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夢現  ゆめうつつ  作者: 東京駄駄
3/11

第3夜 昨日の子供、明日の僕

 書いていた日記を閉じる。

 別に、まだ眠たくはないのだが、明日の朝、いつもよりも早く起きなければならないため、早めに寝台に横になろうと思った。

 さっきまで筆を進めていた手帳を机の引き出しに仕舞い、寝台に向かう。

 仰向けに転がり、目を閉じる。体の力を徐々に抜いていく。

 ゆっくりと、本当にゆっくりと体が軽くなっていった。また、あの世界に行くのかな。




―君は、誰だい?


 目を覚ました僕は、見慣れない部屋に寝っ転がっていた。起き上がり周りを見渡すと、玩具がそこかしこにばら撒かれている小さな部屋に、これまた小さな子供が部屋の隅で、僕を眺めながら座っていた。小さな子供は、小学1,2年生ほどの男の子だった。

 活発そうな顔をしており、綺麗な褐色の肌が晒された半そで半ズボンを着ていた。しかし、快活そうな顔には今、突然の変化に驚いているのか、怯えた表情を張り付けている。


―お兄ちゃんは誰?

―僕はね……僕っていうんだ。



 一瞬、名前を言おうと思ったが、何か違う気がして、自分の一人称を答えた。


―お兄ちゃんは、ボクっていうんだね。ボクお兄ちゃんだね。

―そうだよ。君は?

―サクだよ。サクって呼んで。


 少し元気になったかな?

 自分自身をサクと名乗った少年は愛くるしく笑った。


―サク君は、ここで何してるんだい?

―お母さんを待っているの。

―いつから?

―昨日…かな?もう、覚えてないや。お母さん、全然来ないから。

―お母さんはどこにいったの?


 心配になって聞いてみた。


―わからないよ。待っててって言って出かけて、帰ってこないんだ。


 サクは、今度は泣きそうな顔になりながらも、それを必死に(こら)えて僕の質問に答えてくれた。

 心が締め付けられる感覚がする。ここの空気が温かくなかったら、僕も一緒に泣いてしまうかもしれない。それぐらいサク君は寂しそうに見えた。


―ねえ、ボクお兄ちゃん。お母さんが来るまで、一緒に遊んでくれない?

―いいよ。僕も遊びたい気分だ。何をしよう?


 部屋を見渡すと、そこかしこに玩具がころがっている。よくここまで集めたものだと思う。

 それともこの世界は、隼人のときと同じように、求めたものが現れてくれるのだろうか。


 気になったら実践。


―…は!


 かめはめ波のように、手を合わせて突き出してみる。願うのは、花札。


―お兄ちゃん、何してるの?


 花札は出てこなかった。サク君を驚かせてしまったようだ。また、さっきの怯えたような表情が戻り始めている。


―いや、なんでもない。何して遊ぼうか?


 早口に(まく)し立てた僕の言葉に反応が遅れながらも、サク君は迷うことなく答えた。


―電車‼


 部屋に響き渡るぐらい元気よく答えたサク君と、僕は遊んであげることになった。


 やったことは単純だ。玩具の電車を走らせて、運転手の真似などして、アナウンスの真似事等、考えられる遊びをやり尽くした。

 すると、次はトランプをしたいと言い。付き合ってあげた。

 サク君はゲームをしていると時折、悲しい顔をした。はじめは、心配ではあったがすぐに元気な顔に戻るので気にしないようにしていた。

 それでも、何度目かで流石に気になって直接聞いてみた。

 サク君は、お母さんと遊んだときのことを思い出すのだと語った。仕事が忙しく、遅い時間に家に帰ってきていたお母さんは、いくら疲れていてもサク君が遊びたいとねだると遊んでくれていたらしい。


 僕は、無性に悲しくなった。僕は、お母さんの温かさを理解しきれない。だから、悲しくなった。


 その後も僕は、サク君と遊び続けた。不思議なことに全て遊び尽くしたと思っても、次から次へと新しい玩具が気付けば地面に落ちている。

 そのようにサク君と遊びながら僕は、自分は元々ここにいたのではないかと思うようになってきた。

 ここの温かさは僕を癒してくれる。

 目覚めたところで僕に待っているのは、辛い現実と代り映えのない日常だけだった。


―迎えに来た。帰るぞ。


 僕の親友が来たのはそんな時だった。

 隼人は、阿呆を見るかのような目で一言俺に言ったのだった。


―久しぶり。

―俺の忠告を忘れたのか?

―サク君がかわいそうだったから。

―お前…。小さい子供の暇つぶしのためにお前は自分の人生を(なげう)つつもりなのか?

―それでもいいかもしれない。

―もういい。行くぞ。


 有無を言わせぬ顔で隼人は僕の腕を取り、引っ張った。あまりの力の強さに驚いた。

 隼人は、こんなに力が強かったっけ?


―僕は残るよ。


 怯みはしたが、僕の気持ちも負けていない。いや、負けない。


―お前の気持ちは関係ない。


 僕のそんな心の声を聴いたかのように隼人は言った。

 その瞬間、目の前が少しづつ暗くなっていく。


 朝が来ちゃう。

 必死に抵抗したかった。でも、僕には抵抗する手段がなかった。

 最後にサク君を見た。彼は、寂しそうな笑顔で僕に手を振っていた。


 僕は、あちらの世界の住人になることはできないのだろうか。




 目が覚めた。周りを眺める。そこは、どこまでも真っ白で清潔な空間。病室の中だった。


―先生。奇跡的な回復力です。止まっていた心臓がまた動き始めました。

―油断はするな。様子を見よう。

―はい。


―あの…ここは…?


 医者と看護師の会話を聞いていた僕は、何が何だかわからず質問した。声は、喉がカラカラで出しにくかった。


―君の友達が、連絡がないからと君を見に言ったら、君は寝台の上で帰らぬ人になりかけていたのだよ。君を発見した友人に感謝するといいね。と言っても、我々は何もできなかったが。君は一人で奇跡的な回復をした。これぐらいなら、少しのリハビリで元の生活に戻れるよ。


 僕の病状は、原因不明の心臓発作による、心肺停止だった。




 リハビリ生活を通して、元の生活に復帰することができた。

 サク君と出会った夜から今まで、まったく夢を見ない。




―隼人!お願いだ、いるんだろ!?今、お前の親友が死に近づいて行ってるのが見えるだろう!?

 どうか!どうか、おねがいだ!こいつを助けてやってくれ!

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