13話 紡ぎ始める物語
切り裂かれる髪、吹き出す血、肉の焼ける臭い。
モモリエを一撃で葬る為の炎剣は、割って入ったコルトの背中に深々と刻まれた。
「「コルトッ!!?」」
ポスリオとモモリエ、殺そうとした者と殺されそうになった者が声を重ねて叫ぶ。
切られた髪がバラバラに舞い散らばる。
コルトの身体は花畑に放り出され、転がった先から花びらが飛び散る。
宙を舞うリコの花びら、皆の記憶にあるこの花はこんな鮮やかな赤色をしていただろうか。
「コ、コルト…け、怪我…。」
わなわなと震えながら、ポスリオは剣を手から離す。
宿敵へと向けた、しかし苦痛を感じさせぬようにと手心を加えた、一瞬で葬る為の全力の一撃。
それが愛する娘の肉を切り裂く結果となった、ポスリオの胸中は如何様なものか。
先程まで命のやり取りをしていたことも忘れよろよろと倒れたコルトにポスリオは近づく。
「っ…!?」
だがそんな無防備に近づいたポスリオの額に、魔力弾が直撃する。
完全に油断していたポスリオは弾をモロに受けてしまい、顔を抑えて蹲る。
「…何故です!?父様!!!!」
魔力弾を放ったのはコルトだ。
怒りと哀しみで声を荒げ、激しく父を糾弾する。
そしてそのままシルヴィアの横に向かって、転がっていた星杖を拾う。
「っ!…ぅぅっ!」
だがその顔には怒りよりも苦悶の色のほうが濃い。
先程の一撃でコルトの背筋は切り裂かれ、更にはそこを高熱で焼かれて筋組織が固まってしまったのだ。
星杖を拾うだけでも痛みで意識が飛びそうになる。
だが虚勢を張ってでも父に抵抗しなければモモリエは殺される。
燃える激痛をコルトは強引に無視して、モモリエを背中に担ぎ、杖を父に向ける。
父がモモリエを嫌っていたのは知っている。
しかしここまで殺意を露にするどころか、止めに入った家族や村人を攻撃する程とは信じられなかった。
「…お前こそよく知っているだろう。そいつの正体が何なのか。」
顔を押さえながら、ポスリオは逆にコルトを問い詰める。
母から聞いた。父はモモリエが『呪い人』だから殺すのだ、と。
呪い人。『トライア神話』に登場した、自分達と違う進化の枝分かれをした種族。
かつての世界を滅ぼし、神の無き世界にした元凶たる存在。
そしてその死闘の末に、この世界ではない別の星に封印されたという。
「何故、父様がそれを…?」
確かにコルトはモモリエから聞いている。自分が異世界人であることを、元は人間という種族だったことを。
しかしモモリエがそれを打ち明けたのは、後にも先にも石大樹での一件限り。
当然他の誰にも話していない、2人だけの秘密だったはずだ。
神話などと言う本当かどうかも怪しい出来事とはいえ、それらを連想させてしまう異世界人という正体を、そう易々と誰にでも打ち明けたりはしない。
「悪いがあの日、お前達2人を尾行けていた。」
「な!?」
「普段のソイツが言っていることは殆どは理解出来なかったが…言葉の端々に引っ掛かる言い回しを感じてな。だから正体を探っていた。」
「って待てオイ。確かあん時、アタイは呪いも堕天使も知らないって言ったはずだぞ!!」
「嘘の可能性だってある。」
「んなっ…!」
モモリエの指摘を「お前は信用できない」の一言で一瞥する。
だが仮にモモリエの言葉を信用できないのだとしても…
「その『かもしれない』の為だけに、村の皆や家族まで襲ったと言うのですか…!?呪い人など、お話に出てくるだけのものを恐れて!!」
その為だけにここまでの所業を行う、それは最早正気の沙汰とは思えなかった。
そのような被害妄想に憑りつかれるなど、コルトの知る厳格で理知的な父の行いとは到底思えなかった。
「史実だ。アレに描かれている事は全てな。」
だが父はたったの一言で肯定する。さも当たり前と言わんばかりに。
「どうしてそんな断言できるのです!」
「直接伺ったからだ。その時代の生き証人にな。」
「誰ですかそれは!!」
「デーモン『ルシファー』殿下その人だ。」
「デーモン…!?」
悪魔もまた、トライア神話の登場人物。
物語では天使ミカエルと合わせ2人しか生き残らなかったとされる、神の配下。
コルトにとって登場人物に過ぎなかった存在を、父は実際に会ったと告げた。
ポスリオは再び剣を掴むとコルトに見せるよう掲げる。
それは美しい装飾が込められた薄刃の長剣。
その流麗さに反し、ここまで戦って刃毀れ一つ起こしていない名刀だ。
「俺が冒険者として功を立てた時に殿下と謁見する機会を得た。そしてその際聞いたのだ。あの御伽噺話が全て史実だと。」
それはつまり、かつてこの世界は本当に滅びかけたという事。
そしてそれを実行した恐るべき存在が本当にいたという事。
ポスリオはそれに怯えてこのような凶行に至ったと言うのか。
「わかっただろうコルト。万が一ソイツが呪い人なら村だけではない、世界すら危機に陥れるかもしれないんだ。」
「嫌だ!!」
それを聞いてなお、コルトは拒絶する。
確かに恐ろしい話かもしれない、とコルトは思う。
だがだからという理由で、親友をみすみす見殺しにするなどコルトには到底選択できるはずもなかった。
ポスリオはチラリと、倒れているシルヴィアを見る。
彼女は朧げながらもまだ意識があるらしく、こちらに手を伸ばそうとしては、おそらく止めるための言葉をか細く呟いている。
危険な状態だ。そしてコルトもシルヴィア程ではないが放置すれば大事に至る。
どうやらコルトの髪の特性で致命傷には至らなかったらしい。だがそれでも決して浅いものではない。
説得に応じない以上コルトに大ダメージを与えず、しかし迅速に無力化する必要がポスリオにはあった。
「ならば少々痛い目を見るぞ!」
ドッ!とポスリオが花畑を踏みぬき、そして一瞬でコルトとの間合いを詰める。
そしてコルトの鳩尾を目掛けての蹴り。
「う、あ”…」
一直線の単調な攻撃だったが、今のコルトには防御するのが手一杯の反応だった。
杖で防いで立ち止まろうとするが、コルトの腕はまともに力が入らない。
踏ん張る事も出来ないままコルトの身体は勢いそののまま吹き飛ばされた。
ドクン…
その衝撃の最中、コルトの脳内を何かが巡る。
「…コルト!」
おぶさっていたモモリエが、咄嗟にコルトの身体を自身のゲルで覆い、受け身が取れないコルトの身代わりとなる。
いつもなら自慢の体幹と風魔法で余裕で受け身の取れるコルトだが、今は背中の深手と、風魔法の触媒である金の長髪が刈り取られてまともな対応が出来ないでいた。
コルトの体調が万全だったら、このままモモリエを連れて逃げるという手もあったかもしれない。
だが今のコルトにその力は残されていない。
相手は万が一にも勝機があるとは思えない相手に立ち向かうしかなかった。
「コルト!もういい、最期にあんたに会えただけでもアタイは…」
「違う!こんな事で俺はモモを手放したりしない!」
諦めの言葉を口にするモモリエを、荒々しい口調でコルトは遮る。
だがその口調にモモリエは違和感を覚える。
「コルト、あんた今俺って…?」
言うも束の間、近づいたポスリオが剣の腹を振り下ろしながら近づいてくる。
即座にコルトは角弾による牽制で動きを遅らせ、余った髪と下半身の筋肉、まだ動かせる全てを駆使して立ち上がる。
それを見越してポスリオは大上段からの切り上げへと攻撃を繋げる。
しかしその剣先にあったのは星杖の魔石。
星の形をした魔石部分から発せられる、魔力による障壁。そこで攻撃を受け止める事で、大の大人であるポスリオの一撃をコルトは防御する。
「な!?」
驚いたのはポスリオだ。
相手は我が子ながら、深手を負った少女だ。
大上段を対処できただけでも大したものなはずが、その次の攻撃まで見越した防御を行ったのだ。
「神話がなんだ!呪いがなんだ!やっと、やっと会えた親友を!!こんなところで手放すだと!!ふざけるなよ!!!」
「コル…?え…」
「お前、何を言って…?」
先程からコルトの言葉がおかしい。
その様子に困惑するポスリオとモモリエだったが、ただただ戸惑うポスリオと違い、モモリエの心には、同時に炎のように熱い感情が伝わってきていた。
ドクン、ドクン…と。コルトの傷を労わるように、背面の傷を塞ぎ被さっていたモモリエ。
そこから伝わるコルトの心音が、まるで自分の無くなった心臓であるかのように、心が、魂が重なっていく。
「手放してなるものか!!家族も!ペインターズも!俺の前からいなくなるなんてそんな真似!!絶対にさせると思うな!!」
「くっ、なんでその怪我で動ける…!?」
遥か格上であるはずのポスリオの剣戟を、手負いのコルトが対峙する。
碌に動かせないはずのその腕で杖の先端、障壁の発生部分を見事に当てては攻撃を悉く捌く。
その不可解な状況の理由にポスリオは思い当たった。
「貴様か…スライム!!」
よく見れば、その腕にはいつの間にか、モモリエのゲル体で覆われていた。
かつてのモモリエ、石大樹で鉢合わせた時に彼女はコルトとブロンをその粘液で拘束した。
その力は2人を抑え込むほどの怪力。
コルトは自らモモリエに操って貰う事で、役に立たなくなった上半身の機能を代用させていた。
更には背中の怪我も粘液で塞ぎ、痛みと出血を抑える。
激痛で薄れゆく意識の中、ギリギリのところで踏ん張れたのはモモリエの心遣いに他ならない。
次にコルトがどう腕を動かしたいか。それが何故だか、今のモモリエには我が身のように理解できていた。
まるでモモリエの中に、コルトの心が流れ込んでくるかのように、2人の心が1つになる。
そしてそれはコルトも同じ。
モモリエの心が、記憶が。次々とコマ送りのように流れてはコルトの中に溶け込んでいく。
この世界ではない、知らない光景。知らないもの。知らない人たち。
いや、コルトは知っている。この光景を、この人達を!
「くっ、早くしなければ…!!」
剣戟が拮抗してきた事で焦るポスリオは強引な攻めに出る事にした。
剣と杖が交わる瞬間、敢えて剣を引く事で杖の一撃を我が身に受ける。
「ぐっ!」
杖から発せられる障壁、当たったものを弾き飛ばす魔法の力が胸に直撃する。
胸当て越しでも内臓に響くかの如き衝撃が襲ってくるが、こうなるのは分かっていた事。
覚悟していた痛みなら耐えれない事は無い。
そして杖に裏拳を当てる。
更にはその瞬間に爆炎を生み出した事で杖は大きく弾き飛ばされた。
「!」
「これで、落ちろ!」
コルトは杖を必死で掴み、武器を失うのをなんとか堪える。
しかしこれでコルトの身体は大きく逸れ、防御をする為の手がなくなった。
一方でポスリオの剣を持つ方の手は今まさに攻撃しようとしていた。
形勢は今まさにコルトが敗北しようとしていた。
「そうは…いくかァ!!」
「!!」
コルトは弾かれた杖を戻そうとせず、逆に弾かれた方向へと我が身を大きく1回転させた。
杖は爆炎の勢いで加速させ、ポスリオの剣が到達するよりも早く1週した杖が、剣を叩き落す。
「なっ!?」
「こんのぉッッ!!」
そしてコルトは側頭部、角の生えてる頭の一番硬い部分でポスリオの頭へとぶつかる。渾身の頭突きをブチかました。
「ぐあっ!」
「あぐっ!」
ポスリオは2度目の額への痛みが襲う、がそんな勢いでぶつかったのだから当然コルトも無事では済まない。
目の前に火花が飛ぶようなチカチカとした光景。
そして脳髄を一気に駆け抜けてくる記憶。
…記憶?
その時、コルトの中にある、コルトではない者の記憶が蘇る。
光
月明り
星
隕石
夏の大三角
展望台
謎の老人
4人の仲間
そして…
「…思い、出した。」
「く、そっ。早くしないとシルヴィア…が?」
頭突きのダメージで立ち眩むポスリオの足元をさらりと、何かが流れる感触がした。
それが何なのか、確かめる為に、ポスリオはゆっくりと目を開ける。
そこにあったのは、細く、長い。いくつもの金の髪。コルトの髪。
ポスリオが不慮に切ってしまった、寝起きのコルトのとても長い、金の髪。
花と花の隙間をうねるように、それらがまるで自分の意思を持ったかのように動き出していた。
「コルトは…」
それらの一部がシルヴィアの腕に集い、結ばれる。
肌理やかな髪が、複雑に裂けたシルヴィアの傷口を隙間なく塞ぎ、血を止める。
「俺は…」
それ以外の髪はコルトの持つ杖、星杖の元へと集っていく。
集まった髪が、糸のように紡がれ、巨大な1枚の布へと変貌していく。
それは旗。
黄金に煌めく旗を掲げて、コルトは叫ぶ。
「俺は紡…俺は、ペインターズの金宮 紡だ!!」
やっと主人公覚醒!異世界転生らしくなってきた!
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