7話 ラストレア家族会議
黒くて丸い、成人女性くらいの大きな岩。
アルム村の中央、村人たちが暮らす木々に囲まれるように置かれたソレは黒曜石のように光沢を持ち、季節の色を吸い込んでは輝く。
岩の上辺が持ち上げられるようになっていて中は空洞、意外と軽いらしく周囲を木材で固定されている。
祭りの日とかにお酒を注いで水瓶代わりにしているのを知っていたので、コルト何かそういう祭事に使うものなのだろうと漠然と思い込んでいた。
「それで、その、アレから…?」
自宅の窓から岩をプルプル指差すコルト。
アレから自分が産まれてきたというのか?と続けることが出来なかったのは信じられないからか、あるいは信じたくないからか。
「あれ?言ってなかったか?」
「ねーねもとーさまも、何故そんな扱いが軽いの!?」
だが父の「そんなの当然だろ」と言わんばかりの軽い返答こそが何よりも強い肯定となり、最早コルトに否定しきることは出来なくなっていた。
コルトは岩から生まれてきた
そんな事を突然に2人の姉から告げられた処で、にわかに信じられないコルトは急遽自宅に戻り両親に真否確認をとる事にしたのだが…
その返答こそがコレであった。
「懐かしいわね、シルヴィアとブロンが3つの頃だったかしら?」
「ああ、村のど真ん中にアレが降ってきて、いきなりの出来事だったから村中が大騒ぎだったなぁ」
昔懐かしの思い出話に花を咲かす両親。
家族ぐるみでこんな凝った法螺話をするはずもない。
はずもないと理解はしていても…
「う、うわああああああ!」
「コルト!夕飯までには帰ってくるのよー。」
堪らず窓から飛び出し地上へ向かってダイブするコルト。
高所からの落下を見事な五点着地で受け流し、そのまま手あたり次第に村人たちに声をかける。
「ああ懐かしいねぇ、そしたら岩にヒビが入ってね。」
と機織りのミファーが答え。
「中からパッカーンと出て来たなぁ。赤ん坊のお前さんがよ。」
と酒造のトモジが答える。
「皆がビビっちまってる中、お前んとこの姉ちゃん達がお前を抱きかかえてな。」
と大工のゴエルゴ答えて
「それから成り行きで、貴方はラストレア家に迎え入れられたってわけね。」
と最年長のグマネに答えられた。
「おかえりなさい。ね、本当だったでしょ。」
「は、はい…。」
出会った村人から片っ端に当時の事を尋ねたが、全員が全く同じ内容を答えてきた。
村中駆け回った疲労と心労もあって、ここでようやくコルトは認める事にした、せざるを得なかった。
「あの時はいろいろと不安だったけれども、こうして大き…く、うん、成長してくれてなによりだよ。」
「何故そこで口ごもるのですか。」
じとりとポスリオを見るコルトの目に暗い影が入る。
コルトの発育が遅いほうなのは事実としても、その他女性陣のグラマラスと比較しないで欲しい。
「コルトは今より小さい頃から分別のつく子だったし、お姉ちゃん2人も妹が出来てからは聞き分けよくなってくれたわ。」
「養育費のほうも…スターロード夫妻が髪を買い取ってくれるおかげでむしろ黒字になったしな。ぶっちゃけコルトが来てからの方が子育てが楽になったぞ。」
「出生について尋ねたのはコルトですがその生々しい辺りは聞いてないです!というか何故誕生日に話してくれなかったのですか?」
少し間を置いてポスリオが答える。
「…言われるまで忘れていた。」
「忘れないでよそんな大事な事!?」
「そうは言ってもパパママにとってはもうコルトといるのが当たり前になっていたからねぇ。」
「ね。」
「コルトにとっては今日知ったばかりの真実なんですけど!?」
コルト出生の秘密
それはコルトにとっては衝撃の真実であったが、村の人々にとっては既に懐かしい思い出となっていた。
その温度差で焦るコルトに、しかしポスリオはふと気づいた事をコルトに聞き返す。
「でもどうして、コルトにとってそこまで焦るような事なのかい?」
「え…それは、そうなりませんか?」
「でも誕生日の時には平然としていたじゃないか。」
誕生日の時、すなわちコルトがラストレア家の養子で血の繋がりは無いという話の事。
「アレとコレとは違いませんか…?血縁についてはなんとなく察してましたが…生まれがよくわからないというのは不安になりません?」
「だが謎と言えばコルトの毎朝髪が伸びる体質だってそうだが、それに不安は無いだろ別に?」
「う、うーん…」
コルトの頭の中はなんだかよくわからない事になってきた。
「岩から生まれました」なんて聞かされれば不安になって当然だ、そういう「当然」が頭にあった。
しかしそもそも、コルトに謎は元からつきもの。
今更1個増えたところでそこまで慌てるような事でもないのだろうか…?
そうなのだろうか?とコルトは悩む。
気にするなと言われたところでコルトは、地に足着かないような不安は収まらず「何か、何かないか」と次の言葉を探そうとしている。
この焦りの原因が、出生の秘密とは別にあるというのなら…
「コルトは…コルトはどうして不安になっているのでしょうか?」
すなわち「不安になっている原因そのものが自分でわかっていない」のだ。
コルトの思考がそこまで辿り着いたところで再びポスリオが場を取り仕切る。
「よしじゃあ、ラストレア家家族会議を始めようか。全員集合!」
「その前にお夕飯食べましょうね。」
「「あ、はい。」」
やはり我が家の大黒柱は、母にうだつが上がらないらしい。
夕飯を食べ終わり、片づけを済まして再度我が家に家族一同集合する。
ナトレア、ポスリオ、シルヴィア、ブロン、コルト、そしてモモリエ。
男1に対して女4(スライムは無性なので除外)の見事なハーレム比率である。
「この勝ち組野郎め」
「何か言ったか穀潰し?」
「2人とも仲悪いの?」
まあ無類の女好きであるモモリエと、一家唯一の男手であるポスリオの仲が険悪なのは道理ではあるが。
かと言って変にこじれて会議を脱線させられてはたまったものではない。
コルトはモモリエを膝に抱えてなだめ、ポスリオの視界から遮ることで互いを落ち着かせる。
「とりあえず、一通り何があったかは聞いたけど。」
とブロンが続ける。
「コルちゃんそこまで思いつめるなんて…。いつもは私より落ち着いているから驚いちゃったな。」
一先ずコルトを宥めるシルヴィア。
「はい、思いつめると言いますか…焦りのようなものがここ最近ありまして」
振り返ると、そんな気がしてきたコルト。
「その想いが、生まれの話をきっかけにわっと溢れちゃったということかな?」
「そう…なると思います、多分。」
シルヴィアに言われてコルトは理解した。
どうやら自分が焦っていた原因はもっとそれ以前にあるようだ。
「となると大事なのは出生云々ではなくて?」
「何かあったの?この口より先に手が出るチンピラ幼女が思いつめるような事とか。」
「いやいやいやいやー、コルトはこれで結構繊細なところはあるんだぞー?身体も頭も単純なお前と違って。」
「ああ”ん!?」
「はいストップしなさいふたりとも。」
話が進まなくなる前にナトレアに制止されるポスリオとモモリエ。
「そういやさ、眠れなかったとかって早起きしていた日があったよな。」
と、ある日の事を思い出したブロン。
「確か誕生日の次の日だっけ?その時の事、覚えてる?」
「…あの日は、確か。」
その日の事を思い返すコルト。
「…その前の日、誕生日にとーさまから教えられました「自由」についてあれこれと考えていまして…そうだ、そこで気が付きました。」
「気が付いた…って、何を?」
「はい、コルトは…コルトは世間知らずだったのです!」
「「「「………」」」」
自由という話から、いきなり自分は世間知らずだと宣言するコルト。
あまりに飛躍し過ぎた理屈に、家族一同は理解できずに固まってしまう。
約一名を除いて。
「…つまりコルトは誕生日、そこのY染色体から自由に生きる選択について諭されたは良いもの、いざ何かしようと思っても何をしたらいいのかわからない。なして詰まっちったか考えてみたとこ、そもそも世の中にどういう生き方選択肢があるのか知りやしない。そこで初めて気が付いた…自分は無知な世間知らずだったのかー!?…ってこと?」
「そう!そういうこと!」
「モモリエわかるの!?」
「わいせ…?っていうのはパパの事よね?文脈からして。」
「意味はわからんが嫌な意味なのはなんとなくわかるのがまた腹立つなぁ。」
「そ、それで!つまりコルトは世の中わからない事でいっぱいだと感じていた矢先!遂にはコルト自身の事までわからなくなってしまったせいでパニックになってしまったという訳なので…あっ!そういう事だったのか!」
「勝手に自分で答えに辿り着いた!!」
そういう事だったらしい。
「そういう事だったんだ…!コルトは、コルトの事すら知らなかった…!!」
「自分で自分にショック受けてる…。」
自分自身の事を理解していなかった、という事を理解する。
言葉にするとシュールなものだが本人からするとそれは世界丸ごと仰天ひっくり返るような出来事であり、コルトはショックでしばらくその場に固まってしまっていた。
「いやしかし、悩むというのは前に進もうとしている証拠。コルトにとっては良い兆候さこれは。」
「コルトとしては殊更解らない事が増えてしまい、余計に頭がもやぐやしていますが。」
わからないわからないと頭を捻るコルトに、ポスリオは再度助け船を出す事にする。
「解からなくてもやぐやすると言うなら答えを探すしかないだろう。その為には…」
しかしそれを言い切るよりも早く
「答えを探す…調べる。調べものにはまずは本…!とーさまかーさま!ちょっとグネマさんのところ行ってきます!!」
ヒュバッと
ポスリオが気付いた時にはコルトは再度窓から家を飛び出したていた。
「え、こっちの世界にも本あんの!コルト待ってあたいもついてく!!」
それを見たモモリエは即座、体に内臓していた翻訳機をスリングの要領で投げつけ、その勢いで伸ばした身体をペトッとコルトに貼りつけるとそのまま引っ張られるように窓の外へと消えていった。
「コルト、モモリエ。夜遅いのだから騒がないようにねー。」
2人の奇行に唯一思考の追いついたナトレアが見送り、ラストレア家は再び静寂な時間が戻ってきた。
「…2人、行っちゃったね。」
「な。それじゃあ会議はここで解散だなー。」
題目の張本人がいなくなったことで、これ以上は会議をする意味もないなと一家はそのまま各々の自由時間へと戻っていった。
「……こっちの世界?」
しかし1人、ポスリオだけは表情が険しくなっていた事に気づく者は、その場には誰もいなかった。
言わなきゃいけない事もあれば口が災いの元となる事もある。
ちょっと説教臭い回でした。
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