1話 明かされた真実
---------リングス歴992年。
「2人とも止まって、獲物がいる」
密林の世界にて、仲間に止まれの合図を送る茶髪の女の子。
人一倍感覚の鋭い彼女は、木々の生い茂る先に気配を感じる。
それが何なのかを確かめる為に耳を澄まし、髪と同じ茶色の猫の耳がピコピコはねる。
少女の名前はブロン=ラストレア。
耳と同じく猫のような尻尾がお尻の付け根から顔を出す。
まるで水着のような露出度の高い衣装をしているのは動きやすさと五感を鋭くする為の物。
彼女は狩りをする為ここに来た。
その獲物を狩る為の武器は、両手にはめられた巨大な手甲。
鎧と言うより質量をぶつける為の鉄の塊と呼ぶのが相応しい。
「この音は……大蛇か。コッコと鳴いてる」
「ならきっとリカートボアね。ブロンちゃんでも倒すのは難しいと思う」
ブロンの後ろから助言をするもう1人の少女の姿があった。
「それじゃあ仕留める役はシル姉ぇに任せるね。私がどてっ腹に1発当てて動きを止めるから」
「待って、正面からじゃ危険よ」
彼女と作戦を練る少女の名前はシルヴィア=ラストレア。
銀色の髪と、同様に髪と同じ色の猫耳と尻尾を携えた彼女はブロンの双子の姉である。
ブロンとは対照的に白いローブで頭や身体を隠しているのは五感をわざと鈍くして魔法に集中する為のもの。
彼女が狩りの道具に使うのは木製の杖。その杖は青空のような水色をしていた。
杖には自然な木目がついており、その水色が塗装ではなく最初からその色である事を伺わせる。
猫耳に魔法に青い枝、どれもこれも地球の常識からかけ離れた光景だ。
だがそれも当然。何せここは地球ではないのだから。
ここは異世界ナラカヘイル。
地球の人とは異なる人々が生きる小さな星。
太陽1つと2つの月、そして海と5つの大陸がこの世界の全てであった。
ここはその大陸の1つ、リカート大陸の赤道直下に位置していた。
人々も植物も地球と異なる姿形なら、そこで生きる原生物もまた地球と異なる姿をしていた。
姉妹が口にしたリカートボアと言う大蛇、その全長は10mを上回り鶏のような鶏冠が背をずっと伝いまるで山脈のようになっている。
派手な出で立ちは自然界における強者の証。少なくとも少女が対面するような事はあってはならないのが常識だ。
もちろん、あくまで地球の常識では。
「じゃ、コルトから行くよ!」
そう叫び、双子のいた場所の樹の上、そこから声と共に金色の何かがダッと飛び立つ。
その正体は3人目の仲間。
ブロンやシルヴィアよりも更に小さい、2人の胸元くらいの身長の少女だった。
少女は自身の膝に届くまでに長い、長いロングヘアーの金髪。
黒くて細長い、光沢のある尻尾。
そしてまるで貝を裏返したような、真珠質の輝きを持つ2本の巻き角を頭に備えていた。
少女の名前はコルト=ラストレア。
ラストレア一家の末娘である彼女は身を護る武器も無しに、大蛇の真上まで跳躍する。
「これでも喰らえ!!」
少女の角は勢いよく何かを大蛇に目掛けて発射する。
それは魔法の力で生み出された風の弾丸。
10発20発と、まるで機関銃のように絶え間ない弾幕が大蛇目掛けて撃ち落された。
真上からの敵襲。
大蛇に叩き込まれた魔法の弾丸は、大蛇の鱗と表皮を削ぎ飛ばし、手傷を負わせる。
だが決して致命傷に到達するような威力はない。
大蛇は直ぐに反撃を開始。その巨体からは信じられない程の速度と勢いで跳ぶ、上空にいるコルトを丸呑みにしようと大口を開く。
空中にいては避ける事は出来ない。
少女はそのまま大蛇の餌食となり弱肉強食の世界の糧となる…と思われた。
「遅いよ!」
しかしそうはならなかった。
大蛇の口が目標を捉える瞬間、コルトの身体は大きく横に逸れて大蛇の軌道から外れる。
角から魔法を放ったように、髪もまた魔法を使う為の強力な触媒だった。
何万本という髪が風を生み出し、少女の肢体を物理法則ではありえない方向へと飛ばす。
空中で軌道を変えるという奇術を前に大蛇の攻撃は空振りへと終わった。
「今だよブロねーね!」
「モチロン!でやあっ!!」
その次の瞬間、大蛇の横っ腹……跳んだことで丸晒しになった急所にブロンが手甲による正拳突きをお見舞いした。
少女の一撃とは思えない、腹の底まで響き渡るような重い音。
鍛え抜かれた身体に鍛え抜かれた闘気を併せた一撃で、大蛇を臓器から破壊する。
あまりの衝撃に大蛇は軽く意識を手放し、そこに大きな隙が生まれる。
「シル姉ぇとどめよろしく!」
「わ、わかった!」
最後にシルヴィアが杖を構え、大蛇に向けて光を放つ。
コルトと同じく魔法によって作られた光。
だが妹のソレとは文字通りの桁違いな威力をそれは誇っていた。
一直線に放たれた光の束は大蛇の頭を通り過ぎると、その後には頭を失った大蛇がそこにいるのみであった。
頭を失い、生命活動を停止した大蛇の巨体がズゥンと倒れ、横たわる。
姉妹3人による狩猟は無事に成功した。
「やったやった」
「コルトもシル姉ぇもナイス!」
「私、上手く出来てた?ならよかったー」
そして姉妹は獲物を担ぎ、ゆっくりとした足取りで自分達の住む集落へと帰って行く。
リカート大陸南方、赤道直下に位置する熱帯雨林と活火山による生き物の楽園。
その動植物入り乱れる場所にあって、平で大きく開けた場所がある。
そこが姉妹の住む集落、アルム村だ。
異世界の人々が地球と違うというなら、村もまた不思議な外観を誇っていた。
村にあるのは数軒の小さな掘っ立て小屋に、村を囲むように何本もの大樹が生えている。
そしてその中央に黒くて丸い、大きな石のようなものが飾られていた。
人が住むには建物が少なすぎるし、村と呼ぶには木が多すぎる。
しかし中央の石は村の象徴と言わんばかりに支柱で留められ、いくつかの飾り布がかけられていた。
姉妹は特にその光景を不自然がる事も無く、そして先頭にいたブロンがどこかに向かって挨拶をする。
「ただいまー!今日はリカートボアを仕留めたよー!」
次女の呼びかけを聞いて、どこからともなく戸を開く音と共に足音が聞こえてくる。
「おお、3人ともおかえり!」
「とーさまただいまー」
コルトが声のする方…斜め上に向かって挨拶をする。
その視線の先…そこには大樹があり、その幹の上、葉っぱの下にはなんと家が建っていた。
その家の戸が開いたと思うと、そこから飛び降りてくる男性がいた。
大樹なのだから相当な高さからの落下だったが、男はそれを意にも返さずスタッと着地し3人を笑顔で迎える。
「3人で仕留めたのか!凄いじゃないかそれもこんな大きいのを!」
彼の名前はポスリオ=ラストレア。
黒髪のショートヘアに同じ毛色をした猫の耳と尻尾。
家の中から出てきたというのに何故か胸部と下半身を護るプロテクター、そして腰には剣をぶら下げている。
彼は寝るとき、風呂に入るとき以外決してコレを外さない変人だった。
そしてその顔立ちは自慢気と言わんばかりに整えられた髭が生えているが、地球基準であれば10代後半くらいにしか見えない程若い。
正直ギャップが酷くなにをどう見ても似合わないが、当の本人は大変お気に入りのようらしい。
そんな無理に大人ぶっているかのようなある意味幼い容姿。
だがれっきとした3人の父親だ。
「それは竈に持って行くのだよな?丁度母さんもそこにいるから挨拶してきなさい。」
樹の上の家という立地の都合、火を取り扱う竈は家に無く、代わりに村共有の竈が地上にある。
3人は蛇が痛む前にとその場を離れそちらへ向かう。
竈では夕食の支度を、と人だかりが出来ている処であった。
猫の耳と尻尾を持った村人達が支度をする中、3人に近づいてくる者がいた。
「おかえりなさい皆。あらあら今日は大きな獲物がとれたのね。」
栗色の髪と耳と尻尾をした女性。
その目元はブロンとシルヴィアにそっくりで、並んで立てば姉と勘違いしそうになる程若々しい。
彼女の名前はナトレア=ラストレア。
3姉妹の母親であり、今は村の夕食の取り仕切りを行っている。
「へへん、早いとこ保存食にしないとだから今から竈借りれる?」
「それならコッチでやっておくわ。もうすぐご飯出来るから3人は席に座ってなさい。」
「でも忙しそうじゃない?」
「いいからいいから、ほら。」
「…あ、そうね、じゃあ今日は送させて貰いましょう。」
「?」
コルトはよくわからない様子だったが、シルヴィアとブロンは何かを察して末娘を席へと誘導する。
「じゃあこれお願いね。そうそう、革は剥いで身を燻して、血抜きをしたらスライムと一緒に煮て…」
そんなこんなで日の落ちる少し手前の時間、夕食。
村人一同が中央、黒い玉の周りに集まり団欒の時間が始まる。
「あれっ?」
コルトは気づく。見れば夕食のラインナップはやたらと豪華だ。
都から仕入れなければ手に入らない小麦などの食材を使ったものや祝い事の日にしか食べられない料理。
そしてその全てが彼女の好物でまとめられていた。
村人達の顔を見る。
みんな自分の方を向いて笑顔でいる。
そう、これは明らかにコルトの為に用意された食事だ。
何かあったっけ?と今日が何の日だったか頭を捻らす。
そして辿り着いた答えは…
「あっ成人の日!」
「「「あったりー」」」
やっと気づいたか。と皆してドっと笑い出す。
今日でコルトは一人前の成人として認められるだけの年齢を迎えたのを、彼女自身今になって気づいたのであった。
「ああ、あー…完全に忘れていました」
「コルトってば本当に、自分の事となるとトンと疎いよねー」
うんうん、とそれに同意する村人達。
「お恥ずかしながら……」
「コルちゃん、後ろ後ろ」
シルヴィアに言われて後ろを向くと、そこにいたのは父ポスリオ。
その両手には袋包みにされた何かを持っていた。
「コルト、成人おめでとう」
「とーさま、ありがとうございます」
「今日でお前は、一人前のレディーとなった」
そこでポスリオは一呼吸置いてから真剣な顔つきへと変わる。
「だから、今まで黙っていた事をお前に打ち明けようと思う」
「……はい」
コルトもそれを感じて神妙に構える。
「お前にとっては、その、衝撃かもしれないが、落ち着いて……」
「とーさま、早く」
だが当の本人よりも父の方がよっぽど動転している様子だった。
「え?あ、はい……。んでは、言うぞ。実はコルト、実は……」
ピリピリとした空気、ポスリオは猫耳と尻尾をピンと立ててこう告げた。
「実は……お前は実の我が子ではないのだよ!」
一瞬の静寂の後、コルトは自らの角を擦って返事する。
「はい、そうですね?」
神妙な家族会議はものの10秒で終了した。
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