17話 ポスリオの悪夢(後半)
「来るぞ!下がれっ!」
遺跡の際奥地、更にその下層にて。
不慮の事故で降り立ったポスリオ達が遭遇したのはゴーレム。
太古の戦争で呪い人が生み出した殺戮人形。
それが悠久の時を経て再び人前に姿を現し、戦争の続きを始めたのだった。
人の3倍も4倍もある背丈から鉄拳が繰り出される。
ポスリオは大剣を振り下ろして真正面から迎撃する。
最初から手加減なしの、爆炎による加速を乗せた一撃だ。
「喰らえぇっ!」
剣檄をモロに叩き込まれたゴーレムの腕。
その腕は拉げ粉々に壊される……事はなかった。
鎧の表面に傷がつく程度で拳は僅か下に逸れるのみ。拳はなおも止まらない。
しかし幸いな事に、下に逸れた事で拳は床とぶつかり大きく勢いを削がれた。
たが完全に停止するまでに床が抉られ、跳ばされた礫の散弾によりポスリオの身体は吹き飛ばされた。
「うおあぁ!?」
「ポスリオ!」
「ナトレア頼むっ!」
飛ばされるポスリオの身体をナトレアの出した魔法の水膜が覆う。
受け身も取れず背中から地面に叩きつけたれるはずだったポスリオは、しかしナトレアの魔法で傷つく事なく着地する。
「コイツよくも!」
仲間がゴーレムから離れた隙に、スズが狙杖で撃つ。
杖から発展した武器の狙杖は先端が筒状の形状をしておりそこから魔法の弾が放たれる。
バレル部で収束された魔法は、通常の杖に比べて小さな弾丸と化す代わりに弾速・射程・貫通力が研ぎ澄まされる。
だというのに弾丸は胸部装甲で弾かれ、ゴーレムは何事も無いかのように平然していた。
「嘘っ!?」
スズの魔力で放たれる石の鏃は本来であればプレートアーマーすら容易く貫く。
しかしゴーレムはその一撃を、続けて腕・頭・股間と撃たれても全く意に返さない。
「あの鎧、デカさに合わせて厚みもあるんだ。隙間を狙え!」
「わかりました!みんな、アイツの動きを止めてください!」
「任せて!」
「ポスリオ前に出過ぎるな!お前の爆炎で防ぎきれないなら回避に専念だ、まずは敵の動きを見ろ。」
ポスリオが瞬時に相手を見抜き、それに合わせて各自が動く。
仲間の実力を信頼するスズ、作戦を信じるナトレアに、ダメ出しをかけるルミニー。
ベテランの冒険者たちは未知の相手であってもなお怯む事は無かった。
ゴーレムとの闘いは長期戦となった。
敵の身体が大きい分だけ歩幅も大きく、見た目に反して移動力は高い。背中を向けて逃げるには危険過ぎる。
一方で挙動の一つ一つは等身大の人に比べて鈍間だ。回避は容易く行えた。
とはいえ先程の指示するような鎧の隙間を狙うのは簡単な事ではない。
なのでスズからも敵の動きを止めるよう指示が入ったが、ゴーレムの力は絶大だ。
その糸口を見つけられず、ポスリオ側もゴーレムに決定打を与えられずにいた。
こうして互いが互いに有効打を与えられない硬直状態が続いたが、次第にポスリオがある事に気が付く。
ゴーレムの挙動が物凄く単調なのだ。
それも単なる簡単な攻撃しかしてこないだけではない。
例えばパンチをするにしても、振りかぶる動作から打ち下ろすまでのモーションも、タイミングも、何もかもが何度打っても完全に一致していた。
その理由は簡単、ゴーレムは機械だからだ。
自らの意志で行動している訳ではなく、決められたアルゴリズムに従っているだけの事。
なのでフェイント等の複雑な挙動は「知らないものは知らない」し「相手から学びもしない」。
ナラカヘイルに住むポスリオ達にとっての機械とは水車やクロスボウといった原始的な代物の事を指す。
だから人の形をしたゴーレムを機械と結びつける事は出来なかったが、それでも単調な挙動しか出来ない事を見抜いたのは確かだ。
そこに勝機を見出す。
「頼むぞ、スズ!」
そう言いポスリオは前に出る。
ゴーレムはインプットされた指示に従い、ポスリオを狙い拳を振う。
予測通りの、先程までと全く同じ挙動で。
「頼まれました!!」
ゴーレムの動きを最も備に観察していたのは狙撃手のスズ。
ポスリオに向き直った挙動で開いたゴーレムの内股、プレートメイルでも弱点となりやすいその隙間に正確に撃ち込まれたゴーレムは体勢を崩す。
「使えポスリオ!」
そこを狙ったルミニーの投槍がゴーレムの腹部、その隙間に刺さる。
ポスリオは槍の柄を足場に、柄のしなる反動で上へと大きく跳躍する。
ゴーレムが攻撃を優先する相手は最も近くにいるポスリオ。
その目標を捉えるために真上に顔を上げる。
「目論見通り!」
そのゴーレムの頭部をナトレアが水魔法で拘束する。
上を向いたまま固定されるゴーレムの首。
必然、頭と胴体の間に大きな隙間が生まれる。
それこそがパーティの狙い目だった。
「うおおおおおおぉおお!!!」
ポスリオは空中で爆炎を放ち、反動で急降下する。
ゴーレムが拳で迎撃するより早く、大剣はゴーレムの首に横一線の斬撃を見舞った。
「やれぇっ!ポスリオ!」
ゴーレムの身体は鎧の内部も金属で構成されているが、鎧で守らなければならない程度には脆かった。
爆炎で加速し、成人男性の全体重を乗せ、ベテラン冒険者ポスリオの繰り出した一撃はゴーレムの首を一瞬で胴体から切り離した。
首は宙を舞った後に床へと落ち、ゴーレムはそのままダラリと脱力して動きが止まった。
「はぁ…はぁ…、や、やったか!?」
「あ…たりまえだろうが…。」
「か、勝ったの…。」
「やり、ましたね!みんな!」
「やったぞおぉぉー!!」
ポスリオ達の勝利だ。
完全に動かなくなったゴーレムを見て皆は勝鬨を上げた。
「ポスリオったら、とどめ刺した貴方がそう締まらないのはどうかと思うわ?」
「や…そんな余裕、あるかよナトレア…。」
「そんなことないですよ。ポスリオすっごくカッコよかったです!」
戦いの空気から開放され、ヘタレたポスリオを中心とした和気あいあいとした仲間の姿があった。
「ハハ、相変わらずスズは旦那にお熱だな。」
そんな仲間の姿を見ながら、ゴーレムに刺さった槍を抜くルミニー。
ガシリ、と。
巨大なゴーレムの腕が、ルミニーの身体を掴んだ。
「え」
誰も知らなかった。
ゴーレムには最初から命などない。
首など部品の1つに過ぎないという事を。
とどめはまだ刺していなかったのだ。
ゴキリ、と音が響いた。
ルミニーを掴んでいたゴーレムの腕からその音は鳴り、指の間から真っ赤な液体が吹き出す。
ゴーレムが腕を振り回し、その腕からこぼれた「何か」が投げ飛ばされる。
頭部を無くし、視力を失ったゴーレムの投擲は幸い誰にも命中しなかった。
飛来物が後方の壁に激突し、耳に響く程の轟音が爆ぜる。
ただただ茫然とするしかなかった一同は「ソレ」を見る。
壁一面に広がる、数秒前までルミニーだった者の血だまりを。
その姿は言葉にするのも躊躇われる程の、即死と誰もがわかる有様だった。
ルミニーが、死んだ。
「嫌ァあああああああああああああ!!」
ナトレアが絶叫を上げる。
ポスリオの思考が白に染まる。
何故だ?どうして?
命を絶ったはずの相手が何の前触れも無く襲い掛かる理不尽。
目の前の血の惨状を、ポスリオは現実と受け止める事が出来なかった。
自分は一体どこで判断を間違えた?
ポスリオはそう考える。考えて、思考の海に飛び込み、現実から心を背ける。
…本当に判断を間違えたのは、今この瞬間だった。
まだ動く敵を前に思考を手放した事、それをポスリオは生涯に渡って呪う事となる。
「ポスリオっ!!!」
ドンっと背中から突き飛ばされる感覚をポスリオは感じた。
直後、背後から轟音がする。
ポスリオはその音と声で我に返る。
この世の誰よりも愛おしい、生涯を誓った妻スズの声。
「……スズ?」
振り返るとそこに、スズがいた。
先程までポスリオがいた場所に。
ゴーレムに叩き潰され下半身を失ったスズがいた。
「ぁ」
「あああああぁぁぁああああーーーーっ!!!?」
絶叫と共にポスリオは悪夢から飛び起きる。
慌てて腕を伸ばし、藻掻くがそこには何もない。
もうそこにスズもルミニーもいない。
ここにいるのはアルム村で暴れ出して監禁された、愚か者ポスリオだけだった。
「おいどうした!?」
「あ…あ?」
監視をしていた村人がポスリオを案じて呼びかける。
キョロキョロと周囲を見渡し、ポスリオはようやく先程までの光景が、自分の見ていた過去の記憶だと理解する。
「すまん……寝ぼけた。」
「お、おう?」
不信がりながらもポスリオ以外におかしなものはない事を確認すると、肩透かしを食らった村人は元の配置に戻る。
寝ぼけてそんな声出すか?と顔に書いてあったが仕方がない。
ポスリオとナトレアは自分達の過去を誰にも話していない。
そう、先程までポスリオが見ていた悪夢は本当に過去にあった出来事。
冒険者として最後の戦い。
あの日ポスリオとナトレアは、共に伴侶と親友を一度に失った。
----その後の事を語ると
ゴーレムは狂乱したポスリオによって打ち砕かれその機能を停止した。
酷い損傷を負った状態であったが、それでもトライア時代の遺物を回収した功績は高く評価され、2人は名誉騎士勲章とラストレアの姓を授かった。
だがそんな功績も冒険者としての名誉も、当の2人には最早無用の長物だった。
共に喜びを分かち合う相手はもういない。
栄誉ある要職に就くことも出来たが2人はそれを拒否。代わりにド辺境の仕事、故郷とよく似たアルム村の警護の任に就いた。
半ばそこで隠居し骨を埋める為の選択。
彼らは自分達の冒険を終え、静かに骨を埋める場所を求めた。
それが、今日に至るまでのポスリオとナトレアの道のり。
あの日あの時、2人は全てを失った。
久しく忘れていたその怒りはその実、心の奥底でずっと燻り続けたまま今なおポスリオの心を苛んでいたのだ。
それがあの結果だ。
ポスリオの動機の根っこにあったのは家族愛でも騎士の責務でもなんでもない。
怒りだ。
その溜りに溜まった怨念が解き放たれたあの瞬間、ポスリオは自分で自分を止めることが出来なくなっていた。
何年と連れ添った村の仲間を襲い、家族が傷つき倒れ、モモリエの覚悟を見ても、コルトの真実を知っても、それでもなお止まれなかった。
(何が、父親だ……。)
ポスリオはもう、どこか誰も知らない場所へと消えてしまいたかった。
誰を守る事も出来ない役立たず。
身勝手な理由で人を傷つける愚か者。
それが自分、ポスリオ=ラストレア。
数年ぶりに見た悪夢が、ポスリオの性根にあったものを思い出させ、ようやくポスリオはその事実にたどり着いた。
(……だが、どうして?)
同時に、ふと疑問がよぎる。
アルム村に来たばかりの頃は毎日のようにうなされたはずのあの悪夢。それがどうしてだか、ここ数年見ていなかった事をポスリオは思い出す。
生涯かけて忘れる事なんて出来ないだろう、あの忌まわしき悪夢を見なくなったのか?
そんな事に気付いた、その矢先の事だった。
「お、おいちょっと!危険だぞコルト!」
「危険じゃありません!いいから通してください!!」
「ああ、おい!」
外で軽くもめる声の後、バタバタと駆け込んでくるいくつかの足音。
そして扉がバタンと勢いよく開かれ、外からの光がポスリオのいる部屋を照らす。
「とーさま……。」
「……。」
コルトを先頭に、やってきたのはブロン、シルヴィア、ナトレア。ラストレア一家の全員。
家族
最早そう呼んでいいのかすらもうわからない。
だが今なお大切で愛おしい。
だからこそ、どんな顔をしたらいいのかわからない。
そんな者達が再びポスリオの前に立ちはだかった。
ナトレアの直訴で亡き2人も姓を頂きました。
全員ラストレアなのでスズ=ラストレアにルミニー=ラストレアです。