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機巧れないの恋  作者: 東メイト
第2章:エルフレッド 編
15/26

第15話:無敗の美少女剣士


 船の運航の再開が決まって以来、流行り病から解放された人々はかつての賑わいを取り戻すべく街のあちらこちらで活動を再開し始めていた。


 最初にエルフレッド達が訪れた時とは一変して、街の中はお祭り気分で賑わっており、屋台や露店などが開かれて道行く人々に声がかけられた。


 その中でも一際賑わっている場所があった。それは闘技場の前の広場である。


 そこでは闘技大会に参加する者の誰が優勝するかを予想する大規模な賭博が行われていた。


「さあさあさあ、張ったっ!張ったっ!」

「誰に賭ける?」

「そうだな、『紅き狼』も良いし、『蒼い稲妻』も捨てがてえ……」

 賭博場の前では闘技場の常連参加者の2つ名が飛び交っていた。


「だが……やっぱり、賭けるなら『黒の女帝』だろ?」

「そうだなっ、やはり、賭けるなら彼女以外にあり得ないだろ」


『黒の女帝』とは女性であるにもかかわらず、各地の闘技場で連戦連勝の無敗の記録を誇っている女剣士のことで彼女の奮う剣は神速。


 まさに目にも止まらない早さであった。 


 その実力は折り紙付きで、その美しき容姿も相まって、この闘技場では圧倒的な一番人気を誇っていた。


「タチアナ=バルド=ジルフィーネに銀貨1枚」

「こっちは銀貨5枚だっ!」

「俺はタチアナさんに銀貨10枚だ」


 タチアナ(可憐の意味を持つ花)バルド(東方にある国)ジルフィーネ(風を司る神)


 それが黒の女帝の本名であった。


「それなら俺はジョニーに銅貸10枚」

「こっちはブライアンに銅貸20枚だっ」


 その他の選手にもぼちぼちと銀貨や銅貸が賭けられ始めていたが、ミュラの狙い通りにエルフレッドにはまだ誰も賭けていなかった。


 まあ、無名の新人がいきなり参加したのであれば、当然の結果と言えよう。


 ちなみに今回の大会に参加するのは総勢で32人であり、思ったよりは少な目だが、出場選手はエルフレッドを除き、ほとんどが闘技大会で名を馳せた強者達であった。そのため、新手の参加者達のほとんどが怪我をすることを恐れて参加しなかった。


「さあさあ、そろそろ受付を締め切るよ!他に賭けたい選手はいないかな?」

「エルフレッド=クラウニング=プラウドに……金貨16枚」

 ミュラがエルフレッドに金貨16枚を賭けると辺りはシーンと静まり返った。それだけ彼女が張った金額が大きかったためである。しかもそれを無名の新人に賭けるなど愚か者以外の何者でもなかった。


 一番人気のタチアナですら総トータルで金貨30枚程度しか賭けられていなかった。そのため、ミュラの賭けが成立すれば、彼の倍率は一気に跳ね上がり、2番手の1.8倍となる。


「おいおい、まじかよ。あのお嬢ちゃん……」

「正気の沙汰じゃねえな」

「誰か止めてやれよ」

「というか……エルフレッドって誰だよ?」


 エルフレッドのことを知らない観客達は好き勝手なことを言って、彼のことを馬鹿にした。


「お嬢ちゃん、銀貨16枚を賭けるのかい?」

 あまりの金額に受付は聞き間違いかと確認した。


「いや、金貨、金貨16枚だと言っているだろっ」

 ミュラは受付を睨むと懐から金貨の入った布袋を見せた。


「おいおい、止めとけって。溝に金を捨てるだけだぞ?」

「もっと良い選手がいるだろ?」

「何なら俺が教えてやろうか?」

「俺がもっと有意義に使ってやるぜ」

 彼女が本気で無名の新人に大金を賭けようとしていることを知ると周囲の人間達は糖分に群がる虫のように挙って群がってきた。


「うるさいなっ!あたいが誰に賭けようとあたいの勝手だろっ」

「人が親切に教えてやっているというのに……」

「さあ、早く受理してよっ」

 周囲の雑踏を無視すると金貨の入った袋を叩き付けた。


「……わかりました。金貨16枚ですね?」

 彼女の剣幕に圧されて受付は受理を認めた。


「……ふう。何とか賭けが成立した」

 ミュラはエルフレッドに賭けた札を大切に胸の中へと仕舞った。


「おいっ、お前っ!」

 彼女が人気のない裏路地に差し掛かると数人の男達が声を掛けてきた。彼らの目的はミュラの持っていた金貨に興味があるようであった。


「あたいに何かようかい?」

「お前の有り金を俺達に寄越せっ」

 彼女は悪い意味で目立ちすぎてしまっていた。


「有り金ならさっき全部叩いたさ……」

 不適な笑みを浮かべると彼らのことを警戒した。


「ふざけんなっ!あんな何処とも知れないカスに捨てる金があるんだ。もっと隠し持っているんだろ?」

 やはり、彼らの狙いは彼女の金のようであった。


「本当さ。あたいは1銅貸すら持ってないよ」

 空になった布袋をひらひらとさせると金を持っていないことをアピールした。


「きっと他に隠し持っているか、隠している場所があるんだぜ」

「身ぐるみ剥いで吐かせようぜっ」

「とにかく捕まえようっ」


 ミュラにとって最悪の展開であった。こんなことになるならエルフレッドを連れてくるべきだったと後悔した。


 彼は剣の腕を研ぎ澄ませるため、近くの森の中で汗を流していた。


「舐めるなよっ、あたいだって盗賊の端くれだ。あんたらを煙に巻くなんて容易いないことだ……」

 身を翻すと彼らから遠ざかった。


「待ちやがれっ」

 当然のように彼らは彼女の後を追った。


「逃がさねえぞっ」

「捕まるもんかっ」

 彼女は後続の物取りに目の下を見せると舌を出した。このまま行けば何とか振り切れそうであった。


「おっと残念っ、ここは行き止まりだぜっ」


 彼女が後ろを気にしていると前から先回りした物取りの一味が行く手を塞いだ。いくら逃げ足が早くても地の利は彼らの方があったため、彼女は追い詰められてしまった。


「へっ、へっ、へっ、どうするよ?お嬢ちゃん」

「くっ、エル……」

 胸の中の賭け札を握り締めると地を這う虫のごとく地面に踞った。そして、何をされても胸の中のものだけは絶対に死守しようと覚悟を決めた。


「こいつ、何か隠し持っているようだぞ」

「ひっぺがぜっ」

「……っ」

「お待ちなさいっ」


 物取り達の手が彼女に迫ってきた瞬間、何処からともなく声が聞こえてきた。


「……誰だ?俺達の邪魔をする奴は?」

 声のした先には漆黒の瞳に漆黒の髪、それはまるで気品溢れる烏を連想させるような見た目の女性であった。


「それ以上……みっともない真似は看過できないわね」

「く、黒の女帝……」

「これは……俺達の問題だ。あんたには関係ないだろ?」

 物取り達は彼女の放つ独特な雰囲気に息を詰まらせながら反論した。


「大の大人がそんな子供を寄って集って取り囲んで何を見過ごせるというの?」

 タチアナにはミュラのことが幼い子供に見えているようであった。


「どうする?」

「ここまで来て、諦められるかよっ」

「構わねえ。いくら、黒の女帝と言えどもこれだけの数で一辺に襲いかかればわけねえさ」

「……そうだな。所詮、相手は女子供さ。構うこたえねえ、やっちまおうぜっ」

 物取り達は互いに鼓舞し合うとタチアナと戦うことを奮起した。


「本当に愚かな人達……」

 彼女は溜め息を吐くと肩の力を抜いた。


「行くぜえええ」

「うおおおお」

「やああああ」


 思い思いに叫び声をあげると物取り達は一斉に彼女へと迫っていた。


「せやあああ」

 彼女が口を開くとその声音に驚いた物取り達は一瞬動きを止めた。その瞬間、彼女は目にも止まらない速度で6人の男達を地に伏した。


 その動きはまるでエルフレッドが放った烈風剣のような旋風であった。


 彼女の場合、彼のように筋肉に溜めを作る必要がなかった。それは柔軟な筋肉を持つ女性ならではの動きである。


「あがっ」

「うぐっ」

「おごっ」

「がはっ」


 物取り達は地面に顔を打ち付けると全員気を失った。


「一体何が……」

 ミュラは突然起きた出来事に呆然としていた。状況に頭が付いていっていなかった。


「大丈夫でしたの、お嬢さん?」

「……ありがとう」

 タチアナに声を掛けられると彼女は正気を取り戻した。


「だけど……あたいは子供じゃねえ」

 彼女に子供と言われたことを根に持っていた。


「それは申し訳ございませんでしたわ」

「わかってくれたなら、それで良いや」

 余裕を取り戻すとミュラはようやく笑みを浮かべた。


「ところであんた、名前は?」

わたくしの名前ですの?」

「命の恩人の名前くらいは知っておいても悪くないだろ?」

 彼女の目的はエルフレッドのため、目の前の強敵の素性を少しでも知ることにあった。


「それもそうですわね……わたくしの名前はタチアナ=バルド=ジルフィーネと申しますわ」

「やっぱり……あんたが噂の黒の女帝……」

「黒の女帝ですの?わたくしはそう名乗った覚えはなかったのですが……」

 恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。


「あたいの名前はミュラ=キュリア=ハトラスだよ。よろしくね」

「ミュラさんね……覚えましたわ」

「タチアナ……さんはこの辺りじゃ見かけない感じだけど、どこから来たんだ?」

「タチアナで良いですわ。わたくしは東方にある『バルド』という国から来ましたの」

 ミュラが言いにくそうにしていると彼女は敬称を省くことを提案した。


「じゃ、あたいもミュラでいいよ」

「わかりましたわ」

「それでタチアナはどうして、この国までやってきたんだ?」

「それは……剣の修行のためですわ。もう東方の方じゃ、わたくしに勝てる人間はほとんどいなくなってしまったので……」


 幼い頃からずっと剣を奮い続けた彼女はエルフレッド以上の修行を積んできた。そして、15歳の時に自分の限界を知るため、東方にある島国(バルド)よりこのバレンシアの地まで遠路はるばるやってきたのである。


 旅を始めてから5年間、タチアナは各闘技場で名声を轟かせ、ただの1度も敗北を知ることなく過ごしてきた。


「なるほどね……だから、あんたは女なのにあんなに強かったんだね」

「鍛練は裏切りませんの。男であろうと女であろうと強さを極めれば、そこに境界はありませんわ」

「独り旅をして寂しいと思ったことはないの?」

「旅に出る前はそう思うこともありましたわ……ですが、人間は常に孤独なものであり、生まれる時も死ぬ時も基本は1人……そう思うと自然と寂しさはなくなりましたわ」


 それは長い旅を通して彼女が学んだ真理であった。


「生まれる時も死ぬ時も1人か……何となくわかるな」


 こうして、ミュラはタチアナから様々な情報を聞き出した。


「それではわたくしはこの辺で……」

「ここまで送ってくれてありがとう」

「気にしないでください。散歩がてらに歩いてきただけですから……」


 街の外れであるここに来るまでの間、タチアナはミュラのことを追跡する者や待ち伏せする者がいないか、気を張っていたが、流石に黒の女帝に絡もうとする無謀な輩は現れなかった。


 彼女の身の安全を確認すると任務を果たしたように彼女から離れていった。


「……そうでしたわ。お連れ様にも戦うことを楽しみにしています……とお伝えください。それでは……」

 去り際に踵を返すとタチアナは最後に意味あり気な言葉を残していった。


 どうやら、彼女はエルフレッドのことを知っているようであった。


 正確に言うと彼が強者であることを理解していた。


 ある程度の実力を持つ者達はその者の纏う空気を見ただけで相手が強者であるかどうかを知ることができる。そして、タチアナは街中で彼らが肩を並べて歩いているのを目撃していたのである。


「早くエルに知らせなきゃ……」

 胸の中の賭け札を握り締めると彼女はエルが待機する森の中へと走り出した。


 一刻でも早くタチアナのことを伝えたかったようであった。


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