第18話:絶対の王者
『本番を向かえる前にぼろぼろな状態ではないか……』
満身創痍なエルフレッドの状態を見て、メイルは彼のことを心の底から心配していた。
『仕方がないのじゃ……エリアブル・トレイン』
彼の傷を少しでも癒すため、彼に掛けた感覚の魔法を切って、代わりに少しずつ体力を回復する治癒魔法を唱えた。
一辺に体力を回復させる魔法を唱えると彼の魔力が枯渇してしまう恐れがあるため、彼女は出きる限り、彼の精神を負担しない程度の魔法を選択した。
『今はゆっくりと休むがよいのじゃ……』
その頃、彼の方は選手控え室で精神を集中していた。
「エル……ミュラだけど、入っても良いか?」
「……どうぞ」
「お邪魔します……」
静かに扉を開くとおそるおそる慎重に部屋の中へと入ってきた。彼女の手には何やらたくさんの物が抱えられていた。
それらの物は体力を大幅に回復させる高級ポーションや瞬時に傷口を塞ぐ高級傷薬、それに気力や魔力を回復するエリクサーなどの薬が入った瓶であった。
「……それは?」
当たり前のことだが、彼らにはそんな高価な品々を買うお金の余裕などない。
「こいつは黒の女帝からの差し入れだよ」
「女帝からの?」
「ああ、そうなんだ。試合が終わると同時にあたいの所に持ってきたんだよ」
それらの高価な品々はタチアナから差し入れられたものだった。
彼女はそれらの物を常に携帯しており、試合の前にはそれらの物を使って万全の状態を整えていた。
それは闘技場の常連参加者として当然の対応であった。
「彼女はどうして、このような高価なものを?」
「何か……早く体調を整えて自分の試合を見に来るように言ってたんだけど……」
それはプライドの高いタチアナゆえの行為である。
万全の状態のエルフレッドを倒してこそ自分の勝利に意味があると考えていたため、敵に塩を贈るような施しを与えていた。そして、彼女は自らの試合の観戦に来ることを望んでいた。
「どうする?エル」
「そうだね……折角の行為だし、ありがたく頂くとしよう……」
順々に飲み薬を飲むと傷口に傷薬を塗った。
「……よし。それじゃ、早速彼女の試合を見に行くとしよう」
メイルの魔法とタチアナの差し入れである程度回復したエルフレッドは彼女の指示通りに行動することにした。
少しでも彼女の手の内を見て実力を知っておくことは大切なことであった。
その頃、闘技場ではタチアナが準決勝の相手であるガウディ=アニール=ブランと戦っていた。
ガウディは大剣使いで『竜の牙』の2つ名で呼ばれている。
彼の一撃は紅き狼のジョニーの攻撃を遥かに凌駕しており、その攻撃力は地面をも簡単に削り取る。当たれば瀕死は免れない。
が、その攻撃はタチアナには全く当たらない。
彼女の動きは空を舞う燕のように素早く目に映らない彼女の姿を捉えることはとても困難であった。ましてや通常の3倍の重さもある大剣では当たるはずがなかった。
だが、ガウディも馬鹿ではなかった。
タチアナが視界から消える度に周囲のリングを破壊して瓦礫を舞い上げていた。
高速状態でそれらの物にぶつかれば、その衝撃は只事ではすまない。それなりのダメージを受けることになる。
そうすることで彼女に自らの間合いへと入らせなかった。
「女帝らしくもねえ……この程度の攻撃で怯むあんたじゃねえだろ?」
ガウディは挑発するように彼女の攻撃を誘った。
「言ってくれますの。ですが……その程度の軽い挑発に乗るほど易い女ではありませんわ」
タチアナは不適の笑みを浮かべると再び彼の視界から消えてみせた。
「やらせるかっ」
彼女の動きに即座に反応すると瓦礫の結界を張った。
そんな遣り取りを繰り返しながら5分以上の時間が経過していた。
全ての試合を1分以内に終わらせていた彼女にしては珍しいことであった。
そんな最中、エルフレッド達が試合会場へと到着した。
「これは……」
ぼろぼろになった闘技場を見ながら驚きの声を漏らした。
「やっと来ましたわね……」
「試合中に余所見とは随分と余裕じゃねえか……」
タチアナがエルフレッドの方に視線を向けているとガウディは渾身の一撃で会場の地面を砕いた。
その衝撃は観客席にいるエルフレッドにも伝わるほどであった。
「そろそろ本気を見せてあげますわ」
「なろうっ、今まで本気じゃなかったとでも言うのか?」
「ええ、ちょっと彼が来るまで取っておきたかったものですから……」
観客席のエルフレッドの方に視線を向けながら微かに口許を緩めた。
「嘗めやがって……」
ガウディは頭上で大剣を振り回すと砂埃を巻き上げた。
瓦礫のようにダメージを与えることはできないが、その埃の流れを見れば彼女の動きをある程度予想することは難しくなかった。
「そこだああああ」
彼女の動きを察知したガウディは渾身の力で大剣を振り下ろした。そして、彼が予測した場所にタチアナは現れた。
「勝ったっ」
「呀龍天星っ」
勝ちを確信したガウディであったが、彼女が刀身を抜き放つと彼の自慢の大剣は真っ二つに切り裂かれた。そして、大剣を振るっていた彼は天高く打ち上げられて地面へと叩き付けられた。
「い、一体何が……」
ガウディは自身に何が起こったのか理解できないまま気絶した。
その攻撃はエルフレッドにもよく見きれていなかった。
わかったことは彼女の武器が途轍もない破壊力を秘めており、彼女が刀身を抜けば自身には勝ち目がなさそうだということだけであった。
「……そこまでっ」
ガウディが動かなくなると審判は終了を告げた。
「……どうでしたの?」
「言葉になりませんでした」
「そうですの?次は貴方の番ですわ」
「お手柔らかにお願い致します」
苦笑いを浮かべながらエルフレッドは差し出された手を握りしめた。彼女の手はとてもごつごつとしていて、とても固かった。
それは手袋の上からでも十分に感じられた。それだけ彼女が懸命に剣を振るってきたことを物語っていた。
「えー、お知らせします。決勝戦は3時間後に行います」
それはガウディの攻撃でぼろぼろになった闘技場の整備を行わなければならなかったため、異例の長さの休憩時間となってしまった。
体力が回復しきっていなかったエルフレッドにとってはとてもありがたい出来事であった。
その空き時間を利用して彼らは食事を取っていた。
「……どうだった、エル?」
「正直、あんな光景を見せられれば勝てる気はしなかったよ」
ミュラの質問に対して素直な意見を述べた。
「そう……」
彼女の方もあんな光景を目の当たりにしては弱気な彼の発言に対して、こないだのように発破を掛けるわけにはいかなかった。
「大丈夫だよ……僕は絶対に負けないからっ」
その根拠はメイルが差し示してくれた僅かな可能性であった。その奇跡のような輝きが彼の胸の中に灯っていたため、彼はまだ勝つことを諦めていなかった。
「……エルがそう言うなら大丈夫だよね」
「ああ、任せておいてくれっ」
満面の笑顔を浮かべるとミュラの思いに応えた。
「応援しているよ、エル……」
彼の笑顔を見つめながら彼女も優しく微笑んだ。
『何やら気が付いたらエルフレッドの体力が大幅に回復しておるのじゃが……何が起こったのじゃ?』
暫くの間、彼とのリンクを切っていたため、メイルは外の状況がよく飲み込めていなかった。
『まぁ、良いのじゃ。これで秘策を実行するのに十分な条件が整ったのじゃ。あとはエルフレッドの実力次第。頑張るのじゃぞ……エルフレッド……妾の力が必要になるその時まで……』
「えーっ、大変長らくお待たせしました。ただいまより決勝戦を始めたいと思います……」
闘技場の整備が終わるとアナウンスで観客達を呼び集めた。
「各参加選手は指定の場所までお集まりください」
「それじゃ、行ってくる」
「頑張ってね、エル」
とびきりの笑顔で手を振るとミュラは観客席へと走り去っていた。
少しでも良い場所で彼の勇姿を観戦しようと張り切っていた。
「僕も行くか……」
彼女の後ろ姿を見送るとエルフレッドは指定場所へと向かった。
「それではこれより決勝戦を始めたいと思います……両参加選手は前へっ」
審判の合図と共にエルフレッド達の目の前にある鉄格子が上がった。そして、大勢の観客達に迎えられながら彼らは中央にあるリングへと歩いていった。
「楽しみにしていましたわ」
「期待に応えられるように頑張ります」
互いに握手を交わすと開始位置に付いた。
「それでは……試合開始っ」
「……ショウ=ウェル=メルツっ」
審判の合図と共に彼は必殺技を放った。もはや実力を出し惜しみしている場合ではなかった。
当然のようにタチアナもまた、その動きに対して反応した。
「ソック=リブル=メルツっ」
彼の放った必殺技に対して不適な笑みを浮かべるとその残像に向かっていった。そして、お互いにぶつかる瞬間、両方とも姿を消した。
「やはり、効きませんか?」
苦笑いを浮かべると再び剣を構えた。
「ええ、この技は既に見切っておりますわ……」
彼女は残像剣の原理を理解した上で同様に残像を作り出して打ち消していた。
彼女の『黒の女帝』の2つ名も伊達ではなかった。
「貴方の実力はそんな程度ではないのでしょう?もっと私のことをどきどきとさせてくださいね」
嬉しそうに微笑みかけると彼の次の手を窺っていた。
彼女にはまだまだ余力があるようであった。
「できる限り……その思いに応えてみせます……」
エルフレッドは次の技を放つべく右手で剣を構えた。そして、静かに彼女に近づくと軽く剣を振った。
「何ですの?」
その攻撃は彼女にとって、あまりにも平凡であまりにも遅い攻撃であった。そのため、かわすことは簡単であったが、彼の狙いがわからなかったので敢えて受けることにした。
「……コウ=トゥア=エルズっ」
そう叫ぶと彼は彼女に攻撃した逆方向から再び攻撃を仕掛けてきた。
「甘いですわっ」
タチアナはその攻撃に即座に反応すると剣の鞘で受け返した。
「まだまだっ」
身を翻すと更に反対側から攻撃を仕掛けてきた。
「くっ……」
彼の攻撃は彼が身を翻す度に早く、そして、力強い攻撃となって左右から交互に繰り出された。
円舞陣とは攻撃を払い退けようとする相手の反動を利用して大きなダメージを与える剣技である。つまり、相手が攻撃を返せば返すほど、そのダメージは大きくなり、早くなっていく。
「むっ……」
次第に膨れ上がる威力と早さに付いてこられなくなったタチアナは堪らずに後ろへと後退した。
「今ですっ……ショウ=ブライ=フレイト」
距離を取ったタチアナに対して剣を思いっきり振り下ろすと鋭い風の刃を放った。
烈空旋とは剣を振り下ろす際に一瞬だけ剣を横に返すことで押し出された空気の塊を相手に放つ。そうすることで意図的に鎌鼬を起こすのである。
「ぐっ……」
体勢を整えていなかった彼女はその攻撃をかわせなかった。そして、今大会で初めての傷を腕に負った。
「なぜですの……」
彼女は目付きを鋭くさせるとエルフレッドを睨み付けた。
「なぜって?」
彼には彼女が怒る理由がわからなかった。
「今の技で身体の中心を狙っていれば、私に勝てたのかもしれないに……」
タチアナは彼が情けをかけたのではないかと憤っていた。
確かに彼が今の技で彼女の身体の中線を狙っていれば、勝てたかもしれなかった。だが、そうしていれば、彼女は致命的なダメージを負い、最悪の場合、死んでいたかもしれない。
そのことを危惧して、エルフレッドはわざと身体の中線から攻撃をそらしたのであった。
「……いいですわ。そっちがその気なら……私が本気になるまでですわ」
表情から一切の緩みを消し去ると鞘から刀身を抜き放った。そして、自らに極寒の空気を纏わせた。
「さあ……死合いを始めましょう」




