第20話:鬼気迫る説得
「まっ、待ってくれっ」
タチアナの思い詰めた表情に死を予感したエルフレッドは慌てて彼女の行為を制止した。
「僕のことを……僕のことを信じてくれっ」
「……いきなり何ですの?」
彼の突然の言葉に耳を傾けると奥歯に挟んだ舌を外した。
「この場は僕が何とか収めてみせます。だから……無駄に命を散らすようなことは止めてください」
「そんなの不可能ですわ……私が犯されるか、私が死ななければ、この騒ぎは収まりませんわよ」
彼女の言う通り、会場は異様な雰囲気に包まれていた。
観客の大部分がこれから起こなわれるであろうショータイムに興奮している模様であった。
「大丈夫です……絶対にそんなことはさせませんから」
「……どうする気ですの?」
「説得してみせます……」
「はあ?本気ですの?無駄なことですわ」
彼らがそんなことで納得しないことは彼女自身がよく理解していた。だが、エルフレッドは彼女の声を無視して大きく息を吸い込むと観客席の方へと視線を向けた。
「勝負は着きましたっ。これでこの試合は終わりですっ」
「ふざけんなあああ」
「まだ、終わってねえだろっ!ボケがっ!」
「さっさと始めやがれっ」
彼が終わりを宣言すると罵詈雑言が会場中から返ってきた。彼らの欲望はそんな言葉では収まりそうにもなかった。
「それ見たことかですわ……」
「まだです……」
呆れる彼女を横目に彼は説得を続けた。
「僕はこれ以上の危害を彼女に加えるつもりはありません」
「なら、俺が変わってやろうか?」
「俺も、俺も……」
1人が彼の代わりを名乗り出ると次から次へと彼女を犯そうと手を挙げた。
「そうですか……僕の言葉を聞き入れてもらえないのですね。ならば……」
エルフレッドは目付きを鋭くさせると文句を言った者達を睨み付けた。
『メデュック・ボルティア』
その瞬間、タイミングを合わせるようにメイルが魔法を唱えた。
その魔法はエルフレッドが睨み付けた者を一時的な金縛り状態にする魔法で掛かった者は言い知れぬ恐怖感を植え付けられていた。
「これで終了であると納得のできない者は……今すぐにここへ降りてきて僕と戦えっ」
無謀にも彼は納得のいかない者達を全て捩じ伏せようと考えていた。
だが、メイルの魔法に掛かった者達は身動きができず、誰1人闘技場へ降りてくる者はいなかった。
仮に降りてきたとしても今の彼に敵う者はいないだろう。
そんな人物がいれば闘技大会に参加しているからだ。
「さあ、どうした?異議を唱える者はいないのかっ」
欲望剥き出しだった観客達を圧倒すると審判の方へと視線を向けた。
「これが答えです……試合終了の合図をお願いします」
審判は困ったように大会運営本部の方に視線を向けたが、本部からは回答はなかった。
「どうしたんですか?早く告げてくださいっ」
エルフレッドは苛立つように審判を睨み付けると試合終了の合図を迫った。
そんな様子を見かねた本部はとうとう彼の言い分を認めることにした。
「……勝者エルフレッドっ」
本部の了承を得ると審判はすぐさま彼の勝利を告げた。そして、試合の終わりが告げられると何処からともなく拍手が聞こえてきた。
その拍手は観客席のミュラや闘技場で闘った者、試合に感動した者、彼の言葉に動かされた者達からのささやかな祝福であった。
「お見事ですわ……まさか本当にあの空気を変えてしまうなんて……」
驚きを隠せない様子で彼に手を差し出した。
「優勝おめでとうですわ」
「ありがとうございます」
「それにしても……私もまだまだ修行が足りませんわね」
「そんなことありませんよ。もう充分にお強いと思いますが……」
苦笑いを浮かべながら心底そう思っていた。
彼女に勝てたのはあくまでも代々の先祖達が技を磨いてきてくれたおかげであり、それらの技術が継承されてこなければ、決して彼女には勝てなかっただろう。
「打ち負かされた相手からそんなことを言われても嬉しくないですわ」
そう言いつつも嬉しそうに口許を緩ませていた。
「そういえば……1つ聞いてもよろしいですの?」
「何ですか?」
「……あそこまで私の命を庇った理由は何ですの?」
自分が傷付いても相手の命を守ろうとする彼の行動が彼女には理解できなかった。ましてや自分の命を奪おうとした相手にまで情けをかけるなんて有り得ないことである。
「んっ……普通にあなたに死んでほしくないと思っただけですけど……」
「それだけ?たったそれだけの理由であんなに傷付いて闘っていたというの……」
信じられないという表情を浮かべながら呆れ返っていた。
「何かおかしいですか?」
誰かを守るように教えられ、鍛えられてきた彼にとって、その行動はしごく当然なことであった。
「あははは……貴方って本当に面白いですわね」
彼の話を聞いて屈託のない笑顔を浮かべた。
「名前……貴方の名前、何と言うんですの?」
「僕の名前ですか?」
「ええ、そうですわ」
もちろん彼女は彼の名前を知っている。
トーナメント表には彼のフルネームが記載されているからだ。
にもかかわらず、彼の名前を尋ねたのはそれだけ彼に興味を持ったからである。
「僕の名前は……エルフレッド=クラウニング=プラウドと言います」
「エルフレッドね……貴方の顔と名前はしっかりと覚えたわ」
小悪魔っぽい笑みを浮かべると折れた刀の先と柄の部分を拾い上げた。そして、それらを鞘の中へと収納した。
「次に会う時が楽しみですわ」
「次?次って一体……」
「まさか私に勝ったまま、お逃げになるつもりですの?」
「えーと……そんなつもりはありませんが……まだ闘いを続ける気ですか?」
できれば彼女とは2度と闘いたくないと思っていたエルフレッドだったが、彼女の本気の目がそうはさせてくれなかった。
「当然ですわ。私の誇りをこうも見事にへし折ってくれたのだから……貴方に勝ってプライドを取り戻すまで何度だって挑み続けますわ」
「命を賭けた闘いは勘弁してもらいたいのですが……」
「それに関しては稽古という形で相手の命を奪わないということは約束しますわ」
「そういうことなら……何時でも協力しますよ」
命の遣り取りをしないと聞いて胸を撫で下ろした彼であったが、このタチアナとの約束をあとで後悔することになるとはこの時は知る由もなかった。
「た・だ・し……稽古と言っても本気でないと感じたら何時でも斬り殺しますのでくれぐれも手は抜かないでくださいね」
「……お手柔らかにお願いします」
無邪気な笑顔を浮かべながら物騒なことを口にする彼女に早くも後悔の念を覚えるエルフレッドであった。
「それでは……私は行きますわ。何時までも惨めなこの姿を晒しておくわけにはいきませんので……」
最後に熱い握手を交わすとそのまま闘技場の出入り口の暗闇の中へと消えていった。
「タチアナ=バルド=ジルフィーネさんか……本当に強い人だったな」
ボロボロになった長剣を鞘に納めながら観客席の方へと振り返ると最後に拍手をくれた観客に頭を下げた。
『やれやれ……本当に無茶ばかりする奴なのじゃ……』
無事に試合を終えてメイルは安堵の溜め息を漏らしていた。
こんなにも誰かのために思いを馳せるのは非常に珍しいことである。
『これではいくつ心臓があっても足りぬのじゃ』
彼女には心臓はおろか肉体そのものがない。
なので、その心配はいらなかった。
『じゃが……針の穴程度の可能性をよく掴み取ったものなのじゃ』
実際、彼がタチアナを殺さず試合を制する確率は相当に低かった。
だが、その低い確率をエルフレッドは見事に掴み取ったのである。
彼女が感心を寄せるのも無理のない話であった。
『ほんによくやったものじゃ。今度、夢の中でたくさん褒めてやらねばな……』
「随分と楽しそうに話してたじゃない?」
大会運営者から賞金を受け取ると急いでミュラの下へ向かった。
なぜならば、彼女は金貨30枚近くの大当たりの賭け札を持っているからだ。
そのことは多くの観客達に知られている。
この前のように良からぬことを考える者達がいたとしても不思議ではなかった。
ゆえに彼は慌てて彼女の下へと駆け付けたのだが、なぜか彼女は不機嫌そうに剥れていた。
「別に楽しそうにはしていなかったと思うけど……」
「それで何を話してたのさ?」
「大した話じゃないよ」
「そう言わずに……教えてよ」
頻りにタチアナと交わした会話について詮索してきた。
「本当に大したことじゃないんだけど……ただ、また今度、剣の稽古に付き合ってくれと頼まれただけさ」
「ふぅ~ん……それで次も会う約束をしたんだ……」
口をへの字に曲げると頬を膨らませた。
どうやら、彼女はタチアナに対して焼きもちを懐いているようであった。
「そんなことよりも早く札をお金に変えて、あの奴隷商人の下へ行こう」
あの奴隷商人がこの大陸を移動する前に取引を済ませなければならなかった。
「仕方ないな……この話はまた今度じっくりと聞かせてもらうから」
エルフレッドに急かされて換金所へと向かった。
「おい、来たぞ……」
「まさかの大穴当たりか……」
換金所の前では無数の人達が屯していた。
この中の誰1人としてエルフレッドには賭けていなかったため、この場所には用がないはずなのだが、何故か彼らは集まっていた。そして、エルフレッド達に熱い視線を向けていた。
「何なんの?この人集りは……」
目付きを鋭くさせると有象無象の群衆を睨み付けた。
これから大金を手にするミュラ達が彼らに警戒心を向けたとしてもそれは無理のない話であった。
「……交換して」
彼女は賭け札を胸の間から取り出すと運営者に手渡した。
「少々お待ちください……」
係りの者はその札を持って奥の方へ行くと数十枚の金貨と数百枚の銀貨を持って戻ってきた。
「全部で金貨31枚、銀貨200枚になります」
エルフレッドの倍率は最終的に1.95倍となった。
ミュラが買った後にもタチアナや他の選手達の賭け札が売れたためである。
「それでは……お受け取りください」
全ての金貨と銀貨を布袋の中へと詰めるとその袋をミュラに手渡した。そして、その袋を彼女が手にすると周辺の人々は一斉に拍手した。
「えっ……」
唐突な出来事に彼女達は呆然としていた。
「おめでとうっ!」
「まさか本当に当てちまうとはな……」
「俺は最初からやる奴だと思っていたぜ」
彼らは単純に偉業を成したエルフレッド達のことを祝福したかっただけのようであった。
「あ、ありがとう……」
突然の歓迎に戸惑いを覚えながらも彼らに感謝するとその場を後にした。
流石に闘技大会の優勝者が傍にいるおかげか、こないだのように彼女達の後を追ってくる者は現れなかった。
「そうだった……エル。あたいがあの商人と交渉している間、できる限り、恐い顔をしていてほしいんだけど……」
奴隷商人の止まっている宿の前までやってくると唐突に身を翻した。
「別に構わないけど……どうして、そんな面倒なことを?」
「はったりを効かせるためだよ」
「はったり?」
「あの手の商人はいざという時に金を吊り上げてくるからそれを封じるためにあいつのことを睨んでほしいの」
交渉をより優位に進めるために彼を脅し役として仕立てることを考えていた。
「特にあたいが合図した時は強めに睨んでよね」
「……わかったよ」
「それじゃ、行くわよ……」
1通りの注意事項を述べるとミュラは奴隷商人が宿泊している部屋の扉を静かに叩いた。
「んっ?誰なんだな?……なんだ、ちみ達か」
露骨に迷惑そうな表情を浮かべるとすぐさま扉を閉めようとした。
「ちょっ、ちょい待ち。今日は正式に交渉に来んだ」
素早く扉に爪先を挟むと慌てて用件を述べた。
「交渉とな?ちみ達のような貧乏人がかね?」
奴隷商人は蔑んだ瞳でミュラのことを見つめた。
「一体何を交渉するつもりなんだな?まさか……あのエルフの子供を売れとでも言うつもりなのかね」
冗談が過ぎると失笑すると再び扉を閉めようとした。
「これを見てもまだ話を聞く気にならない?」
「そ、それは……」
金貨と銀貨がぎっしりと詰まった布袋を見せると奴隷商人は目の色を変えた。そして、彼らを部屋の中へと招き入れた。




