8話 神様のいない星
グネマはアルム村住民の中では最年長に当たる人物だ(と言っても他の住民と同様にそうは見えない程若々しい外見をしているが)。
村の花畑の管理をコルトに後任してからは、村中の書物を一手に管理する司書の真似事に勤めていた。
なので村人が訪ればぐ寝間は何時でも扉を開いた。…もちろんこんな時間に訪れるのは非常識の部類ではあったが、仕事の後任であるコルトと親しくあったグネマは快くコルトとモモリエを迎え入れてくれた。
「…のはいいのだけれど」
1時間も経過する頃、コルトは愚痴をこぼすまでへたっていた。
自分の出生を知る手がかりならまずは調べる事、その為の本。
そこまでは良かったのだが…。
どんな本に自分の事、すなわち空から卵が降ってくる出生事例?症例?が書かれているというのか?
生物の本?医学の本?天文学?はたまた神話?
図書もどきと言え、その量は一部屋丸ごと本棚で埋め尽くされるくらいの量はあった。
その全てを一言一句読むのでは流石に時間がかかり過ぎる。
ジャンルを絞って探せば幾らかマシになるかもしれないが、そのとっかかりすら掴めないでいて結局また行き詰ってしまったコルトであった。
「そういえばモモリエ、何してる?」
読書に夢中になって放置していた友人を思い出す。
彼女が何かしら発見があったかもしれないという淡い期待を込めて、辺りを見渡す。
…すると部屋は一面ピンクの灯に照らされていることに気が付く。
部屋の照明、机に目をやると案の定そこにはモモリエがいた。
彼女は灯を点す魔石のカンテラに、自身の膜を薄く覆ってクルクル回っている。
彼女の半透明な身体を伝わり光はピンクに染まり、なんとも言い難い雰囲気に部屋が様変わりしていた。
「…なに、やってんの?」
「スケベな部屋ごっこ?」
「本読みに来たんじゃないの!?」
「だってー、アタイの翻訳機、言葉は訳せても文字のほうは無理っぽくてー。」
「そういうことか…。」
そうだった。
今こうしてモモリエと意思疎通ができるのは、ヒッコが渡してくれた翻訳機によるものなのだ。
彼女は話せるだけで言葉を理解している訳ではないのだ。
どうやら旧時代の遺物と言っても万能のアイテムという訳ではないらしい。
それで結局やることが無くなり、モモリエにとっては退屈な時間になってしまったようだ。
「じゃあ言葉の勉強しよう。コルトが読み聞かせする。」
コルトはモモリエにそう提案し、座りっぱなしだった腰を上げる。
「いいの?やることあったんじゃないの?」
「あるけど行き詰っちゃったから…ええと、はい。この中のどれがいい?」
コルトは本棚の最下段から数冊取り出しモモリエの前に広げる。
「それじゃあ遠慮なくー、ってコレ全部絵本じゃん!」
「一番最初はソレから。みんなそうやって勉強したんだから。」
「なんかコルトに子供扱いされるの釈然としない…。」
ぶつくさ言いながらも出された絵本を見渡すモモリエ。
「タイトルもわかんないから表紙で選ばないといけない、迂闊なジャケ買いは地雷を踏むというのに…ん?」
コルトに通じるでもない、よくわからない事を言いながら選んでいたが、やがて1冊の本を前にしてピタリと止まる。
それは他の絵本どころか辞書よりも丁寧な装飾がされた絵本。
革張りの表紙には青い星と、そこへ飛び立つ人々の姿が描かれていた。
「コルト、アタイこれが読みたい。」
「……」
「コルト?おーい」
「…あ、うん。これかぁ。」
それを見たコルトの表情は懐かしいものを見た顔をしていた。
「なんてタイトルの本なの?」
「児童向け トライア神話って言うの。」
文字を指さしながら、ゆっくりとタイトルを読み上げる。
「トライア神話?」
「うん。」
その指で表紙をなでてコルトが説明する。
「すごく昔に起きた事らしいけど、本当かどうか誰も知らないの。とても悲しいお話なのに、不思議と何度も読んでた。懐かしい。」
「ふうん…?まいいや、読んで読んで。」
「ごほん、では物語を始めます。」
そうしてコルトは、モモリエを膝に乗せて『児童向けトライア神話』の朗読を始めた。
「えー、昔むかしのナラカヘイルは、7にんの『悪魔』がおさめていました。」
「ブフォッ!?」
「なんで噴いた!?」
「い、いや…」
モモリエは振り返り、コルトの顔を見る。
そこにはいつもの、デビル族の象徴でもある角が生えている。
「なんでもない、続けて。」
「う、うん?」
よくわからないながらもコルトは気を取り直して朗読を再開する。
「7にんの悪魔の名前はルシファー、サタン、レヴィアタン、ベルフェゴール、マモン、ベルゼブブ、アスモデウス。悪魔と最初の人『トールマン』たちは、おだやかにくらしていました。」
「しかしあるとき、空からつばさを生やした11にんの『天使』があらわれました。」
「天使の名前はメタトロン、ラツィエル、ザフキエル、ザドキエル、カマエル、ミカエル、ハニエル、ラファエル、ガブリエル、サンダルフォン、ダアト。天使はこう言いました『われわれの世界を返してもらう』戦いのはじまりです。」
「たたかいはどんどん大きくなり、やがてはトールマンたちもたたかいにくわわりました。たたかいは、世界をふたつにわける戦争になりました。」
「戦争は悪魔のほうがかっていました。なぜなら悪魔たちには悪魔をすべる神様、すなわち魔王がいたのです。」
「なので天使たちもまた、じぶんたちを統べる神様をよびました。勇者のたんじょうです。」
「神様がりょうほうの軍にさんかし、たたかいはより大きくなりました。そしてついに、勇者と魔王はであいました。」
「魔王は勇者にこう言いました。「せかいのはんぶんをそなたにやろう」と。」
「ブフぅ!?」
それを聞いた途端に口(?)から体液を噴き出すモモリエ。
「ホントになんで噴くの!?」
「ご、ごめんて。大丈夫、続けて…」
「う、うん。」
噴き出された体液を見てコレはモモリエの一部ではないか?失って平気なのだろうか?と不安になるコルトであったが、当人が平気そうなのを見てなんとか受け入れ続きを読む。
「勇者は「よろこんで」と答えました。魔王のプロポーズをうけとりました。」
「なんでやねん!?」
「何が!?」
モモリエは平手を模してビシッとコルトの胸を軽く叩く。
「い、いやもういろいろと予想外な展開で…。」
「もー、次に邪魔したら読むのやめるからね?」
「あ、あいあい。」
分かったのか分かってないのか、よくわからない返事だったが続ける事にする。
トライア神話はコルトにとっても思い入れのある作品なのだ。
口ではああ言ったが最後まで読みたい気持ちもあった。
「こうしてふたりの神様がふうふになったことで、戦争はおわり、ナラカヘイルに平和がおとずれました。」
「『天使と悪魔もなかなおりして、それぞれがそれぞれの国をおさめました。」
「平和な世界でトールマンたちは、やがてじぶんたちの望むすがたへとかわっていきました。それが今日のデビル族やライカン族、エルフ族にドワーフ族たちなのです。」
「神様たちは、やがて子供をみごもります。世界中のみんながその子をしゅくふくしました。」
「けれども、しあわせは長くはつづきませんでした。」
「神様たちの子供が、さらわれてしまったのです。みんないなくなった子供をさがしました。」
「いくらさがしても子供はみつかりませんでした。みんなは悲しみに明けくれ、まいにちまいにち、何年も泣きつづけました」
「悲劇はつづきました。ふたたび戦争がはじまったのです。」
「戦争をおこしたのはメタトロン、カマエル、ダアト。3人の天使たちと、呪い人とよばれる者たちでした。かれらはみんなが仲良くくらす世界がいやでした。ナラカヘイルを自分たちだけのものにしたかったのです。」
「勇者に魔王そして悪魔とのこった天使はともに戦いました。しかし戦いはどんどんおいこまれていきました。」
「彼らはおそろしい力をつかいました。うらぎった天使は心のない堕天使を生みだし、呪い人がうみだす呪いが人々(ひとびと)から生きる力をうばったのです。」
「そしてなんと、敵の中には3人目の神様がいたのです。」
「彼の者は救世主と呼ばれれていました。救世主は勇者と魔王にもならぶ力を持っていました。」
「そして神様ふたりは救世主に手がだせませんでした。」
「なぜならふたりはすぐに気づいたのです。救世主がさらわれてしまったわが子であると。」
「呪いで心をしはいされた救世主は、勇者と魔王が、母と父のすがたがわかりませんでした。戦えない味方たちはつぎつぎたおれていきました。」
「世界と我が子をすくうため、魔王は全ての力をつかいました。自らの命とひきかえに星を作ったのです。」
「封印の星。青くて大きなその星に、堕天使と呪い人を閉じこめました。」
「呪い人がいなくなり、呪いから解放された救世主の前には勇者がいました。」
「勇者は正気にもどった救世主をだいて言いました。『ごめんね、いっしょにいてあげられなくて。』そしてそのまま勇者はたおれ、しにました。勇者のむねには救世主の剣がささっていました。」
「戦争はたくさんの命をうばいました。魔王に勇者におおぜいのひとびと。天使と悪魔も生きのこったのは、たったひとりづつだけでした。」
「救世主はふかくなげき、かなしみました。そして自らもまた、青い封印の星へとたびだって行ったのです。」
「こうしてナラカヘイルから神様3柱は皆去り、トライア時代は終わりました。」
「そうして私たちひとびとは神様のいないこの星、手をとりたすけあって生きるとちかい合いました。こうしてリングス時代は夜明けをむかえたのです。おしまい」
---少しの余韻に浸った後、絵本は再び閉じられる。
「これでお話はおしまい。どうだった?モモ。」
モモリエを撫でながらコルトは問いかける。
自分の好きな物語だから、友人にも気に入ってくれたら嬉しいなと思いながら。
「どうしたの?モモ。」
だが予想に反してモモリエからの反応が無い。
死人も沢山登場するお話だったし、もしかして落ち込んでしまっただろうか?
「モモ?モ…」
「ぐー…すぴー…」
寝ていた。
話を読み聞かせている途中で舟を漕いでしまっていたらしい。
モモの身体からゲルがこぼれ、よだれのように伝いコルトの膝を濡らす
「起きろやあぁ!!」
「んなァーっ!?」
そして騒がしくした2人はグネマに怒られ、叩き出さるのだった。
漢字全部にルビ振りまくっただけで児童向けとは?とか思ってはいけない
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