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夢現  ゆめうつつ  作者: 東京駄駄
2/11

第2夜 風景のおじさん

―よし。このぐらいにするか。


 書いていた日記を閉じる。

 今日は、なぜか昼から寝たくて堪らなかった。やらなければいけないことがまだ溜まっているけれど。

 さっきまで筆を進めていた手帳を机の引き出しに仕舞い、寝台に向かう。

 寝台に仰向けに転がり、目を閉じる。体の力を徐々に抜いていく。

 ゆっくりと深淵のような闇に落ちていく感覚があった。今日は久しぶりにぐっすり眠れる気がする。




―おお、起きたか。

―ここは、どこですか?


 目が覚め、起き上がると、そこは僕が寝ていた寝台ではなく、緑にあふれる草原だった。地平線の彼方までも緑が広がり、このような状況でなければ見とれて、うっとりしてしまいそうだ。


―ここは、私の好きな場所だ。


 僕の傍らには、三十路を少し過ぎた程度のおじさんが座っていた。髪の毛は整っていて、髭も剃られている。そこか、会社員のような印象を受ける。だが、僕にはこの人が会社員のようには、見えなかった。どこか、芸術家のような感じの人だと、思った。


―綺麗な場所ですね。

―思い出の場所だ。

―どのような?

―幸せな日々の、だ。


 おじさんの顔は寂しそうだった。誰かを失ってしまったのだろうか。それとも、何かを失ってしまったのだろうか。

 好奇心は湧いたが、聞けずに風景を見つめたまま黙っていると、おじさんがいつの間にか、僕の方を見ていることに気が付いた。


―どうしたんですか?

―いや、なんでもない。…君にとっての幸せは、なんだい?

―そうですね…。ちょうど、ここの空気みたいな感じですかね。

 見えないけど、感じれて。吸うと心が温かくなる。そこにずっといたいと思えることですかね。

―君は、年の割に良いことを言うな。

―ありがとうございます。

―私の幸せも同じようなものだ。そばにずっといたいと思えることが幸せだった。


 僕の横に並んで座っている、おじさんはしんみりとした顔をする。

 そんな顔をされると、僕も悲しくなってくる。だが、そんな気分さえ、ここの空気は温めてくれるのだった。

 これが幸せ、か。

 もしかしたら、ここの空気は、幸せで満たさせているのかもしれない。

 何かが、草花のように呼吸して、二酸化炭素を酸素に変えるように、寂しい気持ちを吸って、温かい気持ちを吐き出しているかのような、そのような気がする。


―君は、この空気を誰が、満たしてくれていると思う?


 おじさんは、僕の思っていることを読んだかのように、話しかけてきた。


―誰…。人なんですか?

―少なくとも私はそう思っているよ。

―僕は、草花のようなものかと…。

―人によって、見え方は違うんだ。

―そうですか。


 この空気を作り出している存在が、人によって見え方が変わるなんて、なにかのなぞなぞのようだな。

 そう言えば、隼人はここにいるときは、長居しちゃいけないって言ってたっけ?


―僕、そろそろ行きます。この景色は、少し名残惜しいけど。

―わかったよ。また、会いに来てくれ。

―できるかわかりませんけど。いつか、また。


 朝の陽光で目が覚める。

 もう朝か。夜は一瞬で過ぎてしまう。



 今日の僕は、もう寝ぼけてなんかいない。




―その人は、多分、奥さんを亡くしたんだと思うよ。

―どうしてそう思うんだい?

―だって、傍にいて幸せってそれぐらいしかないだろ。


 理由が適当過ぎると僕は、思った。


―僕にはもっと深い意味に聞こえたけど。

―俺は、そこにいなかったからな。深い意味はわからない。

―そっか。でも、客観的な意見をありがとう。

―いいさ。最近は、お前の夢の話が聞きたくて、()()()()してたから。


 こんな話のどこがおもしろいのだろう。僕は、唯々(ただただ)寂しくなってしまうだけなのに。


―面白いのかい?

―ああ。俺にはとっても。


 友人のその顔は、草原の風景を眺めていたおじさんと同じ表情をしていた。

 二人は、僕の知らない何かを知っているのだろうか。



 幸せは、人によって見え方が違う。

 ちょうど、あの世界の空気のように。

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