3話 フテイの淑女(前半)
この世界の夜は明るい。
空に昇るお月さまは2つ、白と黒。
生い茂る水晶の輝きは雨でも夜でも煌めき続け、見下ろし広がる木々の間から無数の光が放って飛び回る。
それだけ地上が明るくてもプラネタリウムのようによく見える、排気汚染のない満天の星空。
アタイはこの世界の夜が好きだった。
何千日、数え切れない程の夜を過ごしたけれど飽きる事はなかった。
けどこの空には夏の大三角はいない。
もしも叶うのなら
あの日見た光景を
もう一度みんなと…
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石大樹。それは村から少し歩いたところ、青い木々が生息している地域の中央にあるとてもとても巨大な樹。
その名が示す通り幹は固く石色をして、そして葉の代わりに水晶が生っている……という、樹なのか石なのか誰にもわからない謎の存在だった。
当然そんな幹も水晶も食べられなければ木の実も当然成らないので近寄る生物はほとんどいなかった。
唯一、水晶を食べる事のできるスライムだけを除いては。
しかしアルム村にとっては事情が違う。このスライムに用があって訪れる事がある。
スライムは塗料と混ぜて粘りを持たせることで除湿効果のある建材となったり、加工して食べ物を包むと腐らず長持ちさせられたり……と高温多湿のこの地域では欠かせない物となっていた。
そんな理由もあり、石大樹はアルム村住民にとっては馴染みのある場所となっていた。
しかし行商人のスターロード夫婦が何故そんな場所を訪れたのだろう?
「よっしゃー用意はいいか?コルト、シル姉ぇ!」
「武器よし!」
「おやつよし!」
そんな疑問が湧かなくもなかったが、それよりもコルト達は珍しいスライムへの関心の方が遥かに勝りすぐに思考から消え去ったのだった。
平和だけれど、代り映えの無い毎日。
そこに不満はないけれど、でも少しだけ日常の外を出歩いてみたい。
そんな感情を秘めていた姉妹にとって未知との出会いは、まさにうってつけのイベントだった。
「……あ、待ったコルコル。これっ!」
出掛ける準備も整い、広場に再集合していた姉妹に向かってヒッコが何かを投げ渡してきた。
コルトが掴んだソレは、土のような材質で円錐の形状をしていた。
その周囲には細かく何かが彫られている、模様というよりは文字っぽく見える。
「なにこれ?」
訳の分からない物を渡されたので疑問を投げかける。
「お守り?」
「なにゆえ疑問形」
「ボクからの成人祝いはコレってことで!持っていくときっと良いことあるよ!」
「ホントかなぁ?でもありがとう」
と、よくわからないまま祝いの品を頂いた。
どう見てもお守りと言った見た目じゃないけど折角祝いの品として貰ったのだ。
きっと何かいいことがあるだろう。そう思う事にした。
そんな気楽な気前で3姉妹は石大樹へと冒険しに行ったのだった。
石大樹までの道のりは何の冒険もトラブルもないまま辿り着いた。
いつも通っている道であるし、そもそも石大樹は途轍もなく高くて大きい。
村から目的地がずっと見えているのだ、道に迷う事もない。
目的地、石大樹の周囲は石状の根が張り巡らされここだけ他の草木が生えていない。
その更に外側は青い色をした木々が囲っている。これはシルヴィアが普段使う魔法の杖の素材となっている。
密林の世界でここだけ切り取られた異空間、冒険の舞台としては実にうってつけだ。
下から見上げる石大樹の天辺は首が痛くなるくらい高い。
普段は3合目くらいまで登ればスライムが回収出来るのでそれまでだが、今日はこの天まで届きそうな摩天楼を踏破しなければいけない。
なるほど確かにコレは冒険だ、とかと考えながら1歩づつ登り始めるのであった。
木登りをすると言っても、こんな巨大な幹に掴まる事はできない。
代わりにこの幹は無数に枝分かれし、それらが螺旋状に広がる形状をしている。
その1つ1つが何人乗ってもびくともしない程に頑丈であり、下方辺りなら斜度も緩い。
つまりはそこを足場に登っていけるのである。
普段から進み慣れたルートもある為、中腹に差し掛かるまで姉妹は順調に進んだ。
周囲を見ると水色の巨大な水晶。
それらに張り付き、ゆっくり静かに溶かして食べるスライムの姿。
彼らの動きは非常に緩慢としている。なので用がない今日は無視して進む。
唯一、真上から降ってきた場合は接触を許してしまう事もあるが、その時はブロンかコルトが魔法で攻撃すれば引き剝がせる。
スライムはモンスターの中では最弱と呼んでも差し支えない、実に安全な道のりであった。
「シル姉ぇ少し休もうか?」
「ううん、私は平気」
とは言え楽々進めたのはいつも登る高さまで。
そこから先は傾斜が厳しくなり始める。
決して焦らず、疲労で足元を疎かにしないように注意しながら進んでいく。
「はっ……はっ」
「シル姉?ちょっと休んだ方がいいんじゃない」
「う、ううん……?私は大丈夫だから」
頂上ももう少しといった山間にまで差し掛かる。
ここまでくると登るのに手も使うくらい急な斜面も出てきて、頂上までのあと少しの道のりがなかなか進めないでいた。
そんなじれったさから無意識に進む足取りを早めてしまった姉妹の采配ミス、体力の一番ないシルヴィアに疲労が見え始めた。
「ねーね疲れた、休憩したい」
「……コルト?ああ、そうだなそうしよう。いいでしょシル姉?」
「え、あ…………うん」
それでも、と進もうとしていたシルヴィアを遮りコルトがその場にぺたんと座る。
姉であるシルヴィアが妹のコルトを置いて進むわけにもいかない。
1歩も動かない妹の姿を見て、ここで折れて休憩することを選択した。
「ふぅ、ごちそうさま」
「おそまつさまです」
用意したおやつを食べ、水を飲んで喉を潤す。
そうして休む内に焦る気持ちが次第に落ち着く。
「……ごめんね」
「うん?」
シルヴィアが水を飲んだ後にポツリと漏らす、謝罪の一言。
「私の事心配してだよね。コルちゃんが休みたいって言ったの」
「シルねーねが悪いんじゃない。1人で急ぐブロねーねが悪いだけ」
「コルト!?」
「あはは」
妹達と話す内に、少しづつ落ち着き始める。
けれどそのまま、懺悔をするかのように続きを語る。
「ううん、私ダメなんだ。2人にはずーっと助けてもらってばかり。私が2人のお姉さんなのにね」
「姉って言っても私ら双子じゃない。そんなの大した問題じゃなくて」
「そうかもしれない。けど、それでも私は2人の姉でいたいんだ……」
2人の姉、とシルヴィアは言う。
それが彼女にとっての、自らを支える大きな支えであった。
シルヴィアは身体が弱いとか、病気を抱えているとかそういうのでは断じてない。
至って健康そのものではあるが「ある才能」を持って生まれたが為に、人より一回り二回り運動が苦手だった。
アルム村のようなほぼ未開の辺境で与えられる仕事のほとんどは肉体労働。
そんな環境にあって彼女は皆の足手まといになってしまう事も多々あり、それがコンプレックスとなっていた。
「シル姉ぇはいつだって凄いじゃないか!勉強も村一番できて、誰より魔法の力があって、そして誰より頑張り屋じゃないか!」
「コルトも、シルねーねに教えてもらったから読み書き出来るようになった」
しかしだからこそ彼女は努力家なのだと、2人はシルヴィアのいいところをちゃんと理解していた。
「その魔法だって、暴発しちゃって2人や村の皆に迷惑かけてしまった事だって」
「今のシル姉ぇなら大丈夫だよ!!」
「けど、私は……怖い」
けれどそうした自信を当の本人が身に着けない事には意味がない。
誰よりも努力家な彼女は、しかしその努力が実るにはまだ至っていなかった。
「本当に凄いのは2人だよ。コルちゃんは自分より強くて大きいモンスターが相手でも立ち向かえて、ブロンちゃんは冒険者ってとても大変な夢を叶えようと頑張っている」
「なら、一緒に冒険者をやろうよシル姉ぇ!私の夢には2人が必要なんだ!」
「……だめ」
シルヴィアは、2人から距離を取るように後退る。
「自分はそちらへ行けない」と告げるように。
「そっち危ない!」
「えっ?あっ!」
足場にしていた幹に窪みがあるのに気づかなかった。
そのまま体勢を大きく後ろに倒し、そして真っ逆さまに……
「シル姉ぇぇぇぇぇぇ!!」
ならず、急いで駆け付けたブロンがシルヴィアの手を掴む。
しかしそれでも支えが足りず倒れそうになる。
そこにコルトが裏側に回り、魔法で突風を生み出し2人を起こす。
「コルト!!」
《ふべあっ!?》
しかしその反動でコルトは空高く放り出される。
2人は慌ててコルトの落ちた先を見る。
「コルちゃん!怪我……は……?」
「んっ、あれ、へいき?」
そこそこの高低差から落ちたはずだったが、不思議と痛く無かった。
ただ代わりにぬめったような感触が全身を包み、そして後ろの方にピンク色のぬらぬらしたテカリが見える。
《……えっ?何?何なの突然!?》
謎の女性の声をコルトは聞く。
「コルト!そいつ!そいつが!」
「そいつ……?え?」
《え、女の子っ!?しかも超絶可愛い!?》
ブロンの忠告で振り返ると、コルトの下敷きになる半透明の生き物、スライムがいた。
だが1つ違うのは、他の個体の青い体色とは違いピンク色の体色をしていた。
「あ、コイツが、目的のってわひゃあ!?」
「コ、コルちゃん!?」
なんとピンクスライムは、抱きかかえたコルトにいきなりゲル状の肢体を伸ばし、その全身をまさぐり始めたのだった。
健全な小説を心がけております。
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