第3話:実らぬ恋の行方
「ここはどの辺であろうか……」
メイルが旅を初めて既に3ヶ月が経とうとしていたが、彼女は未だに人間と出会っていなかった。
メイルが恋愛について研究している間、彼女によって破壊された世界は復興を果たすが如く様変わりしていた。そして、彼女によって植え付けられた恐怖の感情も人々の記憶からすっかりとなくなり、世界は再び活気を取り戻しつつあった。
人々の言い伝えでは暴虐の覇王は神の怒りに触れて、その威光によって消滅させられたことになっていた。
世界がそんな状況になっていることなど知らないメイルが戸惑うのは仕方のないことであった。
「参ったのう……この辺に確か人の集まる村があったはずなのじゃが……」
メイルとプロミネンスによって破壊された村は彼女の知らない場所で再建されていたため、彼女の記憶で探している場所には村自体が存在していなかった。100年も経ってしまえば当然の結果である。
「いっそのこと……この辺りを火の海にでも変えてしまおうかの……」
メイルが物騒なことを考えていると彼女の背後から物音が聞こえてきた。
「……誰じゃ?」
メイルが声を掛けると茂みの中から野盗が姿を表した。
「うへへ、こいつはとんだ上玉だぜ」
「ふむ……下郎のものか……」
メイルは汚ならしい見た目の野盗を瞬殺してしまおうかと考えたが、思い止まった。それは彼女に名案が思い付いたからである。
「すみませぬ。道に迷ってしまって……」
メイルは志雄らしく口許に片手を添えると猫を被ってみせた。そうすれば、彼らが彼女の目的を果たしてくれることを前の旅の経験からよく知っていた。
野盗は奴隷商人と手を結んでおり、その商人達が人の多い街へと奴隷を運んでいた。実際、彼女は過去に何度となく幼い見た目ゆえに野盗や奴隷を売りに行く商人達に遭遇し、襲われたことがあったからだ。無論、それらの愚か者達は彼女の魔法によって全て瞬殺された。
「そうか、そうか……そいつは難儀だったな。俺が良いところに連れていってやるぜ。うへへ、付いてきな」
野盗は厭らしい笑みを浮かべると自分達のアジトへとメイルを案内した。
「お頭っ、お頭っ、見てくだせい」
「騒がしいな……一体何を……」
野盗のお頭はメイルを見るなり言葉を失った。
「こいつは……とんだ上玉じゃないかっ」
「でしょ?」
「どうしたんだ、この別嬪?」
「へい、自分から付いてきたんです」
「付いてきた?」
野盗のお頭は不思議そうに首を傾げると納得のいかない表情を浮かべた。彼が不振に思うのはそんな美味しい話があるのかということである。
わざわざ自ら獣の穴に入ってくるような女はいない。にもかかわらず、メイルは自らの意思でやって来たのである。不振に感じるのは当然のことだろう。
「どうかなさいましたか?」
メイルは不信感を露にする野盗のお頭をじっと見つめた。
「いや……何でもねえ」
野盗のお頭は思い浮かんだ疑念を振り払うと締まりのない顔を浮かべた。
それはお宝を目の前にして我慢のできない冒険者が罠に嵌まるがごとくメイルの策に堕ちた瞬間であった。それだけ彼女の用意した依代が完璧であることを意味している。
美しい湖のように澄んだ蒼い瞳、良質な小麦畑のように神々しい金の髪、一切の汚れを含まない新雪のような白い素肌、そして、神をも魅了できそうな魅惑のボディ、おおよそ人間が喜びそうな要素をふんだんに盛り込んだ機巧人形。
その見た目はまさに至高の宝のようであった。それはメイルが人間の好みを研究し尽くした成果であり、彼女に魅了されない男などこの世界にはいないだろう。ちなみに機巧人形と実際の彼女の見た目は全く異なっている。
流石に仮初めの姿として世界を恐怖のどん底に突き落とした暴虐の覇王の姿を真似るわけにはいかなかった。それくらいの配慮はメイルも心得ていた。
それに彼女の本来の姿は深紅の瞳に白銀の髪、褐色の素肌に子供のような幼児体型で、とても万人から愛されるような見た目ではなかった。彼女は成長を早く止めすぎたのであった。
「それじゃ、あんたには早速酒の相手をしてもらおうか」
野盗のお頭はメイルを洞窟の奥まで連れてくると態度を豹変させた。
「お酌をですか?」
「そうだ。それとこの服に着替えるんだ」
野盗のお頭は木箱からみすぼらしい服を取り出すとメイルの前に放り投げた。それは彼女の高価な金品を奪うと共に彼女の自由をも奪い去ることを意味していた。
「何なら手伝ってやろうか?」
野盗のお頭はにやにやと厭らしい笑みを浮かべると手を怪しげに動かした。
「結構ですわ……」
メイルは素直に野盗のお頭の言うことを聞くとその場で服を脱ぎ始めた。正直、彼の手が放つ異様なオーラに女として触れられたくないと感じたようであった。
「ひゅー、ひゅー、いいぞ。もっと脱げ」
メイルの周りには何時の間にやら他の野盗達が集まり人だかりができていた。みんな、見たこともない美人のあられもない姿に興味津々であった。
そんな羞恥に晒されてもメイルの心は微塵も揺らがなかった。それは彼女にとって彼らのことなど猿並みの動物くらいにしか感じておらず、彼らの視線など大して気にならなかったからである。
「次は……何をすればよろしいでしょうか?」
野盗達はメイルの見事なボディに見とれて言葉を失っていた。
「お、おう。それじゃ、次は酒を注いでもらおうか?」
野盗のお頭は我に返ると部下達に宴の準備をさせた。
「どうぞ……」
メイルは言われるまま野盗達の酒を注いでまわった。
「それでお頭……この女どうするんですか?」
「そうだな……俺の女にするのも悪くねえが、こんな美しい肌を気付けるなんて持ったいねえしな。奴隷商人にでも売るか」
「ええっ、ここで遣えさせるんじゃないんで?」
「ばか野郎っ、こんな良い女をこんな小汚ねえ場所に置いておくなんて、それこそ宝の持ち腐れってやつだ」
野盗のお頭は自らの身分を充分にわきまえていた。そして、その選択こそが彼らの命運をわけることになる。
もし、野盗達がメイルをこのままアジトに留め置く選択をしていれば、彼らは彼女の逆鱗に触れて皆殺しにされていたことは言うまでもないだろう。彼女の目的は奴隷商人に自身を売り込むことなのだから。
「ちょろいもんじゃな……」
メイルはお頭の様子を見ながらほくそ笑んでいた。
「よしっ、そこの下っ端、この女を奥の部屋に繋いでおけ」
お頭はメイルの首に首輪と鎖を取り付けると一番の若手に彼女を閉じ込めておくように命じた。
「へい……」
下っ端はメイルの繋がれた鎖を手に持つと彼女を奥の部屋へと連れていった。
「あんた……ここから逃げ出したくないか?」
下っ端は奥の部屋に着くなり、メイルに話し掛けてきた。
「……どういう意味ですか?」
メイルには下っ端の助けたいという気持ちがよくわからなかった。
「どういう意味って……そのままの意味なんだけど……」
下っ端はメイルの思わぬ反応に戸惑っていた。
こういう状況の場合、大抵の者ならば歓喜に震えてお礼を言うものであるが、彼女は違っていた。彼女は自らの意思でここにやって来たのである。
「言っている意味がわかりませんが……このままで構いませんわ」
「あんた……自分の状況をわかっているのか?このままじゃ、人買いに売り飛ばされちまうんだぞっ」
下っ端はメイルの美しさに魅了されて彼女のことを助けようと懸命になっていたが、彼女にはその思いが全く届いていなかった。
「それも承知の上ですわ」
「えっ……承知の上って……」
下っ端はメイルの態度に絶句した。まさか自分から進んで奴隷になろうとする者がいるなんて理解できないようであった。それは彼女が常識離れした強さがあるがゆえの余裕である。
「あなたはどうして、そこまでむきになっているのですか?」
メイルは下っ端の優しい気持ちが理解できなかったため、反対に質問した。
「それは……」
下っ端はメイルの質問に答えることができなかった。彼もまた恋愛という感情についてはよく理解しておらず、なぜ彼女のことを助けようとするのか、うまく言葉にすることができなかった。
「仮に私をここから連れ出して、その後はどうするつもりなのですか?」
「どうするって……」
下っ端は衝動的にメイルのことを助けたいと思っていたため、その先のことなど何も考えていなかった。
もし、仮に下っ端がもっと具体的に計画を立ててメイルに逃げることを提案できていたならば、彼女も彼の提案に乗ったかもしれないが、現時点においては何も計画はない。それでは彼女の気持ちを動かすことはできなかった。
「すまない……」
下っ端は自分の無力さを思い知って下唇を噛み締めた。そして、メイルを部屋の奥に繋ぐとその場を去っていった。
「実に不可解なことであるな……なぜ、あの若者はあんなことを言ったのであろうか?あやつには何のメリットもないというのに……」
メイルは理解不能な下っ端の行動に首を傾げていた。その行為こそ彼女が知りたがっていた『愛』ゆえの行動とも知らずに……
それから数日後、メイルは思惑通りに奴隷商人へと売られることになった。




