第10話:ギルドマスターの頼み事
「……それで?この騒ぎの原因は何なんだ?」
マスターは1階に降りてくると騒ぎの現況達に原因を訊ねた。
「こいつがいきなり俺たちに絡んできたんだよ、なあ?」
「ああ、俺たちはただ楽しく会話してただけだぜ」
「どんな会話だ?」
「どんなって……常勝無敗の女神について話してだけだ。そうだよな?」
「ああ、女神について話をしていただけさ」
「ふーん?常勝無敗の女神の噂についてねぇ……」
冒険者達から話を聞いたマスターはエルフレッドの方に振り替えると今度は彼から話を聞いた。
「あんた……もしかして、ラクトネシアの人間か?」
「……そうです」
「なるほどねぇ……」
マスターはエルフレッドがラクトネシアの人間だと聞いて納得したような表情を浮かべた。
「聞いての通りだ。どうせ、お前さんらが不用意に女神の悪口でも言ったんだろう?違うか?」
「……」
再び冒険者達の方に視線を向けると冒険者達はばつが悪そうな表情を浮かべていた。無言なのは罪を認めているようなものだ。
「それじゃ、仕方ねえな。お前さんらが悪い。誰だって信じている神さんを馬鹿にされれば怒るってもんだぜ」
逞しい腕を交差させるとマスターは冒険者達に謝るように促した。
「……」
「なんだ?納得がいかねえのか?」
厳つい顔を険しくさせると冒険者達に近づけた。その迫力はまるで熊に睨まれているようであった。
「す、すみませんでしたっ!」
「すみませんでした」
マスターの迫力に負けて冒険者達は頭を下げた。
「これで勘弁してくれねえか?お若い騎士様」
「……わかりました。僕の方こそ、不要な騒ぎを起こしてしまい、申し訳ございませんでした」
冒険者達に続いてエルフレッドも頭を下げた。
「よしっ、これで騒ぎは終了だ。あとはお前さんらの好きにするがいい」
ぱんぱんと手を弾くと周囲を散会させた。
「ちょっと良いか?あんたには個別で話がある……」
マスターはエルフレッドの肩を叩くと周囲に聞こえない位の声で呟いた。
「……わかりました」
彼はマスターの言うことを聞くと彼の後について歩いていった。
『全く……なぜにこうも人間は揉め事を起こしたがる?エルフレッドもエルフレッドなのじゃ。妾のことを愚弄されたくらいであんなに感情的にならんでも……』
揉め事の一部始終を見ていたメイルは彼が怒る気持ちがわからずにもやもやとした気持ちになっていた。人間の感情が理解できぬ彼女ならではの悩みであった。
「さてと……あんたをここに呼んだのは他の人間には聞かせない方が良いと判断したからなんだが……」
「僕に何の用が?」
「別に大した用じゃないが、1つ忠告をしておこうと思ってな」
「忠告ですか?」
「そうだ。あまり人前で自分がラクトネシアの生き残りであると言うことを言わない方がいいぞ」
マスターは馬鹿正直すぎるエルフレッドのことを心配していた。
「ラクトネシアが陥落したとはいえ、クルストライゼンツの残当狩りはまだ続いている。この国の中にもそういった連中が紛れている。無用な争いを避けたいならば隠しておいた方が身のためだ」
「ご忠告ありがとうございます」
エルフレッドは頭を下げると礼を述べた。
「さて……それじゃ、本題に入るとしようか?」
「本題ですか?」
「ああ、あんたのその馬鹿真面目さを見込んで頼みたい仕事があってな」
彼はエルフレッドに依頼したい仕事があったため、自分の部屋まで呼んだのであった。
「仕事依頼ですか?」
「そうだ。海近くの街まである荷馬車を護衛してほしい」
「海近くの街……」
「報酬の方は銀貨2枚を出そう」
「そんなにですかっ?」
破格の報酬額に驚きの声をあげた。それだけマスターの提示した報酬額は驚異的なものであった。
通常の依頼では良くても銅貨50枚程度である。
ここで通貨について説明すると……
金貨1枚は銀貨に換算すると100枚分になる。そして、銀貨1枚分は銅貨100枚分となり、銅貨を金貨に変えるためには10000枚が必要になる。
なお、船で別の大陸に渡るには銀貨2~3枚分が必要になるので、つまり、今回の報酬を受け取れれば、エルフレッドは別の大陸に移動する料金の大半を手に入れることができるのだ。
また、宿に泊まる場合は格安で銅貨5枚~10枚、高級ホテルクラスで銀貨1枚となっている。
「そんなに重要な積み荷なんですか?」
報酬が高ければ、それだけリスクも高くなるというものである。
「まぁな、無事に届けられなければ……俺の首が跳ぶクラスの仕事なのでな。信用できる奴にしか頼めない依頼なのさ」
自らの親指で首をなぞるとマスターは苦笑いを浮かべた。
「そんな重要な仕事を僕みたいな余所者に頼んで大丈夫なんですか?」
「俺は人を見る目はある方だ」
「信用してもらえるのは嬉しいですが、他に頼める人はいないのですか?」
エルフレッドは事の重大さに尻込みしていた。
「ちょっと急ぎの用で他の奴に都合が付かなくてな……丁度、頭を悩ませていたところだったのさ」
「本当に僕なんかで良いのでしょうか?」
「ああ、お前さんの馬鹿正直なところと剣の強さを見込んで頼みたい」
マスターはエルフレッドの纏っていた剣の威圧だけで彼が只者でないことを見抜いていた。
「……わかりました。その依頼をお引き受けします」
「おお、そうか。引き受けてくれるか」
安心したように胸を撫で下ろすと笑みを溢した。
「それじゃ、明日の朝、街外れにある木屋まで来てくれねえか?」
「わかりました」
「おっと……そうだった。こいつは前金だ」
その場を立ち去ろうとしたエルフレッドを呼び止めると机の中から銀貨を1枚を取り出して彼に手渡した。
「しっかりと頼んだぜっ」
「任せてくださいっ」
彼は屈託のない笑顔を浮かべると大きく胸を張った。
『随分と都合の良い展開となったものじゃな……』
マスターから信頼された彼を見て、なぜかメイルも嬉しい気持ちになっていた。
『うまくいくと良いのじゃが……全ては妾のために……』
彼女は彼の行く末を見守りながら彼の依頼が無事に果たされることを祈った。
こんなにも彼女が他の誰かに対して心を動かされる日が来ようとは誰が予想しただろうか?
誰も予想だにしなかっただろう。少なくとも彼女の過去を知っている者ならば……
次の日の朝、エルフレッドはマスターに言われた通り、街外れにある木屋へとやって来た。
「おう、ちゃんと来てくれたな」
「おはようございます」
「お前さんにはこいつを運んでもらいたい」
用意された馬車の中にはたくさんの木箱が積み込まれており、その箱の中には何やら液体が詰め込まれた瓶がぎっしりと入っていた。
「これは一体?」
「こいつは……薬さ。今、港町の方ではある病が流行っていてな。そいつを治すための特効薬なんだ」
「なるほど……」
「足下を見る悪人達はこいつを独占して高く売り捌こうとするもんでな。そういった奴らが出ないように安定供給するのが、俺達の仕事なのさ」
非常時にそういったことをする不心得者は何時の世にも存在する。自分さえ良ければ、自分さえ儲かれば、他者が困ろうが知ったことではないのである。
そのような不当な輩が次から次へと現れると人々からの信頼が激しく損われてしまう。そこで商人ギルドは人々の信頼を守るため、できるだけ数多くの商品を仕入れて必要な場所へと届けていた。
商人の流通で発展したバレンシアならではの事情であった。
『なるほどの……それは高額報酬になるわけじゃ』
マスターの話を聞いてメイルは報酬の高さに納得した。
「それは重大な任務ですね」
「だから、お前さんに頼むのさ。よろしくな」
手を差し出すと握手を求めてきた。
「お任せください」
エルフレッドは出された手を力強く握り締めた。
「ところでお前さん、馬の操縦はできるかい?」
「大丈夫です。1通りの操作は習っていますから」
職業が騎士である彼にとって馬を動かすことなど雑作もないことであった。
「そいつは良かった。それじゃ、俺は一足早く現地に行って状況の確認と商品の納入の準備を進めておくぜ」
早馬に跨がるとマスターは馬に鞭を打って走らせた。
「僕達も頑張らないとな……よろしく頼むね、相棒」
彼は馬車に繋がれた馬の横顔を優しく撫でると操縦席へと乗り込んだ。そして、手綱を軽く振って馬を歩ませた。
ここから彼の目指す港町まで早馬であれば1日足らずで辿り着けるが、荷馬車を引いた状態だと丸3日はかかる。とても気の長い仕事であった。
エルフレッドはマスターが用意してくれた地図を眺めながら馬をゆっくりと走らせた。あまり早く走らせると衝撃で瓶が割れるかもしれないので急いでいても慎重に馬を操縦した。
その代わり、彼は不眠不休でほとんど寝ないまま、馬を走らせていた。そのお陰で3日かかる距離を2日ほどに短縮できていた。
『ほんにこやつは馬鹿真面目なのじゃな……少しは休息を取れば良いものを……』
使命感に燃えるエルフレッドの姿を眺めながら呆れていたが、なぜか目を離せないようであった。
「よしよし、あともう少しで目的地だ。頑張っておくれ」
荷馬車を引く馬を宥めながらエルフレッドは睡魔と戦っていた。
そんな彼の目の前に道を塞ぐ馬車が現れる。
「あんな所でどうしたんだろうか?」
目の前の馬車を心配してエルフレッドが馬車を降りるとメイルは叫んだ。
『行くなっ、エルフレッドっ!これは罠なのじゃっ』
だが、彼女の声は届かない。魂だけの存在の彼女には何もすることができなかった。
「どうかしましたか?」
「すまんのぅ……車輪が泥濘に填まってしまってな」
操縦席にはみすぼらしい老人が座っていた。
「すまんが、後ろから押してもらえないかのぅ?」
「……わかりました」
老人の馬車の後ろに回り込むとエルフレッドは力一杯馬車を押した。
「その調子、その調子……」
老人は荷馬車から馬を外すと彼に気が付かれないように馬車から離れた。
「あばよっ、お人好しさんっ」
老人は付けていった髭と眉を取り外すと手を振りながら遠ざかっていった。それは野盗の変装であった。
どうして、そのような真似をしたのか?
それは……彼を馬車から引き離すための罠であった。
「まさかっ」
慌ててエルフレッドが振り返るとそこにはあるはずの馬車がなく、遥か後方を走っていた。
彼が他の馬車に気を取られている内に後方で待機していた野盗の仲間が密かに馬を動かしていた。
「まっ、待てっ!」
彼は急いで馬車を追いかけようとしたが、足下がふらついて転んでしまった。ろくに睡眠を取っていなかったことが仇となった。
再び彼が起き上がると馬車の姿はどこにも見えなかった。いくら重い荷物を積んでいるとはいえ、馬を全力で走らせられれば、人の足で追い付くのは不可能であった。
「くっ……不覚っ!」
地面に力一杯拳を叩き付けるとエルフレッドは思い切り奥歯を噛み締めた。
「とにかく馬車を探さなければ……」
満身創痍な状態で立ち上がると野盗に盗まれた馬車を追い求めて山の中を駆け巡った。




