後輩・エンカウント
待ってて。
そうは言ったものの、正直母さんと向き合う勇気はない。
会ったらまた、自分が抑えられなくなるようなそんな気がする。
でもそんな俺を幸は肯定してくれた。
だったら、しばらくそれに甘えたいと思う。
焦る必要はないと、幸は教えてくれた。
だから、自分の気持ちに整理がつくまで待ってもらおう。
きっと時間が解決してくれることが、あるはずだから。
ーーーー
「やべ、あいつらのことすっかり忘れてた」
日曜日、俺はスーパーで買い物をしながら、篠原たちの例の要求を思い出していた。
正直一昨日家に帰ってきてから、そんなことを考える余裕なんてなかった。
「てか、そもそも二人の連絡先なんて知らないしな」
園田はともかく、福村の連絡先すら俺はもっていない。
謝罪は、うん。
「どうせ今日は無理か」
忘れていたこともあって、どの道今日謝るのは無理だし、そもそも謝る気も元からない。
まぁ、福村のことが気にならないのかと聞かれれば、それはーーーー
「ーーーーもしかして、先輩?やっぱり!先輩じゃないですか!!」
考え事をしている俺に、背後から声がかけられた。
「え?榊原?」
彼女はゆらゆらとポニーテイルをたなびかせ、そのラフな格好から想像できる通りの明るい声音で話す。
「そうですよ!榊原汐音ですよ!先輩、なんで急にバイト来なくなっちゃったんです?」
俺に声をかけてきたのは、つい先日まで働いていたカフェのもう一人のアルバイト。学校は違うが、一個下の後輩。
榊原汐音だった。
ーーーー
「もー先輩が来なくなってから、仕事増えちゃって大変ですよー。店長も新しい人雇う気、ないみたいですしー」
俺は榊原に、近くのファミレスに連行されていた。
断ろうとしたのだが、絶対に逃さないという気迫に折れた形だ。
「新しいバイト、入ってないのか?」
「入ってないですよー。まぁ私としては、その?先輩が辞めちゃうよりは良いですけどー」
新しい子は入ってないのか。仕事が多くはないとはいえ、一人じゃ大変そうだな。
って、え?辞めちゃうよりは、良い?
「俺クビにされてるはずだけど」
「……はい?んえ?え、ええ?ちょ、ちょっと待ってください?」
俺の言葉に一瞬固まった彼女は、どこかに電話をかけ始めた。その表情からは明確な怒りが見て取れた。
榊原ってこんな子だったんだな。
「ちょっと店長!?修也先輩、クビにされてると思ってますけど!?……は!?誤解!?「来なくていい」ってのは、はぁ、わかりました。とにかく、直接謝ってくださいよ。そうです。はい。今目の前にいます。はい。このまま先輩辞めちゃったら、私も辞めますから!!はい、はい。じゃあ、失礼しまーす。……このっ!店長のバカ!」
「ど、どうしたんだ?」
おそらく相手は店長だろうが、一体何が……?というか最後の一言、まだ電話切れる前に言ってただろ。
「先輩、店長になんて言われました?」
「え……?「来なくていい」って、そう言われたけど」
あの現場を見られた後だったし、クビにされたと思ったんだが。正直俺でも首を言い渡すかもしれないし、早計だとしてもそこまでおかしくはない。
「それ誤解です」
「誤解?」
「来なくていいっていうのは、「落ち着くまで」来なくていいって意味だそうです。はぁ。ほんっと、あの人は言葉が足りなすぎるんですよ!!」
「じゃあ俺、クビになってないの!?」
まさかまさか、衝撃の事実である。
「なってないですよ。誤解させてるって知って、すごい動揺してましたよ、今」
「マジか」
「マジです。多分、謝罪文が……夕方くらいですかね?来ると思いますけど。それはもう、めちゃくちゃ考え込まれたやつが」
「なんか想像つくな」
顔を見合わせて、クスリと笑った。店長はすごい不器用な人だから、一言謝るのにも考え込むだろう。半分は榊原のあの剣幕のせいな気もするが。
「じゃあ!またバイト来てくれるんですよね!?」
「あ、ああ。そうだな。早ければ明日から顔を出すことにするよ」
「やった!……そうだ。ねぇ、先輩?そろそろ連絡先交換しません?」
「え、あー連絡先か」
喜んだのもつかの間、彼女はどこか恐る恐るといった様子でそう提案してきた。
今まで、連絡先は色んな理由をつけて断っていた。教えたくない性分だとか、訳わからない理由をつけて。
それでも彼女は、折に触れて連絡先を聞いてくる。
根気強いことだ。俺なら一回で諦めるね。
「いいよ」
「え、いいんですか!?やったー!ついに鎖国解禁ですね!」
鎖国か。その通りかもしれないな。
だけど今は、そんぐらいはいいか、ぐらいに思えた。
多分それは、きっと。
「ふぅ。じゃ、今日は帰りますか!ちょっとこの後、店長にお説教してきたいので!!」
「そうか……あんまりやりすぎないようにな?」
一緒に席を立ち、会計を済ませる。割り勘だ。
「今日は会えて良かったです!誤解も解けて一安心です」
「ああ、俺も助かったよ。じゃあ……」
と、ここで何事もなく別れるはずだった。
なんだろうな。運命の神様とやらは、やっぱり俺のことが嫌いなのだろうか。
「あ……喜多見?それに、えっとーー」
「福村?」
片手に買い物袋をぶら下げた福村が、そこにはいた。
「「「……」」」
気まずい沈黙が三人を包む。
「えっと喜多見、その子は?」
お互いに出方を伺っていると、福村がそう切り出した。三人の間になぜか流れていた緊張感が少し和らぐのを肌で感じる。
「ああ、この子はバイトの後輩で……」
「どうも、榊原汐音です。それであなたは?」
気のせいだった。それどころか、バチっ。なんかそんな音が聞こえた気がする。
心なしか榊原の言葉に棘があったように感じたのは、俺の気のせいだろうか。
「福村よ。喜多見の同級生よ」
お互いに自己紹介をすましたが、別にそこまではっきりしなくても良かったのでは?
「へぇ、クラスメイトですか?そうですか」
「お、おい。もう少し離れてくれ……」
なぜか榊原は俺の方に身を寄せてきた。
彼女は何かと距離感が近い子だ。反応に困るから、そういうのはそういうのに慣れてるやつにやってほしい。
「ど、どうして福村がここに?」
学校からはそこそこ離れた場所だから、誰にも合わないと思っていたのだが。
いや、そう言ってこの前あいつらにも会ったんだった。
「私の家、この辺だから」
「そうなのか」
知らなかった。そういえば以前うちを訪ねてこれたのは、家が近かったからという理由もあるのかもしれない。
「家近いアピールですか、やりますね」
「え?なんか言ったか?」
「何でもありません!」
やっぱり変なやつだな、榊原。
「じゃあ、私は行くから」
「お、おう。またな」
何気なくそう言って、後悔する。
だって彼女は、今ーー
「うん。またね」
彼女もまた、同じように返してきた。
そのまま家の方向だろうか?俺たちとは反対方向に歩いていった。
「じゃ、俺も帰るから」
「はい!では、また明日!!」
「おう。今日はありがとうな」
こうして榊原とも別れた。
今日は、いや今日も、か。いろいろあったな。
とはいえ、榊原とは意外にも普通に話せたな。
もっと気まずくなってしまうと思っていたが、杞憂だったようだ。
しかし福村に言った一言は、いささか無神経だっただろうか。彼女が今どんな状況かも、俺はろくに知らないというのに。
「帰るか」
そう言って一人歩く。
「あ、すっかり謝るの忘れてた」
もともと謝る気もあまりなかったが、バカ二人の命令をすっかり忘れていたことにやっと気づいたのだった。
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