第48話 間一髪
そして、傷ついた彼の治癒に一役飼っているのが、聖魔法入りの水晶石である。アンドレアが聖女の儀式を受けにこの御座所を訪れた際、祭壇に供えていた物がそれだ。
あの水晶石を捧げることが、彼女を初めとする聖属性持ち達の義務で、その人の能力値によって供える数も決まっている。
使われているのはダンジョン産のもので、どういう理屈か中に魔法の技を込めることが出来た。 一回限りの使い捨てにはなるのだが各種属性問わないため、攻撃魔法を入れたり、聖魔法だと治療や浄化の技を流し込める。
そうした魔術が込められた水晶石は、幸いなことに誰にでも使えるのでとても人気があった。守護聖獣の加護がある国とはいえ日常的に魔物は出るため、護身用にと持つ人も多かったのである。水晶の質にもよるが、属性問わずある程度高度な技まで込められるということで利便性が高く、魔法を習得済で魔力に余裕のある者達の良いお小遣い稼ぎにもなっているらしい。
大神殿ではその水晶石の特性を生かして、各地に散らばる聖属性持ち達に聖魔法の治癒の力を注ぎ込むよう要請していた。ラグナディーンの半身である水竜の怪我を、人知れず治療するためである。
下手に秘匿せず堂々と、微量ながらも聖域という魔物を防ぐ大結界を維持する守護聖獣の力となるため、国家のためという名目のもと、各地の神殿から大神殿にまで届けさせたのだ。人は隠されると暴きたくなるという厄介な生き物なので、この方法は狙い通り効果を発揮し、誰も疑問に思わなかったのである。
治癒の魔力が込めた水晶石は、この大神殿まで運ばれた後、湖の湖岸に停泊している小船に置かれる。すると、無人の小舟は神竜のいる湖の中の小島に向かってスルスルと進んでいくのである。
人には見えないが、これは竜の眷属である水の精霊達が船を操ってラグナディーンの元まで運んでいるためだ。そして最後は彼女自ら、水晶石を抱え込み、湖の底に身を沈めている半身の元へと届けるのである。
湖の底に敷き詰められた水晶石の上に身を休め、ゆっくりと漏れでる聖属性の治癒の力を吸収していく。人族のアンドレアの感覚だと、冷たい水の中で水晶の上に寝転ぶのはかえって体を損ねてしまわないのかと心配になるのだが、水竜は冷たい場所の方が好きで体調にもいいのでこれでいいらしい。
完全に治りきるまでは、竜体から人型への変化は不可能な上、半身であるラグナディーンから魔法を禁止されているため、精々こうして影を投影するくらいしか出来ないんだとか。
ラグナディーンが聖属性の力が込められた水晶を要求したのには、そんな裏事情があったのだが、このことは国王と大神官、聖女しか知らないこと。今までアンドレアも対外的な理由 ……微量ながらもグローリア王国を守護して下さる神竜様の回復に使われているものだと思っていたし、秘匿されていることに気付かなかった。
『グランディール、説明をありがとう』
実体の透けていた理由を一通り話し終わった彼に、父親が言った。
『というわけで、お嬢さん。私はまだ、あなたの前に直接姿を見せることはできないんだ。許してほしい。だが息子とのこと、心より祝福させてもらう。おめでとう。今日からは僕のこと、父と呼んでね』
「は、はい。ありがとうございます、お義父様。私のこともどうかアンドレアとお呼びくださいませ」
『うん、ありがとう。でも気持ちだけ受け取っておくよ。その、君もこの短期間で身をもって分かったと思うけど、竜は嫉妬深くてね。半身以外が名を呼ぶことをとても嫌がるんだ。それが例え、親子であってもね』
心当たりがあったアンドレアは、その事を思い出して少し頬を染めながら も、こうして彼の父親から直接、竜の習性を教えてもらえることに感謝した。しかし、その話を聞いて一点、不安になったことがあった。
「そう、なんですの。心に刻みますわ。では、もしかして私が神龍様の御名をお呼びするのもご不快でしたでしょうか……知らなかったこととはいえ、申し訳ございません……」
『それは、大丈夫。君は彼女の聖女で、名を呼ぶのを許した者だからね。僕は気にしない。むしろ、彼女が呼び名を許した者が息子の半身でもあっただなんて奇跡、滅多にないからうれしいよ』
「そうじゃな、気にせずともよい」
二人揃って優しく否定されて、アンドレアはホッとした。
「ありがとうございます、お二方とも」
『うん。それにしてもグランディール、君は本当に幸運だよ。こんなに早く魂の半身と出会えるなんて……幸せになってね』
「言われるまでもありません。でも、ありがとうございます、父様」
『おめでとう。グランディール、アンドレア。妾からも二人に祝福を」
「ありがとうございます」
「しかし、考えてみればそなたが成竜の儀式を急いで進める気になったのも、天の采配なのかもしれんの。避けられぬ運命だったのやもしれぬ。 よもや、そなたの半身がアンドレアだったとは……妾でも想像がつかなんだわ。あのまま何事もなく王子との婚約を成立させていていたらと思うと寒気がする。実に間一髪といったところか」
『本当、間に合ってよかったよ、この国のためにもね』
「全くです。今からでもこの国を吹っ飛ばしたいぐらいです。その事を思うだけで、怒りで爆発しそうです……」
「グランディール様!?」
「アンドレア、本当によかった。もし間に合わなかったら婚約者を殺してでも、私は君を奪い取らなきゃいけなかったからね」




