嘆き散らせど、線は途絶えず
あの時俺が一言「許すよ」って言えれば、今この胸に渦巻く思いは消えていたのだろうか。
俺は家に帰ってきて、枕に顔を埋めて考えに耽っていた。
あの場面での「最適解」はなんだったのかと、そう考えてしまう。
かけた言葉が、とった態度が取り消せないのは、自分自身がよく分かっていた。
「どうして俺は……」
今日母さんと会ったのか。その問いに答えを出さずにいた。
ただ会いたかった。久しぶりに顔を見せようと思った。
違う。そのどちらでもないことは分かりきっていた。
「変わり、たかったんだよな」
進展があると思ったんだ。何か変わるって。
きっと良い方向に進むって。
そんな希望があったから、母さんの誘いに、幸の願いに乗ったんだ。
つまりは俺自身、そう願っていた部分があったというわけだ。
なのに。
俺自身の手によって、その関係性は悪化した。
母さんと幸がどんな話をしたのかなんて知らない。
そう、俺は知らない。
「結局、俺も」
一緒じゃないか。あの時の周りと。
話を聞かず、ただ一方的に気持ちをぶつけた。
母さんの話も、幸の制止も、決して意に返すことはなく。
これじゃ、人のことなんて何もいえない。俺だって、一緒だ。
ーーーー
「ただいま」
「……おかえり」
1時間ほど遅れて幸が帰ってきた。わざわざ帰りを知らせに寝室に来るまで、その音にすら気づかなかった。
心で思ったままで言うと、帰ってきてくれた。
「「……」」
気まずい沈黙が二人に流れた。その重苦しい空気に耐えかねて、俺はたまらず目をそらしてしまう。本当にかっこ悪いな、俺。
「……って幸!?」
そんな俺に対して、ボフッ、という音とともに、幸が俺の上に覆い被さるように乗っかってきた。
「私はさ」
動揺を隠せない俺をよそに、幸は話し始めた。
「別にお兄ちゃんが悪いなんて、これっぽっちも思ってないから」
「そうか。だけど、ごめんな」
幸の言葉に対して、それでも俺は謝った。
きっと幸の希望は叶わなかったから。
「謝らないで?私は今日の結果に、満足してるし」
「満足って?」
満足したとはどういうことだろうか。結果として、幸としては最悪の展開ではなかっただろうか?
その言葉の真意を汲み取れない俺を尻目に、幸は続けた。
「だってお兄ちゃんの気持ちが、聞けたから」
あのさ、と幸は続ける。
「お兄ちゃんはさ、お母さんを「許したくない」の?それとも「許せない」の?」
「それは、何か違うのか?」
どちらも同じように思えたが、幸にとってはそうではないようだ。
「全然違うよ。「許したくないから許さない」のと、「許せないから許さない」のは、全然違う」
「それは」
「決めつけるようでごめんね?でも、お兄ちゃんだって本当は、許したかった。違う?」
「……」
幸の問いに何も言えなくなる。まさしくそうだったから。
「許したくないなら、誘いに乗らなきゃよかった。いくら私がずるくたって、本当に嫌なら断れたはずだよね?だけど、お兄ちゃんは来てくれた。ただ突き放したりはしなかった」
「それでも……俺も二人と一緒だ。なんの話も聞かずに、突き放したじゃないか」
一緒だ。あの時の、母さんと幸と。
「一緒じゃないよ。それは絶対に違うよ、お兄ちゃん」
それは違うと、幸は否定した。至近距離で目を合わせ、照れくさいだろうにそれでもしっかりとその目は、俺をまっすぐにとらえていた。
「お兄ちゃんはさ、優しいから。人を許せなかったことにすら、罪悪感を覚えちゃってるんだと思う。それが、たとえ的外れなものでも」
優しいからと、幸は言った。
「こうして私がここにいて、お兄ちゃんと話せてるのも、お兄ちゃんが優しいからだよ。お兄ちゃんの優しさに、私達が甘えてるだけ」
「だけど俺は今日、間違えたよ」
俺が本当に優しければ、母さんを許せたのではないか。
「確かにね?お兄ちゃんが言うなら、あの態度は間違いだったのかもしれないけど、こうしてお兄ちゃんは悩んでる。悩んでくれてる。それだけでも、私は嬉しい」
「嬉しい?」
「うん。だってそれはまだ、途絶えてないってことだから」
「それは」
「まだ許せないってことだから。私が諦める理由にはならないよ?お兄ちゃん」
そう言って幸は、俺の胸に顔を埋めた。
「お兄ちゃんはさ、ずっと冷たい態度、これはもちろん私が悪いんだけどね?だったけどさ。私の存在を一度も無視したことはなかったよ」
「私たちが今途絶えてないのは、お兄ちゃんのおかげだよ。だから私は、ずっと待ってる」
「正しいとか間違ってるとかそういうのじゃなくてさ、お兄ちゃんが納得できるまで、待ってる」
待ってる、か。
「ずるいでしょ?自分のことを棚に上げて、勝手に仲直りすることが決まってるかのような言い方。だけどそれが私の願いだから」
ああ、ほんとにずるいよ。身勝手で自分勝手だ。
「だからその優しさに、甘えさせてほしい」
背中から回された腕から伝わる、幸の体温が、温もりが高まる気がした。
その想いに、俺はどう答える?
そんなの決まっている。ありのままをだ。
「まだ、わからないんだよ」
「うん」
ぽつりと、俺の言葉に幸は返事をしてくれる。
「なんで許せなかったのかも」
「今俺がどうしたいのかも」
「ただ、今はまだ向き合えない。向き合う勇気がないんだ」
「うん」
いつになるかもわからない。そもそも、その日が来るかもわからない。
「それでも、待っててくれるか?」
「……うん!」
ずるいのは、俺も一緒だった。
続く難産でした。
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