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機巧れないの恋  作者: 東メイト
第2章:エルフレッド 編
25/26

第25話:絶体絶命のミュラ


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「もう諦めな。逃げ場はねえぞ」

「一体どこのネズミだ……って、おめえは……」

 バルサックはミュラの顔を見て驚きの表情を浮かべた。


「どうして、貴様がここにいやがるっ」

「ちょっと道に迷ってしまってね……」

「そうか、そうか……こんな場所までご苦労なこった……」

「すまないけど、もといた場所まで帰してくれないか?」

 彼女は駄目元でバルサックに色目を使うと懇願した。


「残念だけど、そいつはできねえな。おめえは俺達の話を聞いたみたいだからな」

「話?何のことだ?あたいはただ道に迷って……」

「とぼけるなっ!おめえがあの窓から覗いていたことはその手を見ればわかるんだよっ」

 ミュラはバルサックに言われて慌てて自らの手元を見たが、何も付いていなかった。彼はミュラに鎌を掛けていた。


「騙したなっ!」

「引っ掛かる奴が馬鹿なのだ」

 ミュラの態度を見て彼は船長室を覗いていた犯人だと確信した。


「それで……あたいをどうするつもりだい?」

「そうだな……魚の餌にしても良いが……ここには欲求不満の人間が山のようにいるみたいだし、そいつらの相手でもしてもらおうか」

 卑下た笑みを剥き出しにすると厭らしい手付きを見せた。


「この下衆が……」

 背筋を凍り付かせながら、この場をどう切り抜けるべきかを必死で考えたが、追い詰められたこの状況を覆すことは不可能なことであった。


「ほらほら……観念しなよ……」

 厭らしい手付きを向けながら彼女へと迫っていった。


「お前らなんかに……好きにされるくらいなら……」

 ミュラは意を決すると船の先端から海へと飛び降りた。それは彼女の最後の抵抗であった。


「飛び降りたぞっ」

「馬鹿なっ」

 船員達は彼女の突然の行動にざわめいた。


「どうする?このまま見殺しにするのか?」

「ふんっ、馬鹿な女だ。放っておけ。どうせ、この海域の海流は激しい。生きて帰ることなど不可能だ」

 バルサックはミュラの捕縛を諦めると彼女のことを放置した。


「それよりも今後の計画について話し合う方が大切なことだ」

「少し勿体ない気がするが……まぁ、良いだろ。あんな小娘など命を懸けて助けるほどでもあるまい」

 バルサック達は何事もなかったように船室へと戻っていった。


「かはっ……エル……」

 ミュラは海の中へと沈みながら心の中でエルフレッドの名前を叫び続けた。



「ミュラっ!」

 彼女の窮地の声に反応するようにエルフレッドは海の方を見つめた。だが、彼女がいるのは何十キロも離れた海の中、決して彼女の声など届くはずはなかった。


「どうかしたの?お兄ちゃん?」

 セティアは唐突に叫び声を発した彼のことを心配するように見つめていた。


「今、ミュラの声が聞こえた気がしたんだけど……」

「そう?ティアには何も聞こえなかったけど?」

「……気のせいかな」

 エルフレッドは机の上に視線を戻すと再び椅子へと腰を下ろした。


 気のせいだよな……でも、何だろう。この胸騒ぎは……

 彼の心臓は不思議なほどに高鳴っていた。


 ミュラ……どうか無事でいてくれ……

 心の底から彼女の無事を祈った。そして、その思いは彼の胸の中で眠るメイルまで届いていた。



『やれやれ……全く困った小娘だのう。エルフレッドにここまで心配を掛けさせるなど……』

 メイルは杖を出現させると魔法の準備を始めた。


『これ以上、エルフレッドの邪魔をされては困るからな……サイライアンズ(万物を見透す)ブラスト()

 千里眼の魔法を唱えるとミュラの場所を探った。


『うぬ?この辺りにはおらぬじゃと……』

 彼女は捜索範囲の外側にいたため、メイルの魔法には反応しなかった。


『仕方ないのじゃ……捜索の範囲を拡げるとするかの……』

 エルフレッドの剣の魔石に溜まった魔力を引き出すと捜索範囲を更に拡大した。


『……見つけたのじゃ。じゃが、あんな海の中にいるとは……このままじゃとあの小娘は確実に死ぬこととなるじゃろうな……』

 この事実を知れば、エルフレッドが泣き出すことは明白なことであった。


 そんな悲しむ彼の横顔を思い浮かべるとなぜだか、とても心の中が引き裂かれるような思いが彼女の中を駆け巡った。


『何とか助けてみるとするかの……成功するかはわからぬが……』

 メイルは名一杯魔力の波長を引き伸ばすとミュラの周辺にいる海の生物達に呼び掛けた。


『海の生物達よ。その小娘を生きた状態でこの島まで連れてくるのじゃっ!』

 それはかつて彼女が自らを食べに来た獣を操ったのと同じ方法であった。


 何十キロも離れた場所の動物を操るのは初めての試みであったが、それは見事に成功していた。


 彼女は海の生物達に命令すると溺れるミュラをこの島の海岸線付近まで連れてこさせた。


『……流石に無理が過ぎたようじゃの。あとはエルフレッドに任せるとしよう』

 メイルは最後の力を振り絞ると彼の脳裏に彼女の居場所を刻み付けた。そして、自らは暫しの眠りに就いた。



「……っ!」

 メイルの思念を受け取ったエルフレッドは唐突に立ち上がった


「どうしたの?お兄ちゃん?」

「ミュラの居場所がわかった気がする……」


 その感覚は以前にも覚えがあった。


 それは盗賊に荷馬車を奪われた時のことである。


 その時も同じ感覚に捕らわれていた。


 尤も前の時は眠っていた状態で目を覚ました瞬間に鮮明なイメージが思い浮かんでいたが、今回はずっと起きている状態であったため、とても大雑把なイメージで月明かりに照らされた浜辺に横たわるミュラの姿が思い浮かんでいた。


「あっちの海岸線の方だ……」

 思い浮かんだ月の方角からおおよその場所を予測するとエルフレッドはその場所を目指して駆け出した。


「お兄ちゃん、待って……ティアも行くっ」

「セティアはここで待っててくれないか?」

「やだっ!お兄ちゃんと離れたくないもん」

 頑なに彼の提案を突っぱねると意地でも付いていくことを望んだ。


「仕方がないな……」

 彼は彼女の手を繋ぐとミュラの眠る場所へと向かった。


「ミュラあああ」

「ミュラお姉ちゃんっ!」

 静寂に染まる暗闇の中、エルフレッド達は彼女の名前を必死に叫んだ。


 確かイメージだとこの辺なんだけど……っ!


 そこには頭の中に思い浮かんだ通りの姿でミュラが横たわっていた。


「ミュラっ!」

 慌てて彼女へと近づくと上半身を抱き起こした。


「目を覚ますんだ、ミュラっ!」

 懸命に声を掛けたが、彼女の身体はすっかりと冷え込んでおり、意識は昏睡していた。


「何とかしなければ……」

 エルフレッドは火を起こそうとしたが、砂浜には燃やせそうな物は何も落ちていなかった。そして、脳裏にはメイルを失った時の記憶が甦っていた。


 冗談じゃないっ!こんなところで君を失うわけにはいかないっ!

 下唇を噛み締めると必死で燃やせる物を探した。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

 辺を見回しているとセティアが心配そうな眼差しで彼のことを見つめていた。


「セティア……そうだっ!」

 エルフレッドは彼女が治癒魔法を使えることを思い出した。


「セティアっ!君の魔法でミュラの体温を温めて体力を回復することはできないか?」

「……できるよ」

「本当かい?」

「うんっ!」

「それじゃ、すぐにその魔法をミュラに掛けてくれないか?」


「わかった」

 エルフレッドに頼られたセティアは満面の笑みで魔法を唱えた。


エリアブル(地母神の)トレイン(加護)

 彼女が治癒魔法の詠唱を終えるとミュラの体温はみるみる内に上昇していき、青白かった顔色はほんのりと桜色に染まっていた。そして、少しずつ体力を取り戻していった。


「う~ん……」

「ミュラっ!」

 彼女が意識を取り戻すと彼は直ぐさま彼女の名前を叫んだ。


「……エル?ここは一体?」

「良かった。意識を取り戻したんだね……本当に良かったっ」

 エルフレッドは力強く彼女の身体を抱き締めた。


「ちょっ、ちょっと痛いって……」

 あまりの力強さに彼女は悲鳴を挙げた。


「ああ、すまない。嬉しくてつい……力が入ってしまった」

 彼女が生きていたことを心の底から喜んでいた。


「一体何があったんだい?」

 エルフレッドはミュラが落ち着くと彼女自身に起こったことについて訊ねた。


「えっと……確か……そうだっ!ここに海軍は来た?」

「海軍?」

「そうっ!クルストライゼンツの海軍が……」

「クルストライゼンツだってっ!」

 メイルを死に追いやった敵国の名前を聞いて彼は声を荒げた。


「その様子じゃ、まだみたいだね」

「もっと詳しく教えてくれないか?」

 目付きを鋭くさせるとバルサックの悪巧みについて聞き出した。


「なるほど……クルストライゼンツの海軍を使ってカルミラさんのことを……」

「そうなんだ。だから、早くこのことを彼女に伝えなければ……」

「ねえ……あの光は何?」

 セティアは不思議そうに真っ暗な海の方を指差した。


「あれは……」

 暗闇の中でもはっきりと見える目を見開くとミュラは光の正体を探った。


「海軍の船だっ!」

「何だってっ!このままじゃ、カルミラさんの身が危ないっ」

 エルフレッドはカルミラの下へ駆け出そうとした。


「待ってくれ、エル」

「どうしたんだい?ミュラ」

「ここは2手に別れて行動しないか?」

「どうする気だい?何か良い考えがあるのかい?」


「カルミラの所にはあたいが向かう。エルはあの場所であいつらの進行を押さえてくれないか?」

 彼女は海軍が必ず通る場所を指差すとカルミラにバルサックのことを伝えるまでの時間稼ぎをすることを提案した。


 彼女がそう提案したのには理由があった。


 1つは彼女一人でカルミラの下に走った方が早いと判断したためである。


 ここには彼らの他にセティアがいる。彼女を連れた状態ではカルミラが襲撃されるまでにはとても間に合いそうにはなかった。


 2つ目はエルフレッドがバルサックの顔を知らないことである。


 万が一にもカルミラの下に辿り着く前に彼らの一味に出くわしてしまえば邪魔される可能性が高かった。


 3つ目はエルフレッドならば一人でもクルストライゼンツの兵を押さえられると確信していたためである。それに彼の場合は狭い町中よりも広い町外れの方が十二分に実力を発揮できる。


 それらのことを踏まえた上でミュラは2手に別れることを提案していた。


「……わかったよ。彼らの相手は僕が引き受ける」

 彼女の気持ちを汲み取るとクルストライゼンツの海軍の足止めをすることを覚悟した。


「ティアはどうすれば良いの?」

 一人置いてけぼりの状態に不安そうな眼差しを向けていた。


「ティアは……エルフレッドの傍で彼のことを支えてくれないか?」

「ミュラ、それは……」

「わかってる。だけど……言ってわかる子じゃないだろ?それにエルの傍にいた方が安全な気がする」

 セティアを1人にして人質にされるよりも彼の傍に置いておいた方が安全であると判断した。


 それに彼女は治癒魔法や支援魔法を使うことができる。


 数多くの兵士を1人で相手にするエルフレッドにはそういった支援を行う必要があった。


「……わかったよ。セティア、危ないと思ったら君だけでもすぐ逃げるんだよ」

「うん……」

 言葉を返すもののその声にはどこか発揮が感じられなかった。


 彼女は最初からエルを置いて逃げる気はなかった。


「それじゃ、そう言うことで……」

 作戦がまとまるとミュラはカルミラの下へと走り出そうとした。


「ミュラっ!君が生きていてくれて本当に嬉しかった。だから……くれぐれも無茶はしないでくれ」

「エルもね。セティアのこと、頼んだよ」

 彼に手を降ると再び走り出した。


「僕達も行こうっ」

「うんっ!」

 エルフレッドはセティアの手を引くとミュラに指示された場所を目指した。

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