第7話:運命の再会
それは隣国『クルストライゼンツ』からの何時もの宣戦布告であったが、問題なのはそこに姿を現したという鉄の馬や鉄の竜。
それらの兵器は『戦車』や『戦闘機』と呼ばれるものであった。
戦車や戦闘機の導入により最前戦線は一変する。ずっと優勢を誇っていたメイルの軍はあっという間に劣勢へと追い込まれて撤退を余儀なくされた。
敵軍の最新兵器に対して、こちらの戦法の主力は未だ馬に跨がり、鉄の剣や鉄の槍を掲げて相手と対峙する対人戦。そんな彼らが鉄の塊である戦車や無防備な上空を自由に飛び回る戦闘機に敵う道理など存在する理由がなかった。
どうして、そこまでの戦力の差が生まれたのか?
その理由は単にメイルの責任であった。
敗戦が続く近隣の諸国ではずっと貧しい食生活が続いており、そんな諸国が力を入れた産業が軍事兵器の開発であった。一方、メイルの率いる国はというと……
連勝に継ぐ連勝により軍事に関してはメイルがいる限り敗北はないと信じられてきたため、全くと言っていいほど兵器の開発が進展していなかった。
そのため、世紀遅れとも言える戦力の差が生まれたのである。
いくら1000年に匹敵する知識を持っているメイルと言えども、この戦力差を引っくり返すことは不可能なことであり、常勝無敗の女神の名前に傷が付くのも時間の問題であった。
「末恐ろしきは人間の執念というものか……」
メイルはそれらの軍事兵器のことを知ると人間に対して若干の恐怖を感じた。
全盛期の姿であれば、戦車や戦闘機を黙らせることなどわけないことではあったが、魔力が尽きかけた今の状態ではとても難しいことであった。
「じゃが、これはチャンスなのかもしれぬの」
彼女はこの混乱に乗じて身を隠すことを企てた。
戦車が王都近くまでやって来ると敵軍はメイルを引き渡すことを要求してきた。
彼らにとって彼女の存在は敗北の象徴であり、長年煮え湯を飲まされ続けた相手であったため、何としてもその身柄を押さえて国の晒し者にしたかったようであった。
反対に味方国にとっては彼女の存在は勝利の象徴であり、彼女さえ逃げ延びさえすれば、何時でも国を取り戻すことはできる。
そう考えた国王はメイルの引き渡しを拒絶した。そして、若い騎士に彼女の警護を任せると密かに城から逃がした。
まさにメイルにとっては足手まといな騎士さえいなければ、とても都合の良い展開であった。
「こちらです、メルシア様」
「うむ……」
メイルは若い騎士に連れられて街外れの森の中へとやって来ていた。
その騎士は彼女よりもやや大きく腕は細いが筋肉はしっかりと引き締まっており、彼女の体重を充分に支えられそうであった。
顔はローブで隠されているため、メイルには窺い知ることはできないが、青い目に金の髪、そして、幼さの残る少年のような顔立ちをしている。
「それで……妾達はこれから何処へ向かうというのじゃ?」
「そうですね……まずは同盟国である『バレンシア』に向かいます」
バレンシアは海に面した国で他の大陸との貿易が盛んに行われている。そのため、メイル達は国内で生産した物を売りに出したり、大陸の向こう側にある物を買い取ったりするためにバレンシアとは近隣の国の中で唯一同盟を結んでいた。
ちなみにバレンシアと同盟を結ぶことを提案したのもメイルである。
「なるほどの、バレンシアか……」
メイルも逃げるのであれば、そちらの方向しかないと考えていたが、内心は敵国であるクルストライゼンツにその身を引き渡されるのではないかと疑っていた。そのため、念を押して行く先を確認したのであった。
「そこまで行けば、妾も姿を眩ましやすくなるのじゃ……」
外の大陸に逃げればメイルの顔を知る者も少なくなるため、身動きが取りやすくなる。そうなれば、最果ての地まで行くのはそこまで難しい話ではなかった。
「何か仰いましたか?」
「別に何でもないのじゃ」
メイルは自分の思惑を知られたくなくて言葉を濁した。
「それよりも……そろそろ、お主の名前を教えてくれぬか?」
半ば城から追い出されるように連れ出されたため、彼女は目の前の人物の名前すら把握していなかった。
「失礼しました。僕の名前は……」
若い騎士は被っていたフードをあげると素顔を覗かせた。
「エルフレッド=クラウニング=プラウドと申します」
「お主は……」
メイルはエルフレッドの顔を見て驚いた。それは以前に彼女が見たことがある顔だったからだ。
「そんなはずは……」
そんなはずはあるわけがなかった。なぜならば、彼女が見た彼は100年以上も前の人物なのだから。
エルフレッドに似た顔の人物はかつてメイルが野盗に囚われた時に彼女のことを逃がそうとした野盗の下っ端であった。
彼はメイルと別れた後、彼女のことを救えなかったことをとても後悔していた。そのため、盗み稼業から足を洗うとひたすら自らを鍛えるために剣を取って身体を鍛え続けた。
その思いは親から子に、子から孫へ、孫からそのまた孫へと引き継がれた。そして、長い歳月をかけて遂に平民の出身でありながら騎士の地位まで登り詰めたのである。
メイルが困惑するのも無理もない話であった。
「これも因果というものか……」
メイルは目の前の男が野盗の下っ端の子孫であることを悟るとこの数奇な巡り合わせに微かな笑みを溢した。
「僕の顔に何か付いていますか?」
エルフレッドはまじまじと顔を見つめるメイルに戸惑っていた。
「ちょっと見知った顔であったのでな」
「そうですか……」
彼は彼女に見つめられて恥ずかしそうに身を震わせていた。
「それではそろそろ参りましょう」
再びフードを被るとエルフレッドはメイルの手を引いた。
彼らの旅はとても困難なものであった。
メイルを捕らえようと敵軍も躍起になっており、彼女達の行く先々で行く手を阻んだ。
彼らもまたメイルが同盟国であるバレンシアに亡命しようとしていることは容易に想像することができたため、彼女の追っ手として脚の早い騎馬隊を差し向けていた。
エルフレッドはそれらの騎士達を退けながら彼女のことを必死で守り抜いた。
彼に守られながらメイルは何とも言えぬ感覚にとらわれていた。
それは……自分よりも遥かに弱い人間に守られているという矛盾。
彼女はこれまで最強であったがゆえに他者から守られることなど1度もなかった。それなのに目の前の人間は傷付きながらも懸命に身を挺して自分のことを守ろうとしているのである。
彼女が不思議に感じるのも当然なことであった。
そんな懸命なエルフレッドの姿を見ている内、次第にメイルは彼のことに興味を持つようになっていった。
「なぜじゃ?なぜ、お主はそこまで傷付きながら妾のことを守ろうとするのじゃ?」
「それが僕の使命ですから」
「使命?そんな物のため、ここまで尽くすというのか?」
「はいっ!メルシア様はこの国になくてはならない存在です。そのような方の警護を任されるなんて、とても光栄なことですっ」
「そんなものかのう?」
メイルには人間らしい感情がほとんど存在しなかったため、エルフレッドの使命感がよくわからなかった。だが、彼のやる気だけはしっかりと伝わってきた。
「はっ!はっ!せいっ!」
「何をやっておるのじゃ?」
メイルが魔力を温存するために一時的に活動を停止しているとエルフレッドは剣を鞘から抜いて懸命に空を斬っていた。
「すみません。起こしてしまいましたか?」
「別に気にすることはないのじゃ。それよりも……何をやっておったのじゃ?」
起こされたことよりも彼の奇妙な行動の方が気になっていた。
「何時もの鍛練です」
「鍛練とな?」
「そうです。己の剣技を磨くため、幼い頃からの習慣として暇があれば剣を振るっております」
「お主は充分に強いではないか?それなのにまだ上を目指そうというのか?」
エルフレッドの剣技は何世代にも渡って受け継がれてきただけあって他の人間達と比べても明らかに一線を画していた。
それこそが新米の騎士であるにもかかわらず、彼がメイルの警護に選ばれた理由であった。
「強くなるのに限界なんてありませんから……」
「ふむっ、何とも熱心なことなのじゃ」
メイルは生まれて初めて他人に尊敬の念を覚えた。
「のう?お主?」
「何でしょうか?」
「妾のことを抱いてみたくはないか?」
唐突に真っ白な素肌を露にすると彼女はエルフレッドのことを誘惑した。
なぜ、彼女がそのような大胆な行動をしたのか?
その理由は彼女自身もわからなかったが、彼のことを無性に揶揄いたいという気持ちに刈られていた。
「いっ、いきなり何をっ」
突然の出来事にエルフレッドは慌てて目をそらした。
「こっちを見るのじゃ」
メイルは恥ずかしがる彼の傍に近付くと彼の頬に手を当てて自分の方に視線を向けさせた。
「なりませんっ!メルシア様っ」
エルフレッドは必死で彼女のことを拒絶した。
「なぜじゃ?どうして、そこまで妾のことを拒絶するのじゃ?」
「みっ、身分が違いすぎます……」
「身分じゃと?それがどうしたというのじゃ。妾とて身分など娼婦にすぎぬ」
メイルは国王の愛人として迎えられていたため、身分としては妃ではなく娼婦のままであった。
「そうだったとしても……僕がみんなの希望を汚すわけにはいかないんですっ」
「希望じゃと?」
「そうですっ。メルシア様はこの国の希望なのです」
エルフレッドは迫り来る欲望に抗いながら必死で彼女を説得した。
「実に愚かしいことじゃな。妾にそんな価値などないというのに……」
メイルは悲しそうに服を戻すと彼から身体を離した。
「メルシア様?」
「もうよい……興が削がれたのじゃ」
元の位置に戻ると彼女は再び休眠モードへと移行した。




