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第45話 重なりあう心



 アンドレアは今まで、ロバート殿下の婚約者として、常に好奇に満ちた衆人環視のなかに置かれていた。

 表面上は華やかに見えても利害得失と権謀術数が渦巻く貴族社会では、付け入る隙を与えないようにと常に神経を尖らせていた。

 いずれは王子妃となる者して人一倍貞淑さを求められているのを感じていたし、未婚の令嬢に対する醜聞の厳しさもよく分かっていた。


 幼い頃から厳格な淑女教育を受け、公爵家の政敵が仕掛けてくる様々な陰謀やハニートラップに引っかからないように、父や兄、従兄弟等がいつも彼女を守っていた。


 まあ、そんな努力も虚しく彼女の婚約者だった第一王子などは、同じように教育を受けていても、あっさりとユーミリアの手玉に取られてしまったわけだが……。




 ともかく、ここには今、竜族しかいないとはいえ、貴族令嬢の嗜みとして離れなければいけないと分かっているのだ。


 それなのに、こんなにも離れたくないと思ってしまって、その強い感情に自分でも戸惑う。

 同年代の令嬢達と比べても異性にも恋にも慣れていない彼女は、自身の気持ちをコントロール出来ずパニックになっていた。


 彼の腕の中にいると、胸がドキドキして苦しいのにうっとりするほど暖かくて心地よくて、何もかもどうでも良くなってくるのだ。


 沸き上がる思いに流されそうで、それでも何か言わなくてはと、混乱したまま口を開く。


「あの、一の君様……」


「アンドレア……」


 彼は一旦そっと身体を離し、彫刻のように整った美しい顔に笑みを浮かべると、真っ直ぐ視線を合わてから言った。


「我が生涯の愛しき半身。我が名はグランディール……君にはこの真名で呼んで欲しい」


「……はい、グランディール様、喜んで」


「うん、会いたかったよ」


「は、はい、(わたくし)も……お会いしたかったですわ」


「うれしい」


 愛しい半身からの望み通りの言葉に、理知的で神秘的な金の瞳が柔らかく蕩ける。



 ――そして、子供のように無邪気に破顔したのだった。



 彼の神々しい美貌は完璧で整い過ぎているために、一見して冷たく、近寄りがたいような雰囲気を纏っているようにみえるだろう。

 しかし、こうして半身に会えた喜びに茶目っ気のある、照れくさそうな笑みを浮かべてみせると、一気に幼さの残る表情になる。


 それは、つい先日まで一緒に遊んでいた、小さくてコロコロとしたフォルムの愛くるしい幼竜を彷彿とさせるようで……思わずぎゅっと抱きしめたくなるような、可愛らしさだった。


 孵化により、急激に大人びた麗しい青年の姿を見せられたと思ったらこれである……そのギャップに、アンドレアは身悶えそうになった。



 そして、改めて彼に、一目で恋に落ちたことを自覚した。その相手から、同じように純粋で剥き出しの好意を示される奇跡。



 ――運命の恋なんて、お芝居や物語の中にだけ、起こることだと思っていたのに……。



 公爵家に生まれた者として、いずれ政略結婚をする自分には決して起こり得ないことだと、恋はしないと自分気持ちを戒めていたというのもある。


 それが緩んだのは、今まで一度だけ……婚約者と定められた彼にだけだった。


 ロバート王子にだけは、恋することが許される相手だからと、穏やかで淡い恋心を抱いたこともあった。


 でも、その初恋も最近、砕け散ったばかりで……。




 そんな自分には、聖女となってこの国を守護してくださる神竜に、一生お仕えできると言う名誉な道がまだあるというだけで満足してしたのに……。



 ――アンドレアの前に、彼女だけを愛し、愛される存在、運命の恋人が現れるという、奇跡が起こったのだ。



「アンドレア……」


「グランディール様……」



 呼び交わす声が、甘い。


 どちらからともなく指先が伸ばされ、触れ合った瞬間、自然と指を絡ませる。

 

 至近距離からうっとりと互いを見つめ合う。その眼差しには、熱い情熱と限りない愛情が溢れていた。


 必然的な出会いとはいえ、魂の半分がこうして手を伸ばせばすぐに触れ合える距離にあって、同じ気持ちを持ってくれているというだけで、胸がいっぱいになる。運命の相手の存在に満足していた。


 余計な言葉は、いらなかった……。




 二人にとって幸せな時は、止まっているかのように感じられたものだったが、思いの外、長い時間をじっと見つめ合い、互いの姿に見惚れていたらしい。


 周りにいる人々にとって、若い二人から醸し出される、桃色の空気に染まった空間にいるのは、ちょっと、何というか……いたたまれなかったというか……?




『……ねえ、ラグナ。これっていつまで続くのかな?』


「ふむ。いつまで続く……とな? そなた様にも分かっておられよう? そんなもの、誰かが止めなければずっとじゃ」 


『う~ん、そっかぁ。これは完璧に、二人の世界というやつですねぇ……』


「妾達のことなど、その辺のオブジェみたいな扱いじゃな。完璧に忘れられておるわ」


『あ、やっぱり? まあ、仕方ない、か……』



 突如、耳に入ってきた、呆れたような、からかうような一組の男女の声……。



「「……あっ!?」」



 ――完璧に、忘れていた……。


 今、この部屋にいるのが二人だけでないことを……。






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