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機巧れないの恋  作者: 東メイト
第2章:エルフレッド 編
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第16話:波瀾の幕開け


「……というわけなんだ」

「そう……ミュラに怪我がなくて良かったよ」

 彼女の話を聞いてエルフレッドは彼女の頭に手を乗せた。そして、優しく頭を撫でた。


「ちょっ、いきなり何をやってるんだよ」

「ごめん、ごめん。頑張ってくれたミュラに感謝の気持ちを伝えたくて……」

「撫でてくれるのは嬉しいけど……不意打ちは止めてくれよな。胸が痛くなるから……」

 顔を真っ赤に染め上げながら口を尖らせた。


「……大丈夫かい?」

「ああ、ちょっと驚いただけだから。そんなことよりも黒き女帝の方はどうなんだい?勝てそう?」

「話を聞く限りでは何とも言えないな……相手の実力は剣を交えてみないと計り知れないからね」

「そんな弱気なことを言わないで、エル」

「僕とて一応は普通の人間だからね。他の人達以上に鍛練は積んできたつもりだけど、負ける時もあるよ……」

 悔しそうに唇を噛み締めるとエルフレッドはメイルを守りきれなかったあの時のことを思い出していた。


 どだい無理な話である。いくら彼が常人離れした剣術の使い手であったとしても戦車や戦闘機に敵うはずなどなかった。


「馬鹿っ、今はそんな暗い顔を浮かべている場合じゃないだろっ。昔何があったか知らないけれど……」

 急に落ち込んでしまった彼を励まそうと必死で檄を飛ばした。


 彼女の言う通り、今は落ち込んでいる場合ではなかった。


「今は……目の前の勝利を掴むことに意識を向けるべきよ。あんたの腕には1人の少女の運命が掛かっているんだから」

「……そうだったね。僕が優勝しなければ、あの子を救い出すことができないんだった。君の言う通りだっ」

 本来の目的を思い出すと心の底からやる気を漲らせた。



『ふむ……落ち込んだり、やる気を出したり、ほんに忙しい奴なのじゃ。じゃが……それも悪くないのう』

 揺れ動くエルフレッドの感情に触れながらメイルは彼の優しさについて理解を深めていた。


『相手は東方の女剣士か……わらわの知識が少しでも役に立てば良いのじゃが……』

 彼が闘技大会で優勝できるように自分なりにサポートすることを考えているようであった。



「……いよいよだね。今日は頑張ってね」

「ああ、任せておいて。何としても優勝してみせるからっ」

「その粋だっ、ファイトだよっ」

「優勝?お前みたいなひょろそうなやさ男がか?がっはっはっ、面白い冗談だ」


 エルフレッド達が気合いを込めていると隣にいたゴツい男が何の気なしに絡んできた。


「優勝するのは……このゴメス=トロル=テンプリン様だっ」

「そっちこそ……冗談は顔だけにしろっていうんだ」

「あ~ん?冗談のような顔だと?俺の顔がそんなに笑えるというのか?」

「ああ、そうだよ。なりそこないのゴブリンみたいな顔をして……」

「ごっ、ゴブリンだとっ!ふっ、ふざけやがってえええ」


 怒りを露にさせるとゴメスはミュラに掴み掛かろうとした。


「その辺りで止めにしないか?」

 エルフレッドは彼の手首を掴むと彼女への危害を加えないように注意した。


 その手を必死に振りほどこうとしたが、彼の腕はびくとも動かなかった。


「わ、わかった。もう、突っかかったりしない。だから、その手を離してくれ……」

 次第に絞まっていく指先に恐怖を覚えたゴメスは素直に白旗を挙げた。


「ミュラ、君も謝るんだ」

「何でだよ?」

「不用意に人を煽るのも良くない」

 反省を促すとこれ以上の揉め事を起こさないように彼女にも注意した。


「わかったよ……馬鹿にしてすまなかった」

「お、おう、俺の方こそ、すまねえ」

 ギクシャクとした感じではあったが、何とかその場は無事に収まった。


「それでは……お互いに頑張りましょうね」

「ああ、それじゃあな……」

 ゴメスはそそくさとその場を立ち去っていった。


「それじゃ、そろそろ行ってくるよ」

「頑張ってね」

 試合の開始時間が近付くと彼は所定の場所へと向かった。


 闘技場の入り口は東西左右にそれぞれ1つずつあり、参加選手はそれぞれの入り口から真ん中にある試合会場へと向かう。


「それでは……第7試合を始めます。両者、位置について……」


 エルフレッド達は審判に促されるまま試合会場の真ん中へと移動した。


「ルールは何でもあり、試合時間は約10分、それ以上、時間が掛かる場合は両者ともに敗者とします」

 大まかなルールを説明すると審判は片手を大きく振り上げた。


「それでは…………始めっ」

 試合開始を告げると審判は戦いに巻き込まれないようにその場を離れた。


「さて、どう料理してくれようか?」

 エルフレッドの2倍の高さはあろうかという大男は頭の上でブンブンと身の丈以上の大きな斧を振り回していたが、彼の胴体は隙だらけであった。


「おらっ!おらっ!おらっ!」


 エルフレッドは振り下ろされる斧を悠々とかわすとただひたすらに大男の攻撃をかわし続けた。


「どうした?どうした?はぁ、はぁ、怖くて反撃もできねえのか?はぁ、はぁ……」

 一向に攻撃してこない彼に業を煮やして挑発する大男であったが、その息は確実にあがっていた。


 それもそのはずである。いくら身体を鍛えていようが、ただひたすらに大きな斧を空振りし続けていれば、体力の消耗も激しくなる。


 それを見越して彼は無駄な体力を使わずに男の攻撃をかわし続けていた。


 そうすることで自らの実力を隠しつつ、相手を自滅させるのが、彼の目的であった。


「はあ、はあ、はあ、ふ、ふざけるなよ……ちょこまかちょこまかと……いい加減……反撃してきたら……どうだ?」

 攻撃を当てることを諦めた大男は自らの打たれ強さを見せつけるべく動くのを止めて鳩尾の部分に指を当てて彼のことを挑発した。


 男の狙いはエルフレッドに攻撃しても無駄なことを理解させて動揺した隙を突こうというものであった。


 彼は自分の攻撃が当たりさえすればエルフレッドを倒せると信じていた。


「それでは……」

 エルフレッドは隙だらけの男の鳩尾に剣の柄による連撃を何度か与えた。


「あがっ……あがが……」

 その攻撃を受けた大男は胸を押さえるとそのまま前のめりに倒れ込んだ。


 さしもの大男も息があがった状態で何度も肺を圧迫されれば、まともに空気を取り込むことができなくなり、酸欠を起こしたのであった。いくら打たれ強かろうとも関係なかった。


「そ、それまでっ!」

 突然の出来事に静まり返っていた会場であったが、大男が完全に動かなくなったことを確認すると審判は終了の合図を告げた。


「うおおおっ」

「まじかっ」

 試合が終わると会場に驚きと歓喜の声が鳴り響いた。


「今のは……」

「一撃じゃねえな?」

「間違いなく連撃だ……」


 会場にいた何人かの実力者達は彼が放った攻撃が只の一撃でないことを見抜いていた。そして、タチアナも当然のように彼の攻撃の回数を見切っていた。


「今度はわたくしの番ですわ……」

 微かに口許を緩めると彼女は嬉しそうに足取りを弾ませた。


 それは強者が宿敵ライバルを見つけた時の高揚感であった。


「それでは……第9試合を始めます。両者、位置について……」


 黒い髪を靡かせながらタチアナは優雅に開始位置まで移動した。


 彼女の対戦相手はエルフレッドに絡んできたゴメスであった。


「よろしく頼みますわ」

 優しい作り笑いを浮かべるとゴメスを萎縮させた。


「それでは…………始めっ」

「……っ!」

 試合開始の合図と共に彼女が気合いを込めるとゴメスは蛇に睨まれた蛙の如く固まった。


 彼は彼女の放つオーラに完全に飲み込まれてしまっていた。


 こうなってしまえば、あとは煮るなり、焼くなり、彼女の自由であった。


「やれやれですの……」

 縮こまるゴメスに落胆の表情を浮かべながら静かに彼の傍へと近づいていった。


「うぐぐっ……」

 懸命に身体を動かそうと抵抗するも虚しく彼は指一本動かすことができなかった。


「すぐに……終わらせてあげますわ」

 怯えるゴメスの前で立ち止まるとタチアナは微かな風を吹かせた。


「……かはっ」

 彼女が何事もなかったように彼の横を通り過ぎると彼は泡を吹きながらその場に倒れた。


 あまりの出来事に会場中は完全に沈黙していた。


「…………それまでっ」

 倒れたゴメスの様子を確認すると審判は試合の終了を告げた。そして、それを境にようやく観客席から拍手と歓喜の声が沸き上がった。


「一体何が……」

 ミュラもまた何が起きたのか、わからなかった観衆の1人であった。


「今のは……彼女が高速であの男を攻撃したんだよ。3ないし、4連撃かな?」

「今の攻撃が見えていたの?」

「全てじゃないけど……一応3動作までは確認できたよ」


 エルフレッドの言う通り、タチアナはゴメスに4連撃を放っていた。


 彼の左肩から身を翻して右脇腹へ、そこから反転して左脇腹、さらにもう1度身を翻して右肩へ攻撃を加えていた。


 その結果、彼は脊椎を揺さぶられて脳震盪を起こして倒れたのであった。


 尤も彼女が刀身を抜き放っていたならば、もっと素早く決着が突いていたのだが、そうしなかったのは無駄な殺生をしない精神とエルフレッドに対する挑発のためである。


 彼が先程の試合で放った4連突きに対して、より複雑な3回の切り返しによる4連撃を繰り出してみせた。そうすることで自分との実力の差を彼に見せつけていた。



『やはり、只者ではないようじゃな……あの動きは既に常人のそれを越えておるのじゃ……』

 メイルはエルフレッドの視覚を通してタチアナの動きを全て見通した。


『何か対策を考えねばなるまい。もし、仮に彼女の持つあの武器が東方の技術で作られたものじゃとしたらならば……まず、エルフレッドには勝ち目はないのじゃ』

 1度も使われることのなかった彼女の武器について危惧していた。


『エルフレッドが彼女を殺す気で戦えば何とかなるかもしれんが……』

 心優しい彼にそんなことができないのは百も承知であった。


 そうなればエルフレッドが試合を制すのは格段と困難になる。


 なぜならば……彼女の方は負けそうになれば、殺すことも厭わずに死ぬ気で戦ってくる可能性が高いからだ。


 彼同様に彼女にもまた負けられない理由がある。


 それは負けた参加者が女性であった場合、公衆の面前で辱しめを受けるという暗黙の了解があるためだ。


 その理由により女性冒険者が闘技場へ足を運ぶことはない。参加するのは余程の強者だけであった。


 もちろん、その暗黙のルールはタチアナも知っている。何度か大会に参加した時にその現場を実際に目撃しているからである。


 それでも彼女は絶対に負けない自信があったため、闘技大会への参加を続けていた。自分が敗北する時は死ぬ時であると覚悟して……


 エルフレッドがそんな覚悟を持った女性剣士を相手にするにはそれ相応な覚悟が必要であった。


 ちなみに彼は女性参加者が闘技大会に負けた場合の暗黙のルールについては当然知らない。



「……エルなら勝てるよね?」

 タチアナの実力を知って急に不安に駆られたミュラはエルフレッドに同意を求めた。


「確かに彼女は強い……だけど、僕は負けないさ」

「本当に?」

「ああ、あの子のためにも……僕を信じてくれた君のためにも……絶対に負けないよっ」

 強く拳を握りしめると安心させるようにミュラへ笑いかけた。


「良かった……エルならきっと勝てるっ。その言葉を信じているから」

「もちろんさ。約束だ……」

 手を差し出すと絶対にタチアナに勝つことをミュラに誓った。


 その後、2回戦が行われるとエルフレッドもタチアナも順当に勝ち上がり、準々決勝進出を決めた。そして、準々決勝の選手達が全て出揃うとその日に行われる試合は終了となった。


 今回の闘技大会はトーナメントの規模が大きかったため、2日にわけて行われている。2日目は準々決勝の4試合、準決勝の2試合、そして、決勝戦の1試合と全7試合が行われる予定であった。


 その日の夜、メイルはエルフレッドの夢の中へと姿を現した。


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