第40話 通信手段
そして連絡は、この神殿の中から取れるらしい。
「双方向に声と映像が遅れる魔道具がある。それを使えば良い」
双子石と言う石から創られた通信機で、使用されている石は、物凄く珍しく滅多に採掘されないという、ダンジョン産の鉱石だという。
――王宮にあるのも、この石になる。
昨夜、アンドレアを断罪する場面で、ユーミリアが婚約破棄の根拠として主張していた罪の数々……。
その真相を神竜様の御前で明らかにするためにと、第一王子が連れて行こうとした通信の間に設置されていた。
勿論、捏造だったため、ユーミリアは神竜の審判を恐れて逃げ出したのだが、その罪の報いは受けている。
「では参ろうかの」
「はい、ラグナディーン様」
――広くて長い廊下を、水の精霊に抱き抱えられ、空中に浮かびながら滑らかに飛行していく。
通信の間は、神竜様の御座所があった水の部屋の近くにあるということで、先程通って来た道を逆に辿る形になったのだが、何しろここは広い。
竜体で快適に過ごすことを考えて空間拡張されている神殿なので、御座所近くの主要な通路は特に広く、まるで自分が小人になってしまったかのように感じるほどだ。
当然、人の足では移動に時間が掛かり過ぎるので、水の精霊の魔法で連れて行ってもらうことになった。
竜の眷属ともなれば魔力が増し、水の精霊でも自在に飛べるらしい。この巨大な神殿内で暮らすには便利そうだ。
そうして空中を大人しく運ばれていると、すぐに目的の部屋へと着いた。
――部屋の中央には二つの台座があった。
大きな装置で、台座いっぱいに複雑な魔法陣が描かれ、その中央に真ん中できれいにスパッと割れた、人の頭よりも大きな石が一つ、嵌め込まれていた。
これが双子石といわれている稀少なダンジョン産の鉱石であり、元は人の頭ほどの大きさの球形なのだが、それを二つに割り、連絡を取りたい場所に置くことで通信可能となるものだ。
大神殿と王城にある双子石とそれぞれが繋がっていて、双子石の片割れがある双方向のみ通信できる。
「この魔法陣に魔力を流して起動させるのじゃ。ただし、人の身には魔力消費が激しく感じるであろうからの。注意せよ」
「分かりました。やってみますわ」
神竜に促され、大神殿と繋がる方の通信の魔道具の前に立つ。
手をかざして、教えられた通り魔法陣に魔力を流していく。
起動のための魔力が満たされると……。
「どうじゃ? まだ連絡はないかのう……?」
「落ち着かれてくださいませ、大神官様」
「そうは言うても聖女誕生の光の柱が立ってもう、随分になるのじゃぞ? 遅くはないかのう……まだかのう?」
「もうっ、大神官様ったら。その質問何度目ですかっ。ほらっ、ウロウロなさらずお座りくださいっ」
「しかしのう……」
「きっと、もうすぐですって!」
「さっきもそう言っていたではないか……まだかのう?」
「大神官様っ」
まず、待ちくたびれてワチャワチャしている様子の向こう側の音声が聞こえていた。
次に鏡のように滑らかな双子石の断面に、ボンヤリとした映像が浮かび上がってくる。
ズラリとひしめき合う人影が徐々に形を結び始めて……。
さほどかからず大神官をはじめ、アンドレアについてきた専属侍女や護衛達をハッキリと映し出した。
「……っ!?」
「おおぉぉぉっ!?」
「繋がったか!!」
「アンドレア嬢っ、聖女様!!」
――通信が繋がった瞬間……。
今か今かと待ちかねていた人達から、次々と興奮した声があがり、それらはあっという間に大歓声となって、こちらまで届いた。
待ちに待った聖女誕生に随分と興奮し、盛り上がっているようだ。
大勢を一度に映し出すには小さな双子石の断面に、ギュッとひしめき合う笑顔の人々を微笑ましく眺めながら、それに応えて口を開きかけた、その時……。
――ヌッと、巨大な影が頭上を覆った。
アンドレアの一歩後ろにいたラグナディーンが、いつの間にか竜体に戻っていたのだ。
竜族はむやみに人前で変化した姿を見せることはしないため、通信機器に映し出される前にと、一瞬で人型を解いたのだろう。小さな家程もある大きな竜の体がすっぽり入ってしまうくらい、この部屋は広いのである。
美しい青銀の鱗を纏う水竜は、彼女を巻き込んで押し倒したり傷つけたりしないようにと、注意深く大きな身体を丸めると、ソッと顔を近づけてきた。
すると必然的に通信具にも映り込むこととなり、更に歓声が大きくなった。
滅多にお目にかかれない自国の守護聖獣のお姿をアップで拝見できたとあって、向こう側はもう祭り騒ぎである。
――はしゃぐ気持ちは分かるが時間がない。
軽く手を上げて静まるようにと合図をし、皆が落ち着くのを暫し待つ。
通信機は魔力を激しく消費する上に制御の難しい魔道具で、伝達する距離や速度、精度全てが使用者の能力に左右される。
アンドレアはその身に聖女として認められるほどの魔力量を内包しているから余裕があるのだが、対して受信側……大神官達がいる方はいささか心許ない。
起動し続けるには、双方向で同等の魔力が必要になるため、魔力量の多い神官達を揃え、分担して注いでいるはずだ。しかし、魔力の質には一人ひとり個性があって波長が違うため、その分調整が難しく負担は大きいだろう。




