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一人と独りの静電気   作者: 枕元
第三章 嘆き散らせど、その線は
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子供

 「それじゃ、行こっ」


 土曜日の昼、俺と幸は駅で母さんと合流した。


 久しぶりに見た母さんは、どこか痩せたような気がした。

 いや、気のせいではないだろう。どちらかと言えば、やつれたって言い方が正しいかもしれない。


 気まずい空気が流れていたが、幸が真ん中に入ることで、なんとか間を持たせている状態だった。


 やがて到着したのは、落ち着いた雰囲気の飲食店だった。


 席についた俺たちに、メニューとお冷が運ばれる。


 それでやっと、落ち着いて話せる場が整った。


 「これとか、美味しそうじゃない?修也、こういうの好きだったわよね?」


 メニューを見ながら、母さんは俺に料理を勧めてきた。


 確かに言う通りで、俺の好みだった。勧められるままに、俺はその料理を注文した。


 それ以降、しばらく無言が続いた。

 そんな状況でも、幸は何も言わずにじっと何かを待っているようだった。まるで時が止まっているかのような、そんな空気。


 まぁ、だいたい想像はついているんだけど。



 「修也、ごめんなさい」


 そんな母さんの一言で、止まった時間は動き出した。

 運ばれてきた料理を、半分ほど食べ終えたぐらいのタイミングだった。


 「……何が?」


 俺のそんな言葉に、母さんは少したじろいだ。

 自分が想像していたよりも、少し冷たい声色が出てしまった。


 「ずっと修也に冷たくしてしまったこと。今まで放っといてしまったこと。他にもたくさん。そして何よりも、あの時信じてあげられなかったこと。本当に、ごめんなさい」


 そう言って母さんは、頭を下げた。


 電話越しの時よりさらに、母さんの声は震えていた。俯いてるため表情は見えないが、テーブルに落ちた水滴が、その心情を俺に伝えてくる。


 「俺は」


 どうすればいい?言葉を紡ごうとするが、何を言えばいいのかがわからない。


 望んでいたはずだ。こうなることをずっと。


 母さんが信じてくれる日を、心のどこかで待ち望んでいたはずだ。


 諦めかけながらも、こんな日が来るんじゃないかって、そう思っていたはずだ。


 だから幸が家に来た時だって、今日母さんが誘ってきたことだって、心のどこかで喜んでいる俺がいたはずだ。


 なのに、どうして。


 どうして納得できない?



 そんなのは、わかりきっている。



 「どうして、今なんだよ」

 「……え?」


 俺の言葉に母さんは顔をあげて、その言葉の意味を探った。

 しかし答えは出なかったようで、俺の言葉の続きを待った。


 待って、しまった。


 「あっ!ち、違うよお兄ちゃん!だから、お願い待って!」


 幸はその言葉の真意がわかったようで、俺の言葉を遮ろうとする。


 だけど、もう止められなかった。


 「なんで、なんで今なんだよ!結局そんなの、間違いだったからだろ!!」

 「っ!」


 「幸と何を話したのかなんて知らない。だけどさ、俺がいじめなんかしてなかったって、そうわかったから謝ってるだけだろ!そうじゃなかったら、こんな日は来なかった!!違うのかよ!!??」

 「お兄ちゃん!それは違う!!だから」

 

 「うるさい!幸は黙ってろ!」

 「っあ、お兄、ちゃん……」


 涙を堪える幸を尻目に、俺は全てをぶつけた。


 「理由がなきゃ、母さんはそうしなかったじゃないか!!なのに、そんなの受け入れられるか!俺がどんな思いで過ごしてきたかわかる!?わからないだろ!!」


 俺の言葉に、母さんは何も言えないようだった。

 図星なのか、それとも的外れなのか。俺にはわからない。


 だけど、自制はすでに利かなかった。


 「幸が褒められるのを見て、幸が遊びに連れていってもらえるのを見て、俺がどう思ったか!」


 「昔はそうじゃなかったのに、俺にだけ変わった母さんを見て、どんだけ辛かったと思ってるんだよ!それを、今更謝られたって、俺は、なんだよ!俺にどうしろっていうんだよ!!」


 こんなつもりじゃ、なかったんだけどな。

 俺は母さんを許すつもりだった。幸が作ってくれた機会だ。元に戻るチャンスだって思ってたのに。


 本人を前にして、溜まりに溜まったものが、心に押し留めていたものが、溢れた。


 それは、涙となって、叫びとなって、目の前の人にぶつけられた。


 こうなってしまったのは、やはり俺が子供だからだろうか。

 俺が、間違っているのだろうか。


 遠ざけられているつもりで、遠ざけているのは俺なんじゃないのか?


 だけど、放った言葉は取り消せない。

 

 自分の過去は、誰よりも自分が無かったことにできないんだ。


 人は赦される生き物だ。自分じゃ自分を許せない。


 他者によって許されない限り、罪を償うことはできない。


 「ごめん、帰る」


 2人を置いて、俺は店を出た。


 成長できたと思ってた。親元を離れ、自立できたと思ってた。

 

 だけど、それは間違いだったらしい。


 だって今、こんなに後悔してる。


 「帰るか」


 一人と独り。


 他者を遠ざけた俺は、一体どちらなのだろうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] うん、そりゃそうだろう。
[良い点] よく言ったよ。 [一言] お前は間違ってない。
[一言] 食い逃げだー!
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