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機巧れないの恋  作者: 東メイト
第1章:メイルシュトローム 編
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第2話:天からの使者と愛の呪い


 メイルの機嫌を損ねることを畏れた王達は挙って尻尾を振ると機嫌を窺う獣のように服従した。


「目障りな、魔女めがっ……だが、彼女が通った今がチャンスだっ!この隙にあの土地を奪っておくのだっ」

 恥じ知らずの王達ではあったが、お互いの領土を奪い合う野心までは失なっていなかった。


 メイルが通った国は彼女の気紛れにより一時的に混乱し、国の力が著しく低下する。ずる賢い王達はその混乱に乗じて強大な国から資源が豊富な土地を奪っていた。


「ぐぬぬ。あの土地を奪われるとは……だが、今はまだ反撃はできぬ。魔女の機嫌を損ねればこんなものではすまぬからな」

 大国の王達はメイルの力を多いに恐れていた。大切な土地を奪われることよりも機嫌を損ねる方が手痛いことを充分に知っている。そのため、彼女の目の届かぬ所で戦を繰り返していた。


「実に愚かしいことじゃな……」

 静寂を好むメイルにとって血気盛んに争いを続ける人間共の戦争行為は迷惑以外の何物でもなかった。そのため、国の争いを聞き付けては無益な争いを止めるように仲裁してまわっていたが、愚かな王達は監視がなくなると再び戦争を繰り返した。


「一体どうすればよいのじゃ……」

 さすがの全知全能なメイルであっても人間共がどうすれば醜い争いを止めるのか、こればかりは簡単には答えが見つからなかった。そして、1つの結論に至った。


「もうこの方法しかあるまい……」

 メイルが行った手段とは恐怖によって人間共の争う意志を奪い去る方法であった。


「滅びよっ、滅びよっ、滅びよっ、ふははは」

 歪み合う国々を見つけるとメイルは他の国々へ見せつけるように暴虐の覇王として徹底的に破壊してみせた。


 そんなことを幾度となく繰り返していると世界の人々はようやく争うことをしなくなった。そして、遂に理想の世界を手に入れたのである。


 だが、それは同時に人々から生きる希望さえも奪い去っていた。


 人々はメイルが近くを通ると息をすることすら畏れて呼吸を止めた。彼女の恐怖に支配された人間達は彼女の脅威から逃れようと『神』という存在にしがみつくようになっていった……


 そんな下界の人々の切実な思いを聞き届けた神はメイルの下に神の使いを送り込んできた。


「我が名は戦乙女『プロミネンス(天空の光)』……我が主の命によりここへと参った」

 プロミネンスはメイルの前にやって来ると懐に携えた剣先を突き付けてきた。そんな神の使いが現れても彼女は全く動じることはなかった。


 それは各地の文献により抽象的ではあったが、神の存在が記されていたからである。そして、その存在が何時の日にか目の前に立ちはだかるであろうことは容易に予想することができたようであった。


「それで?その神の使いとやらが一体(わらわ)に何の用があるというのじゃ?」

 メイルは毅然とした態度でプロミネンスに質問した。


「そなたのその有り余る魔力を封印し、人としての生を歩みなさい」

 神はメイルから膨大な魔力を奪い去ろうとしていた。そのため、プロミネンスを彼女の下へと遣わしたのであった。


「それはできぬ話じゃな……」

 この膨大な魔力がなければメイルがこの世界に対して好き勝手な振る舞いができなくなってしまう。それにこうも一方的に命令されるのは彼女にしても面白くなかったようであった。ゆえにプロミネンスの申し出を断った。


「では仕方ありませんね……」

 プロミネンスは和平交渉から武力行使へと切り替えると問答無用で攻撃を仕掛けてきた。


「負けぬっ!」

 メイルは当然のようにプロミネンスの抗戦に応じた。


 プロミネンスは神の使いを名乗るだけあってかなりの強敵であった。メイルと戦乙女の実力はほぼ互角であり、戦いは拮抗していた。そのため、彼女達の戦いは七日七晩に及んだ……


 彼女達の戦いによって山は削れ、海の一部は蒸発し、空には無数の暗雲が立ち込めた。そして、幾つもの街や村が戦いに巻き込まれて消滅していった。


「この世の終わりだ……この世の終わりが始まってしまった……」

 そんな激しい戦いを目の当たりにして世界の人々はラグナロクやら終末戦争などと騒ぎ立てては更なる恐怖を募らせていた。


『プロミネンスよ……もうよい。天界に戻るのだ』

「はっ、直ちにっ」

 地上がそんな混沌とした惨状になっていることを知ると神は直ぐさまプロミネンスを天界へと呼び戻した。


「さて、次なる一手はいかんせん……」

 メイルは神の次なる攻撃を予想して準備を始めた。


 それは天空より落とされるであろう『インドラの矢』、『トールの雷』など彼女の不滅の肉体を一瞬にして焼き尽くす特大魔法への対処である。


わらわの身体を媒体にしてこの世界諸とも滅ぼしてくれようぞ……」

 メイルは神の放つその特大魔法を利用して、この世界を道ずれにしてやるつもりのようであった。


 そのためには体内にできるだけ多くの魔力を蓄えなければならなかった。そして、神の攻撃に対して準備を進めていると天空より一筋の光が差し込んできた。


「きたようじゃな……」

 メイルはその降り注ぐ光に対して両手を広げて可能な限り身体に触れるようにした。彼女には膨大な魔力と不滅の肉体があり、神の魔力が最高潮に達するまでは充分に耐える自信があった。そして、そのようにすることで少しでも多くの神の力を体内に取り入れようと構えていた。


「なんとも温かい光なのじゃ……」

 メイルはぢりぢりと身体を燃やし尽くすものを想像していたようだが、その光は彼女の予想に反して肌に優しくとても淡い光だった。まるで神から祝福されているような光景である。


「何を考えておるのじゃ?」

 メイルが困惑していると彼女の胸に何やら紋章らしき物が浮かび上がってきた。


「何なのじゃ?この紋章は?」

『その印は……愛の呪いだ』

 突如、天空より神の声が響いてきた。


「愛の呪いじゃと?」

『そうだ……その呪いはお主が愛を知った時に発動し、お主の命を奪うであろう……』

「愛とはっ……それは一体何なのじゃ?」

 神は質問に答えることはなかった。ずっと独りで生きてきたメイルには『愛』というものは全く理解することができなかった。


 その後、100年もの間、彼女が溜め込んだ膨大な書物の中からあれやこれやと恋愛について掘り起こしてみたが、どの文献にも曖昧なことしか書かれておらず、愛という感情を理解することが叶わなかった。


 知識欲の塊である彼女にとって死そのものよりも得たいの知れない何かを理解できないことの方が遥かに堪えがたかったため、必死でその答えを求めていた。それに神の呪いを解くためにも恋愛の感情を理解することが必要不可欠であり、それもまた神の目論み通りであった。


「これでは埒があかぬのじゃ……」

 知識による恋愛感情の理解を諦めるとそういった感情を懐きやすい人間から直接学ぶことを決意した。そして、死の呪いを発動させないために仮初めの身体を用意すると旅の支度を始めた。


「この人形の身体であれば神の呪いも発動すまい」

 仮初めの身体には生身ではなく限りなく人肌に近い傀儡を用いた。


 生身を利用すれば魂が肉体に定着してしまった場合、それを引き剥がすことは困難でとてつもない痛みが生じる。つまり、言葉にすると死ぬほど辛いのである。


 それに加えて生身で神の呪いを受けた場合、魂そのものが消滅してしまう可能性もある。ゆえに彼女の依代として無機質な機巧人形を選択したのであった。


「はああああっ」

 メイルは人形の心臓部に埋め込んだ魔石にありっ丈の魔力を注ぎ込むと自らの魂をその機巧人形の中へと移動させた。


「これで旅に出る準備は全て整ったのじゃ。あとは……」

 メイルは人形の身体が馴染んでいるのかを確認しながら軽く手を動かすと魂の抜けた身体を凍り付かせた。


 いくら最高の肉体であっても魂がなければ只の肉の塊。そんな身体を無防備に晒しておくわけにはいかなかった。その肉体にはいずれ彼女の魂を戻さなければならない。


 そこでメイルは最果ての大地に溶けない氷の城を建てるとその最新部に氷の祭壇を作って、その中に自身の肉体を保管した。そうすることで他の人間や動物などから大切な肉体を遠ざけた。


「それでは……行くとするかの」

 全ての支度を済ませるとメイルは人間の多い街へと赴いた。


「まだ知らぬ恋の領域を解明せんがため

 人の賑わう領域へと足を踏み入れてくれようぞっ!」

 メイルの気合いはかつてないほど充実していた。


 だが、彼女は気が付いていなかった。人と恋愛をする上で既に大きな過ちを犯していることを……


 それは彼女が人の感情を理解することができぬゆえのミスであった。


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