第7話 菓子。
・・・ええ。勿論バレンタインデーの話ですとも。
チョコは・・・出るかも知れません。
一
2月。1年の2番目の月、3学期の中盤、そろそろクラス替えの時期である。
3日には派手な豆のぶっつけ合いもある月だが、そんなことを気にする者など誰もいるまい。
そう。あの、「バレンタインデー」があるのである。
僕は別に、この日が嫌いな訳ではなかった。このこそばゆい、カカオや香料成分が含まれた甘い空気はそれなりに面白いし、女子にチョコレートをもらったこともある(義理でだが)。
しかし。いつも思うのである。
ぶっちゃけ、手作りだろうが既製品だろうがどうでもいいじゃないか、と。
たまたまそれが「手作り」だっただけに、周りから矢のように突っ込まれ、食べるのを躊躇させられるのがどんなに多いか。その逆も然りである。どんなものだろうと、温度管理(※)がしっかりなされた物ならば、美味しい筈なのである。
そんなことを、指でテオブロミン(チョコやココアの苦味成分)を感じながら、今までチョコレートを食べていたのだった。
しかし。ある時、その考えが一変したのである。
二
それは、2月の始めのことであった。
某日があるせいか、どこか、男女の間には、よそよそしい空気が流れていた。同性同士にしても、会話は基本小声であった。
ふと、僕は小声で聞かれた。
「なあ水谷」
「え?」
「お前は・・・誰なんだよ」
「・・・は?」
「誰にもらいたい、とかあるのかよ」
「いや、別に・・・」
「誰にも言わねえからさ」
・・・既にあなたに言っているであろう。
それは置いといて、僕は、別にトボけた訳ではなかった。
あまり、異性を意識したことはなかったのである。
なにせ、この能力である。美少女だろうがなんだろうが全く同じ肌触り。「美女も皮を剥げば骸骨」を触覚で体感しているのだ。綺麗だな、と思うことはあっても、憧れも何もなかったのである。
・・・しかし。
「どうせ沖さんなんだろ?」
「・・・え?何で?」
つい、そう返してしまった。
「だって、よく近くにいるじゃん」
「いやいや・・・あれは単に沖さんが勉強について聞くから教えてあげてるだけだよ」
「『だけだよ』じゃないだろ。聞きに行くほど仲いいってことじゃんか」
「え?そうなの?」
「全く鈍感だな」
「・・・」
単に、「友人に勉強を教える」ぐらいにしか考えていなかった。でも、そんな意味もあったのか。
その瞬間、僕の顔は熱くなった。
考えてみれば、彼女は最初から、「特別な人」だった。
その美しい肌。謎の能力。どれをとっても、特別だと言うのに十分なものだ。
・・・僕は、決めた。
三
その日は、珍しく風が穏やかであった。雲も無く、日の光は穏やかに差していた。
朝早く教室に入る。
「あら、早いじゃない、珍しい」
そこには、沖さんだけがいた。
「・・・いつも早いですね」
「誰から聞いたの?」
「いや、前に一度慌てて早く来てしまった時にもいたから・・・」
「そう」
「そう言えば、どうして沖さんは朝が早いんですか?」
「え?まあ、あまり長く寝ててもいいこと無いしね。言うでしょ。『早起きは三文の得』って」
「あ、そうですね」
「それに、家にだらだらいてても仕方が無いでしょ。朝勉強の名目で、早く家から出てきた面もあるのよ」
「・・・勉強はしているんですか」
「ぼちぼちねえー」
・・・割と理由は適当なようである。
僕は話を切り出した。
「あの、さ」
「え?鞄には別に何も入って無いわよ」
「いやそうじゃなくて・・・」
「じゃあ何よ」
「じゃ・・・沖さん」
「僕と、友達になってください!!」
「・・・え?友達でいいの?」
「友達って・・・は!」
言い間違えたーー!!
明らかにミスである。この状況で、『友達』は無いだろう。
・・・しかし。彼女は、意味ありげな言葉を返した。
「ふふっ・・・『友達』、ね」
「?」
「これを見て、同じことが言えたら、友達になってもいいわよ」
そう言って彼女は、鞄からノートを取り出した。
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※・・・チョコレートの成分であるカカオバターには複数の結晶構造があり、温度管理によってそれを細かく調整する。つまり、手間暇を掛ければ、それだけ美味しくなるのである。・・・ってことは、やはり美味しい手作りチョコレートは愛情の証なのだろうか。
チョコは・・・出ましたね。説明だけですが。
色々調べてみたところ、チョコレートも案外面白いことが分かりました。
本文中にも出てきたテオブミンという物質は、ヒト以外のほとんどの動物が代謝出来ないんだそうで。道理でイヌとかに食わせちゃマズイ訳だ。
しかも、カフェインと構造式がそっくりだったりします。うーん、植物って不思議。
さあ、次回は最終回だ!