16話 ポスリオの悪夢(前半)
コルトが母と姉達に前世の記憶を語る、時を同じくしてグネマ宅の一室。
そこに監禁されたポスリオは、両腕を縛られ壁にもたれ座り込み、胡乱な顔つきで項垂れていた。
その表情から読み取れるのは、失意と後悔。
彼は家族を守るために戦った。
少なくとも剣を手に取った瞬間、そういう決意を抱いていたはずだった。
恐るべき呪い人。その魔の手から家族を救う為なら自分の積み上げてきたもの全てを失っても構わないという覚悟を。
だが現実はどうだ。
そんな覚悟も、呪い人という推測も、全てはポスリオ一人の頭の中で勝手決めつけただけの単なる被害妄想に過ぎなかった。
その守るべき家族を手前勝手な被害妄想に巻き込み、傷つけた。
立ち塞がったコルトが異世界の記憶を語り、そして家族としての怒りを語った事でようやくポスリオはその事実に気が付いたのだ。
気がついた頃にはもう全てが手遅れだった。
既に村人からも家族からも大勢の負傷者。
危険生物から村を守る為に派遣された名誉騎士本人が村を脅かしたなど、最早どう足掻いても取り繕える余地のない愚行だった。
現に守衛を受け持った村の男、つい昨日まではポスリオを尊敬していた彼らの見つめる視線は、まるで腫れ物を扱うような目をしている。
恐らくこの出来事は近い内に魔王都に届き、ポスリオの騎士伯は剥奪される。
それに不満が無いかと言えば嘘になるが、抗議する資格など無い事くらいは弁えている。
そしてなすがままに裁きを受けた後は仕事と家庭を無くし、村を離れて1人孤独に生きる事になるだろう。
それが償いと呼べるとは思えない。
家族からすればいきなり大黒柱がいなくなるのだ、最後の最後までポスリオは家族に迷惑をかけてしまう事になる。
だが娘は全員成人したし、丁度冒険者になりたいと家を飛び出す計画を立てていた最中だ。
反対していた父親がいなくなるのはかえって好都合かもしれないし、村の圭吾もまだナトレアがいる。
責務を果たしたと言ってもいい、かもしれない。
……そんな訳はない。
ポスリオは己の言い訳を切り捨てる。
だがしかし、もうどうする事も出来ないのだ。
例え無責任と呼ばれようが、その叱責を含めポスリオはこれから降ってくる災難を受け入れるしかない。
ポスリオの出来ることは、ここで終了したのだ。
思えば駄目な父親だったと、自分の事ながらポスリオは思う。
シルヴィアとブロンが生まれる前もそう、自分が立派な親になれるのかとよく悩み、そして揶揄われたりもしたものだ。
からかわれた。
誰に…だったか?悩むがまるで思考に靄がかかったようで思い出せない。
一晩中戦い気絶した後は様々な負の感情が渦巻く状態が続き、すっかり不眠症に陥ってしまったポスリオの思考は酷く曖昧な状態になっていた。
今ここにあるのが夢なのか現実なのかすらボヤける程に。
いやいっそ全てが夢だったならどれだけいいか。
そう、全てはあの日の悪夢から。
「------子供が欲しいって。そりゃつまりポスリオ、お前が父親になるって言うのか!?」
「おいおい、その反応はないだろルミニー。」
ガタゴトと揺れる荷馬車の中。
ポスリオは自分の隣で会話する男の顔を見る。
流れるような銀髪をした、犬のような耳と尾を持つルフ種の青年。
「確かに俺とポスリオの付き合いは長いし、お前の事は信用している。けどだからこそイザって時にヘタレる事も知ってるからな?」
「ポスリオは変なところで小心者なんだから。」
「ナトレアまで!…だが、だからこうして功績を立てるよう頑張ってるんじゃないか。」
向かいに座っているナトレアからの追撃が入る。
狭い荷馬車じゃ逃げ場が無く、ポスリオは不貞腐れるしかなくなる。
だがその表情は皆笑顔で、彼らが本気で指摘している訳ではないのが伝わる。
「私は信じてますよ!ポスリオはいいお父さんになります。」
「スズ……お前だけだよ俺の味方は。」
落ち込むポスリオを励ます、茶髪で小柄な女性。
スズと呼ばれた少女は猫耳をピコピコ揺らしていて、どこかせわしない。
大半の冒険者は、その日暮らしの銭の為に危険な場所へと赴く。おおよそ職種としては最底辺に近い部類に当たる。
だが時に大きな功績、例えばトライア時代の遺物を回収するなどして国に大きく貢献すれば様々な待遇が与えられる。
貴族箔に要職、そして姓を名乗れるようになればあらゆる場面で顔が効くようになりその効力は孫の代まで続く。
そうなれば、まだ見ぬ子供に楽をさせてやれるはず。
だからポスリオにとってそんな一攫千金、吟遊詩人が唄うような冒険者として名を上げるのは名誉よりもまだ見ぬ我が子を思っての事だった。
彼らの言う通り、ポスリオは自分がヘタレだという自覚はあるには、ある。
だからせめて裕福な身の上にでもなれば、妻子に苦労させる事も減る。そう思いたかった。
そんなこんなで荷馬車に揺られ、一行は目的地の近くにある村に到着する。
「さて、こっから歩きが長いぞ。」
「なら村で食料を貰えないか交渉しよう。」
ポスリオは立ち上がり、愛する妻の手を掴む。
「行こう、スズ。」
「はい、貴方。」
4人はオザ村と言う、アルム村とよく似た集落で生まれ育った。
違うのは村人がもう少し大勢いたことと、ライカン族の中のリオン種、ルフ種の2種が住んでいた事。
リカート大陸の密林で生きるには、樹の上に家を建てないといけない。そうしないと獣や毒蛇に寝込みを襲われるからだ。
しかし家屋が建てられるくらいに立派な樹木が育つ為には、当然ながら長い歳月が要される。
なのでそれだけ大きな樹木は価値があり誰の所有物なのかはとても大切な決まり事だった。
その厳しい決まりはトラブルを生み、トラブルはやがて2種間の対立を生んだ。
種族が違えば両者の間に子供は生まれない。だから両者にはそれぞれ違う事情があった。
分かり合えない相手の事など知ったことではない、そう考えるのは人としてある意味自然な事なのだろう。
だから、そんな大人の事情など知ったことではないと若い4人は村を飛び出し、自由を求めて冒険者の道を歩んだ。
「ここが例の、最近見つかったという遺跡ね。」
「ああ、学者肌に言わせると呪い人の兵器工場と類似点が多いからその類だろうってさ。」
「呪い人……と言うことはトライア大戦時代のものですね。」
「なら魔力溜りの場所に建てられてる場合も多い。モンスターの巣穴になっていないといいが。」
木々を掻き分け歩くこと数刻。
4人がたどり着いた場所にあったのは朽ち果てた巨大な建築物。
長い間誰も立ち入らなかった封鎖された出入り口が、先に発見した冒険者によって乱暴に切り開かれていた。
「…これが神話時代の遺産か。」
ポスリオが先行して中に立ち入り様子を伺う。
大きく時代の隔たれた建造物は、朽ちている以前に自分達の知る建物と作りがまるで違う。
かつて失われた文明がここにあり、生きていた人がいた何よりの証拠だ。
「でもあれってどこまでが本当なのかしら?」
スズがそう思うのも無理はない。
何せ現代に残されているトライア時代の出来事は酷く曖昧だ。
冒険者が回収する崩れかけの遺物と、生き証人…ルシファーとミカエルの不確かな記憶を繋ぎ合わせたものが、今日記されているトライア時代の歴史の教科書なのだ。
昔は神様がいたという話も、灰と化して消えたのか御上のでっち上げなのかも知る術は残されていない。
その朧げな伝承によれば、今の時代はその僅かな生き残り達が必死に繁栄を取り戻したとされている。
それは今日の平和なリングス時代を生きる者にとってまるで実感の沸かない御伽噺のようなものだった。
一行は奥へ、奥へと進んでいく。
案の定と言うか、狂暴なモンスターが何度も行く手を遮り、連戦を渡り歩く事となる。
ポスリオの想像した通り、建物はここら一帯の魔力が溜まる溝のような場所に建てられていたからだ。
こうした場所ほど優れた魔法道具を作るのに色々と適している反面、魔力によって力を蓄える強力なモンスターがよく引き寄せられる。
特に濃い魔力溜りにはその強いモンスター達によって生態系が築かれる程であり、奥地に進むほど危険な
この為優れた遺物が見つかる遺跡と危険地域はセットになっている場合がほとんどであり、冒険者という職業が必要とされる理由でもあった。
先人の侵入痕があったのに調査が終わっていないのはそういった理由からだろう。
「それにしたって多すぎませんか!?」
「言うより手を動かせ!ナトレア、次5時の方角!」
「ああん、もう!」
「んごごごごぉぉお!!」
最奥もいよいよ近くなり、モンスターの質と量は一層熾烈さを増していった。
ポスリオは真正面からやってきた巨大イノシシの牙と大剣で鍔迫り合いをしている。
そのポスリオ目掛けてコウモリが四方から群がろうとするのでルミニーが短槍で追い払う。
ルミニーが捌ききれなかった分をナトレアが操る魔法の水で拘束し、スズの狙杖から放たれる石の鏃がコウモリの身体を貫通する。
誰かが崩れればたちまちパーティは瓦解する危機的状況。
「…っスズ!」
「えっ、きゃあ!」
ナトレアが取り逃がした事で後方支援のスズにコウモリが肉迫する。
ルミニーが助けに行きたいが、それを行えばたちまちコウモリの群れが一行を襲う。
誰もがピンチを悟った瞬間…
「うおおおおおおスズぅううああ!!」
ポスリオが鍔競り合いをしていた己の大剣に頭突きをかます。
そしてその頭から刀身にわざと爆炎を当て、その文字通り爆発的な加速を得た大剣がイノシシの頭ごと牙を砕く。
その勢いはそのまま、イノシシの頭どころか床を激しく叩き壊し、放たれた衝撃音は仲間の死を恐れないコウモリ達にすら戦慄を与えた。
コウモリ達はスズに肉迫していた者も含めて皆一目散に撤退していった。
「ハァ…ハァ…た、助か…ッ!?」
嵐は去ったと思った矢先、地面が突如崩れて一行は下の層へと転落する。
「きゃああ!?」
原因はポスリオの強烈な一撃が地面にまで及んだ事だろう。
崩れた床を足場に、強制的に下層へと舞い降りた。
「……みんな生きてる?」
「は、はい。」
一行は互いの安否を確認して立ち上がる。
不意の事故ではあったが全員身軽なライカン族、帰路もわからない状況だったが一先ず怪我人がいない事に安堵した。
「ったく、ポスリオは加減を知らないのか?」
「あの場で加減ができるものか……ん?」
ふとポスリオは、その部屋の奥にある物に気が付いた。
それは甲冑のような、人の形を模した金属製の何か。
「これは……鎧、か?いやしかし巨大すぎる。」
金属製で人の形、普通に考えればそれは鎧と言うしかないが「それ」の大きさは人の身の範疇ではなかった。
単純な背丈にしても、大柄な男性の倍は優にある。幅や厚みも加えればどれだけの重量なのか想像もつかない。
風の噂で、最近名を上げているある新人冒険者がとてつもない巨体の持主と聞いた。
もしかしたら太古にはそういった者が大勢いたのだろうか?等とポスリオは考えても見る。
しかし結局は何の為に作られたのかポスリオ達の有する知識では理解の及ばない遺物。
だが逆に言えばそれは、つまるところ未知の発見という意味である。
冒険者の本懐である未知なる遺物の発見・回収、その大手柄が今目の前にあった。
「これって……もしかして大発見なんじゃないか!?俺達やったんじゃないか…!」
「ポスリオ……!」
ポスリオとスズ、両者互いを見つめ合い喜びを分かち合う。
これが手柄となれば2人の夢が叶う。
幸せな家庭を築く夢が。
「…っ!?下がれ!2人とも!!」
「えっ?」
突如叫ぶルミニーの声。
周囲に生き物の気配は感じられない。
では一体何を警戒しての声だ?
ポスリオは改めて周囲を確認する。
すると…
ズシリ
鉄人形の腕が、軋みを上げて動き出す。
「なっ!?」
ギギギと不快な音を立て、まるで人間のそれのように腕で肢体を支えて立ち上がる。
兜の中の、人間の瞳に当たる部分から覗く、不気味な紅い光がポスリオ達を捉える。
どうしてこのような鉄塊が動けるのか。
わからないままポスリオ達は剣を構える。
--------後に知る。それは「ゴーレム」と呼ばれる古代遺物。
呪い人が作り上げ、大勢の人々を屠った大戦末期の殺戮兵器。
現在のポスリオの剣は騎士勲章と共に賜った物。
質は圧倒的に今のが上だが大剣の方が使いやすいらしい。