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夢現  ゆめうつつ  作者: 東京駄駄
1/11

第1夜 隼人

―よし。このぐらいにするか。


 書いていた日記を閉じる。

 今日は、やけに体が重たい。まだ、時計の針は12時を超えていないが、寝るにはちょうどいい時間だろう。

 さっきまで筆を進めていた手帳を机の引き出しに仕舞い、寝台に向かう。

 寝台に仰向けに転がり、目を閉じる。体の力を徐々に抜いていく。

 ゆっくりと眠りの世界に落ちていく感覚があった。今日は久しぶりにぐっすり眠れる気がする。




―起きろ。おい、いつまで寝てるんだ。

―誰だい?

―いつまで寝ぼけるつもりだよ、早く起きろ。


 (ひら)いた目を、声のする方向に向ける。暗くて見えにくいが、誰かか立っているのがわかる。

 寝台の横で立っている人が誰だかわかったとき、僕は飛び起きた。


―どうして君がここにいるんだい?

―俺がどこにいようと俺の勝手だろ?


 それもそうか。僕は、まだ寝ぼけているのかもな。寝ぼけているから変な考えをしてしまう。

 こいつがどこにいようとこいつの勝手なのだ。そういうものなのだ。

 そういえば息が苦しいな。布団に顔を埋めたときのような感覚。鼻が詰まったときのような感覚。息を吸えないわけではないのだが、いくら力強く吸っても空気が入ってこなくて苦しい。

 それに対して、体はいつになく軽く感じる。本当にぐっすり寝れたんだろうな。


―ところで、何の用だい?

―お前に忠告に来た。ここに来たときは、長居しちゃだめだからな。

―なんのことだい?

―それは、いずれわかることさ。

―それよりも息が苦しい。

―ああ、言ってなかったな。ここにでは、息の吸い方が違うんだよ。こう、体に暖かい気持ちを溜める感覚で息を吸ってみなよ。


 何をそんな馬鹿げたことを言っているんだと思ったが、本当に苦しくなっていたので、その通りに息を吸ってみる。

 体に暖かい気持ちを満たす感覚を思い浮かべながら息を吸って、吐いてみる。

 すると、さっきまでの息苦しさが嘘だったかのように息が吸える。

 僕の体に入る空気は、僕の体の暖かい気持ちを満たした部分に触れて、外に出ていく。

 いつになく、心が温まった。不思議なものだ。


―どうだ、できただろ?

―うん、助かったよ。

―お前、こんな部屋で暮らしているのか?


 僕が寝起きしている部屋を感慨深げに見まわしていると思ったら、こいつはそんなことを平然と言う。

 少し、苛立ちを感じる。僕が何処で寝て起きようが僕の勝手じゃないか。


―そうだけど。何か?


 声が剣呑になった。それを知ってか知らずか、こいつは平然とした顔だ。


―俺には合わない部屋だ。

―そうだね。だってここは僕の部屋だもの。

―いいだろう。では、少し遊ばないか?

―何をするんだい?

―花札はどうだ?

―懐かしいな。でも、生憎もう捨ててしまった。君がいなくなって一緒にしてくれる人がいなくなったからな。

―あそこにあるじゃないか。


 そう、指さされたのは、昔、花札の札を片付けていた場所だ。

 あるわけがないと思いつつもそこに行くと、昔から使っていた札が置いてある。不思議なこともあるものだ。


―やろうぜ。

―うん。


 黙々と花札を引く。僕らがやるのは、こいこいだ。

 こんなことをしていると、昔のあの日々に戻った感覚になる。

 一言に昔と言っても、他の人からしたら、そこまで前の出来事ではないのかもしれない。

 だが僕には、昔と言うに相応しい日々だ。

 ちょうど今、僕の体を満たしている暖かい気持ちのような日々。

 なんとなく、感謝を伝えたくなった。


―ありがとう。

―なぜ?


 なぜと聞かれても、言いたくなったのだから、しようがない。

 何も言えず、無言でいると、いつのまにか花札で僕は負けていた。


―もう、行かなきゃだな。

―また、来てくれるかい?

―気が向いたらな。じゃあ。

―じゃあ。


 朝の陽光で目が覚める。

 もう朝か。夜は一瞬で過ぎてしまう。


 僕は、本当に寝ぼけていたようだ。




―へえ、不思議なことも起こるもんだね

―そうだろ?

―だって、死んだ友達が会いに来るなんて。すごいや。でも、それは、夢じゃないのか?

―僕にもわからない。でも、また会える気がする。


 あれは、夢だったかもしれないけど。それでも、僕には夢に感じられなかった。

 ちゃんと、また会いに来てくれるはずだ。

 あいつは、一度も約束を破ったことがない。最後の約束を除いて。


―お前も馬鹿だな。

―知ってる。

―元気だったんだよな?隼人。

―うん。元気だった。

―俺の夢にも出てきてくれないかな?挨拶だけでも。

―少なくとも、夢だと思ってる(あいだ)は会えないと思うよ?

―そんなもん?

―僕は、そう思う。

―違いねえ。


 楽しくなって二人で笑い合う。今も、まだあの温かい気持ちを感じる。

 こんな日々が続けばいいのに。


 ふと、横で隼人が僕らと一緒に笑っているような気がした。

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