第11話:盗賊少女のミュラ
『いい加減、諦めれば良いものを……』
メイルは必死で馬車を探し回るエルフレッドを見ながら、とても不憫に思っていた。
大抵の者であれば、こういった場合は責任を恐れて、とんずらをかますのが普通であるが、真面目な彼にはそんな選択肢は存在しなかった。
自分のことを信じてくれたマスターや薬を待っている病人のためにも絶対に諦めるわけにはいかないようであった。
「一体どうすれば……」
迫り来る睡魔と疲労により遂に彼は力尽きて意識を失った。
『やれやれ、しかたがないのう……』
そんな満身創痍な彼のために彼女は力を貸すことにした。
『サイライアンズ・ブラストっ』
この魔法はいわゆる『千里眼』と呼ばれるもので半径10キロ以内にある全ての景色を写し出すことができる魔法である。
通常であれば情報量が多いため、水晶などを使って映像を写し出すのだが、彼女の場合は存在が魂であるがゆえ、直接頭の中に映像を写し出すことができ、瞬時に探し物を見つけ出すことができた。
無限に近い思考回路を持つ彼女ならではの芸当であった。
『ふむふむ……なるほどの』
メイルは野盗に奪われた馬車を見つけ出すと気を失ったエルフレッドの意識下へと向かった。
『エルフレッド……起きるのじゃ……』
『う~ん……』
『早く起きるのじゃっ』
意識を取り戻さない彼の頭を踏み付けると無理やり意識を覚醒させた。
『……ここは?メルシア様っ』
目を覚ますなり、メイルの姿を確認して飛び起きた。
『何をそんなに驚いておるのじゃ?』
『だって、メルシア様は……』
『妾は死んでおらんぞ。ちゃんとお主の胸の中の宝石で生きておるのじゃ』
エルフレッドが胸の中の魔石を取り出すと石の中にほんのりと光が灯っていた。
『そうでしたか……それは良かったです』
彼は心の底から彼女が生きていたことを喜んだ。
『積もる話もあるじゃろうが……そんなことより今は時間が勿体ないのじゃ』
彼が現実世界に引き戻される前に彼女には何としても伝えなければならないことがあった。
『……そうだったっ!早く薬を取り戻さなければっ』
『じゃ・か・ら・妾の話をよく聞くのじゃっ』
興奮する彼を落ち着かせると本来の目的に話を戻した。
『良いか、ここは夢の世界。ゆえにここでの出来事は記憶に残りにくいのじゃ』
『夢の世界……』
『じゃから、これからお主の記憶の中に直接野盗のアジトまでの道のりを刻み付ける』
彼の無意識下の世界であれば、それぐらいの手助けは彼女にも充分可能であった。
『意識を集中させるのじゃ』
『はい……』
メイルはエルフレッドの額に手をかざすと彼女の頭の中にあるイメージを彼の意識の中へと移した。
『……見えます。野盗のアジトが』
『そうじゃ、そこがお主が目指すべき場所なのじゃ』
『わかりました。必ず、薬を取り戻してみせますっ』
『うむっ、良き覚悟なのじゃ。妾はこの世界で何時でもお主のことを見守っておるからの』
優しく彼の頭を撫でると明るく微笑んだ。
『じゃから……頑張るのじゃぞっ』
『はいっ』
元気よく返事をすると彼の意識は急速に現実世界へと引き戻された。
『妾にできるのはここまでじゃ。あとはお主の実力次第なのじゃ……』
…
…
…
「……ここは一体」
エルフレッドが目を覚ますと辺りは日が登って明るくなっていた。
「行かなくてはっ!」
不意に頭の中をよぎった場所に無性に行かなくてはならない気がして足を走らせた。
夢の中でメイルと会話したことなど、すっかりと忘れていた。今の彼の頭の中にあるのは思い浮かんでいる道のりをただ突き進むことだけであった。
「はあ、はあ、あった……」
彼女に示された場所に辿り着くとそこには直径5メートルほどの岩穴が見つかった。その近くには彼が乗っていた馬と荷車が置かれていた。
「間違いない……ここが奴らのアジトだ……」
エルフレッドは息を潜ませながら馬車に近づくと荷台の中を確認した。
「やはり、ここにはないか……」
荷車の中に積み込まれていた木箱は全て運び出されており、岩穴の中へと持ち去られた後のようであった。
「僕1人で何とかするしかなさそうだな……」
彼には助けを呼んでいる暇はなく一刻も早く薬を取り戻す必要があったため、1人でこの状況を何とかしなければならなかった。
「行くぞっ」
自らに気合いを込めると岩穴の中へと足を踏み入れた。
「これは……」
洞窟の中では酔っ払った野盗達があちらこちらと倒れていた。
彼らは積み荷を盗んだことで気を良くして、宴を開き盛大に酒を飲み明かしていたのである。
まさか積み荷を取り戻しにエルフレッドがやって来るなど微塵も考えていないようだった。
「これなら何とかなりそうだ……」
野盗達に気付かれないように足音を忍ばせると洞窟の奥へと進入していった。
洞窟の奥は思いの外、広い空間が存在し、洞窟に松明が点っていなければ、迷いそうであった。
奥に進むにつれて酒の臭いがきつく、地面で寝っ転がっている野盗の数が増えていった。
洞窟の最深部では野盗のお頭のような人物が大の字を描いて寝ていた。
「一体どこに薬があるのだろうか?」
薄暗い空間の中で薬の入った木箱を探しているとお頭の寝ている少し先に小さな扉を発見した。
どうやら、そこは野盗達が宝物庫として使っている場所のようでそこだけ唯一扉が取り付けられていた。
「この中にあるのかな?」
その扉を静かに開くとその先には目的の木箱と牢屋のような鉄格子が取り付けられた部屋が存在した。
「だっ、誰っ!」
「君は……」
その牢屋の中にはなぜかミュラが素っ裸な状態で手枷を付けられ、壁に繋がれていた。
「あんたは……っ!み、見るんじゃねえっ」
ミュラは自分が何も身に付けていないことを思い出すと恥ずかしそうに胸や股間を腕や脚などを使って覆い隠した。
彼女の身体はお世辞に言っても魅力的とは言いづらかった。発展途上の少女のように所々は小振りで真面な大人の男からしてみれば何とも物足りない感じの女性であった。
「だから、見るんじゃねえって、言ってんだろっ!」
エルフレッドが呆然としていると彼女は顔を真っ赤にさせながら目付きを鋭くさせて睨み付けた。
「す、すまない……」
慌てて目を剃らすと彼女に視線を向けないように事情を聞いた。
「それで……どうして、君はここで囚われているんだい?」
「それは……」
ミュラは答えにくそうに口を紡ぐと奥歯を噛み締めた。
自尊心を傷付けられた彼女はエルフレッドに復讐するため、彼の後を付け回して復讐の機会を窺っていた。そして、彼がマスターから大きな仕事を任されたことを知るとその積み荷を奪って彼のことを困らせてやろうと考えていた。
ところが彼女が盗み出すより先に別の集団が積み荷を奪っていったのである。
奴らは一足早く港町に到着した商人ギルドのマスターの話を聞いて後からやって来るエルフレッドに罠を張って待ち構えていたのだ。
目的の物を目の前で奪われたミュラは当初の計画を変更させると奴らのアジトを突き止めて、その情報をエルフレッドに高値で売ることにした。
だが、その目論みも後からやって来た野盗の仲間に見つかり、捕まってしまうという致命的なミスを犯して失敗する。そして、彼女が盗賊であることを知ると奴らは身ぐるみを剥いで牢屋へと閉じ込めたのであった。
そういう理由で彼女は素直に事情を説明して彼に助けを乞うわけにはいかなかった。話を聞けば100%自業自得になるからである。
「そんなこと……別にどうだっていいだろっ。あんたの目的のものはそこにあるんだから、とっとと運び出せばいいじゃないっ」
ミュラは唇を尖らせると彼にそっぽを向いた。
本当は死ぬほど助けてもらいたかったのだが、これ以上、彼に情けない姿を見せるわけにはいかなった。そのため、本心とは裏腹につんけんとした態度になってしまっていた。
「やれやれ……」
エルフレッドは溜め息を吐くと剣を引き抜いて牢屋の鉄格子を切断した。そして、ミュラの手枷と壁に繋がれた鎖を破壊した。
「なっ、何してんのさっ!わふっ」
「ほら……」
自らが羽織っていたマントを外すと彼女に被せた。
「だ、誰が助けてくれなんて言ったのさっ。絶対に感謝なんかしないんだからっ」
「別に感謝なんかしなくてもいいよ。僕はただ君のことを助けたいと思ったから助けただけさ」
「……」
瞳を潤ませながらミュラはお人好しな彼にときめきを感じていた。
「それじゃ、そろそろ僕は行くから……」
「まっ、待って……」
「どうかしたのかい?」
「あたいも一緒に連れていってくれないか?」
「……そうだね。このまま君を1人で残していくわけにはいかなかったね」
エルフレッドは彼女の同行を認めると宝物庫の中から彼女が着られそうな服を探し出した。そして、それを彼女に手渡した。
宝物庫の中には薬の木箱や高価な衣類の他にも金貨や銀貨、宝石などの貴重品などが納められていたが、彼はそれらの物には目もくれず、ただただ薬の入った木箱だけを運び出していた。
「あんた、力持ちなんだね」
エルフレッドは1度に2個の木箱を運んでいた。その重さは2箱で40キロほどであった。鋼鉄で作られた剣を自由自在に振り回すにはそれくらいの筋力が必要だった。
「剣の修行で鍛えてるからね」
「へぇ、なるほどね」
ミュラは感心しながら彼の前を歩いた。
非力な彼女には彼のように木箱を持ち上げることができなかったため、木箱で狭まった彼の視界の代わりを努めていた。
こうして14往復ほど繰り返して盗まれた木箱の大半を運び出した。
「おいっ、てめえらっ!何をしてやがるっ」
エルフレッド達が最後の2箱を運び出していると遂に野盗のお頭が目を覚まし、怒鳴り声をあげた。その声に反応して眠っていた他の手下達も目を覚まし始めた。
「やばいな、どうしよう?」
木箱を抱えた状態のエルフレッドはとても戦える状況ではなかった。
「ここはあたいに任せなっ」
そう言うとミュラは次から次へと洞窟内を照らしていた松明目掛けて宝石を放った。
その宝石は彼女が宝物庫から密かにくすねたものであった。
「なっ、何だっ」
突然明かりを失った手下達はパニックを起こしてエルフレッド達の姿を見失っていた。
「こっちだっ」
そんな最中、ミュラは彼の腕に触れると暗闇の中を道案内した。
「なんで君はこの暗闇の中を自由に歩き回れるんだい?」
不思議に思いながら彼女に訊ねた。
「あたいは夜目が効くんだよ。それに盗賊になるには必要な技能だしね」
彼女は自信あり気に小振りな胸を張った。
野盗と違って盗賊は活動の時間帯が夜間になりがちであるため、暗闇での行動を得意としていた。
ミュラに導かれながらエルフレッドは無事に洞窟の出口まで辿り着いた。
「ありがとう……君のおかげで何とか無事に切り抜けられたよ」
「どうってことないよ。最初に助けられたのはあたいの方が先だし……」
「おいっ、てめえらっ!ここから無事に逃げられると思うなよっ」
馬車に乗って逃げる準備を進めていると洞窟の中から鬼の形相をした盗賊のお頭が数人の手下を引き連れて出てきた。
腐っても野盗の頭だけあって洞窟の内部のことをよく熟知していた。そのため、暗闇の中でも何とか迷わずに外へと出ることができた。
「ミュラ……君は先に行って、この積み荷をマスターに渡してきてくれ」
「ちょっ、あんたはどうするつもりなんだよ」
「僕はここでこいつらを足留めするから」
エルフレッドはミュラを操縦席に座らせると馬車を降りて野盗達の前に立ちはだかった。
「頼んだよ、相棒っ」
馬の尻を叩くと馬車を走らせた。
「僕も必ず後から追い付くから……」




