第13話:囚われのエルフ
「……参ったね」
「まぁ、事情が事情だし……仕方がないんじゃないの?」
エルフレッド達は未だに同じ大陸の港町で足止めを食っていた。
なぜ、そのような事態に陥っているのか?
それは……流行り病のせいである。
この町でも例の病気が蔓延してしまっていたため、隣の大陸へ船を出してくれる船主がなかなか見つからなかった。そのため、彼らは何日もの間、この町に滞在していた。
「一体何時になったら船が出るようになるのだろうか?」
「さあね?まぁ……どのみち、船が動くようになるまでは金を稼いで待つしかないんじゃない?」
「そうだね……ミュラの言う通りだね。船の運行が再開されるまでの間、商人ギルドで仕事を探すとしよう」
彼女に促されるまま商人ギルドへと向かった。
「この依頼なんか、どうだい?」
「ふむふむ……」
「こっちの依頼も単価が高くて移動距離が短くて良さそうね」
彼女はすっかりとエルフレッドの女房気取りで商人ギルドに掲載されている依頼の中からなるべく条件の良いものを探していた。
「僕は困っている人の手助けができるなら何でも構わないよ」
「全く……エルは本当にお人好しだな」
彼らは何時の間にやら互いに名前で呼び会う間柄になっていた。
「この依頼を受けようかな?」
「どの依頼?どれどれ……」
ミュラはエルフレッドが選んだ依頼を見て顰めっ面を浮かべた。彼が選んだ依頼は報酬の割にはとても大変な労働であった。
その内容とは……近くの村への補給物資の運搬である。
内容だけ聞けば大したことはない誰にでもできそうな依頼だが、問題なのはその運ぶ量であった。
馬が引っ張るのを嫌がるほどの量が積まれているため、基本的には人力で運ぶしかない。馬であれば1日とかからない距離であるが、人の手だと2日はかかる。
報酬の方は銅貸が50枚と1人で達成できれば、高めの報酬だが、並みの冒険者であれば、2、3人の力は必要である。ゆえに冒険者達はその依頼を誰も受けたがらなかった。
なぜ、そのような状況になるまで補給物資を止めていたのか?
それもまた流行り病のせいであった。
病気のために運び手が次々と倒れてしまい、最終的にとんでもない量になってしまった。
そんな面倒臭い依頼をエルフレッドは受けようとしていた。
「やれやれ……仕方がないね、エルは。どうせ、止めようと言ってもこの依頼を引き受けるつもりなんでしょ?」
「すまない、ミュラ。やはり、困っている人がいるなら放ってはおけないよ」
「エルならそう言うと思ってた。エルがやりたいならあたいも手伝うよ」
嫌な表情を浮かべていた彼女であったが、彼のためならば協力する気満々だった。
「ありがとう、ミュラ」
「礼なら後でいくらでも聞くから……早く手続きを済ませよ」
「そうだね」
依頼の紙を手に取るとそれを商人ギルドの受付嬢へと持っていった。
「こちらの依頼をお受けになるのですか?」
受付嬢は誰も受けたがらない依頼を持ってきた彼に驚きの表情を浮かべた。
「はいっ。その依頼をお受けします」
「……わかりました。それではよろしくお願い致します」
賑やかな笑顔を浮かべるとエルフレッド達を手に余る物資が積まれた倉庫へと案内した。
「これらの物を全て近くの村まで運んでもらいたいのです」
「……わかりました。お任せください」
満面の笑みを浮かべるとそれらの物資を荷車に積み込んだ。
「これで全部かな?」
「ああ、何とか全て積み込んだよ」
荷台の上には3メートルを越える補給物資がびっちりと敷き詰められていた。その重さはおおよそ1・5トン近くに及んだ。
「よしっ、行くぞっ」
気合いを込めるとエルフレッドは荷車を押し始めた。
「これは……思った以上にきついね」
いくら身体を鍛えている彼であってもその重さは驚異的でやはり運ぶのは困難であった。
「やっぱり、止めるかい?」
「いいや……これは、良い修行になる……」
歯を食い縛ると懸命に荷車を引いた。
「やれやれ……本当に頑固者なんだから……」
ミュラは彼の邪魔になりそうな目の前の石などを取り除いた。
そうして、3日の期間をかけて、それらの物資を近隣の村へと届けた。
「本当に……本当にありがとうございました……」
村の長は涙を流しながらエルフレッド達に感謝した。
それだけ村の状況は逼迫していた。あと少しのところで病死する者や餓死する者が出るところであった。
彼らが届けた物資の中には流行り病を治すための薬が含まれていた。
「是非とも村を挙げて、あなた方を歓迎したいのですが……」
今の村の現状ではとても彼らを歓迎できる余裕はなかった。
「大丈夫です。お気持ちだけ頂いておきます」
当然、村の現状を知っている彼は村長の好意を遠慮した。
「ですが、それでは……」
「ならば、次にこの村を訪れた時にお願いしても良いですか?」
村長の面子を保つため、そのようなことを申し出た。
「……わかりました。その時には村を挙げて歓迎させて頂きます」
「その時はよろしくお願いしますね」
エルフレッドの気持ちを汲んだ村長は彼の提案を快く受け入れた。
「やっと終わったね……」
「そうだね。みんな喜んでくれて良かったよ」
「エルはどうして、そんなに困っている人間に一生懸命になれるんだ?」
ミュラはふと頭の中に思い付いた疑問を口に出した。
「どうしてだろうね?……僕にもわからないや」
それは彼の魂に刻まれた思いなのかもしれない。かつて、1人の女性を助けることができなかった先祖の無念が脈々と彼の中にも受け継がれていた。
「へんなの……まぁ、エルらしいと言えば、エルらしいんだけど……」
満足そうな彼の表情を見ながら彼女も笑顔を浮かべた。
『ほんに……変なことなのじゃ。他人のために命を懸けて苦しみに堪えるなど……』
懸命なエルフレッドの行動を見守りながら、メイルはずっと不思議に感じていた。誰かのために何かを成すなど……彼女の目的を達成する過程でしか行えない。
そんな彼女が1度だけ自分以外の者のために動いたのはエルフレッドを砲弾から庇った、あの行為だけである。
その時になぜ彼を庇ってしまったのか?
それは彼女の中では謎のままであった。
「だっ、誰かっ、助けてくれなのだっ!!!」
エルフレッド達が村から帰っている途中、何処からともなく助けを呼ぶ声が聞こえてきた。
「一体何が……」
彼らは急いで声が聞こえてきた方へと向かった。
そこには野生の獣の群れに襲われる商人の荷馬車があった。
「たっ、助けてくれなのだっ!お金なら払うから……」
エルフレッド達の存在に気が付くとすぐさま命乞いをした。
「せいっ」
金と聞くや否や速攻でミュラは獣に石つぶてを放った。
「ぐるるるっ」
石をぶつけられた獣達は標的を彼女に変えると襲い掛かってきた。
「きたっ、きたきたっ。あとはよろしく……」
「やれやれ……君は本当に現金だね」
静かに鞘から剣を抜くと獣達に向けて剣圧を放った。
本能的に危険を察知した獣達は一斉に動きを止めた。
その隙にエルフレッドは近くにいた獣達の脚を叩いて地面に転がした。
「がふっ」
「ぎゃんっ、ぎゃんっ」
群れの頭が逃げ出すと他の獣達も蜘蛛の子を散らすようにあちらこちらへと逃げていった。
「ありがとうなんだな……ちみたちはとっても強いんだな」
「感謝はいらないよ。それより……」
右手に輪っかを作るとお金を要求した。
「そうなんだなっ。もし、良ければ我輩を港町まで護衛してくれないかな?」
「だってさ、どうする、エル?」
「別に良いんじゃないかな?僕達も同じ場所に向かっているんだし、困っているなら放ってはおけないよ」
「あいよ……というわけであんたの依頼を受けるとするよ」
「ありがとうなんだな。それじゃ、よろしく頼むんだな」
交渉がまとまると商人は意気揚々と馬を歩かせた。そして、彼らに港町まで護衛させた。
「助かったんだな。ほいっ、これはお礼なのだ」
「毎度……って、なんだこれは?」
ミュラは銅貸2枚を渡されて戸惑っていた。
「何って……銅貸なのだが?ちみは銅貸も知らんのかね?」
「いや、銅貸なのは知ってるさ。報酬がたったこれだけかと聞いてるんだけど?」
護衛の依頼と言えば、最低でも銅貸10枚くらいはするものである。それに命を救った代償が銅貸1枚というのも安すぎるだろう。
「何を言ってるんだな?ちみたちはただ犬を追っ払って、歩いて付いてきただけなんだな。お金が貰えただけども運が良いんだな」
「なっ……」
商人のあまりのどケチっぷりにミュラは言葉を失っていた。
「もう良いよ……ミュラ」
「だけど……」
「僕は別にお金が欲しかったわけじゃないからね」
「ちぇっ、わかったよ……」
渋々、納得するとこれ以上の要求を諦めた。
「ああ、ちみちみ。ついでに積み荷を降ろすのを手伝ってくれないかね?」
図々しくも商人は最後の最後までお人好しのエルフレッドのことを利用する気満々であった。
「……わかりました」
「エル……」
「それでは頼むんだな」
露骨に嫌な顔をするミュラを置いて彼は馬車の後ろ側の方へと回った。そして、荷馬車の中から積み荷を降ろそうとした。
「……誰?」
「君は……」
エルフレッドが荷馬車の中に入るとそこには鉄格子に閉じ込められた幼女の姿があった。
幼女の見た目は10歳くらいで髪の色は金髪、瞳は濃い緑で透き通るような白い肌。そして、彼女の耳はとても尖っていた。
どうやら、彼女はエルフのようだった。
「どうして、君はこんな檻の中に閉じ込められているんだい?」
怯える幼女に優しく話しかけた。
「お父さんとお母さんとはぐれて……1人でいるところを人間に捕まったの……」
「なるほど……」
「おうちに帰りたい……」
幼女はぽろぽろと涙を溢しながら彼に訴えた。
「……わかったよ。僕が君をお家に帰してあげる」
「……本当に?」
「ああ、約束だよ」
エルフレッドはエルフの幼女に親指を差し出すと彼女の指と合わせた。この行為は約束を交わす証であった。
「何をしてるんだね、ちみは?」
なかなか馬車から降りてこない彼を不審に思った商人が顔を覗かせた。
「これは一体どういうことですか?」
「んっ?何がだな?」
「こんな幼い子を捕まえて何を考えているのですか?」
「何を考えているも何もそれは我輩の商品だが、何か問題かね?」
なんと彼らが助けた商人は奴隷商人であった。
「この子を解放してください」
「はあ?何をふざけたことを言ってるんだな?」
「ふざけてるのはそっちでしょ?」
エルフレッドは商人の態度に怒りを露にした。
「一体何を……ちょっ、何をやってるんだっ」
「何をじゃないよ。見てくれ、ミュラ」
そう言うとエルフの幼女を指差した。
「エルフ?」
「こんな幼い子を捕まえて、売りさばこうとしているんだ」
「なるほどね……」
エルフレッドの話を聞いて状況を理解した。
「……まずいよ、エル。確かにこいつの行為がむかつくのはわかるけど……こいつは何も間違っていない」
「そうなんだなっ。我輩は大枚を叩いて正規のルートでこれを手に入れたんだな。商人が品物を売り買いするのに一体何の問題があるのかね?」
「くっ……」
「もし、ここでちみ達がこいつを逃がそうものならば、我輩はちみ達の卑劣な行いをギルドに訴えるんだなっ」
もし、商人ギルドにそんな報告をされれば、エルフレッド達はギルドからお尋ね者として扱われてしまい、今後の冒険に支障を来たすのは明白なことであった。
いくら、この国の商人ギルドのマスターと親しかったとしても他の国や別の大陸に移動すれば、それは関係なくなる。
エルフの幼女を助けるためには奴隷商人の口を塞ぐしかないのだが、お人好しのエルフレッドにそんな残酷なことなどできるわけもなかった。




