第37話 水の精霊
「ラグナディーン様、どうか私も、幼竜様方が孵化される場に立ち会わせてくださいませ」
「勿論じゃ。そなたは妾に仕える聖女じゃからの、その資格がある」
「……っ! ありがとうございますっ」
「良いよい。我が子らが孵化する時、この際、我が半身にも会わせようぞ。会いたがっておったであろう?」
「はいっ、随分と昔のことですのに覚えていてくださったのですね。嬉しいですわ」
「そなたは特別じゃ。さて、もういつ休眠が終わるかもしれぬ。部屋を用意させたから、今日からはそこで休むが良い」
「まあ、ラグナディーン様。よろしいのですか?」
「聖女になった祝いじゃ。受け取れ」
「はい、ではありがたく。これからよろしくお願い致します」
「うむ。そなたの世話は、この神殿に住み着いている妾の眷属たちがするであろう。おいで、紹介しておこう」
「はい」
神竜の眷属となった者達が、ここにはたくさん住んでいるらしいのだが、聖女以外は一人も神殿に入れないので、アンドレアも今日初めて対面することになる。
眷属はもれなく人外で、主が招いた者しか立ち入ることは出来ないという。
湖の上にあるという場所柄と、主が水竜ということで、一番多い眷属は同属性である水の精霊になるようだ。
アンドレアの世話は、主に彼らがしてくれるらしい。
水の乙女達は喋ることは出来ないが共感能力に優れているので、意思疎通に困ることはないそうだ。
陽気な性格なのはいいのだが、いたずら好きなところがちょっと玉に傷なんだとか。
昔は幼竜と一緒になってよくふざけて遊んでは、主に怒られることもあったようだ。
しかし、そこさえちょっと目をつぶれば、自分の領域と決めた場所を整えることに優れ、よく気がつくので神殿を管理させるには最適らしい。
ラグナディーンに連れられて来た先に、ズラリと並んで控えていた水の精霊は全て女性型で、二人が姿を見せると微笑みながら揃って一礼された。
こんなにたくさんの精霊を一度に見るのは初めてだ。さすが、この世界の頂点に立つ竜族の居城といったところか……圧倒されそうだ。
いずれ劣らぬ美しい乙女達からは、歓迎の意が伝わって来て嬉しくなる。
「皆様、ありがとう。これからよろしくお願いしますわ」
アンドレアが微笑みながら礼を返すと、了解したと言う風に目を会わせてコクコクと頷かれた。人外なのに、そんな仕草は人間らしくて、これなら一緒に暮らして行けそうだと思ったのだった。
そのまま、彼女の専属を勤めることになった一体の精霊と一緒に、割り当てられた部屋へと向かうことになったのだが、その際、神竜様自ら案内に立ってくれた。ありがたくも恐れ多いことである。
長くて広い廊下を歩きながら、先程からずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。
「しかし驚きました。初めて入りましたけれど、こんなにも神殿の中が広かったなんて……予想以上でしたわ」
「うむ。ここは我らが竜体になった時の事を考え、魔法を使い空間を大きく引き伸ばしているからの。 空間拡張と言う魔法じゃな」
「まあ、そんな魔法が……とっても便利ですわね」
「重宝しておるが、これが人の姿で移動するとなると中々大変での」
「ふふふっ、確かにそうですわね。でも、人の世にもあればよいのにと思ってしまいますわ……素晴らしい魔法ですもの」
「術式を展開するには竜族独自の固有魔法を使う必要があるからの。我らとて習得には百年単位の修練が必要なのじゃ。人族にはちと難しいのではないか?」
「成る程、それは到底無理ですわねぇ」
残念ながら、習得する前に寿命が来てしまう。
「そうじゃ、この先にある宝物殿には一人で近寄らないようにの」
思い出したかのようにラグナディーンが言った。
「宝物殿……ですか」
「うむ」
――竜は元来、キラキラとした美しいものを好んで巣に溜め込む習性がある。
この神殿はグローリア王国が興ったのと同時期に設建され、それ以来ずっとラグナディーンの巣になっている。
と言うことで、約二百五十年の間に溜まりに溜まった、きらびやかで豪華絢爛な宝物がぎっしりと、余多の部屋に詰め込まれているのだという。
―― 眷属達がせっせと整理しているようだが、その全容は神竜様ご自身でさえも把握し切れていないんだとか……。




