第1話 空気。
一
空気は、さらさらしているものだと思っていた。
水は、ざらざらしているものだと思っていた。
布も、ビー玉も、人の肌も、みんなざらざらして、つるつるなんて無いものだと思っていた。
それなのに。
周りのみんなは違う。手を振ってもなにも感じないし、水もさらさらとか言うし、「つるつるの氷」なんてことも言う。みんな、どうしたんだろう。
・・・あ。
もしかして、自分がおかしいのかもしれない。
そう悟ってから、かれこれ10年。あれは5歳のときであった。
保育園のころである。友達に、こう聞いてみたのだ。
「水って、ざらざらしない?」と。
すると友達は、こう答えたのだ。
「そんなわけないだろー、お前、なんかおかしいぞ」
子供とは残酷なものである(自分もまだ子供だが)。その発言で、自分の感覚は人とは何か違うのではないかと悟ったのだ。
そこから、特訓が始まった。人におかしく思われたくない。その一心で、見た目からつるつるかざらざらかを見分けるために練習した。暗記した。努力した。
その努力あってか、どうにか「変なやつ」呼ばわりされず、平和に過ごしてきた。
しかし。15歳、中学三年の卒業式の日、ハッとした。
これは、間違っていることなのではないのか。自分の感情をひた隠しにして、それで一生を過ごすのか。いや、違う。そうであってはならない。僕はそう気が付いたのだった。
これからは、自分の気持ちに正直になろう。水谷空、15の悟りであった。
二
それから二日間、考え、調べ、また考えた。自分のその感触は、いったい何なのか。
皮膚の病気でもない。神経でもない。ましてや脳の異常でもない。なんとか今までやってきたのである。
あれこれ探しても分からず、悶々とした。
分からぬまま、次の日の昼。
ふと、中学時代の教科書が目に入った。
懐かしいなあ、と思いながら、パラパラとページを捲っていく。
そうしていると、ふと、あるページに目が留まった。
理科の教科書の、「原子」についての項であった。
それに載っていた電子顕微鏡写真(※1)を見て、ハッと閃いた。
「これだ!」
そう、気が付いたのである。自分のこの感触の理由を・・・。
自分だけがなぜそんな感触を覚えるのか。それは、指先が異常に鋭かったからだ。人の指はただでさえ感覚神経が多い場所。自分の場合、それがより鋭敏になっていて、それで、原子「自身」を触っていると感じるのではないのだろうか。
これなら、空気がさらさらし(※2)、水がざらざら(※3)と感じ、布やビー玉もざらざら(※4)に感じることも説明できる。
このことを悟って僕は、思わず「ばんざーい」と叫んでしまった。直後に母に「どうしたの、空?」と尋ねられ、「いや、なんでもないよっ」とごまかしたのは言うまでも無い(※5)。
三
そこからは発見の連続だった。時々触れる大きな塊が、実は菌やウイルスだったり、物質によって表面の触り心地が微妙に違ったり、指紋も感じ取れたり(手を洗ってから、だが)。とにかくメモしないと忘れそうなほどであった。
そうして、北上高校の入学式を迎えた。
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注訳:
※1・・・確か銀の表面写真だったような気がする。いつか触ってみたい。高そうだけど。
※2・・・酸素や窒素分子などが空気中を漂っているから。時々アルゴン原子やクリプトン原子とかに触れることもある。
※3・・・ものすごい数(1立方センチメートル中に6.02×10^23個)の水分子が水の中にあるから。
※4・・・布の繊維やビー玉表面の細かな傷に触れるから。
※5・・・自分の不思議な感覚は、両親にも秘密なのである。なぜかって? だって、気を遣われたら嫌だし、第一、両親が絶対秘密を守るとは限らないから。
完全オリジナル小説第一弾が、この小説です。
頑張って書きますので、どうかコメントよろしくお願いします。
・・・え?注訳が多い?すいません。この小説ではよく出てきます(たぶん)ので、どうか許してください。