18話 絆を決して諦めない
「とーさま。事情はかーさまから聞きました。」
ポスリオが拘束されている部屋に駆け込む5人。
開口一番、先頭に立つ少女コルトはそう告げた。
事情とはつまり、ポスリオがどうしてあんな凶行に走ったか。その動機の元凶。
先程ポスリオの悪夢として現れた、忌まわしき過去の事。
ナトレアは理解していた。
ポスリオの本音を。
この一連の出来事が村を守る為でもなんでもない、未だ燻り続けていたポスリオの怒りが凶行の動機だったと。
「帰りましょう、とーさま。」
目の前の少女は、コルトはまっすぐポスリオを見てそう言う。
しかし対するポスリオは俯き目を逸らす。
皆を、家族を直視する勇気が今の彼には無かった。
「無理だ。」
だから一言、それだけを告げた。
「何故です?」
「俺にそんな資格はない。」
「知りません。そんな理屈こそありません。」
それでも一切怯まないコルトに、ポスリオの言葉には次第に熱が点っていく。
「じゃあ俺が残ったとして村の皆はどうなる?俺は自分勝手な怒りに任せて皆を傷つけた狂人だぞ!」
「お父さん……。」
「パパ……。」
自分で自分を狂人と呼ぶ。
それは父親という自負心に満ち溢れていたいつものポスリオから遠く離れた在り様で、後ろに控える2人の姉も困惑の表情を見せる。
ずっと一緒にいた両親にあった知られざる過去は余りにも過酷で、2人の知る両親の姿から大きくかけ離れたものだった。
「ようやく気が付いた。あの時の俺は、家族を守りたかった訳でも、呪い人を脅威と見ていた訳でもない。……ただ怒りの捌け口が欲しかっただけなんだ!」
「…………。」
「俺がしてきた事は……ただの醜い八つ当たりだ。」
そう全てを白状しポスリオは頭を抱えてうずくまる。
醜い八つ当たり。それがポスリオの、正真正銘の本音だった。
自ら罪を認めてしまったポスリオを、皆はどうすることも出来ない。
「謝りましょう、とーさま。」
だがコルトはなおも下がらない。
「謝った程度で今更。皆からの信用はもう戻らない。」
「ええ、そんな簡単に信用は取り戻せません。それには長い時間が必要です。」
「だったら…」
「だから、その時間を貰いに行くんです。いつか許して貰う為に償う、その為の時間を。」
「あれだけの事、時間が経てば許されるような話じゃない!」
「それを決めるのはとーさまじゃない!!」
父の叫びをなおも引かずに立ち向かう。
「皆は今貴方を怖がっている。けどそれはどうして暴れたのか知らないからだ。とーさまはまだそれを皆に伝えていない!」
「それは……だが……っ。」
「それはコルト達も一緒です。自分達が本当に呪い人ではないという保証は、正直どこにもありません。だから今しがた、コルト達はかーさまとねーねに打ち明けました。」
「なっ…!」
それを聞いてポスリオはようやく家族の顔を見る。
そこにはコルトの話を聞いてもなお真っ直ぐ此方を見るナトレア、シルヴィア、ブロンがいた。
「お前、どうして…。」
「決まっています、ちゃんと知って欲しいからです。前世とか記憶がどうであろうと家族なんだって気持ちは変わらないって事を!」
コルトがそうであるように、その話を聞いてもなお家族である事に変わりはないと告げるようにナトレア、シルヴィア、ブロンの3人はコルトの隣に寄りそう。
だが、それでも。
「だが……俺は…、そんな風になれない。」
「なれます。」
「それはお前が決める事じゃ…」
「その辛い過去を今日まで隠し、父親として振舞っていたのは何故ですか?コルト達の父親でありたいと、そう願っていたからではないのですか!?」
「それももう、全てを台無しにしたんだよ俺は!!」
「どうしてここに家族皆がいるのか、まだわからないのですか!!」
「……!」
それを聞いてポスリオは押し黙り、再び目を逸らし拳を握る。
「……ちゃんと気付いているんですね。」
皆がここにいる理由。
それはポスリオに戻ってきて欲しいと、家族誰もが思っているから。
だがポスリオはそれを理解していてもなお皆の元には戻れない。
「……だが、俺は…。」
「怖いのですか?また家族を傷つけてしまうのが。」
「……。」
沈黙は肯定を意味していた。
ポスリオはかつて家族を守れず、今度は自ら傷つけてしまった。
だから自分をこう結論づけたのだ。「父親失格」と。
家族が大切だからこそ、こんな自分が家族の元へと戻るべきではないと。
「お父さん!!」
「パパ!!」
その沈黙を打ち破るようにシルヴィアとブロンがポスリオの腕をつかんでポスリオを立たせようとする。
「よせ、俺なんかに近づくな。」
「ダメ。パパをどこにも行かせない!」
「そうだよ私達、まだ何も話し合ってないじゃない!」
「だけど…!」
それでもなお躊躇うポスリオに、今度はナトレアが近づきその頬にビンタを打ち込む。
呆気に取られるポスリオがナトレアを見ると、彼女の目にはいっぱいの涙が溜まっていた。
「傷ついたって構わないって、皆言ってるのよ!!」
その痛みと衝撃によろけそうになるポスリオだったが、そうはならなかった。
ポスリオの両腕を、シルヴィアとブロンが抱き留めていたから。
「……どうしてだ。どうして俺なんかの為に、お前たちはそこまでしてくれる。」
ポスリオからは自信というものが抜けきっていた。
父親だという自負心はもうどこにもない、村を守る騎士という立場も捨て去った。
自分にはもう、何もない。
だからそんな自分を、それでもなお支えてくれる皆の事を理解できないでいた。
「決まっています。貴方が、コルト達のとーさまでいてくれたからです。」
あの日以来、目を合わせる事が出来なかった娘。
つい数日前まで自分自身の事も、自分が本当にしたい事もわからず道を迷っていた少女。
だが今コルトは真っ直ぐに父の顔を見てハッキリとそう告げる。
「コルトが成人した日にとーさまは言ってくれました。『大丈夫、何があっても俺はお前の家族だぞ!』と。」
「……ぁ」
「だからコルトもそうあります。自分が何者であろうと、とーさまが何をしでかしてくれても。」
「……ダメだ、俺はあの時お前に」
それはコルトの記憶が戻った時、コルトが紡と名乗る別人になってしまったと思った時の言葉。
「何も言ってません。」
だがコルトはそれを一蹴する。
「俺はお前に酷い言葉を」
「言ってません。コルトが言わせませんでした。」
「だが…だが…!」
「安心してください。」
震えるポスリオを優しく抱擁し、強く言葉を紡いだ。
「何があっても、コルトは貴方の家族です。」
「……ぁ、ぁぁ。」
涙と共に氷解するポスリオの失意。
「う、ぁ、ああああ……」
「行きましょうとーさま。皆が許してくれるまでコルト達も付き合いますから。」
「……辛かったねポスリオ。ずっと悪夢と戦っていたのよね。」
ナトレアに背中を押され、ポスリオは歩み始める。
その足取りは決して一家の大黒柱にふさわしいものではなかったが、それでも前に進んだ。
その両脇をブロンとシルヴィアに支えられ、ナトレアに背中を押され、コルトが導いてくれたから。
看守はポスリオが外へ向かっても何も言わなかった。
先程までのやり取りを見ていた彼にも思うところはあったのかもしれない。
一日ぶりに浴びる日の光は、もうだいぶ傾いてるのにポスリオの目には眩しくて。
だから一瞬、ポスリオは自分の両脇を抱えるブロンとシルヴィアの2人を、スズとルミニーと見間違えた。
そう、2人の髪の色はあの2人にとてもよく似ていた。
ポスリオは思い出す。
どうして今日まで2人の、スズとルミニーの悪夢を自分は見なくなっていたのかを。
それはブロンとシルヴィアがいてくれたからだ。
2人が生れた日。
生まれた子供が双子で、それも2人とよく似た髪の色だったのを見てポスリオは泣き崩れた。
帰ってきてくれたと思った。
許してくれたんだと思った。
だからポスリオは良き父親となり我が子を支え、亡き2人と向き合おうと決意した。
だがそれは間違いだったと、今日ポスリオは気が付いた。
自分こそが、家族に救われていたんだと。
シルヴィアとブロン、2人がいてくれたから、自分の隣で笑顔でいてくれたからポスリオとナトレアはあの日の痛みを忘れられた。
そして今日もまた、道を間違えたポスリオを、それでもコルトは信じ抱きしめてくれた。
こんな情けない男を父と呼び、信じ、娘でいたいと言ってくれた。
そこに血の繋がりも、異世界人である事も何一つ関係ない。
ナトレアが泣きながらポスリオの背中を押す。
無口な彼女は、だが決して薄情な訳ではない。
いつだって自分の大切な人が幸せでありますようにと、陰ながら支えていてくれた大切な存在だ。
「うわっポスリオ!?なんで!」
「ちょっと、ラストレアさん!?守衛なにやってるの!」
外に出て人々がポスリオに気付くとが口々に不快感を露にする。
当然だ、それだけの事をしたのだから。それがあって然るべき反応だ。
その声色に、ポスリオは改めて己が取り返しのつかない行為を働いたのだと思い知らされる。
そんなポスリオを連れ出す家族も、当然批難の対象となる。
けどそれでも、ポスリオの元から離れる家族は誰一人としていない。
変わらず父を支え、ポスリオを安心させるかのようにそばにいる。
「ちょっとコレどういうことなの!?」
「これは----」
皆に弁解しようとしたコルトを遮り、ポスリオは前に出る。
これ以上、家族に負担をかけさせる訳にはいかない。
だからポスリオは1人で前に出て、勢いよく頭を下げる。
「えっ。」
「な、何してるの!?」
下げた頭はそのまま地面にぶつかり、土に額を擦り付ける。
その姿を見て村人の表情は嫌悪から困惑へと変わる。
ナラカヘイルに土下座の風習は無い。
だからこれは成振り構わず、プライドも全てを投げ棄てたポスリオの精一杯の反省のポーズだった。
ポスリオは情けない男だ。
思い込みは激しく、イザと言う時にヘタれ、迷い、重大な決断を間違える。
自分は父親だという自負心を誇り、その実態は妻と我が子を見失っていた張りぼての自尊心しか持たない奴だ。
だけど
それでもなお、そんな自分を父と呼び慕ってくれる家族がいた。
そんな家族が願ってくれるなら、どれだけ情けなくても、ポスリオもまたラストレア家の父でいたいと願った。
「大変!誠に!申し訳ありませんでしたああああーーッッ!!!」
だからポスリオは、力の限り、村のどこまでも届く声で謝った。
シリアスが終わってほっとしています。
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