第17話:負けられない戦い
『このままでは……お主は100%勝てぬのじゃ』
『……そうですか』
思いの外、エルフレッドはあっさりと彼女の言葉を受け入れた。
『なんじゃ?随分と物分かりがよいではないか……』
『実際に彼女の動きを見てみて何となく勝てないかもしれないと思っておりました……』
『お主……あの小童との約束を違えるつもりだったのか?』
『そんなつもりはありませんっ』
『ほう?では、どうするつもりだったのじゃ?』
『勝てなくとも相手が諦めるまで粘って粘って粘りきるつもりでした』
彼は勝つのではなく負けないように根性で喰らいつき、タチアナが素直に負けを認めるまで戦い抜くつもりであった。
『お主らしい戦法じゃな……じゃが、あの女剣士が持つ武器はちと厄介じゃぞ』
『彼女の武器ですか?』
結局、彼女は2回戦とも刀身を抜かないまま相手を制圧していた。そのため、彼女がどんな業物を扱うのか、エルフレッドは知らないままであった。
『もし、あの武器が東方に伝わるソリッド技法による武器だとしたら、その殺傷能力は図り知れぬのじゃ』
メイルはタチアナの故郷であるバルド国も訪れたことがあり、彼らの武器についても知識を持っていた。
『そんなに危険な武器なのですか?』
『うむ。通常の武器は鉄を鎔かして型に流し込んで生成するのじゃが、あやつらの武器は高温で熱した鉄を何層にも重ねて、ひたすら叩いて鉄を薄く引き伸ばす製法で作られているのじゃ』
『その製法に何か意味はあるのですか?』
『そうすることで鉄の中の純度を上げて、より丈夫な武器に作り上げるのじゃ』
『……』
エルフレッドは頭が付いてこずに沈黙していた。
『やれやれ……筋肉を思い浮かべるのじゃ。筋肉を引き締めると筋肉の組織が密着して固くなるであろう?それと同様に隙間なく鍛えあげられた鉄もより強固になるのじゃ』
『なるほど……』
『そうして、鍛えあげられた鉄をさらに薄く伸ばして刃先を斬りやすく研ぎ澄ます技法をソリッドと言うのじゃ』
『なぜ?そのような手間のかかることを?』
『全てはより簡単に人を殺戮するため……そのために特化された武器なのじゃ』
『人を殺すために特化した武器ですか……』
人を守るためだけに剣を振るい続けてきた彼には到底理解のできない武器であった。
『とりあえず、あの女剣士とはなるべく刃先を交えてはならぬぞ。もし、交えれば……そなたの剣は間違えなく破壊されるであろう』
『武器破壊……』
『そうじゃ、あやつらの武器は人だけでなく武器も簡単に壊すことができるのじゃ』
『そんな相手に僕は勝てるのでしょうか?』
メイルの話を聞いてエルフレッドは不安に駆られていた。
『やれやれ……早くも戦意喪失かの?』
『メルシア様の話を聞く限りでは僕に勝機があるようには見えませんでした……』
もともと引き分け覚悟で挑むつもりの戦いであったため、相手にそれだけ殺傷能力の高い武器があるなど全く想定していなかった。
『まあ、方法はなくもないのじゃが……』
『本当ですかっ』
『簡単な話じゃ……あの女剣士が武器を抜く前に殺せば良いのじゃ。お主の技量ならば十分に可能じゃろ?』
『そんな……そんなこと……僕にはできません……』
『それじゃ、どうするのじゃ?あのエルフの子供や小童との約束を違えるのか?』
『……』
エルフレッドはメイルの問い掛けに答えることができなかった。
人を殺すことができないという葛藤とミュラ達との約束を守りたいという葛藤が彼の心の中で鬩ぎ合っていた。
『すまんぬのじゃ……少し意地悪が過ぎたようじゃな。もう1つ……もう1つだけ女剣士を殺さずに試合を制する方法があるのじゃ』
『その方法とは……』
人を殺すことのできぬエルフレッドのため、タチアナを殺さずに勝つ方法を見出だしていた。そして、その秘策について彼の記憶の中へと刻み込んだ。
…
…
…
「……おはよう」
「おはようございます」
エルフレッドが目を覚ますとそこにはミュラが顔を覗かせていた。
「体調はどう?」
「そうだね……」
大きく背伸びをすると彼はベッドから立ち上がった。
「バッチリかな」
「良かった……それじゃ、今日は頑張ってね」
「ああ、ミュラの期待に応えてみせるよ」
拳を強く握りしめると彼女に優勝することを誓った。
「それでは……準々決勝3回戦目を始めます。両者、位置について……」
「お前……強いらしいな」
「それほどでもありませんよ」
「お前のその余裕の仮面を剥いでやるぜ……」
対戦相手のジョニー=テック=ハウゼンは『紅き狼』の2つ名を持つ実力者であった。
「試合開始っ」
「うおおお」
開始の合図と共にジョニーは斬り込んできた。その攻撃をエルフレッドは今まで同様に紙一重でかわそうとした。
「甘えええ」
ジョニーは手首を返すと攻撃の軌道を直進から水平へと変化させた。
「くっ」
エルフレッドは堪らずに鞘から剣を抜くと彼の攻撃を受け止めた。
「どうだ?俺の攻撃は一味違うだろ?」
「そうだね……」
「はあああ」
調子に乗ったジョニーは立て続けに攻撃を放った。
「せいやっ」
エルフレッドはこれまでと違って彼の攻撃を弾くと自らも攻撃を返した。
そうしなければ自分の方が先に体力を削られると判断した。
それだけジョニーの放つ攻撃は強力であった。『紅き狼』の2つ名は伊達ではなかった。
しばらくの間、互いの剣と剣がぶつかり合う音が会場に響き渡っていた。
「くっ……このままでは……」
先に音をあげたのはエルフレッドの方であった。ジョニーの攻撃の衝撃により彼の手の感覚は失われつつあった。
手数はエルフレッドの方が上であるが、致命的なダメージが与えられず、一方ジョニーの方は手数こそ少ないが、彼の馬鹿力はエルフレッドの握力を失わせるほど強力であった。
「仕方ないな……」
エルフレッドは一旦ジョニーから距離を取ると無防備な体勢を取った。
「どうした?もう諦めたのか?」
「……来ればわかるさ」
挑発するようにジョニーの攻撃を誘った。
「面白れええ……次の一撃で決めてやるぜっ」
両腕の筋肉を膨らませるとジョニーはエルフレッド目指して一直線に攻撃を仕掛けてきた。
「クレッシング=バリエンテっ」
「ショウ=ウェル=メルツっ」
迫り来るジョニーに対してエルフレッドは高速移動しながら幾重にも波状攻撃を仕掛け、彼の全身にダメージを与えた。
「がはっ……」
膝を突いて倒れたのはジョニーであった。
「……そこまでっ」
ジョニーが動かなくなると審判は試合の終わりを告げた。
「そろそろ、厳しい戦いになってきたな……もう実力を出し惜しみしている場合じゃないかもしれない……」
呼吸を整えながら次の試合に向けて精神を集中させた。
その頃、タチアナは圧倒的な実力差を見せつけながら余裕な感じで準々決勝を勝ち上がっていた。
流石は黒の女帝と言ったところか、闘技場の戦いに関してはエルフレッドよりも彼女の方が一枚上手のようであった。
「そろそろ、次の試合が始まる。行こう……」
重い腰を上げるとエルフレッドは試合会場へと向かった。
「あと2回戦か……頑張れ、エルフレッド……」
ミュラは観客席から彼の勝利を祈っていた。
「それでは……準決勝2回戦目を開始します。両者、位置について……」
「よろしくお願い致しますぞ」
エルフレッドが闘技会場に上がると早々に対戦相手のブライアン=ルーデ=リッヒは手を差し出してきた。
「こちらこそ……」
「うむ。充分に鍛練を積まれておるようじゃな。良き手である」
エルフレッドの手にできた豆を確認しながら彼の実力について推し量った。
「それでは……試合開始っ」
開始の合図と共にブライアンは先の細長い剣を構えた。彼の武器は『レイピア』と呼ばれる珍しいものであった。
「せあっ」
「くっ」
ブライアンの攻撃を弾いたが、その尖端は再び軌道を変えるとエルフレッドの腕を掠めた。
基本は突くことに特化した武器なのだが、手首を反すことでその軌道は蛇のうねりのように変幻自在に変化する。その攻撃を防ぐのは至難の業であった。
「次々、いきますぞっ」
怯むエルフレッドに対して容赦ない攻撃を浴びせた。
致命傷は避けつつもブライアンの攻撃は確実に彼の体力を削っていた。
「早めにケリを付けなければ……」
焦りを感じた彼はブライアンから距離を取ると全身の力を抜いた。そして、早々に例の必殺技を繰り出して試合を終わらせようとした。
「……ショウ=ウェル=メルツっ」
「その技は既に見切っておりますぞっ……シップザフレイスっ」
くねくねとレイピアの刃先を動かすと高速で迫り来る彼以上の早さで広範囲の攻撃を放った。
「……がはっ」
必殺技を繰り出して地に伏したのはエルフレッドの方であった。
ブライアンはジョニーとの戦いで見せた烈風剣に対して、既に対抗策を見出だしていた。
彼の2つ名である『蒼い稲妻』も伊達ではなかった。
「エルフレッドっ!!!」
倒れた彼を見て思わずミュラは大声をあげた。
「どうです?降参しますか?」
「いいえ……まだですっ」
「ほう……見上げた根性ですね」
「こんなことで……こんなことで折れるわけにはいきませんっ」
渾身の力で立ち上がるとエルフレッドは再び剣を構えた。
「若いですな……なれば、我輩も容赦はしませんぞ」
ブライアンは間合いを詰めると容赦ない突きの嵐を放ってきた。
「……くっ」
エルフレッドは突きの嵐から逃れるべく距離を取ろうと離れようとしたが、なかなか逃がしてくれなかった。
そうこうしている内に5分以上の時間が経過した。
時間が経つに連れて次第にブライアンの動きは悪くなっていった。
いくら手練れの剣士とはいえ、ブライアンは既に50歳を越える老剣士であったため、10代のエルフレッドに比べると体力は圧倒的に劣っていた。
「そろそろ……諦めたらどうですか?」
「すみませんが……まだ諦めるわけにはいかないです」
「一体何が貴方をそこまでさせるのか……」
「僕には負けられない理由があるのですっ」
「なるほど……その理由のために必殺技を破られても何度も何度も立ち上がるというのですな……」
そう言うとブライアンはエルフレッドから距離を取った。
「お互いに次の一撃で決着を付けるとしましょう」
これ以上の消耗戦を避けるため、次の一撃で終わらせることを提案してきた。
「……わかりました」
エルフレッドは彼の提案に乗ると全身の力を抜いた。そして、再び烈風剣を放とうとしていた。
「貴方も懲りませんね……綺麗に咲かせてあげるとしましょう」
ブライアンもレイピアを構えると電光石火を放つ準備をした。
「……ショウ=ウェル=メルツっ」
「散りなさいっ……シップザフレイスっ」
「ソック=リブル=メルツっ」
そう叫ぶとエルフレッドは立て続けに技を放った。そして、ブライアンは目の前に迫ってきた彼の姿を攻撃したが、その姿は幻影のごとく消え去り、全て空を斬った。
「なっ……」
彼が唖然としているとその直後、再びエルフレッドが姿を現した。そして、そのまま一陣の風のようにブライアンの横を駆け抜けていった。
「お見事……」
不適な笑みを浮かべるとブライアンはそのまま気を失った。
彼の放った残像剣は烈風剣の応用技で対象の目の前で急ブレーキを踏み込むことで錯覚を起こさせて、その残像で相手を惑わせる剣技であった。
ただし、もともと彼の動きが見えていない相手にはあまり意味のない技である。
「……それまでっ」
ブライアンが動かなくなったことを確認すると審判は試合の終了を告げた。
「まじかあああ」
「あんな若僧にっ」
「ありえねえええ」
試合終了と共に観客席から驚愕と悲しみの叫びが轟いた。
それは単純に驚く者、ブライアンの勝利に賭けた者などエルフレッドの勝利を称えた声はほとんどなかった。
それだけ彼がブライアンに勝ったことは信じられないことであった。




