第23話:カルミラの野望
「うっうっ……ここは一体?」
ずきずきと響く後頭部を擦りながら辺りの様子を見回すエルフレッド。
彼は見慣れぬ部屋の中のベッドの上に寝かされていた。
「波の揺れを感じない……」
どうやら、この場所は陸地のようであった。
「何があったんだっけ……」
ぼんやりと記憶を思い返していると何者かが飛び付いてきた。
「エルお兄ちゃんっ」
「セ、セティア?」
彼の身体に飛び付いてきたのはセティアであった。
「目を覚ましたんだね、エル」
セティアの声を聞き付けたミュラが彼の下へと近づいてきた。
「……どういう状況なんだ?」
今の状況に困惑を隠しきれない彼はミュラに気を失っていた間の出来事を訊ねた。
彼の記憶が正しければ女海賊であるカルミラに負けて牢屋に閉じ込められているはずなのだが、この場所はどう見ても牢屋の中には見えなかった。
「この場所は……海賊達のアジトだよ」
「海賊の?」
「まぁ、正確に言えばアジトというより町かな?」
「町?どういう意味なんだ?」
ミュラの話を聞いたが、エルフレッドにはさっぱりと今の状況がわからなかった。どうやら、彼女も今の状況に困惑しているようだった。
「多分、話を聞くよりも自分の目で見た方が早いと思う……」
そう言うと彼の手を引いて窓の方へと導いた。
「こ、これは……」
前に見た野盗のアジトと比べると全く異なっており、窓の外には家々が立ち並び、通りでは和気藹々とたくさんの人々で活気付いていた。
「本当に町のようだ……」
彼女が今の状況に困惑するのも無理はなかった。
「2人は何もされなかったかい?」
気を失っていた出来事について訊ねた。
「ああ、あたい達は何もされてないよ。あの女海賊に連れられて、ここまでやって来たんだ」
カルミラはエルフレッドとの約束通りにミュラ達に何も危害は加えていなかった。
「さて……これからどうしよう?」
「まずはあの女海賊と話を付けるべきじゃないかな?」
「確かに……彼女に僕達をここに連れた来た理由を確認しなければ……」
目的が定まると早速行動を起こすべく部屋を出ようとした。
「そろそろ、目を覚ました頃よね……あら?」
彼らが部屋を出ようとした瞬間、カルミラが部屋の中へと入ってきた。
「どこかにお出かけ?」
「丁度、あなたに会いに行こうと思っていたところです」
「あたしのところに?うふふ……嬉しいわね」
豊満な胸を揺らすと嬉しそうに口許を緩めた。
「あなたはどうして僕達をここに連れてきたのですか?」
もし、彼女の目的が金品だけならば彼らをこの場所に連れてくる必要はなかった。そのまま船に放置しておけばよいのである。
「その質問に答える前にちょっと外へ散歩に行かない?」
困惑する彼らを他所に彼女は外へ行くことを提案してきた。
彼女には彼らに見せたい何かがあるようだった。
「カルミラ様……この度はありがとうございました」
「気にしなくていいさ。あたしは当然のことをしているだけさ」
「カルミラ様だっ」
「ちゃんとお母さんの言うことを聞いているか?良い子にしていないと……クラーケンに拐われるぞ」
「カルミラ様、これをどうぞ」
「美味しそうに焼けたね……あとで頂くよ」
彼女と一歩外を出歩くと引っ切りなしに町の人々が話しかけてきた。
彼らはみんなカルミラのことをとてもよく慕っているようであった。そして、その後も彼女の姿を見かけた人々は気さくに話しかけてきた。
「どうだい?この町の連中は?」
町の中を一通り案内すると彼女はこの町について質問してきた。
「とても良い雰囲気の町ですね。みんな楽しそうで活気に満ち溢れています」
「そう?気に入ってもらえたなら良かったわ……」
嬉しそうに頬を緩めると彼女は海風に髪を靡かせた。
「この島に住む女、子供の大半は奴隷商人によって売り買いされていた者達なのさ……」
「えっ……」
カルミラの突然の告白に彼は目を点にさせた。
先ほど見てきた様子からではとても信じられないことである。
「本当なんですか?」
「ああ、本当さ。何を隠そうあたしもそのくちの人間なのさ」
「どういうことですか?」
「あたしもここの先代の頭領に助けられてね。今じゃ、その先代に代わって、若い海賊集を率いて海賊稼業を担っている」
カルミラは奴隷商人から奴隷を解放すると共に彼らを養うための物資を調達していた。
「なるほど……それであなたは海賊なんて稼業を成さっていたのですね」
「まぁ、あたし自身がこの稼業に憧れを懐いていたからね。成るべくして成ったという感じかな」
子供のような無邪気な笑顔を浮かべた。
「さてと……それでここからが本題なんだけど……」
急に真面目な表情を浮かべると彼女はエルフレッドの目を見つめた。
「あんた……あたしの右腕にならないかい?」
それこそが、彼女が彼をこの町に連れてきた理由であった。
「……えっ?僕がですが?」
彼女の唐突な誘いに彼は戸惑いを隠せなかった。
「そうさ……あんたなら間違いなくあたしの右腕に相応しいと思うから」
「あなたの右腕ですか……」
眉をひそませるとエルフレッドは彼女の申し出について頭を悩ませた。
「それは駄目だっ!」
彼が口を閉ざしているとミュラが代わりに口を開いた。
「ん?あたしはこの男に聞いているんだが?何か問題でもあるのかい?」
「あたい達には目的がある」
「目的?」
「ああ、北の最果てにある氷の城に行かなきゃならないんだ。そうだよな、エル?」
彼の方に視線を向けると旅の目的について思い出させた。
彼女の言う通り、エルフレッドにはメイルとの約束を果たすためには旅を続けなければならなかった。
「そうだね。ミュラの言う通り、僕達には行かなきゃならない場所がある」
彼は首を左右に振るとカルミラの申し出を断ろうとした。
「それだったら……あたしがその場所まで連れていってやるよ」
「なっ……」
彼女の思いも寄らぬ言葉にミュラは絶句した。
まさか、いきなり最終目的地への足掛かりを得られるとは思ってもみなかった。
「あたしの船なら1月もあれば辿り着けるだろうさ」
確かに彼女の海賊船ならそれも充分に可能であった。
「本当ですか?」
「ああ、責任もってあんたらを北の大地まで送ってやるさ。その代わり、あんたの目的を果たしたならば……」
彼女はエルフレッドの旅の手伝いをする代わりに彼のことを自らの部下として向かい入れようと交渉を持ちかけてきた。
「そんなの駄目に決まっているだろっ」
ミュラは彼がカルミラの右腕になることを頑なに拒絶した。
「何でだい?目的を果たせば、旅を続ける理由もなくなるんだろ?」
「それは……」
彼女に返す言葉がなくミュラは悔しそうに下唇を噛み締めた。
カルミラの言う通り、エルフレッドにはメイルとの約束を果たした後の予定は何も決まっていなった。
「エルお兄ちゃんは私の故郷を探す約束をしたの。だから、お兄ちゃんを取らないで……」
ミュラが黙っていると今度はセティアが口を開いた。
「そうなのかい?それなら……あんたの面倒もあたしがみてやるよ」
カルミラは豪快な笑顔を彼女の方に向けた。
「それに……ここにいれば、商人や他の海賊仲間から様々な情報が入ってくる。もしかしたら、あんたの故郷の情報も得られるかも知れない。そしたら、何時でもあんたの故郷まで送っていってやるよ」
「……本当に?」
「ああ、約束するよ」
手を差し出すとカルミラはセティアと約束を交わした。
「……少し考えさせてください」
エルフレッドにとって、またとない好機ではあったが、ミュラの頑なな態度が気になって2つ返事で答えることはできなかった。
「まあ、そうだね……あんたの一生に関わることだから。しっかりと考えれば良いさ。あたしはあんたの返答を待っているとするさね」
そう言うと彼らを元の場所まで連れていった。
「それじゃ、覚悟が決まったらあたしの所まで来てくれ……」
カルミラは自分のいる居場所までの案内図をメモするとエルフレッドに手渡した。
「それで……エル。どうするんだ?彼女の提案を飲むつもりなのか?」
彼女がいなくなるとミュラはエルフレッドにすぐさま近寄った。
「ミュラはどうしたら良いと思う?」
「あたいは反対だ。ただ目的地まで送ってくれると言うなら問題ないけど……それでエルフレッドの一生が決まるってんなら全く割に合わない」
そう強めの口調で彼女は反対した。
「本当にそうなのかな?」
彼はミュラの意見に首を傾げていた。
「エルは彼女の手下になっても良いと思っているのかい?」
「別にそう言う訳じゃないんだが……」
「じゃ、どういうつもりなのさ?」
「僕のことをあそこまで必要だと言ってくれる人がメルシア様以外にいるのにそんな彼女の思いを放っとおいて良いものなのかと……悩んでいてね」
エルフレッドはメルシアとの約束を果たした後のことを何も考えていなかった。そのため、カルミラの要求を飲んでも良いと考えていた。
「エルのことを必要としているのはあの女だけじゃないよっ!セティアだって、あんたのことを必要としている。それにあたいだって……」
辛そうな表情を浮かべると拳を強く握りしめた。
「それって……」
「とにかくっ!返事をするならもっとよく考えてから判断してほしい……」
そう言葉を濁すとミュラは部屋の外へと飛び出していった。
「ミュラっ」
背後からエルフレッドの呼ぶ声が響いたが、彼女は振り返らなかった。
彼に向けられた彼女の思いは恋愛感情以外のなにものでもなかった。




