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楽園転生  作者: うさぎのけーせい
1章:家族と旅立ち編
13/21

12話 家族

『…ぐ』


(どうしてあんなひどい事…とーさまのバカ!)


 父であるポスリオに酷い叱責しっせきを受けたコルト。

 自身の事を責められるだけならまだ耐えるなり反省するなり出来ただろう。

 だが親友モモリエへの侮辱ぶじょくぜた言葉を父の口から聞くのはえられなかった。


『…て、…むぐ』


 誕生日以来、コルトは自分自身がわからなくなって悩み続けていた。

 出生という過去も謎なら、夢という未来も抱いていなかった。その事そのものに気づいてすらいなかった。

 今ここに自分がいるのに、どこにもいないような喪失そうしつ感。

 それを埋めてくれたのがモモリエだった。


『…きて、つむぐ』


 彼女はコルトと対照的に『自分』というものをしっかり持っていた。

 コルトを直接導いた訳ではないが、ただその正直な在り方はコルトにとっての大きな道しるべとなっていた。

 コルトにとってのモモリエは親友であると同時に恩人でもあったのだ。

 だからこそ、父の言葉がコルトには辛かった。


『モモリエが…つむぐ…』


 そうだった、理恵はいつもありのままの自分でいた。

 周りがなんと言おうとお構いなし。

 そのしたたかさがつむぐの支えに


『起きて、つむぐ!!』






「ハッ!」


 コルトは目覚める。

 あれからコルトはひとしきり泣いた後、適当な木のうろを見つけて、そこで眠り落ちてしまっていた。

 気付けばコルトの髪は長く伸びており、2つの月も西の方角へと傾いている。

 どうやら相当な時間寝りこけてしまっていたようだ。


 先程聞こえた声の主を探すも、どこにも人影らしきものはない。

 ナラカヘイルの夜は明るく、人影があるならコルトが見落とすはずがない。

 精霊達が活発になって夜の世界を青藍せいらんに染め上げた世界にあるのは木々と星々、そして白と黒の2つのお月様だけだ。


 ではさっきまで聞こえていた声は夢?

 しかしそう考えてやり過ごすには、あの言葉は…



 モモリエが…



 …嫌な予感がした。

 コルトの背にゾクリと怖気おぞけが走る。


「戻らなきゃ…!」


 気付けばコルトは走り出していた。

 ける

 ける

 長い長い髪が邪魔になる様子はない

 むしろ逆に髪が風を与えて加速させる。

 コルトは夜の森をけ抜ける金の閃光せんこうとなる。


「モモ…モモ…!!」


 どうしてか胸騒ぎが収まらない。

 この嫌な予感が間違いであって欲しい。


 今夜の出来事は単なる些細ささいな行き違いで、一晩かけてねて不貞腐ふてくされて…

 でもやっぱり家族が恋しくなったコルトと怒り過ぎたと反省した父が互いにあやまり、また明日からはいつも通りの家族に戻って…



 そう願いながら村に戻ったコルトの前には、村の真ん中で倒れている母ナトレアと数名の村人の姿があった。



 サァと、コルトは自身から血の気が引いていくのを感じた。


「かーさま!!」


 一心不乱いっしんふらんけ寄る。

 ここで何が起きたのかコルトにはわからない。

 ただ漠然ばくぜんと感じていた謎の不安感が、現実のものとなったことだけは段々と理解し始めた。


「ぐ、う。コルト…か?」


 倒れていた村人の1人がコルトに気づいて返事をする。


「怪我は、大丈夫なの?」

「心配いらん。みんな気絶しているだけだ。」


 一応怪我の確認をするが目立った外傷は特にない、体温にみゃくも正常だ。

 意識が昏倒こんとうしていただけというのは本当らしい。


 全員大事には至っていない事にまずは安堵あんどするコルトだったが、さらなる疑念ぎねんが沸き上がる。

 倒れていたのは全員が狩猟しゅりょう組の者達。

 母を含めてこの場に倒れているのは腕っぷしに自信のある者達ばかりだ。

 これだけの戦力を無力化するなんて芸当げいとうが出来る存在なんて、心当たりはそう多くない。


「何が、起きたのですか。」

「……」


 答えが返される事なく黙ってしまう。

 余程よほど言いにくい答えがそこにはある。

 それは、その答えを告げる相手が…



「花、畑に…急いで。」


 倒れていたナトレアが呼びかける。


「かーさま!お怪我は!」

「はや、く…うっ!あの子を、モモリエを連れて、逃げて!」

「モモを…!?モモに何があったのですか!?」


 ナトレアは痛む身体に無理を言い聞かせて声を振りしぼる。




「ポスリオが、あの子は『呪い人』だから殺すと…」

「!!」


 それを聞きコルトの頭の中は真っ白に染まる。

 尊敬する父と喧嘩別れをしてしまった。

 父とモモリエに仲直りして欲しかった。

 家族にわだかまりの残ったままは嫌だった。

 いつかわかってくれるさと、どこか甘い考えをしていた。

 だがその考えを打ち砕くかのような冷血な出来事が、次の朝日をおがむより早く訪れるだなんて。


 それはコルトの心の許容量きょようりょうを超えるには十分過ぎる出来事だった。

 だがコルトは、自分でも気づかない内に再び歩を進めていた。

 どうしてこんな事になったのか、どうしたらよかったのか、これから何をしたらいいのだろう。

 そんな迷いで立ち止まっている暇は無いのだから、コルトは向かうしかなかった。

 父とモモリエのいる花畑に向かって。


 1つだけ、このままなのは絶対に嫌だ!という想いを抱いて。







「ハッ、ハッ、ハッ…!」

「シルヴィア、ブロンも、もう…いいから!」

「モモちゃん黙って!」


 シルヴィアは走る、モモリエを抱きかかえて。

 後ろで行われている、父と妹の戦いから逃れるように。







 父ポスリオがモモリエにおそかった直後、モモリエにシルヴィアとブロンの3人は水流によって家から突き飛ばされた。

 母ナトレアによる咄嗟とっさの水魔法だ。


「ナトレア、邪魔をするな!!」

馬鹿ばかポスリオ…!」


 吹き飛ばされた事で攻撃を避けたモモリエと姉妹はそのまま家から叩き出され、訳も分からないまま空中に投げ出される。


「あっ、」

「シル姉ぇを守れ!!モモ!」

「お、応!!」


 何が何だかわからないのはモモリエも一緒だったが、今は何よりシルヴィアを落下から守る。

 お尻から頭にかけて、そのゲル状の身をシルヴィアの身体にき、自身の弱点のスライムかくだけは潰されないように避ける。

 地上に叩きつけられる事でシルヴィアが負うダメージはぶにょんとモモリエによって受け流し、ブロンは綺麗きれいに受け身をとる事で着地に成功する。

 ついでに扉や家具の一部も吹き飛んだが不幸中の幸い、それらが地上に叩きつけられる衝撃しょうげき音で他の村人もさわぎに気付く。


「ラストレアさん!?どうしたんだ一体。」

「そ、それが…パパが突然…」


 どうしたらいいのかわからず、け付けた村人に事情を説明しようとする3人の元に


 ザンッ!ザシッ!ガトン!


 続けて家から何かが落ちて、目の前に刺さる。

 それはシルヴィアの魔法の杖、ブロンの手甲てっこう、そしてコルトの星杖せいじょう

 戦う為の武器。

 いずれも水魔法で押し出された為濡れている。

 母が、ナトレアが落としてきたのだ。


「………!」


 それはなんて事の無い自分の持ち物。

 狩りや外出がいしゅつの時にいつも持って、手入れも常に欠かさない。

 自分達の「日常」にいつもあったもの。


 だが今この場に、目の前に突き刺さった「ソレ」を見てブロンとシルヴィアが感じたのは恐怖だった。

 手に取らなければいけない。

 だけどその手は震え、武器をつかむ事がどうしてもできない。

 これを手にするというのがどういう意味か…理解したくないのだ。

 だがその決断の遅れが不幸をまねく。


 バキィッ!!


「ママ!!」


 あらそっているであろう騒音そうおんが響いていた家から、今度はナトレアが吹き飛び、落ちてくる。


「くうっ!」


 ナトレアは背後にせまる地面に向かって片手剣を振るう。

 バシャリと剣から水が生まれ、落下するナトレアをクッションのように受け止める。


 その様子を見てひとまずの安堵あんどを得る。

 指の震えが止まった。

 姉妹は今の内に武器を手に取り、そして母の元へとけ付け



 その母の真上に父がのしかかる。



「が、はっ…」


 ひざに全体重を乗せ、母の鳩尾みぞおち無慈悲むじひの一撃。

 急速に肺から空気が奪われたナトレアはそのまま意識が朦朧もうろうとする。


「…っ!ポスリオてめえ!!」


 それを目撃した村人達がなすべき事を、誰を止めなければいけないかを理解する。

 力自慢の3人が、それぞれ手に棒を構えてポスリオに攻撃を仕掛しかける。


「…すまない」


 先頭1人目の突きを、ポスリオは長剣の先でわずかにずらす事で最小限の動きでやり過ごす。

 そのまま長剣を逆手に持ち替える勢いでつばで相手のあごを打ち抜きのうらし、昏倒こんとうさせる。


 2人目の大上段振り下ろし、単調たんちょうな一撃は身体をひねる事で難なく回避。

 その回転に沿っての後ろ回し蹴りで3人目の元まで蹴り飛ばす。

 吹き飛ばされた仲間を受け止めようとするも想像以上の勢いから3人目は体勢を大きく崩してしまう。


 転びそうになった3人目は慌てて手を振りこらえようとする。

 その手を掴む者がいた、ポスリオだ。

 村人が「しまった」と思った時にはもう遅い、ポスリオは掴んだ手をグッと引っ張り上げて村人の肩を外す。

 ゴキリと嫌な音と、激痛に叫ぶ声が響き渡る。



 わずか数秒の出来事。

 たったそれだけでポスリオは3人を倒してしまった。

 これがかつて冒険者としての栄誉えいよたまわった、超一流の実力。

 村人たちは騒ぎを聞きつけどんどん集まっていく。

 しかしこの場で彼を止められる者はどこにもいなかった。


 ジャリ…と音を立ててモモリエに向かってポスリオがにじり寄る。

 モモリエは一瞬「ひっ」と身体をビクつかせるものの、その後は獣ににらまれた小動物にように動けなくなる。

 明確な「死」が迫ってきていた。


「う、うわああああーー!!!」


 金切かなきり声を上げたのは、シルヴィア。

 恐怖を、痛みを、躊躇ためらいを。

 全てをき消す為にあらん限りの声を上げる。


「お父さんのバカァァァァ!!」


 杖を父に向けて、撃つ。

 単純な光の魔法による光線。

 だがその光は、以前に蛇を仕留めた時の何倍も太く、そして強く輝く。


「!!」


 耐えられない、剣でいなせるような代物ではない。

 ポスリオは咄嗟とっさに真横へと飛ぶ。

 だがそれでもなお、極太の光線はポスリオを射線しゃせんから離さない。


「くっ!!」


 開いたほうの手に魔力を集め、熱による衝撃を発生させる。

 爆炎ばくえん

 ポスリオはその反動によって大きく吹き飛び、光の射線から飛びのく。


「うわあアアア!!」


 シルヴィアの光魔法はなおも途切れない。

 止まらないのではない、止められないのだ。

 膨大ぼうだい過ぎる、その身に余る魔力をもって生まれてしまったシルヴィアは自身の魔力を自身で制御できない、そんなジレンマを抱えていた。


「シル姉ぇ!!」


 ブロンがシルヴィアの元へと駆け付け、その手を握る。


「くっううう!!」


 今なお光魔法を放出し続ける杖をポスリオのいる方向へと向ける。

 ぎ払われる光は、全てを飲み込み消滅させる。


 だがそれでも喰らうポスリオではない。

 爆炎ばくえん魔法による跳躍ちょうやくを連発してぎ払いを上回る速度で旋回せんかい

 更には動けなくなった2人目掛けて接近してくる。

 このままでは確実にやられてしまう。


「ううう、うぁああああーー!!!」


 剣柄による攻撃がせまる瞬間、シルヴィアは制御の効かなくなった光魔法を更に出力を上げる。


「!!」


 その光の一部が亀裂きれつとなって杖を走る。

 その亀裂きれつの一部はシルヴィアの腕にまで浸食しんしょくする。

 そしてついに、魔法に耐えられなくなった杖がぜて砕ける。

 シルヴィアの目の前で光の爆発が起こり、そこにいた3人はそのまま吹き飛ばされる。



「シルヴィ…!」

「…行くよ、モモちゃん!」


 衝撃からいち早く立ち直ったのはシルヴィア。

 杖も失い、戦力にならなくなった彼女はモモリエを連れて逃亡とうぼうを選んだ。


「おい待っ!」

「行かせるかァ!!」


 シルヴィアの逃亡を見たブロンとポスリオの両者は、追う者と追わせない者とで戦いが始まった。

 そして女の子1人に戦わせる訳にはいかないと、残りの村人たちも彼女に助太刀すけだちする。



「シルヴィア、ブロン…」


 花畑の方向へ逃げるシルヴィアと追掛おいかけるポスリオ、それを阻止するブロン。

 3人の後ろ姿を見つめながら、ここでナトレアの意識は一度途切れる事になる。






 そして現時刻


「ハッ、ハッ、ハッ…!」

「シルヴィア、ブロンも、もう…いいから!」

「モモちゃん黙って!」


「でも…腕が…!」

「黙って!」


 シルヴィアの片腕、杖を構えていた方はまるでひび割れたかのような亀裂きれつが走り、そこからポタポタ血が流れ落ちていた。

 コルトの星杖せいじょうを脇にはさみ止血をしているものの、血が収まる様子はない。

 加えて一心不乱に走り回った為に心臓はバクバクと鳴り響き、肺が酸素を求めて激しく慟哭どうこくする。

 それが更に失血を加速させる事となり、シルヴィアの意識は既にいつ切れてもおかしくない状況だった。


「護るんだ、私が…お姉ちゃんなんだ!だから私が妹達を守らないといけないんだ!!」


 シルヴィアを支えていたのは姉としてのほこり。

 家族の誰よりもか弱い自分を、姉としてしたってくれた妹達の姉でありたい。

 自分1人だけではない、支えてくれる人がいるからシルヴィアはここまで立ってこれた。


「あっ」


 だが心が折れずとも、身体が先に限界をむかえる。

 既に視界がボヤけていたシルヴィアは足元が段差になっている事に気づかず、踏み外し転倒てんとうしてしまった。


「シルヴィア!シルヴィア!」


 立ち上がろうと奮起ふんきする。

 しかし既にそれだけの体力ももう残っていなかった。


「…あ、さ…寒い…?」


 常夏とこなつだというのに身体が冷える。

 失血のし過ぎでシルヴィアの身体から熱が奪われてしまっていた。

 首から下がまるで凍ってしまったかのように、そこからシルヴィアは1歩も動くことが出来なくなっていた。


「……」


 シルヴィアの腕から出血は続く。

 このままではポスリオから逃げるどころではない。


 …むしろその逆の可能性ばかりがモモリエの頭を巡る。

 逆にポスリオに見つからなかったら。

 そうしたら、自分は助かるかもしれない。

 だけど失血寸前のシルヴィアは。シルヴィアの命は…。

 


「…ここだ!アタイはここにいるぞ!!クソ親父!!!」



 ありったけの声をふるわせモモリエは叫ぶ。


「モ、モ…ちゃ…だ、め…」




 やがてザッ、ザッと草の根を分ける音が近づいてくる。

 やってきたのはポスリオとブロン。

 ただしブロンはポスリオの肩にかつがれ、ぐったりとしたまま微動だにしない。

 対するポスリオは疲労こそ見えるもののまったくの無傷だった。


 モモリエはポスリオの姿を確認すると、シルヴィアから離れて前に出る。

 それを見たポスリオは理解しがたいものを見るように目を開く。


「…なんの真似だ。」

「アタイを殺すなら早くしろ。そして一刻も早くシルヴィアを治療しろ。」

「お前…!」


 驚き、恐怖、慈悲じひ躊躇ためら

 ポスリオはほんの一瞬だけ、表情をぐるぐる変化させるが、すぐに元のけわしいかおへと戻る。

 冒険者はいつだって判断を間違えてはいけない。

 そう、二度と間違えないとポスリオはちかったのだ。

 担いでいたブロンを横に降ろして、剣を縦に構える。

 カチカチと、わずかだがその刃先は震えていた。


「痛みはない、一瞬で終わる。」

「…早くしろ!」


 そう呼ぶモモリエの身体も震えが止まらない。

 だがもう後には引けない。

 ポスリオの剣に魔力が伝わり、燃え上がるのを見る。

 一撃に魔力の大部分を込めた必殺剣は、モモリエの核を目掛けて正確に振り下ろされた。



「う、ぉおおおお!!」

 ザシュゥッ!!


 一閃いっせん

 見事な剣戟けんげきを前に、モモリエは一切の痛みを感じなかった。




 何故なぜなら長剣が降り下ろされた瞬間、2人の間に割って入る金色の影があったからだ。


 コルト=ラストレア


 モモリエをかばうように飛び出した少女は、その髪を、背中を、剣と炎の一撃で深々と焼き裂かれていた。

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