2話 小さな冒険
「実は……お前は実の我が子ではないのだよ!」
「はい、そうですね?」
「…………」
それで、話の続きはなんですか?といった表情をするコルト。
だが当のポスリオは娘のあまりにも素っ気ない反応を前に、次に発するべき言葉は何かと詰まっている様子。
「ええと、お父さん。コルちゃんならそれくらいの事はとっくの昔に承知してるわよ?」
「えっそうなの!?」
シルヴィアのフォローにうんうんと同意する周囲の村人達。
ショックを受けているのは当人だけである。
「ええ、と言いますかもう見た目からしてコルトは完全に皆と違いますし」
ほら、とくるり1回転する。
角に黒い尻尾。
アルム村のその他全員は猫の耳に猫尻尾。
何をどう見ても種族の段階でコルトだけが別だった。
「皆の種族がライカン族のリオン種、それでコルトの種族はデビル族って言うのですよね。シルねーねに教わりました」
「そうそう。コルちゃんは勉強熱心だよね」
「こういうの、遺伝って言うのですよね。髪や瞳の色と違って、種族は親子で同じになるのですよね」
父親が隠していた事情を理解も承知もしてますと言った感じで、それは2人の姉と母親もわかってる様子だった。
つまりポスリオ1人だけが知らないものと思って無駄に緊張していたらしい。
それを今になって知り、父はガックリと項垂れる。
「ううう…ここで俺が『大丈夫、何があっても俺はお前の家族だぞ!』って言って抱きしめようと思っていたのに…!!」
「はい、その気持ちだけでもコルトはとても嬉しいですよ」
父の頭をよしよしと撫でる。
そんな光景を前に今更血の繋がりなど大した事ではない、というのは誰から見ても明らかであった。
「それよりアナタ、渡す物があったでしょ?」
「ああそうだった。コルト、一人前になったお前にコレを」
ナトレアに言われ、父は抱えているものを思い出す。
布にくるまれている、棒状のような長い何かを娘に差し出す。
「開けてみてもよろしいでしょうか」
「ああ、成人おめでとう」
帯をほどいて中の物を確認する。
そこにあったもの、それは1本の杖だった。
先端に星のような形状をした魔石がつけられた金属製のシンプルな杖。
それは魔法を使うための道具だった。
魔法とは、この世界の住民誰もが使える物理法則を超えた超常現象。
昼にコルトが角から弾丸を放ったように道具が無くても使えないことはないが、杖はそれらをより効率的に使う事が出来る。
多くの杖は木製なのだがこれは金属製だった。
金属製なのは効率よりも耐久性を重視し、また防御や鈍器としての使用も想定されて作られたから。
つまりこれは武器。
戦う為に造られた道具だ。
「星の……杖?」
「そうだ。成人を迎え一人前になったからこそ、お前は力を持ち、そして力の使い方を知らないといけない」
「それは、何のためにでしょうか?」
「それは父さんにもわからないな」
「?」
どういう意味ですか?と疑問に思うと父は続ける。
「つまりだな、一人前になったからにはこれからどう生きるのか、それをお前自身が決めないといけない」
「コルトが、自分で……」
「そうなったらきっと、やりたいこととか叶えたい目的とか…或は、それを邪魔する障害とかに出くわすことになる」
「やりたいこと……」
「ああ。それが何かは、勿論パパにもママにもわからない。けどそうした目的には大概いろんな力が要るものだ」
そう言いポスリオは星杖を指す。
「戦う力なんてのは、そのたくさんある力の内の、ほんの1つに過ぎない。けど私達から渡せる最初の力だ」
「……………」
「それがコルトの役に立ってくれると、パパは信じてるよ」調整
「……はい!とーさま、かーさま、ありがとうございます」
キュッと星杖を抱きしめ両親にお辞儀する。
姉と村人達はそれを拍手で祝い、成人のお祝いはつつがなく終了した。
「よしコルト!じゃあ今から冒険者になるための訓練行くぞ!」
「…いやブロン!冒険者だけは止めてくれないか!?」
「なんでよーパパぁ!?」
……かに見えたが、そこからもうひと悶着が発生した。
「私はコルトのお姉ちゃんなんだから、私だって自分の生き方は自分で決める!そうでしょ!?」
「それはそうだが……でも冒険者なんて危険なもの目指すって言われたら親としては不安でな?」
「でもパパとママだって昔はそうだったんでしょ!?」
「だから心配なんだよ!パパもママも危険な事をよく知ってるからさ」
コルト達の両親、ポスリオとナトレアはかつて冒険者を生業としていた。
そしてそこで2人は目覚めしい功績をあげたと聞いていた。
それにより「ラストレア」の家名を頂き、そして今はこのアルム村警護を国から任されている。
「シル姉ぇからも言ってやってよ!私達3人で冒険者になるって!」
「え、ええと……姉さんはブロンちゃんの夢を応援してるよ?」
「微妙な返事っ!?」
そんな2人にブロンは憧れ、いつかは姉妹3人で冒険者になって名を上げたいと考えていた。
だがそんな夢を冒険者であったはずの父が何故かいつも反対し出す。
おまけにシルヴィアもこんな感じで、誘われてもはぐらかすのが常だった。
そんなこんなで言い争いでは埒の開かなくなった父と娘は、やがて一つの決め事をした。
「じゃあ……私は今すぐパパをぶっ飛ばして冒険者になる!!」
「おい!今は祝い事の真っただ中だぞ!?」
「ブロねーねファイトー」
「コルトも焚き付けるな!?」
それはブロンがポスリオを倒せば冒険者になっても良い、という単純明快な約束だった。
おかげでほぼ毎日のようにポスリオは襲われ、いつでも対応できるように剣と保護具をいつも装備している変な習慣が身についてしまった。
だからブロンもまた手甲を手放さない。
思い立ったがそのまま父に殴りかかる。
しかしポスリオは素早く剣を抜いてそれを受け止める。
この剣も冒険者として功績を上げた時に頂いた高級品だ、薄い刀身でありながら拳を正面から受け止めても刃毀れ一つしない。
両者の実力は村でも指折り。
何時しか村人達もその熱気に充てられやんややんやと応援し始める。
ちなみに声援の殆どがブロンを応援するものだ。
「これでっ、勝ちィ!」
「甘いぞブロン!」
ブロンが顔面向けて正拳放った次の瞬間、ポスリオの身体はブロンの目の前、突き出した拳の内側へと潜り込んだ。
「へぶっ!?」
そして逆にブロンの顔面にチョップがお見舞いされて勝負は決した。
村人達は落胆の声とポスリオへの野次、そしてブロンにフォローを送る。
「足の運び方が疎かだ。そして敵が次にどう動くかをよく見極める事が肝心だぞ」
「ううっ、まだ勝てないのかぁ…!?」
「……返事は?」
「お、押忍っ!」
「ブロンちゃん、また頑張ればいいよ」
「ううう、シル姉ぇえ……」
そんな、アルム村での何気ない一日は終わりを迎え人々は家に戻って眠りにつくのだった。
「……やりたいことって、なんだろう?」
ただ1人、眠れぬ悩みを抱えた少女を除いて。
翌朝。日の出と共に新しい1日が村に訪れる。
人々は朝日を浴びて目を覚ます。時計のない環境で、人々の生活は世界と共にある。
ラストレア家の姉妹部屋。
そこに吊り下げられている3つのハンモックにも朝日が射し込む。
「んんーっ、おはようみんな」
それを合図にシルヴィアが目覚める。
ゆっくりと身体を起こし、あくびをしながら伸びをする。
「おはようシルねーね」
どうやら先にコルトが起きていたらしい。
窓の方を見れば妹は外を眺めていた。
ふわり、とそよ風が流れ込み、コルトの髪がなびく。
綺麗でとても長い金の髪。
しかし昨日と違うところがあった。
それはその髪。
昨日とは比べ物にならない程に、更に長く伸びていた。
元々膝くらいまであった髪が、そこから更に3倍近くに伸びている。
先の方はまるでウェディングドレスのレースのように伸びていて、真珠のような角と相まってまるでどこかのお姫様のような気品さすら感じられた。
コルトには秘密があった。それがこの異常に伸びる髪。
毎日寝て起きると、こうして在り得ないくらいに髪が伸びている。
コルトの種族、デビル族には本来備わっていない、コルト独自の体質であった。
「コルちゃん、起きているならカットしようか」
「うん、お願い」
だがそんな光景も赤子の頃から毎日起きてしまえば、異常でなくなり日常となる。
家族にとってはいつもの事であり、姉2人でカット当番が出来ていた。
「はい、終わり」
「ありがとうねーね」
コルトのヘアカットはとても簡単。
前髪部分を真横にカット、残りの髪を膝くらいの高さで真横にカット。以上である。
「もっとオシャレにしてもいいと思うけれどな私は」
とは言うものの、決められた日課というのはどうしても手抜きになってしまう。
「大丈夫ですよホラ」
と言ってクルリと1回転、全身を翻す。
「ちゃんと可愛いので」
「ふふっ」
「ふあー、おはよぉー……」
と、ヘアカットが終わったところでブロンが目を覚ます。
「ブロンちゃん遅いよー。コルちゃんの当番、今日はブロンちゃんだったのに」
「ごめんごめん。ところでコルト、何だか随分と物思いに耽ってどうしたんだ?」
「あ!寝たふり!!」
「♪」
そっぽ向いて口笛を吹くブロンとぽかぽか叩くシルヴィア。
しかしコルトは大雑把なブロンよりシルヴィアに切ってもらった方がいいと思っているのは内緒だ。
「昨日の事を少し、考えてました」
「昨日って言うと……お父さんが言っていた事?」
「はい」
一人前になったからには、どう生きるのかをお前が決めなければいけない。昨日父が言ったことだ。
「それでコルトはどう思ったんだ?夜明かし悩んでみたんだろ?」
ブロンがそう尋ねると、は少し慌てた様子で答えた。
「はい……コルトは、わかってしまったんです!」
「何がわかったの?」
「コルトが……何もわかっていなかった事にです!」
「「…………はい?」」
だがその答えは頓珍漢な、要領を得ない代物であった。
2人の姉にそれが伝わっていない事を察し、続いて注釈を入れる。
「つ、つまりですよ。昨日のとーさまにああ言われ、コルトは自分のしたいことが何かを考えたんです」
「うんうん」
「そうこう……あれこれ考えている内、コルトはとある問題に直面します」
「それは?」
「そもそも生き方とはなんでしょう?どういうモノがあるのでしょう?コルトはまずそこから知らなかったのです!」
「……ああ、なるほどねぇ」
ここでようやく、悩みの正体が姉達にも見えてきた。
やりたいことをしなさいと言われても、やりたいことがわからない。
有り体に言えば、コルトは自由を知らなかったのだ。
コルトは今日まで大人の言う事に素直に従ってきたし、そんな純朴な彼女に村の人も不自由無いよう育ててきた。
しかし自由である事と不自由ではない事とは、実は全くの別問題なのだ。
今まで不自由無く暮らしてきたからこそ、自由を知らないという事を知らずに過ごしてしまったのだ。
その事実を昨日のやりとりから知る事が出来た。
つまりは無知の知を得た、ということだ。
妹が悩んでいるなら、共に考えるのが姉の役目。
さてこれにどう答えたらいいものか?とシルヴィアが考えていたら。
「ま、悩むのは朝飯食ってからにしような」
「そうですね、行きましょう」
とブロンに即答され、コルトも即応。
シルヴィアの悩みは肩透かしに終わったのだった。
「……もうっ!」
「「?」」
そんな訳で朝食を求めて家から出ると、広場は何やらいつもより賑わっていた。
見下ろすとそこには人だかりができており、そしてその脇に寝転がる白くて大きな犬。
その姿に3人は見覚えがあった。
「ミルク!」
「ワン!」「ワン!」「ワン!」
名前を呼ばれたミルクは姉妹に気付き、その3つ首全てで返事をした。
3つ首の超巨大犬、白毛ケルベロスのミルク。
ホッキョクグマよりも巨大なミルクは実に迫力に満ちた容姿をしているが、この姿を見て恐れる者は誰もいない。
何故ならこの子は村馴染みの行商人の荷車を運ぶ馬代わりであり、番犬代わりの相棒だ。
当然住民たちとは全員顔見知りであり、そして決して泥棒以外を傷つけない賢い犬だと皆知っている。
「おいおいボクらよりもミルクへの挨拶が先なのー?」
そして行商人の飼い犬がいるという事は、行商人も共に村へ来たという事である。
「ヒッコ、リオリー、おいっす!」
コルトが軽いノリで挨拶する。
そこにはいつもの家族や村人と話すときの丁寧さは欠片もない。
テトテト歩いてきた行商人の夫婦は姉妹と挨拶を交わす。
「おいっすーコルコル、ブロブロ、シルシルー!」
「お、おいっすー……」
2人の容姿はコルトとも他の皆とも、更にまた違った。
例えるのなら、大きなウサギが二足で歩いている姿。
全身は体毛に覆われ、とても大きな耳がユラユラ揺れていた。
そして大きいと言っても本物の兎に比べてであり、2人の身長は耳を合わせてもコルトの肩まで。姉達と比べれば胸元辺りと非常に小柄であった。
キャラオス族、と呼ばれる者達だ。
キャラオス族にライカン族のリオン種、そしてデビル族の自分。
それがコルトが直接見た事のある種族の全てだった。
妙なあだ名で姉妹を呼ぶ黒いウサギが夫のヒッコ=スターロード。
その半歩後ろをついてくる白いウサギが妻のリオリー=スターロード。
「聞いたよーコルコル成人したんだってね。おめでとう!」
「こっこれでっ、コルトも一人前だねっ!へへぇ~……」
「ありがと2人とも。……それで2人からはお祝いの品とかないの?」
「がめついな!?」
「1割冗談」
「9割も本気!?」
これでもコルトよりずっと年上だが、その小さい姿と子供っぽい言動はどうにもそんな感じはしない。
年齢の近い者が姉達くらいだったコルトは自然と意気投合。
こうして互いに冗談を言い合う仲であった。
「じゃ、じゃあ。わたしからはね、とっておきの情報!珍しいモンスターを、見たのっ」
「いいじゃん!なんか冒険者っぽい!」
「コルトよりもブロねーねのがノってる」
夫婦が目撃したというモンスター。その情報の続きを聞く。
「あのっ、村のみんなが……あの、樹。スライム取ってくる、あの」
「石大樹の事?」
「そ、それ!……そのてっぺん。ピンクいスライムが、いたの!」
スライム、全身が粘液で作られた生物?かどうかも定かではない謎多き存在。
魔力の満ちている地域に自然発生してはのそのそと這いまわり、何でも消化してしまう自然界の掃除屋。
石大樹と呼ばれる場所で見られるスライムは全て水色なので、ピンク色の個体は確かに珍しいと言われれば珍しい。
「……確かに珍しいけど、それだけ?」
「えっと、気になって、近づいたら逃げたの。ソイツ」
「それは……確かに珍しいかも?」
一般的に、スライムは複雑な思考はしない生き物と認識されていて、人を見つけてもむしろ餌と認識して寄ってくる。
そしてとても動きの鈍いスライムに負ける者はまずいない。
なのでその逃げたというのが本当なら、確かにスライムらしくない。
つまりは希少なスライムともいえる……かもしれない。
「なあコルト、シル姉ぇ。もし良かったらさ、その杖の訓練代わりに今聞いたスライム探しをやらないか?」
冒険に飢えたブロンは案の定、今の話を聞いて探してみたいと思ったようだ。
「探して見つけたら、どうするの?」
「そりゃあ捕まえて……食べてみるとか?」
「つまりは行き当たりばったりって事ね」
日常から1歩外へと出てみたい。
そういう気持ちは、コルトの中にもシルヴィアの中にも同じく芽生えていた。
たかがスライム、見つけたところで何がどう変わるという訳でも無いとは思う。
けれどコルトは昨日、自分が何も知らない事を知った。
ならば未知を知り、触れる事で自分の中の何かが変わるかもしれない。
そういう出会いがあるかもしれない、という期待をコルトは抱いたのだ。
「じゃあ、朝ごはん食べたら皆で出発!いいね?」
「「おー」」
何かしたいけど何をしたらいいかわからない。
そんな少女の小さな小さな冒険が始まりを告げた。
……その冒険を始まりに神話は再び動き出す事を、今は知らずに
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