第9話 その後。
やっと最終回です。長かった・・・。
一
「告白」した週の次の日曜日。僕は、携帯の着信音で起こされた。
「・・・一体誰が・・・」
少しムッとしながら携帯を開くと、次のような一件のメールが入っていた。
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差出人:沖 綾子
タイトル:依頼
内容:
依頼よ。11時に○○駅に集合すること。
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「仕事か・・・」
僕はそうつぶやきながら布団を片付け、顔を洗い、朝食を取り、出発の準備を整えた。
既に起きていた父親に聞かれた。
「今日は休みだぞ?どこに行く気だ?」
僕は、こう答えた。
「友人と約束があるんだ」
「こんな朝早くにか」
「うん。早く行かなきゃ間に合わないことが合ってね・・・」
「・・・そうか。ならいいんだが・・・」
どうやら納得したようだ。
玄関で座り、靴を履いた。
そして出かける際、心の中でつぶやいた。
父さん、ごめんなさい。
そして、11時。
○○駅に着いた時には、彼女は既に待ち合わせ室の中にいた。
「遅いわよ」
「・・・あなたが早すぎるんですよ・・・」
「なに言ってるの。時間は有限なのよ?無駄には出来ないわ。『時は金なり』って言うじゃない」
「そりゃそうですけど・・・」
「まあ、いいわ。最初の依頼はこの駅近くの片木さんよ」
「片木さん・・・何を直す依頼なの?」
「行ったら分かるって。とにかく行きましょ」
そこから、徒歩やバスを利用して、片木さんの家に着いた。
呼び鈴を鳴らす。片木さんの母親が出た。
「はい。どちら様ですか」
「片木さんの友達の沖と申します。片木さんと約束していたので来ました。入れていただけますか?」
「お友達の方?さあどうぞ・・・」
ドアが開いた。
「おじゃまします」
「・・・沖さん、そこまで丁寧な口調でなくても・・・」
小さな声で突っ込むと、彼女も小声で返した。
「仕事のためよ」
「・・・」
そして、彼女の部屋。
「来てくれたのね!」
片木さんが出迎えてくれた。
「勿論よ。約束は守るわ」
沖さんが返す。すると片木さんは、僕の方を指差してこう聞いた。
「・・・あれ?何で水谷君が?」
すると沖さんは。
「ああ。彼は私の助手で友達なの」
「『助手』が先なんですか・・・」
「ああそうなの。私てっきり『彼』かと・・・」
「無い無い。何の理由で仕事に彼氏を連れて行く必要があるのよ」
突っ込むところそこですか!
「・・・で、直すものは何なんですか」
「あ、そうだったわね。これなんだけど・・・」
そう言って彼女の棚から取り出されたのは、ある人気ミュージシャンのベストアルバムの初回限定版だった。
ぱっと見、別に壊れたところは無いように見える。
「・・・どこを直して欲しいって?」
「ここよここ!」
そう言って彼女が指差したところには、細い小さなヒビが入っていた。
「あー、こりゃ割れてるわね・・・」
「表紙のカバーがあるから分かりづらいんだけど、結構広い範囲が割れてるのよ」
「・・・どうして割れたんですか?」
「知らないわよ!買って早速聴いていたら、足元で割れるような音がしたのよ!」
・・・それを人は、『踏んづけて割った』と言うんです。
「分かったわ。でも、これだけ広範囲じゃ高くつくわよ」
「分かってるわ。だからこそ頼んでいるのよ」
「ふむ・・・水谷君、ちょっと調べてみて」
「あ・・・・はい」
そう言われて僕は、そのケースを手に取った。
相当頑張ったのだろう。瞬間接着剤で丁寧に張り合わせているようだ。
しかし、やはりそこは人の子。どうしてもつなぎ目が分かってしまう。
「見事に割れてますね・・・全体のひび割れの長さは大体30cmぐらいですね」
「ありがとう。それじゃ早速直すわ。片木さん、作業に集中したいから、とりあえず部屋から出て」
「お願いします・・・」
そう言って彼女は、扉の向こうへと去っていったのだった。
二
「・・・洋子さん」
「なあに、水谷君?」
「一日何軒こんな『依頼』が来ているんですか・・・毎日修理しているでしょ・・・」
「そうねー。1日1軒程度じゃ足んないぐらいあるわね」
「マジですか・・・」
そんな話をしながら、僕はふと、あの日のことを思い出していた。
「告白」をした帰り道。僕は彼女と、メールアドレスを交換した。但し、お近づきの証・・・ではなく、連絡のためだと気がついたのは、その次の日のことだった。
その日のメールには、こう書いてあった。
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差出人:沖 綾子
タイトル:
内容:
あのさ・・・放課後、音楽室に来てくれない?
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放課後、である。否が応でも気持ちが高まってくるではないか。
終礼が終わると、僕は早速、音楽室へと向かった。
・・・そこには、沖さんと、楽器を持った、1人の音楽部員がいた。
「・・・え?」
「来てくれたのね。待ってたわ」
「いや、あの、2人?」
「そう。この、楽器を誤って壊してしまった、不運な音楽部員のためにね」
「・・・どうしたの?」
ぼうっとしていたせいか、彼女が尋ねてきた。
「いや、別に・・・」
「ほら。この場所、断面はどんな風になってるのか教えて」
「あ、ああ・・・ところでさ」
「ん?」
「あんな風に迎えられるってことは・・・有名なんですか、沖さんは」
「もっちろん!何せこの力よ。使わない手は無いじゃない!」
「・・・でも、結構なお金取りますよね・・・」
「失礼ね。手間賃よ手間賃。『1cm^2につき100円』って、結構良心的じゃない?」
「どこがですか・・・」
「そう?なにせ、『完璧に』直るのよ。接着剤とかとは格が違うわ。分かるでしょ、それぐらい?」
「・・・まあ・・・」
確かに。沖さんが直した物は、僕でも分からないほどに綺麗だ。
「・・・でも、ちょっと待ってくださいよ。そんなんだったら、僕がいなくてもなんとかなるんじゃないんですか・・・?」
「そんなことは無いわ。周りが見えない暗い場所でも折り紙は折れるけど、明るかったらもっと折りやすいでしょ?それと同じよ」
「・・・僕は目と同じなんですか・・・」
「そりゃそうよ。でも、目があるからより便利に生活できるのよ。違う?」
「まあ、そうですけど・・・」
「感謝してるわ、あなたには」
「・・・うん」
その言葉が、僕には嬉しかった。
三
修復が終わった。
「終わったわよー」
そう呼ぶと、彼女が部屋に勢いよく入った。
「直ったのね!?」
「ええ、ばっちりよ。確認してみる?」
そう言って沖さんは、修復したアルバムのケースを渡した。
「・・・直ってるー!すごーい!傷一つ無い!」
そりゃそうだ。・・・それなりの時間(1時間)はかかったが。
「それじゃあお金についてだけど・・・」
「あ、大丈夫!ちゃんとあるから・・・」
そう言って、片木さんは貯金箱を取り出した。しかし。
「ちょっと待って。ここで整理よ」
「・・・え?」
「水谷君も言っていたように、元のヒビの長さは全部で30cmほど。普段は1cm100円でこなしているから3000円ね」
「・・・」
「でも、友達のよしみで、500円ぐらい負けてあげる」
「やった!」
「でも、細かいところは水谷君の力も借りたから、結局300円アップの2800円よ」
「は、はあ・・・」
そう言って片木さんは、お金を沖さんに渡した。
「確かに、受け取りました」
その後、僕と沖さんは家を出た。
「あのー・・・」
「ん?」
「何か、沖さんの『依頼料』って、割と適当なものなんじゃ・・・」
「そう?『1cm^2につき100円』の原則は守っているわよ?」
「でも、『友達だから500円マイナス』とか『面倒だったから300円プラス』とか、コロコロ料金が変わるじゃないですか」
「そりゃそうでしょ。こんなこと出来るのは私だけなんだから結局言い値よ」
「・・・」
無茶苦茶である。
「それに、これ、結構体力使うのよ?多分あの作業で200kcalは使っているわね」
「・・・指先しか動かしてないじゃないですか」
「なに言ってるの。固い原子結合を解いたり繋げ直したりしているのよ?神経も使うし、中々大変なのよ?」
「それにしては中々楽しそうじゃないですか」
「そりゃそうよ。好きな仕事に頑張れるって、最高じゃない」
「・・・僕にはだんだん沖さんが恐ろしく見えてきました・・・」
「そう?ま、この能力は悪用すれば恐ろしい平気だからね。恐れるのも当然だわ」
「いや、そっちじゃなくて・・・」
「じゃあ何がよ」
「・・・」
そのボリぶりに、とはさすがに言えなかった。
「ちょっとおなかが空いたわね・・・チョコ食べる?」
「いつも持ち歩いているんですか?」
「当然よ。チョコレートは軽量かつ高エネルギー、しかも美味しいときた最高のお菓子よ」
普通、女性なら嫌がりそうな性質なのにな・・・。
「そう言えば、学校でもよく食べていますよね」
「そうねー。バレンタインデーにも普通に食べていたし」
「・・・周りからの視線が気にならないんですか」
「全然。だって自分の金で買ったんだし。チョココロネとかだったら文句言われないのかなー」
「・・・それはそれでキャラが被りますから止めてください」
「それもそうね・・・あ」
「えっ?」
「また依頼よ」
四
そこから、僕と沖さんはあっちこっちの家に訪問した。
汚れたトレカを直し、プラモを直し、にきびを治し。何軒も回っている内に、外はもう夕方になった。
「稼いだわねー」
「・・・疲れました・・・」
「チョコ食べる?飴もあるわよ?」
・・・なんでこの人に限らず女性はお菓子を常にストックしているのだろう。
「いや、別にいいです・・・」
「そもそも疲れたのは私のほうでしょ。あんだけ連発したのは久しぶりねー」
「こっちは乗り物で疲れましたよ・・・」
「しかしあれは無かったわね。『濡れた同人誌を直してくれ』って。思わずそれを八つ裂きにしたくなったわ」
「・・・」
それを笑いながら言いますか、沖さん。
「にしても稼いだわ。やったね」
「そうですねー・・・」
こんないたいけな少女の財布には、既に5万円もの大金が収められていた。普通こんなにボロ儲けできる商売って援・・・ゲフンゲフン。
「・・・それにしても・・・」
「ん?」
「そんなに稼いで何を買うつもりなんですか?」
「そりゃあ、色々よ。ミルク味の板チョコを箱買いしたり、本を買ったり、肌を『手入れ』したり・・・」
「『服を買う』とか『友達と遊ぶ』とかの言葉が入っていないのが沖さんらしいです・・・」
「服ぐらい作れるわよ。この力さえあればまさに『天衣無縫』よ?」
「・・・」
あなたは天女なんですか?・・・別にいいか。
「遊びだって、趣味に勝るほどの遊びは無いわ。まあたまにはトランプとかしたりはするけど」
「・・・何か、寂しく無いですか?」
「どこが?妙に友達付き合いするよりよっぽどマシよ」
「はあ・・・」
「それに、私には水谷君がいるしね」
「・・・え、それ、どういうことですか!」
「さあ、仕事の締めは食事よ!そこにファーストフード店があるから、一緒に行く?」
「行きます・・・って、質問に答えてくださいよ・・・」
それから、彼女と僕の新しい日々があったりするのだが、それはまた別のお話。
僕は、彼女の言った一言が忘れられない。
「これは、天が私に与えてくれたチャンスじゃないかって」
・・・はい。前書きにも書きましたが、これで完結です。
何気に沖さんが淡白(冷たい?)な気もしますが、彼女はその力を活用したいだけなのです。わかってあげてください。
にしても長かったなあ・・・。最後までお読み頂き、誠にありがとうございました!!!