。


 「だってお兄ちゃんの気持ちが、聞けたから」

 

 あのさ、と幸は続ける。


 「お兄ちゃんはさ、お母さんを「許したくない」の?それとも「許せない」の?」

 「それは、何か違うのか?」


 どちらも同じように思えたが、幸にとってはそうではないようだ。


 「全然違うよ。「許したくないから許さない」のと、「許せないから許さない」のは、全然違う」

 「それは」

 

 「決めつけるようでごめんね?でも、お兄ちゃんだって本当は、許したかった。違う?」

 「……」


 幸の問いに何も言えなくなる。まさしくそうだったから。


 「許したくないなら、誘いに乗らなきゃよかった。いくら私がずるくたって、本当に嫌なら断れたはずだよね?だけど、お兄ちゃんは来てくれた。ただ突き放したりはしなかった」

 「それでも……俺も二人と一緒だ。なんの話も聞かずに、突き放したじゃないか」


 一緒だ。あの時の、母さんと幸と。


 「一緒じゃないよ。それは絶対に違うよ、お兄ちゃん」


 それは違うと、幸は否定した。至近距離で目を合わせ、照れくさいだろうにそれでもしっかりとその目は、俺をまっすぐにとらえていた。


 「お兄ちゃんはさ、優しいから。人を許せなかったことにすら、罪悪感を覚えちゃってるんだと思う。それが、たとえ的外れなものでも」


 優しいからと、幸は言った。


 「こうして私がここにいて、お兄ちゃんと話せてるのも、お兄ちゃんが優しいからだよ。お兄ちゃんの優しさに、私()が甘えてるだけ」

 「だけど俺は今日、間違えたよ」


 俺が本当に優しければ、母さんを許せたのではないか。


 「確かにね?お兄ちゃんが言うなら、あの態度は間違いだったのかもしれないけど、こうしてお兄ちゃんは悩んでる。悩んでくれてる。それだけでも、私は嬉しい」

 「嬉しい?」


 「うん。だってそれはまだ、途絶えてないってことだから」

 「それは」


 「まだ許せないってことだから。私が諦める理由にはならないよ?お兄ちゃん」


 そう言って幸は、俺の胸に顔を埋めた。


 「お兄ちゃんはさ、ずっと冷たい態度、これはもちろん私が悪いんだけどね?だったけどさ。私の存在を一度も無視したことはなかったよ」


 「私たちが今途絶えてないのは、お兄ちゃんのおかげだよ。だから私は、ずっと待ってる」


 「正しいとか間違ってるとかそういうのじゃなくてさ、お兄ちゃんが納得できるまで、待ってる」


 待ってる、か。


 「ずるいでしょ?自分のことを棚に上げて、勝手に仲直りすることが決まってるかのような言い方。だけどそれが私の願いだから」


 ああ、ほんとにずるいよ。身勝手で自分勝手だ。

 

 「だからその優しさに、甘えさせてほしい」


 背中から回された腕から伝わる、幸の体温が、温もりが高まる気がした。


 その想いに、俺はどう答える?


 そんなの決まっている。ありのままをだ。


 「まだ、わからないんだよ」

 「うん」


 ぽつりと、俺の言葉に幸は返事をしてくれる。


 「なんで許せなかったのかも」


 「今俺がどうしたいのかも」


 「ただ、今はまだ向き合えない。向き合う勇気がないんだ」

 「うん」


 いつになるかもわからない。そもそも、その日が来るかもわからない。


 「それでも、待っててくれるか?」

 「……うん!」


 ずるいのは、俺も一緒だった。

続く難産でした。

感想たくさんありがとう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 加害者が被害者に何を言っているのでしょうかという気持ちです。そして主人公の妹に対するチョロさに共感出来ません。母と妹からくらったトラウマは軽いものかなと感じられます。
[良い点] 主人公が少しずつ成長してるのが良いですよ 哲学者の半生は人生不幸祭りの印象がありますけど、主人公が哲学者ルートに乗らない事を願うばかりです
[一言] ここで大事なのは主人公の線引きの基準であり、某トップカーストへの対応の基準になる気がする。
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