14話 想いの御旗
ナラカヘイルの夜が明け、東の方角から朝日が差し込む。
コルトは己の髪を織り上げた旗をかざし高らかに宣言する。
「紡…俺は、金宮 紡だ!!」
「つむ…ぐ?」
桃田理恵の転生体であるモモリエから流れ込んできた、想いと記憶。
それがコルトの前世、金宮紡の記憶を甦らせる鍵となり、今こうしてコルトは全てを思い出した。
モモリエが求め、そうして諦めかけていた親友との再会。
他でもないコルトこそ、彼女こそがその1人だったのだ。
「紡…?うそ…」
不安と、そして希望を抱いたか細い声で、モモリエはその名を繰り返した。
「ああ、久しぶり。展望台で集まって以来…とは違うか?」
「!!」
モモリエは、転生した時の細かい出来事をコルトに話してはいない。
なのでコルトは本来、展望台の事など知り得ない。本当にコルトが紡…事の当事者でもない限りは。
ここにいるのは間違いなく、桃田理恵のかけがえのない親友、金宮紡の生まれ変わりだった。
「紡…!紡だ…っアタイ…!!」
モモリエがコルトの首に巻き付く。
それを優しくなでるコルト。
「ごめんな、俺だけ思い出すの遅れて…でもどさくさに紛れて胸を触るのは止めような?」
「けへ☆」
ようやく彼女達は「当たり前」を、ペインターズの形を取り戻し始めたのだった。
「…やめろ。」
ぽつりと、ポスリオが声を漏らす。
「とーさま…。」
受けた頭突きの痛みからは既に回復していた。だが娘の様子がおかしかったのでポスリオは黙って観察していたのだ。
だがその娘の言い分、立ち振る舞いは…
「コルト…、その芝居を今すぐに止めなさい。」
「黙ったら、理恵への攻撃を止めてくれますか?」
「黙れって…」
「とーさま、この通りです。理恵が呪い人なら、俺も…」
「黙れよぉおお!!」
ポスリオは半ば狂乱じみた勢いでコルトへと襲い掛かる。
コルトはそれを星杖で…ではなく、自身の髪を織った布を纏う金の旗。星杖旗で受け止める。
「…やるぞ、理恵!」
「あいよ!紡!!」
受け止めてきた旗を弾き、その空いた隙にポスリオは蹴りを見舞う。
しかし先ほどまでなら何もなかったその場所、杖ならぬ旗を振った軌道の後には布があった。
その布が、ポスリオの一撃をふわりと受け止める。
「!!」
1枚の布が空気の詰まった分厚い壁となり、蹴りがコルトまで届かない。
「下手な嘘は止めろよコルト!!ソイツが大事だからと、言っていい事と悪い事があるだろう!!?」
「いいや!もう二度と忘れない!!理恵だけじゃない!円治も!健吾も!遼の事も!!」
「黙れ黙れ黙れぇぇ!!!」
コルトの急な変わり様。
まるで別人のような言動を行いだし、スライムととても親しい…まるで昔ながらの知人であるような言い回しで仄めかす。
異世界人であるモモリエと旧知の仲。つまり自身も異世界人だと主張する。
娘を護る為に何が何でも異世界人を殺そうとしたポスリオ。
その当の娘が、自分もまた異世界人だと言い出したのだ。
ポスリオの主張では、異世界人というのが呪い人の事というのなら、それを見過ごせばやがて世界は滅びに瀕するかもしれない。
同じ異世界からやってきたモモリエと、愛娘のコルト。
もしもコルトの主張が作り話などではない、本当の事ならば…
ポスリオは殺さなければならない。スライムと共に、愛しい我が娘コルトを。
ポスリオに残された選択肢は2つ。
両者共々、生かすか、殺すか。
冷静に考えれば前者を選ぶのが当然だ。
だが元々ポスリオが殺めようとしたモモリエにしたってその愛娘の親友であり、その目的の為に家族と村からの全ての信用を投げうってでの決断だった。
何がそこまでの狂気がポスリオを支配するのか、それを知る者は今この場にいない。
だがそれでも、コルトを殺さなければいけないという状況は彼の者の剣筋を鈍らせた。
ポスリオは使命と父親、2つの立場の間で揺らいでいた。
「黙ってくれよなあ!嘘だと言えよコルト!!」
「黙ってたまるかよ!理恵だけじゃない。俺の親友は、まだいるんだ!大切だった仲間が!!」
「おま…お前は…。」
だが、それでもなおポスリオの実力はコルトの格上に立っていた。
彼から見ればまだ詰めの甘いコルトの攻撃をいなしては、生まれた隙にすかさず反撃を挟に込む。
しかしその攻撃の悉くが、旗の防御によって防がれる。
コルトの髪で作られた旗。
彼女の意志で丈夫になる髪の特質は、主の元を離れてもなお健在だった。
コルトが杖で攻撃すれば、その軌道上に残された旗が壁として立ちふさがり、持主を倒す隙を与えない。
その厄介な旗を、ポスリオは剣で切りつける。
だがそれでも旗が切れる事は無く、朝焼けの光で悠々(ゆうゆう)と輝く。
先程のように魔力を込めた一撃ならば切り裂く事も可能だろう、だがそれはコルトが許さない。
攻撃がそのまま防御にもなる旗を持ったコルトは臆することなく攻撃の手を緩めない。
圧倒的にコルトが不利だったはずの戦況は次第に対等な戦いへとなっていった。
「そうだ、思い出したんだよ全て!ここではない世界、地球で生きていた記憶を!かけがえのない親友がいたことを!!」
「煩い!煩い!!!」
「理恵だけじゃ、モモリエだけじゃない!あの日も一緒にいた大切な仲間も!きっと今この世界のどこかにいるんだ!!」
「娘の姿で!俺の知らない事を話すなあァアアア!!!」
爆炎。
剣ではなく平手を星杖旗に突き出したと思えば、その手から炎が爆ぜる。
魔石の繰り出す障壁は、実に爆炎の力の半分を打ち返し、跳ね返った熱風はポスリオの掌を焦した。
だが左手を犠牲にした事でコルトに旗の攻撃を止める。
魔石の障壁でもってしても受けきれなかった衝撃に攻撃が止まり、同時に旗の防御も打ち止める。
そこにポスリオは剣を入れる。腹の部分ではなく相手を殺す為の刃物の部分を。
ポスリオの狂乱は、いよいよ剣の腕にまで回ってしまっていた。
全てを投げ捨てた凶刃。喰らえば致命を免れない一撃が、愛娘であるコルトに喰らい付こうとする。
だがそうはならなかった。
ガァン!とポスリオの耳元で大きな鐘の音が鳴り響く。
ポスリオの世界が揺れ、剣による攻撃が止まる。
その正体は魔石による殴打の一撃。
片腕を犠牲にしてまでして止めたはずの旗が、何故か先にポスリオに届いた。
ポスリオの剣閃を上回る速度の攻撃を、コルトが打ち放った。
世界が揺れる。
大地が崩れるような喪失感をポスリオは味わう。
守るはずだった我が娘がまるで別人のよう…
いや正にその通りなのだろうとポスリオは思い込む。
つまり、目の前にいるのは最早同じ姿をしただけの…
「お前は、娘では」
「言わせるかあああアーー!!」
「!!?」
その狂気の言葉を言いかけたところでコルトの攻撃が、叫びがポスリオの言葉を塞ぐ。
「今なんて言おうとしやがった!!」
「なっ!?だからお前なんて」
「だから言わせるかって言ってんだよ!!」
「滅茶苦茶だ!」
ポスリオは困惑する。
此方がいくら黙れと言っても聞かなかった相手が、今度は逆に黙らせようと怒り出す。
ポスリオにはもうコルトが何を考えているのか理解できなかった。
「知ってんだよ!どうして父様がそこまで呪い人に囚われているのか知らなくても!いつだってアンタが家族の為に頑張ってきたのは知ってるんだ!!」
「…ぁ」
「だから!その父様に、その言葉だけは!絶対に言わせない!!!」
…違った。
…違ったのだ。
目の前の娘は…娘だった。
異世界の事を語りだしても、口調がまるで別人のように変わりだしても、そこにいるのは紛れもないポスリオとナトレアの愛娘、コルト=ラストレア。
だがそれはポスリオに「これから倒すのは娘ではない」という心の逃げ道を奪う事にもなる。
いよいよ、ポスリオは娘か世界かの2択が迫られている現実を確かなものと受け止めざるを得なくなってしまった。
「じゃあ…じゃあどうしろと言うんだ!!呪い人は世界を滅ぼす!それを知ってなお見過ごせとでも言うつもりか!?」
「ああそうだ!諦めろ!!」
「な!?ふ、ふざ!」
ふざけるなと言うが早いか、突拍子もない言葉に呆気を取られたポスリオに旗の一撃が入る。
「が…っ…は!」
軽鎧で防御されていない脇腹への一撃。
障壁に弾かれ、腹の中が意識と共に飛ばされそうになる。
「父様が自分を犠牲にしようとしたって!俺が絶対に食い止める!!俺の親友殺しも!娘殺しも絶対させない!!」
コルトの攻撃は更に更にと加速していく。立場は完全に逆転していた。
爆炎も使い、旗を弾く。我が身を飛ばして距離を取ろうとする。しかしそれでもなお攻撃を幾度も受ける。
障壁による一撃は人体を破壊するものではないが、身体の芯に至るまで確実にダメージを蓄積させていく。
その尋常ならざる振りの速さ、その正体はコルトの髪を織って作られた旗だ。
主を離れ旗布となった今も、その力が顕在していたのだ。
1つは闘いに際して丈夫になる力、そしてもう1つは風を自在に生み出す力。
旗は、旗自身が風を生み出し加速していた。
物理的に見れば矛盾しているようにも感じられるが、星杖は旗を纏ってからの方が軽く速くなったのだ。
今までは移動と回避にだけ使われていたコルトの風魔法が攻撃に転ずる。
そこに防御と、モモリエの怪力。更にヒッコから貰った魔石の障壁の力が加わる事で言葉通り親と子程の違いがあったコルトとポスリオの実力差は覆され、みるみるウチにポスリオは魔力も体力も奪われ尽くした。
「だからそこで諦めろ!諦めて、大人しく寝てろォ!!」
既に意識も薄れ、防御も碌に出来なかったポスリオの顔面に目掛けて、コルトが全力のフルスイングをブチかました。
ポスリオはそのまま成す術なく吹き飛ばされ、受け身も取らず剣も手放したまま倒れ込んだ。
「お、俺は…また…。」
それを最後に、ポスリオの言葉は続かなかった。
そして倒れたポスリオの髪からみるみる内に色が抜け、白髪化する。
典型的な魔力切れの症状だ。
魔力が切れれば魔法が使えないばかりではなく身体能力も著しく低下する。
事実上の無力化。
コルトは、父を止めることに成功した。
「か…勝った、の?」
「うん…ペインターズの、大勝利。」
「紡…うん!」
コルトが拳を握る。そこにモモリエがタッチする。
世界を跨いでも、そこにはかつてと変わらない友情があった。
「さぁ…早くねーね達を助け…あ…れ?」
そのまま1歩踏み出した途端、コルトの足はふらつき花畑にどさりと倒れてしまう。
「ちょ、ちょっと紡!紡!!」
戦いが終わったことで、背中の怪我を無視して戦ったツケが回ってきた。
とっくに限界を通り越して麻痺した痛みは意識を奪い、血液という潤滑油を失ったコルトの身体は活動を拒絶した。
「ごめ、理恵。姉さん達を…」
「マジで!?ちょ、どうすればあっお義母様ー!こちらですこちらに全員ー!!」
ボヤける視界にかすかに写る、ナトレアを先頭にした村人たちの姿。
こんな状況でもどこか軽いモモリエの口調に、今は安心感を覚えてコルトは深い眠りについた。
主人公の武器は旗!ブンブン振り回すのがカッコいいと思うんだ。
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