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機巧れないの恋  作者: 東メイト
第2章:エルフレッド 編
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第21話:奴隷交渉


「それで……一体いくら持ってきたんだな?」

 奴隷商人は興味津々な様子でミュラの持ってきた金貨入りの袋を頻りに見つめていた。


「それに答える前にあの子の値段を教えてくれない?」

 自らの手の内を明かす前に相手の懐具合を確認した。


「あの子の値段とな?ふーむ……」

 部屋の隅に置かれた檻の中で震えるエルフの幼女に視線を向けると眉をひそませた。


「そうなんだな……金貨40枚くらいかな?」

 奴隷商人はこの前口にした値段よりもさらに金貨10枚を上乗せしてきた。


「随分とふっかけてきたな……」

 ミュラは奴隷商人の提示した値段に不快感を示した。


 それは当然の反応である。


 流石にエルフの幼女という珍しい人種で利用価値が高い存在であっても所詮は単なる子供なのだ。しかも彼女が1人前に育つまでにはまだ50年以上の時間が掛かる。


 そんな気の長い子供の世話付きで一体誰が金貨40枚も出すというのか?


 メイルのように全ての者を魅了する美しさがなければ、到底金貨40枚以上という驚愕な値段は付かないのである。



 ここで魔石の性質について補足する。


 魔石は魔力を吸い取る性質以外に込められた魔力によって輝きが変わる性質がある。


 魔力が空であれば黒色に、0から25%であれば青色に輝く。


 25から50%で緑色、50から75%で黄色、75から100%で赤色に輝く。そして、虹色に輝いている場合は100から120%で魔力が溢れ出ている状態である。


 ちなみにメイルの心臓から抜き出された魔石の輝きは真っ黒であった。


 魔力を貯めるにはメイルのように自らの魔力を注ぎ込むことも可能だが、魔力が発生する場所に置いておいても自動的に貯まる。ただし、その場合だと魔石に魔力が蓄積されるまでにはかなりの時間が必要となる。


 自然蓄積でフル充電されるまでの期間はおおよそ10年であり、幼女に取り付けられた魔石はまだ群青色で魔力がほとんど込められていなかった。よって、頼みの魔石も高値で売れるようになるまでには8年から10年は掛かる。


「まあ、色々と経費が嵩んでいるのでそれぐらいが妥当なんだな」

 バツが悪そうにミュラから視線をそらした。


「ちなみにその値段の金貨20枚で売ってくれと言ったらどうする?」

 奴隷商人が納得する金額を探るため、彼女はわざと低い金額を提示してみた。


「そうなんだな……」

 少し考えた後に奴隷商人は首を横に降った。


「そんな値段ではとても売れないんだな」

「そうか……」

 彼の反応を見て彼女は心の中でほくそ笑んだ。


 金貨30枚もあれば充分に落とせそうだと手応えを感じていた。


「まさか……それ以上は出せないとでも言うつもりかね?」

 彼女が黙り込むとあからさまに悲しそうな表情を浮かべた。


「そうだな……」

 眉間にしわを作ると彼女は考える素振りを見せた。


 本当は余裕で金額を引き上げることができるのだが、ここで相手の要求を簡単に認めてしまうと相手のペースに乗せられてしまう可能性がある。そのため、おいそれと金額を弾き出すわけにはいかなかった。


「……どうしたんだな?」

「出せなくはないんだけど……25枚なら何とかなるかなと……」

「25枚……」

 奴隷商人は釈然としない様子で表情を暗くさせた。


 彼の目標金額はあくまで40枚であるため、その金額では到底納得できないようであった。


「それ以上になるならば……」

 ミュラは机の上に置いた金貨の袋に手を伸ばした。


「まっ、待つんだなっ」

 慌てて手を振ると彼女の動きを制止した。


 彼は明らかに焦っている感じであった。


 実のところ、売れるならこの場で売り払いたいと考えていた。


 奴隷商人は他の商人と違って人を売り物としているため、商品の管理が難しい。


 特にエルフの幼女のような価値の高い人間に死なれると損失額が大きくなってしまうため、死なない程度に食事を与え、死んだりしないように絶えず見張っていなければならない。


 従って、売れる機会があれば、すぐにでも売ってしまいたいのが心情であった。ただし、あくまでも納得できる価格でないと売りたくないというのも商人としての心情である。


「やれやれ……じれったいな……」

 エルフレッドは彼女達の遣り取りを見ながら溜め息を漏らした。


「金貨35枚ならどうかね?」

 しぶしぶ目標金額を引き下げると妥協案を提示してきた。


「35枚か……」

 ミュラはもうひと押し何かが必要であると考えた。


「そういえば……知っている?」

「何をなんだな?」

「最近……この海の界隈を海賊が幅を利かせているんだってさ……」

「海賊となっ!」


 街に盗賊、野山に野盗がいるように海にも海賊が存在する。


 ミュラは奴隷商人の不安を煽るため、金儲けの情報以外にも、そういった情報も集めていた。


「彼女を連れて海を渡るなら十分に注意した方がいいと思うよ」

 そう言うとテーブルの上の袋を持ち上げた。


「ちょっ、ちょっと待ってくれなんだなっ」

「んっ?何?」

「そんな話を聞かせておいて立ち去ろうと言うのかね?」

「だって、金貨35枚なんでしょ?あたい達じゃ、とてもじゃないが、そんな大金は出せない」

「それなら……いくらなら出せるというのかね?」


 ついにミュラが聞き出したかった一言を彼が口にした。


「そうね……」

 彼女は再び机に布袋を置くと中から金貨と銀貨の山を取り出した。そして、奴隷商人の前でわかりやすく並べ始めた。


「……金貨30枚と銀貨200枚」

 金貨を並べている途中、彼女は素早く金貨1枚を手の中に握り込んだ。


「金貨30枚と銀貨200枚か……」

 奴隷商人は生唾を飲み込むとそれらの金貨に手を伸ばそうとした。


「……っ」

 彼女が勝利を確信した瞬間、彼は手の動きを止めた。


「やっぱり、駄目なんだな……」

「どういうこと?」

「やはり、この額では納得がいかないんだな」

 既の所で目先の欲望よりも彼の願望が打ち勝ってしまったのである。


 こうなることを見越してミュラは金貨を1枚隠し持っていた。


「それで……あと何枚出せば売ってくれるの?」

「そうなんだな……金貨をあと2枚。それだけあれば、充分に納得できるんだな」

「くっ……」

 唇を噛み締めると忌々しそうに商人を睨んだ。


 金貨1枚であれば払えたのだが、まさか、この期に及んで更に金貨2枚も吊り上げてくるなんて、どこまでも強欲な奴であった。


「どうしたんだな?もう出せないのかね?」

 その値段でないと絶対に売らないと腹を括っていた。


「強欲な奴め……っ!」

 万事休すな状況にエルフレッドの方に視線を向けた。そして、あることを思い出した。


「……本当に……本当にあと金貨2枚であの子を売ってくれるんだな?」

「う、うむ……」

 すぐさま奴隷商人の方へ視線を戻すと先程の彼の台詞に念を押した。


「エルっ」

「なんだい?ミュラ?」

「あれは貰ってきたんだよね?」


「あれ?」

 彼女が何を言っているのかわからずに首を傾げた。


「優勝賞金……」

「……ああっ!貰ってきたよ」

「すぐに出して」


「わかったよ」

 袋の中から優勝賞金の金貨1枚を取り出すとミュラの掌へと手渡した。


「これで……文句ないだろ」

 持っていた金貨と彼から受け取った金貨を合わせると奴隷商人の目の前へと置いた。


「う……う~む」

 目標金額に達したにもかかわらず、未だに彼は不満そうに眉をひそませていた。


 それはもっと粘れば、より多くの金を得られるのではないかという打算的な欲望であった。


「やっ……」

「ちょっい待ちっ」

 彼が口を開くより早く口を開くと彼の言葉を遮った。そして、彼の耳元に近付くと小さな声で呟いた。


「これ以上は止めときなって……」

「どうしてなんだな?そう言って、本当はもっとお金を出せるんじゃないのかね?」

「別にこれはあたい達のためじゃないよ……あんたのためさ」

「我輩の?」

「ああ、これ以上、欲をかけば……あんた……まじで殺されるよ」

「殺……ど、どういうことなんだな?」

「あたいはことを穏便に済ませたいと思ってるんだけど……」


 奴隷商人から目をそらすとエルフレッドの方をチラ見した。


「あいつは殺してでもあんたから奪い取ればいいじゃないかと考えている」

「な、なんですとっ!」

「しっ!あんまり騒がないで……」

 ミュラは奴隷商人の動揺を誘うと彼の不安な気持ちを煽った。


 もちろん、お人好しのエルフレッドにそんなことはできない。だが、彼の内面を知らない奴隷商人は彼女の話を信じざるをえなかった。


「あんなにお人好しそうに見えるのに……」

「人は見かけによらないもんさ。あれで闘技場の優勝者なんだから」

「本当なのかね?」

「ああ、さっきまで開かれていた大会で彼は優勝してきたからね」


 真実を交えることで自らの嘘に拍車を掛けた。


「……信じられないんだな」

「本当だよ。だから、こんな短期間であたい達はこんな多くの金を準備できたのさ。嘘だと思うならばギルドで聞いてみなって……」

 ミュラは大金を稼ぎ出した手段を明かすと彼を信用させた。


「そんな彼が本気を出せば……あんたなんて瞬殺されるよ」

「……俄には信じ難いが、本当のようなんだな」

 商人は完全に彼女の話を信じていた。


「あたいはそうする前に交渉しようって話を彼に提案したのさ」

「う~む」

「見て……今もあんたのことを殺そうと睨んでるよ」


 奴隷商人の視線をエルフレッドの方へと誘導するとより目付きを鋭くさせるように片目を閉じて合図した。


 彼は彼女に言われたように奴隷商人のことを強く睨み付けた。


「ひぃ……わ、わかったんだな。それで手を打つんだな」

 悲鳴を漏らすと心が折れた彼はミュラの言い値で買うことを認めた。


「それじゃ……あの子は連れていくよ」

「ああ……構わないんだな。好きにするんだな」

 彼女に檻の鍵を手渡すと机の上の金貨の山に両手を伸ばして自分の方へと掻き集めた。


「はい、エル」

 奴隷商人から貰った鍵を彼に手渡すとエルフの子を解放するように促した。


「ありがとう……ミュラ」

 顔の表情を緩めると部屋の隅で震えるエルフの下へと駆け寄った。


「君……もう大丈夫だよ」

 檻の鍵を開けると優しく話しかけた。だが、エルフの幼女は塞ぎ込んだまま顔を上げようとしなかった。


 それは奴隷商人が幼女を逃がさないようにするために絶望を植え付けたからであった。


 彼は幼女の望みを全て打ち砕き、一生檻の中で過ごすことを告げたのである。


 絶望に打ちひしがれた幼女は自らの殻に籠ってしまっていた。


「一体どうしたんだい?」

 幼女の身体に優しく触れるとびくっと身体を揺らした。


「お願いだ。顔を上げてくれないか?」

「……」

 彼がどんなに話しかけても幼女は頑なに拒んでいた。


「どうすれば……」

 彼女と約束していたことを思い出した。


「さあ、顔を上げてお家に帰ろう……」

「おうちに?」

「そうだよ。約束したじゃないか?お家に帰すと……」

「おうちに……帰れるの?」


「ああ、君のことは責任を持って僕がお家まで帰してあげるから……」

 エルフレッドが優しく囁くとエルフの幼女はようやく顔を上げた。


「さあ、ここから出て……お家に帰ろう……」

「……うん」

 彼の方に身体を向けると彼の身体目掛けて飛び付いた。


「……待たせたね。もう大丈夫だから」

 幼女を優しく抱き止めると檻の中から連れ出した。


「それじゃ、行くわ」

「さっさと出て行くんだな。できれば、その顔を2度と見せないでほしいんだな」

「そうね……あたいも2度とごめんだわ」

 負けじと嫌味を言い返すとその場を後にした。


「そういえば……まだ名前を聞いてなかったね。君の名前は?」

「名前?ティアの名前は……セティア(恩恵)ポアロ(緑の民)リカルディ(大地を司る神)だよ」

「セティアちゃんだね。僕の名前はエルフレッド、あの子の名前はミュラって言うんだ」

「エルお兄ちゃんに、ミュラお姉ちゃん?」

「お兄ちゃんか……そうだね。その呼び方で良いや。よろしくね、セティアちゃん」


「うんっ!」

 セティアは満面の笑みを浮かべると精一杯彼の身体にしがみついた。


 見た目は10歳の少女ではあるが、年齢は105歳とエルフレッド達よりも遥かに長い時間を生きている。ただ、エルフとしてはまだまだ未成熟であるため、見た目同様に心もまだ幼い少女のようであった。


 そんな彼女を仲間に加えて彼らの旅は続く……


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