第14話:闘技大会
「一体どうすれば……そうだっ。いくらならこの子を売ってくれる?」
エルフレッドは相手が奴隷商人であることを思い出すと彼からエルフの幼女を買い取ることを思い付いた。
「何だね?ちみがこいつを買い取ろうというのかね?」
商人はじろじろと彼らのことを値踏みすると馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「とてもじゃないが、ちみ達のような貧乏人が出せるような額じゃないと思うんだが……どうしても買いたいと言うのならば、今すぐに金貨30枚を用意するんだな」
「なっ!」
ミュラは途方もない金額を聞かされて言葉を詰まらせた。とてもじゃないが、今の彼らにはすぐに用意できる金額ではなかった。
金貨30枚といえば、一般の冒険者が一生を掛けて稼ぎ出すような金額である。
「どうして、そんなに高いんだ?このくらいの子供ならば、相場はせいぜい銀貨1枚くらいだろ?」
「馬鹿を言うんじゃないんだなっ。こいつは稀少なエルフの子供なんだな。ちみ達もエルフが稀少な種族なのは知っているんだな?」
彼の言う通り、エルフは稀少な存在であった。
エルフは人間のおおよそ10倍も生きるため、種の繁栄においては人よりも遥かに抑えられていた。そのため、種の数は極めて少なく、また、彼らは他人との交わりを極端に嫌っており、他の同族との出会いも少なかった。
その上、ここ100年の間は人間達によるエルフ狩りが盛んに行われており、檻に閉じ込められた幼女の両親もその被害者であった。
なぜ、人間がそのような凶行に及んでいるのか?
それもまた……メイルの責任であった。
責任と言っても彼女には直接原因があるわけではないのだが、エルフの見た目が限りなくメイルに似ているという理由で第2の暴虐の覇王が再来することを怖れた。そのため、人々は挙って罪のないエルフ達を討伐したのであった。
もちろん、彼らも一方的に人間達に狩られていたわけではないが、好戦的なメイルと違って彼女のようには上手く戦えなかった。
数においての戦法は人間の方が圧倒的に有利であり、彼らが得意とした魔法は魔石の力によって大幅に抑え込まれた。
魔石は魔力を貯め込む一方で魔力を封印する力も持っていた。そのため、エルフのような強い魔力を持つ者が肌身に取り付けられると魔法が上手く使えなくなるのである。
以上の理由によりエルフは絶滅器具種のように存在数が極めて少ない状況に陥っていた。
それにエルフの子供となれば、その利用価値は計り知れない。
小さい頃から上手く調教ができれば、将来有能な魔法使いとして利用することができるし、彼らの魔力を奪うため、身体に取り付けられた魔石は『魔法道具』と呼ばれる特殊な武具や道具に利用することも可能であった。
その魔法技術はメイルも利用しており、その力を使って機巧人形の動力としていた。
檻の中の幼女にもそんな魔石が身体のあちらこちらに取り付けられている。
従って奴隷商人が付けた値段はあながち大袈裟なものではなく適正価格と言えば、適正な価格の範囲内であった。
「どうするんだな?本当にこいつを買い取る気があるのかな?」
「そんな大金……払えません……」
エルフレッドは悔しそうな表情を滲ませながら彼女を奴隷商人から買い取ることを断念した。
「まぁ、ちみ達のような貧乏人には最初から期待なんてしていないんだな。わかったら、とっとこの檻を我輩の部屋まで運んでくれたまえ」
偉そうに命令すると醜い姿を晒しながら商人ギルドの中へと入っていった。
「お兄ちゃん……」
「すまない……」
悲しそうな幼女の視線を浴びながらエルフレッドは彼女を檻ごと奴隷商人の部屋まで運んだ。
「本当にどうにもならないのか……」
悔しいことだが、彼には何もすることができなかった。
『こればかりはどうにもなるまい……素直に諦めるのじゃ』
夢の中でメイルは悲しみに暮れる彼のことを慰めていた。
『ですが、メルシア様……』
『もう良いのじゃ……お主があの幼子のことで頭を悩ます必要など何もないのじゃ』
撫で撫でと彼の頭を優しく撫でた。
『それでも……僕には諦めることはできませぬ』
『なぜじゃ?どうして、お主はそこまで……』
『それが僕の信念だからですっ』
『信念とな?』
彼女は理解できぬ表情を浮かべると彼の顔をじっと見つめた。
『そうです。困っている者を絶対に見捨てない。何としても救いの手を差し伸べてみせますっ』
凛々しい表情を浮かべると拳に気合いを込めた。
『やれやれ……妾の言葉は届かずか……じゃが、その自信に満ちた表情は悪くないのう』
『すみません。折角の慰めのお言葉を……』
『気にするでないっ。それだけの気合いがあれば、何とでもなるであろう。じゃから……めげるでないぞ』
満面の笑顔を浮かべると彼女は彼に祝福を贈った。
…
…
…
「……ここは」
エルフレッドが目を覚ますとそこは宿屋のベッドの上であった。
「僕は……そうだった。あの子を助けなければ……」
「ちょっ、ちょっと慌てて、何処に行くつもりなの?」
部屋から飛び出してきたエルフレッドに驚いたミュラは彼を呼び止めた。
「何処へって……」
「無駄よ。いくら、エルが強くてもあの商人からエルフの子供を奪還するなんて無理なことよ……」
「そうかもしれない……だけど、このまま何もせずに諦めるなんて僕にはできないんだっ」
エルフレッドは商人ギルドに向かうと片っ端から依頼を受け始めた。
少しでも多くの金を集めて彼は奴隷商人と再び交渉を持ち掛けるつもりであった。
「やれやれ……そんな雀の涙じゃ。とても話にならないというのに……」
そう呆れつつも彼のことを懸命に手伝っていた。
そんな馬車馬のような日々を送る最中、船の運行が再開されることが決まった。
「もう時間がない……このままでは彼女は別の大陸に連れていかれてしまう……」
そうなってしまえば、もう彼には彼女を助ける手段は存在しなかった。
「エルっ、朗報だよっ」
「そんなに慌てて、どうしたんだい?」
彼が頭を抱えていると血相を変えてミュラが部屋へと飛び込んできた。
「あの子を助けられるかもしれない」
「本当かい?本当にそんな奇跡的な方法が?」
「まぁね」
ミュラは自信あり気に小さな胸を張った。
「それで?その方法とは?」
「それは……闘技大会だよ」
「闘技大会?」
この港町の運航が再開されることを祝して、この街で大規模な闘技大会が開かれることになったのである。
「それに参加すれば、彼女を救えるのかい?」
「参加するだけじゃ、駄目だ」
「それじゃ、一体どうすれば?」
「闘技大会で行われる賭けに参加して稼ぐのさ」
「賭けで?」
「そう……闘技大会では誰が優勝するのか?それを予想して賭博が行われる」
「なるほど……その賭けで一気に儲けようというわけだね」
そこまで聞いて、ようやくエルフレッドはミュラの狙いに気が付いた。
「でも、一体誰に賭けるつもりなんだい?」
「何を寝ぼけたことを言ってるんだい?あんたに決まっているだろっ」
呆れたように溜め息を吐くと彼女はナンセンスとばかりに首を左右に振った。
「えっ……僕に?」
「あんたの剣の腕なら絶対に優勝できるさっ」
「その信頼は嬉しいけど……いくら僕の優勝に賭けたとしても金貨30枚にはならないんじゃ?」
彼が持つ全財産はせいぜい銀貨が5枚程度であった。それを元手にしても到底金貨30枚にはなりそうにもなかった。
「それをあたいが何とかするのさ……」
腰に付けていた布の袋を机の上に置くとそれを静かに開いた。その中には10数枚の金貨が入っていた。
「こんな大金……いつの間に……」
「これは野盗の洞窟に置いてあったやつさ」
「野盗の洞窟?そうかっ、奴らが蓄えていた」
ちゃっかりと彼女は洞窟から逃げ出す際、宝石の他にも10数枚の金貨も持ち出していた。
「君って奴は……」
手癖の悪いミュラに苦笑いを浮かべた。だが、その手癖のおかげでエルフの幼女を助けられる可能性が見えてきたのだ。彼女を責めるわけにはいかなかった。
「このお金を使えば……」
目の前の大金に生唾を飲むとそれに手を伸ばそうとした。
「この金だけじゃ駄目。この金を元手にして倍にしなければ、あの商人は絶対に納得しないよ」
我を忘れていた彼に注意すると当初の目的を思い出させた。
「……そうだね、君の言う通りだっ」
「まずは闘技大会に申し込まなきゃ」
「わかったよ、ミュラ。それじゃ、速攻で行ってくるっ」
明るく微笑むと勢い良く部屋を飛び出していった。
「本当に……世話のかかる子供みたいな奴だな」
意気揚々と飛び出していった彼の後ろ姿を見つめながら微かな笑みを浮かべた。
「あたいも相当なお人好しだね……あんな馬鹿正直のために全財産を叩くなんて……もう他人からはお金を奪えないかもね……」
彼女がエルフレッドに見せたお金は彼女の将来のために貯めていた大切なお金であるにもかかわらず、大切な身銭を切ることよりも落ち込んでいる彼の顔を見ている方が何倍も辛かったため、素直に差し出したのであった。
「ただいまっ、闘技大会に申し込んできたよ」
「お帰り、随分と早かったね」
「全力で申し込んできたからね。それじゃ、早速……」
机の上に置かれた金貨の入った袋に手を伸ばした。
「待てっ。まだ、今はその時じゃない」
「どういうことだい?僕に賭けるんじゃなかったのかい?」
「賭けるタイミングは締め切り直前にした方が良いから……」
ミュラはできる限りエルフレッドの倍率を上げるため、すぐに賭けることを反対した。
もし、今の段階で彼の優勝に金貨16枚を賭けた場合、彼の倍率は一気に跳ね上がってしまい、他の観客から注目を浴びてしまう。
そうなれば他の観客からの賭け金も集中してしまい、その分倍率も下がって儲け分が少なくなるのである。
闘技大会の参加選手の中でも無名で見た感じも華奢なエルフレッドは注目を集めない方がそれだけ儲け分が高くなる。
そうなることを見越して彼女はぎりぎりで彼の優勝に賭けるつもりであった。
「……わかったよ。そっちの方はミュラに任せる。僕は優勝することにだけ意識を集中させるよ」
「信じてくれてありがとう、エル」
こうして、エルフレッドはエルフの幼女を解放するため、闘技大会に参加することになった。
『全く相変わらず、お人好しなのじゃ。わざわざ争い事に巻き込まれに行こうとは……』
争い事が嫌いなメイルにとって闘技大会など最悪な出来事の極みであった。ましてや、その大会にエルフレッドが参加しようとは心中穏やかではいられなかった。
『じゃが、仕方あるまい。これもあやつが自分で決断し、選んだことなのじゃ。妾にできることは静かに見守ってやることしかできぬ。頑張るのじゃぞ、エルフレッド……』
心を落ち着けるとエルフレッドが無事に目的を果たせるように祈りを捧げた。




