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一人と独りの静電気   作者: 枕元
第三章 嘆き散らせど、その線は
18/75

背中

 「ただいま、お母さん」

 「お帰りなさい、幸」


 放課後、私はお母さんと話をするために、一度家に帰ってきていた。


 事前に連絡はしていたので、驚かれたりはしなかった。


 お母さんと私は、特に示し合わしたわけでもなく、テーブルに座って向き合う。


 話は私から切り出した。


 「やっぱり、お兄ちゃんはいじめなんかしてなかったよ」

 「……そう」


 ただ一言、お母さんはそう言った。


 たった一言だ。私の言葉に驚いた様子は見せなかった。


 そんな姿に、薄々感じ始めていた疑問が、確信に近づいた。


 「ねぇ、一つだけ聞いてもいい?」

 

 遠回しに聞くよりも、直接確認した方がいいと思い、私はそう聞いた。


 お母さんはそんな私の問いに、頷きで肯定した。


 

 「お母さんはさ」


 思い過ごしであってくれと、そんな気持ちで私は問う。



 「いつからお兄ちゃんが、嘘なんかついてないって気づいてたの?」



ーーーー



 愛する夫の死は、ある日突然訪れた。


 交通事故だった。


 「どうして、こんな」


 全てがうまくいってたのだ。


 愛する人と結婚し、二人の子供を授かった。


 一人はひたすらに優しく、一人は元気で活発に育った。


 幸せな日々から、行き場のないやるせなさと、先の苦労に対する不安だけが残った。


 しかし、いつまでも落ち込んではいられなかった。

 彼が生きていた証明を、彼と育んだ命を、これから私は一人で守らなければいけない。


 そう思う頭と、追いつかない心。まるで体がバラバラになったかのような気持ちになった。


 そして、修也は私よりも早く立ち直った。


 塞ぎ込んだ幸を外に連れ出したり、なかなか立ち直ることはなかった妹に、根気強く付き合っていた。


 

 「どうしてよ」


 

 そんな姿を見て、私は信じられないという気持ちに駆られた。


 なんで立ち直れるのかって、こんなに辛いのに、なんでそう笑えるのかって。


 悲しくないのだろうか、と。


 

 「誰のせいで」


 考えることさえ許されない、そんな思いが浮かんでしまう


 ーーーーだめだだめだ。そんなこと、私は思ってない。


 「修也が、サッカーなんて」


 してなければこうはならなかった。

 

 


 そんな仮定に意味がないと理解しながらも、それでも私は、やめられなかった。


 誰かのせいにしなければ、現実と向き合えなかった。


 そしてある日、私の思いは直接修也にぶつけられることになる。


 「っ!いい加減にしてっ!!」

 「え?……お母さん?」


 修也はその日も幸を外に連れ出そうとしていた。

 そしてその手には、()()()()()()()があった。


 あの日のことを、この子はなんとも思っていないんだ。

 父親の死を、この子は悲しむこともしないんだ。


 あんたのせいであの人は……っ!


 この日を境に、私は修也に冷たい態度をとるようになった。



ーーーー



 「修也が悲しんでないなんて、そんなつもりじゃないのは、心のどこかではわかってたのかもしれない。だけど一度でもそう思ったら、そういう態度をとってしまったら、もう戻れなかった。まっすぐな目で、修也のことは見れなくなってた」


 「修也が家を出て、それで楽になると思った。だけど、それは間違いだった。ずっと苦しいままで、何も変わりはしなかった」


 「それでやっと気づいたの。苦しいのは修也のせいなんかじゃないって。当たり前のことに、やっと」


 「だけどその時にはもう、修也にかけられる言葉なんて、無くなってた」


 お母さんの話を、私は黙ってただ聞いていた。


 お母さんが何を思っていたのか、それを知った。


 だけど、私の質問には答えてもらえてない。


 「お母さんは、知ってたの?お兄ちゃんがいじめをしていなかったって」


 再び、問う。


 これは、聞かなければいけないことだ。


 「知ってた、というよりは気づいてたわ」


 予想は当たった。


 おかしいと思ったのだ。お兄ちゃんとの同居は拒んだのに、私の居候は認めた点や、お兄ちゃんにかかる迷惑を気にしたり。

 

 「やっぱり。それはいつから?」

 「修也が家を出てから、少しした頃よ。苦しいのが修也のせいじゃないって気づいた後。修也がいじめの主犯って言われた時の事を思い返したら、そうなんじゃないかって、間違ってたのは私なんじゃないかって」


 お母さんは続ける。


 「嘘をついてるのが修也以外だって考えたら、納得できたというか、そうとしか思えなくなったの」


 根拠はないのにお母さんは気づいてた。あの時の私たちの仕打ちが間違っていたことに。


 なのに。


 「どうして、お兄ちゃんを放っておいたの?」


 自分が間違ってたのに気づいていながら、なぜお兄ちゃんに会わなかったのか。話をしなかったのか。


 「嫌われるのが、怖かったのよ。正確には、そうはっきりと言われるのがね」


 続ける。


 「謝って、受け入れられなかったら、今度こそ私は立ち直れないと思った」


 続ける。


 「間違いを指摘しているうちは楽だった。自分が正しいと思えるから。だけど、自分の間違いを認めるのはすごく怖かった」 


 続ける。


 「私が()()()()()()()幸のおかげよ。だって、幸は私を独りにしなかったから」


 止まらない。


 「なのに、独りじゃないくせに、私は修也を独りにした」


 後悔は、嗚咽となって吐き出される。


 「だから幸が修也のところへ行ったとき、私は嬉しかった。自分以外で、修也を独りにしない人がいてくれたから。私には向き合う勇気も、資格もなかったから」


 なるほど。色々事情は分かった。

 お母さんも辛かった。それは分かった。


 だけど。


 「私はもう、修也に許してもらえない。だから幸、お兄ちゃんのこと……」



 「ふざけないで!!」


 私は声を荒げ、机を強く叩いた。

 普段は見せない私の剣幕に、お母さんは驚いている。


 「そんなの、私の知ったことじゃない……!」

 

 私は自分の罪を棚に上げて、それでも言う。

 

 譲れない。絶対に譲らない。


 「私は、元の3人に戻りたいよ……お母さん」

 「……幸」


 気づけば、私は泣いていた。

 嗚咽混じりに、続ける。


 「許してもらえないかもしれない。受け入れてもらえないかもしれない。でも、それでもやっぱり諦めたくない」


 だって、だって私たちは。


 「ずっと4()()()家族だったでしょ?」


 きっと時間はかかる。それでも。


 「お母さんだって本当は、お兄ちゃんと仲直りしたいんでしょ?だったらさ!諦めないでよ!」


 私はお母さんに近づいて、抱きしめた。その体は、小刻みに震えていた。


 「絶対独りにしないから。だから、頑張ろ?お母さん」

 「……ごめんね、幸」


 お母さんは震えながらも、声を紡いだ。


 「情けなくてごめんなさい。娘に背中を押してもらわなきゃいけなくてごめんなさい」

 

 私の胸に顔を押し付けながら、お母さんは続ける。




 「私も、()()()()()修也と仲直りしたい。元に戻れるように頑張るから……」




 ーーーーありがとう。


 そう言ってお母さんは、その涙を拭った。

総合ポイントが20000ptいきました!

本当にありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 重いですね。 自らの過ちを認め謝罪する。でもすんなり許して貰えると甘える思考は論外。 自分たちのしてきた所業が如何に酷いことだったか理解できるからこそ、そして本来は優しい心を持っているから…
[一言] 3人で会う前かな? これからあの謝罪にどう繋がるのかなぁ。
[一言] 最初からとか答えてきたらどうすんだろうね。 短編版では、母、母子家庭キャリアウーマンで、主人公に事の真偽より騒動起こした事が悪いとかおもってるのかなとか考えてたんですが、連載版だと、夫の死…
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