表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空気をつかむ者  作者: YSR
5/9

第5話 紙。

     一


 夏。八月には夏休みがあり、一年で一番のんびりできる季節である。

 ・・・しかし。われらには、その前に乗り越えなければならない壁があった。

 それは・・・そう、期末テストである。


 幸いながら、科学(生物)についてはさほど苦労はしなかった。なぜなら、実際にその手で「触る」ことが出来るからである。

 事実、その力でこっそりプレパラートを触ってデッサンし、無茶苦茶に褒められたのである。

 ・・・しかし。それ以外に関しては、カナーリ苦労することになった。

 数学。文字式まではいいが方程式に苦しむ。なんなんだよ2次不等式って・・・。

 現国(現代国語)。勿論問題は漢字ではなく読解である。・・・よくわからん。

 古文。日本語に見せかけての暗号ではないかと思えてきた・・・。

 英語。例文自体は面白いのだが、訳せと言われると自信が無い・・・。

 英文法。最早、復習と言う名の勉強である。

 世界史。・・・覚えることが多すぎる・・・。


 ・・・などと、押しなべて苦労することになった。左様、暗記は苦手なのである。


     二


 しかし。これを逃れる(すべ)は無い。僕たち生徒は、この敵と戦わなければならないのである。

 そこで僕は、原始的だが、単語帳を使って覚える戦術に出た。

 見る。答えを書く。裏面を見る。採点する・・・。

 毎時間、それを繰り返した。さらに、休み時間でも時々ぱらぱらとめくって眺めた。

 その成果が出たのか、時々先生が出す小テストでも、それなりの点数を取るようになった。


 そんなある日のこと。生物の時間が終わった後、僕は沖さんに呼ばれた。

「ねえ水谷君」

「な、何?」

「減数分裂って良く分かんないんだけど、教えてくれない?」

「あ、うん・・・」

 そこで僕は、ちょっと緊張しながら説明した。

「・・・なので、配偶子が2のN乗個の多様性で出来ると言う訳です」

「なるほどね。ありがと」

「ど、どうも・・・」

 それから彼女は、僕の机をさわさわと撫でた。

「・・・どうしたのですか?」

「・・・え?別に?」

 僕が聞くと彼女はすっと、机から手を離した。・・・触り心地がいいのかな?


 彼女からの質問は、その後にも何回かあった。その度に何気に机を撫でていたが、僕は別に気にしてはいなかった。勿論、それよりも沖さんと話せる方が嬉しいからに決まっているのだが。


     三


 ・・・そして、テストの日。今日は生物と英語(英文法ではない方)である。

 生物はまあ調子良く解けた。・・・が。

 やはり英語は難しい。

 教科書に載っている例文はまだしも、そうじゃない長文が出てきようものなら、もうお手上げである。

 まあそんな意地悪な設問を用意することぐらいは分かっていたので、それ以外の問題を解いてから当たる戦術に出た。・・・それでも辛い。

 気分を変えようと、問題用紙を払って消しゴムのカスを集めていると・・・あれ?

 ・・・突起?

 机の一部分だけ、なんだか細かい突起がある。目で見て分からないと言うことは・・・跡?

 普通に触ってみる。・・・なんだか文字のようだ。読んでみると・・・あ。

「長文のポイントは文節の理解」

 ・・・文節の理解?

「so-that構文は見逃しやすいから気をつけて」

 ・・・so-that・・・英語か・・・いや、英語!?

 どういうことだ?なんで文字が??

 そう考えた時にハッとした。

 この机は、今まで長い間使われてきたのだと言うことを。


 そこから先は楽だった。

 机の上の()を参考にしながら、僕は問題を解いていった。

 多少罪悪感はあったが、目にも見えない跡をカンペだと言う人はいないはずだし、そもそもその程度の跡はどこにでもあるだろう。

 そう考えていた。


     四


 そうして全てのテストは終わり、その後、生徒への返却が始まった。

 あの跡のせいもあってか、どの教科も、それほどひどいことにはなっていない。

 僕は深く安堵した。

 ふと沖さんの方を見ると、どうやら彼女も安心した表情だ。

 目が合う。彼女は、僕に会釈した。感謝のつもりらしい。

 僕の心は、久しぶりにうきうきしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ