第15話 愉悦
「そのようなこと、軽々しくおっしゃってはいけませんわ」
「そうですわ。男爵家出身の聖女様など、聞いたことがありませんもの。現実をご覧になった方がよろしいかと」
と、否定された。
(どうしてだろう? 父様はユーミリアは可愛いから絶対なれるよって言ってくれたのに。
それに、身分とか関係ないよね? 聖魔法の才能があれば聖女様になるんだし。何故、この子達は男爵家の娘だから、無理だって言うんだろう?
……あっ、そうかっ。分かった!!
この子たち、私の才能に嫉妬してるんだっ。
私が稀少な聖属性持ちで特別な人間だから、羨ましくて意地悪するのね?
それに、私がここに来てる皆の中で一番かわいいのも気に入らないのかも。男の子達の視線を集めすぎちゃったかな?
でも、私が可愛いのは事実じゃない? 嫉妬されても困っちゃうよね。
聖女様になる予定の私そんな態度とっていいの? 現実を見た方がいいのはあなた達の方だと思うよ!
あ、そうだっ。
私が人を傷つけちゃいけないってことを教えてあげればいいんだ。間違っている人々導くのも聖女のお仕事だよね?)
そこで、彼女達に反省を促すために、心ない言葉に傷つき泣いてしまう女の子を演じることにした。
可愛い女の子が泣いていたら、お茶会に来ている他の人達の注意が引けるだろう。きっと注目してくれるはず。
それに、さっきからユーミリアをチラチラと見ては顔を赤くし、こっちに来たそうにしているけれど行動に移せない男の子達。彼らにも、自分に話しかけるきっかけを与えてあげられる。一石二鳥のいい考えだと思った。
(皆から、特に意識している同年代男の子たちから注意されれば彼女達も反省するんじゃないかな。うん、完璧な計画だわ!)
「なんでそんな意地悪言うんですかぁ? 私、傷つきましたっ。クスンクスンッ」
泣き真似は母さん仕込みで得意なの。否定されて悲しかったのは本当だから全部が嘘じゃないし、うん。
しくしくと泣いていたら、予想通りすぐ男の子達が慰めにきてくれた。
「お嬢さん方、どういった事情なのかはわかりませんが、淑女なら小さなレディを悲しませるものではありませんよ」
そう言って、ユーミリアを取り囲んでいた令嬢達を窘めてくれた。
「あら、これは違いますのよ。その方が聖女様になるとおっしゃるものですから、現実を見るようにとご忠告申し上げていただけですの。勿論、純粋な親切心からですわ」
「そうですわ。だって、下位貴族のわたくしたちが聖女様になどなれませんもの。それにこんなお話が高位貴族のご令嬢方のお耳にでも入ったら、彼女が大変なことになりますでしょう? そうなってしまってからでは遅いのです」
綺麗な顔立ちのその男の子は女の子達に人気の令息だったらしく、憧れの人からいじめを指摘された貴族令嬢たちが慌てて釈明していた。
でも、さすがイケメン。彼はそんなとってつけたような言い訳には騙されなかった!
再度、意地悪な令嬢達を諌めてくれた後、
「まだお小さいのですから、夢見るくらい構わないでしょう」
そう言ってくれて、お茶会の間ずっと一緒にいてくれた。ふんっ、ざまあみろだわ。これで少しは反省したでしょう?
ツンツンと取り澄ました貴族令嬢達がイケメンといる私を羨ましそうにしているのをみるのは、想像以上に気持ち良くて……ふふふっ、やみつきになりそうっ。
その後、十五歳で成人するまで続けられたお茶会では結局、女の子の友人は出来なかったが、男の子たちとはたくさん仲良くなれたので別によかった。
けれど次第に、ただ仲良くなるだけでは満足出来なくなった。
ユーミリアを拒絶する貴族令嬢達の顔が歪む瞬間を、もっと見てみたいと思うようになったのだ。
あれは、気持ち良かった。その為には、もっともっと、自分に夢中にさせなければいけない。
母に相談してみると、具体的な方法を教えてくれた。
ターゲットの男の子に「私を好きになって」と強く願いながら視線を絡ませ、上目遣いに微笑んで話しかけるといいとアドバイスをしてくれる。
「いいかい? やり過ぎるんじゃないよ。こう、さりげなくやるんだ」
「う~ん……こうかな? 上目遣いでまぶたをパチパチっと……」
「あははっ、いいじゃないか! さすが売れっ子だったあたしの娘だ。こっちの才能もありそうだね。上手く出来てるよ。これでお高く止まったお貴族達を悔しがらせてやんな!」
「うん、母さん!」
そして母の教え通りにすると、婚約者よりもユーミリアを大切にしてくれる子が出てきた。
初めは失敗する事もあったけれど、回数を重ねるうちに我ながら上手に出来るようになったと思う。
まるで物語のヒロインなったかのように、自分の思い通りに動く人達。
楽しくて、ゲーム感覚で男の子を落としては、普段の姿からは想像出来ないくらい感情的になって泣きわめく令嬢達を見て愉悦に浸った。
成長するにつれて、元娼婦である母親から異性を誘惑する手法をも学んだ彼女は、色事に不馴れで初心な貴族の青年達を、息を吸うように自然に惑わすことができるようになっていく。
その頃には自分の魅力を把握し、効果的な見せ方というものが分かるようになっていたのだ。
何とか彼女の気を引こうと必死になる彼らをみるのは、とても面白かった。
お気に入りの殿方を複数侍らせ、彼らから愛を囁かれる。
可愛らしくねだれば、高価な貢ぎ物を競うようにして贈ってくれる。
不作法を窘める令嬢達が鬱陶しかったけれど、傷ついたように顔を伏せ、肩を震わせて涙を流すだけで、殿方は簡単にいいなりになった。
ユーミリアを庇い、嫌みを言う婚約者の令嬢を責め立てるのを見ると、暗い愉悦が沸き起こってゾクゾクした。
そんな生活に夢中になって、もっともっとと欲しくなり、令嬢達から次々と男を奪ってやった。
相手に婚約者がいようと知らないふりをして無邪気に話しかけ、可憐で愛らしく見える笑顔を振りまき、甘言を囁いては誘惑した。
節度ある親しさを持って接する貴族令嬢を、出し抜くことなど簡単だった。
まずは同じような身分の者を足掛かりにして、徐々に上の身分の青年達に乗り換えて行く。
何て簡単で楽しいんだろう……ユーミリアは笑いが止まらなかった。




