第19話:勝利への執念
『いよいよ本気になったようじゃな……ここからが正念場じゃぞ。気を抜くでないのじゃ』
メイルは魔石の中で懸命に応援した。
その声援は決して今の彼に届くことはないのだが……
「行きますわよ……」
タチアナは高速移動するとエルフレッドの距離を一気に詰めた。
「はあっ」
死角から繰り出される攻撃を予測すると彼女の振るった刀身を捌いた。
「へえ、今のを防ぐんですの?」
「あなたが本気で僕のことを殺そうとしているから……」
いくら攻撃が早くても狙う場所さえわかっていれば、防ぐことは決して不可能なことではなかった。
彼女が彼のことを確実に殺すためには首や腹、心臓など身体の中線に狙いを絞ってくるのは明白なことであった。
「仕方がありませんわね……」
狙いを絞らせないためにランダムな場所を攻撃することにした。
「うぐっ」
先程までと違って狙われる場所が増えると流石のエルフレッドでも完全に防ぐことは至難の技であった。
「はあああ」
常時、彼に致命的な箇所を意識させながらタチアナは容赦ない刀の嵐を浴びせ続けた。まさに一瞬の気の迷いが即死亡に繋がる状態であった。
「このまま押しきられるわけには……何か対抗策は……」
迫り来る死の恐怖に堪えながら必死で反撃の手段を探った。
「そういえば……」
彼は彼女の前の試合で闘技場がぼろぼろになっていたことを思い出した。
それはガウディが彼女の進行を防ぐために地面を削り取り、瓦礫を舞い上げたためであった。
「そうか……あの技を使えば……」
打開策を思い付くと剣を地面に突き刺して全身の力を完全に抜いた。
「一体どういうつもりですの?」
彼女には彼の行動が理解できなかった。
「降参のつもりですの?」
「……そんなつもりはありません」
完全無防備を晒すエルフレッドであったが、その目はやる気に満ちていた。
「なれば……引導を渡すまでですわっ」
タチアナは彼の行動を警戒しながら少しずつ間合いを狭めていった。
一方、エルフレッドの方は目を閉じて耳と肌に全神経を集中させた。
「……死になさいっ」
一旦声でフェイントをかけた後に彼女は彼の首元を狙って刀を振り下ろした。
「……テン=ケン=メルツっ」
彼女の刃が迫ってきた刹那、目を大きく見開くと渾身の力で地面を突いた。次の瞬間、彼の足元が大きく凹んで周辺の地面が木っ端微塵に砕け散った。そして、多くの瓦礫を宙へと舞い上げた。
「……かはっ」
それらの無数の欠片を食らい、タチアナは堪らずに後ろへと退いた。
通常の速度で食らった攻撃あれば、大したダメージにはならないのだが、彼女は目にも映らぬ速度で移動していたため、そのダメージは計り知れなかった。身体中に銃弾を浴びせられるようなものだ。
彼の放った攻撃は運良く彼女の脇腹に命中して致命的なダメージを与えた。そして、彼女の身体能力は大きく低下した。
その動きは極端に鈍くなり、エルフレッドの動体視力であれば、十分に捉えられるほど遅くなっていた。
「もう……負けを認めてはどうですか?」
手負いのタチアナに降伏することを勧告した。
今の彼女の動きではとても彼に攻撃を当てることは難しかった。
「……私に情けをかけているつもりですの?」
一瞬だけ不適な笑みを浮かべると表情を一変させた。
「ふざけるんじゃありませんのっ!私が屈服するのは死ぬ時だけですわっ」
彼女は何がなんでも負けを認める気はなさそうであった。暗黙のルールのことを考えれば当然の反応だろう。
「試合を終わらせたければ、私のことを殺してみせなさいっ」
刀の柄を強く握り締めると再び彼へと攻撃を仕掛けてきた。
「殺すなんて……」
そんなこと優しい彼にできるはずがなかった。
だが、彼もここで試合を降りるわけにはいかない。ゆえに傷付いた彼女に対して気負いながらも戦いを続けた。
「はあああ」
タチアナは懸命に刀を振るったが、やはり、彼には届かなかった。
エルフレッドの方もぼろぼろな状態の彼女に鞭を打てなくて防戦ばかりな状況で戦いは煮詰まる一方であった。
「いい加減にケリを付けろっ」
観客達もそんなつまらない展開に痺れを切らしてヤジを飛ばし始めた。
ここで闘技場のルールについて1つ訂正する。
それは……決勝戦だけは勝者を必ず決めなければならないため、他の試合のように制限時間は存在しない。つまり、どちらかが戦闘不能にならなければ、この試合は終わらないのである。
「やはり、今のままでは勝てそうにありませんね……」
「それじゃ……」
「別に諦めたわけじゃありませんわ」
彼の言葉を遮ると彼女は何やら懐から何本かの細長い針を取り出した。そして、それらの針を首元や肩、太腿などに差し込んだ。
「うぐっ」
「一体何を……」
苦痛で表情を歪める彼女を心配そうに見つめた。
針を神経に直接差し込むことで彼女は一時的に筋力を上げると共に身体に感じる痛覚を麻痺させた。そうすることで彼女は無理やり素早さを取り戻した。
「これで……もうしばらくは戦えますわ」
再び目に映らぬ早さで彼に襲い掛かってきた。
「……くっ」
エルフレッドは自らの甘さを痛感していた。
形勢は再び彼の方から彼女の方へと傾きつつあった。
「死になさいっ」
「うおおおお」
彼は迫り来る刀を受け流すか、捌くかで回避しながら再び攻撃のタイミングを計った。
彼女の動きがいくら早くなったとはいえ、万全の状態に比べると幾分かは遅くなっていた。しかも少しずつだが、彼も彼女の早さに目が慣れつつあった。
「……っ!」
地面に剣を突き立てて再び粉塵剣の構えを取るとタチアナは彼から十分な距離を取った。
彼女とて何度も同じ技を食らうほど馬鹿ではなかった。
だが、それは彼が見せたフェイントであった。
「……ショウ=ウェル=メルツっ」
地面から剣を引き抜くと烈風剣を使って彼女との距離を一気に狭めた。
「……コウ=トゥア=エルズっ」
「……やらせませんわっ」
彼女は烈空旋を警戒して距離を取らずに彼の攻撃を必死で受け流した。
どちらから攻撃が来るのかさえ、わかっていればかわすのは難しくなかった。
「……ハヌ=フェム=エルズっ」
弧月陣は振り返る動作の前に腰を切り返し、さらに剣を一瞬だけ手離して持ち手を順手から逆手に持ち変える剣技で左右交互の攻撃からどちらか一方だけの攻撃に切り替えて相手の不意を突くことができる。
しかも持ち手が順手から逆手になっているため、その威力は通常よりも増している。ただし、足や腰への負担が大きいため、円舞陣のように連続的に繰り出すことはできない。
「……きゃっ」
不意を突かれたタチアナは思わず可愛らしい声を漏らした。そして、彼の技を受けて大きく左側へと弾き飛ばされた。
「もう……止めにしませんか?」
形勢が優勢に戻ると彼は再び降参することを促した。己に甘いと知りつつも、やはり彼には彼女に止めを差すことができなかった。
「絶対にっ……嫌ですわっ」
刀を地面に突き立てると必死で立ち上がった。
「なんでそこまで……」
「白々しいですわっ。理由はわかっているくせに……」
歯痒そうに奥歯を噛み締めるとエルフレッドのことを睨み付けた。
「何のことですか?」
暗黙のルールを知らない彼にとって彼女の答えは意味がわからなかった。
「もしかして……ご存知ないんですの?」
「何をですか?」
「そうですの……知らないんですのね……」
一瞬だけ表情を和らげると直ぐさま真剣な表情を浮かべた。
「ですがっ……私も己の誇りを守るため、絶対に負けを認めるわけにはいきませんわっ」
気合いを込めると刀の刃先をエルフレッドに向けて諦めないことを宣言した。
「どうしても勝利が欲しいのであれば……私のことを殺すことですわ」
「殺すしか道はないのか……」
「貴方が躊躇するのであれば、私がこの一撃で敗北を与えて差し上げますわっ」
天高く舞い上がると上空から彼の頭目掛けて迫ってきた。
「一刀っ……両断っ!」
先程の衝撃で針の何本かが抜けてしまった彼女は痛みの感覚が戻っており、これ以上は長く戦えそうになかった。そのため、この一撃に全てを賭けることにしていた。
『……勝機じゃぞっ、エルフレッドっ』
メイルは魔石の中で叫ぶと秘策を打ち出すことを促した。その声も彼には届かないのだが、彼の脳裏には彼女から授けられた秘策が思い浮かんでいた。
それは『タチアナが渾身の力で刀を振り下ろしてきた時のみ剣を交えよ』という暗示で、そうすれば彼女を殺さず試合に勝つことができるという希望を持たせていた。
「うおおおお」
エルフレッドはメイルの暗示通りに剣を横に掲げて刃先を彼女の刃の方へと向けた。
「愚かな……これで私の勝ちですわ……」
彼女は彼の剣諸とも彼の身体が真っ二つになると思っていた。
だが……彼女の刀は彼の剣の真ん中辺りで動きを止めた。
「なっ、何で……」
予想と違う結果に動揺を隠せなかったタチアナは唖然とした。そして、その隙を突いて彼は刀を挟んだまま剣を思いっきり横に引いた。
……ぱきっ!
彼女の自慢の刀は真っ二つにへし折れた。
全てはメイルの狙い通りであった。
彼女はタチアナの持つ刀の弱点を把握していた。
刀の構造上、刃先に対して真横からの衝撃に非常に弱いという点である。
そこで彼女はタチアナの刀がエルフレッドの剣に触れる瞬間、錬金魔法を用いて剣の一部を鮫の歯のように無数のギザギザな状態へと変化させた。その結果、刀の横の部分に触れた小さな突起部分が彼女の刃を受け止めたのであった。
あとはエルフレッドが剣を横に振り抜けば勝利が確定する。
ただし、中途半端な状態で刀を受け止めてしまうと簡単に刃が抜けてしまうので彼女の本気の一撃が必要であった。
それが彼女の考えたタチアナを殺さずに試合を制する方法だった。
「そんな……」
流石の彼女も自慢の刀をへし折られては戦意を喪失せざるを得なかった。
「これで……僕の勝ちです」
地面に膝を突いた彼女に対して剣先を突き付けた。
これで試合が終わると思っていたのだが、彼の意に反して試合終了の合図は告げられなかった。
それはタチアナがまだ闘技大会の暗黙のルールについて果たされていなかったからである。そして、観客達も彼女の醜態を晒されることを楽しみに待っていた。
そのため、次第に会場中から彼女を犯すように急かす声が響き始めた。
「これは一体……」
事情を知らないエルフレッドだけが今の状況に戸惑っていた。
「……殺しなさいっ」
彼女は一筋の涙を溢すと自らの命を断つことを彼に要求した。
公衆の面前で辱しめを受けることよりも剣士として誇り高き死を望んでいた。
「そんなこと……僕にはできません」
彼女の命を奪わないようにするため、ここまで苦労を重ねてきたのである。それを無にするような真似はできるはずがなかった。
「なれば……」
タチアナは折れた刀の角を自らの喉元に突き立てようとした。
かきんっ!
彼女の刃より先にエルフレッドの剣がそれを弾いた。
「どうして……どうしてですの?何で死なせてくれないんですの?」
「もし、この試合が生死を賭けた闘いであるならば、僕はあなたから死の権利を奪います」
「私にそんなに辱しめを受けさせたいんですの?」
「辱しめ?」
「そうですわ……貴方は知らないようですけど、私のような女選手が生きて負ければ、公衆の面前で陵辱される決まりがありますの」
「そんなルールが……」
「私はそんな辛い思いを刻まれるくらいならば死を選びますわ……」
そう言うと自らの舌を奥歯に挟んだ。




