11話 決意と覚悟と
モモリエの秘密をコルトは聞いた。
彼女は異世界から転生してきた元人間で、そして同時に4人、彼女の友人達までもがこの世界にいる(と思われる)という事。
しかし最弱モンスターのスライムである彼女1人では、散り散りになったメンバーを探す為に、世界を冒険する力は無かった。
だからコルトは決意した。
「一緒に冒険者になろう」と。
モモリエはその言葉がとても嬉しかった。
しかし同時に困惑もした。
冒険、世界を巡る旅に出る。
普通に考えれば命賭けの行為だし、そうでなくてもかかる労力は並大抵の事ではない。
この世界の広さは知らないが、下手をしたら一生かかっても達成できるかどうかもわからない。
そんな無謀としか言いようのない決意を、出会って間もない相手の為にすると言い出したのだ、このコルトという少女は。
だから聞き返した、それがどれだけ大変な事か理解しているのか?と。
そしたら当のコルトは
「知らない。」
と答えてきた。
当然と言えば当然だが、そのあまりに素直過ぎる返事にモモリエは呆れかけたが続けてこう言った。
「でも知らないからこそコルトは知りたいの。世界の事も、モモと話して感じるこの気持ちも。」
キチンと、冒険したいという動機が自分の中にもある事をコルトは告げる。
しかし冒険というのは得てして危険なものだ。モモリエにその経験があるわけではないが…
だからそのもしも、「最悪」の可能性も考慮しているのかも続けて問いただす。
「もしかしたら死ぬ可能性だってあるんだよ?」
「それはヤダ。」
またもや当然と言えば当然の回答。
「けど怖いって気持ちよりも、知りたいって気持ちの方が、コルトの天秤はずっと重いんだ。」
「気持ちだけでどうにかなるかなんて…」
「うん、だから。」
「心に身体が追いつくように、モモも一緒に強くなろう!」
芽吹いた若葉がきらめいたような、コルトの輝く緑の瞳がモモリエを見つめる。
昨日までの迷いは吹っ切れ、確かな意思を宿した瞳はブレる事無くまっすぐだった。
「…ありがとうね、コルト。」
「コルトはコルトのやりたいことを見つけました。冒険者を目指そうと思います。」
その日の夕食後、家族全員に向かってコルトはそう宣言した。
「マジか…!マジでかコルト!とうとう決心してくれたんだな!」
「はい、ブロねーね。」
真っ先に反応したのはブロン。
以前から一緒に冒険したいと誘っていたブロンには、自分の勧誘が功を成したように映ったようだ。
実際はモモリエが一番の理由なのだが、彼女の秘密をバラす訳にはいかないので体の良い理由にさせてもらう。
内緒の、コルトとモモリエだけの秘密。
家族全員に隠し事をするのは思えばコルトにとって初めての事かもしれない。
そのちょっぴりの罪悪感と、友達と秘密を共有する楽しさにコルトの胸はときめいていた。
「あら、あらまあ。コルトもやりたいことが見つかったのね、おめでとう。」
次に反応したのはナトレア。
彼女は娘の決心に祝福してくれた。
「おめでとうコルちゃん。」
それに続いてシルヴィアからの心からの祝福。
…姉妹の中で自分だけがやるべきことを決めあぐねている後ろめたさを残して。
「……」
そんな中、ポスリオだけが1人黙ったまま無反応でいた。
「ほれほれ、パパも観念して娘が冒険者やるのを認めなさいよ。」
そんな無言のポスリオにブロンがつっかかる。
これを機に、あわよくば自分の目標も認めてもらおうという魂胆だ。
「俺は…いや、パパは反対だ。」
だが返ってきた答えは、皆の期待とは逆のものだった。
「…どうしてです?とーさま。」
当然の疑問に、コルトは声をあげる。
ポスリオはこの間まで、冒険者になる事に消極反対の態度であった。
娘の事は応援したいが、危険な仕事に就くのは不安が残る、そういった煮え切らないどっちつかずな姿勢だったはずだ。
それがコルトも冒険者になると言った途端、ハッキリとした態度で反対に回った。
その理由はわからない、だがわからないからこそ今ここで聞かなければいけない。
「コルト、お前のその決意というのは本当にお前自身が決めた事なのか?」
「っ!どういう意味ですか!」
コルトの質問に更なる質問で返すという煮え切らない態度を取るポスリオ。
真相の見えないやりとりに痺れを切らせて猛るコルト。
「言葉通りだ、近頃のお前は誰かに何かを言われる度に突発的な行動ばかり起こしている。冒険者になりたいと思ったのも、大方そこのスライムに変な事を吹き込まれたからじゃないか?」
「吹き込まれたって何ですか!確かにモモは変な事ばかり言いますが、この意思は間違いなくコルト自身で決めた事です!」
「おい」
モモリエがつっこみを入れて茶化すも空気が軽くなる気配はない。
コルトとポスリオの口論は熱くなる一方だった。
「お前自身の意思だというなら、何故冒険者を目指そうと思ったんだ。」
「それは…っ!」
答えられない。
モモリエが異世界人である事、一緒に友人も巻き込まれた事。その人たちを探す為だという事。
それは、モモリエがコルトにだけ打ち明けてくれた、2人だけの大切な秘密だ。
ポスリオの事を尊敬しているコルトだが、それだけはバラす訳にはいかなかった。
「言えないという事は、やはりスライム絡みの理由のようだな。」
「それは……確かにその通りです。ですがモモの言葉はきっかけではあっても本心は…」
「その言葉も、スライムに都合のいい適当な事だろうな。」
「…っ、先ほどから!何が言いたいのかはっきりしてください!!」
「では言ってやる。ソイツにはほとほと迷惑しているんだ!」
「……ッ!!!」
本当にはっきりと、明確にポスリオはモモリエの事を拒絶する。
コルトは込み上げる熱で何も考えられなくなりそうになる、がそれをすんでの所で堪えようとする。
しかし尚もポスリオからの言及は続く。
「近頃のお前はすぐ上の空になったり唐突な行動ばかりを起こしては周囲に迷惑をかける。そうやって考え無しになったところでそんな重大な決断をまたもやその場の勢いで決めて!それが本当にお前の意思だと信じられる訳ないだろう!」
父から言われる「信じられない」の言葉。
その絶望と、言っていることがあながち間違いでもないだけに言い返せない。
そんな自分への苛立ちでコルトの頭に登った熱は目頭へと流れ込み、零れ落ちそうになるのを必死で耐える。
耐える
耐える
耐え忍ぼうと頑張る
だが、それでも限界は訪れる。
「お前はそのイカれたスライムに毒されてるんだ!」
その一言が決壊となる。
パァン!と小気味よくポスリオの頬が叩かれる音。
コルトがポスリオに本気のビンタをお見舞いした音だ。
「あ…」
と気づいた時にはやってしまった。
止まった時間、遠くから聞こえる虫の鳴き声だけが響き渡る。
サァと頭が急速に冷える。
焦ってコルトは周囲を見る。
口元に手を添えて気まずそうにするシルヴィア。
やっちゃったー。と顔に書いたような表情をするブロン。
心配そうに2人を見つめるナトレア。
無言のモモリエ。
そしてぶたれてもなおこちらを見るポスリオ。
憮然とした父の顔。
その中にどこか辛そうな、悲しそうな、
そんな気持ちを押し殺したような、父の顔。
「とうさまの…とうさまのバカァぁーーー!!!」
とうとうコルトには耐えられなくなった。
貯めた涙が堪えボロボロ溢れ、誰とも目線を合わせたくなくて窓から映る宵闇を見る。
もう何も考えたくない。
コルトはその思いから一心不乱に家から飛び出した。
誰にも会わなくていい、ここでないどこかへ向かって。
「ふぅ。」
「おい…愛娘泣かせてどうして一息ついているんだお前?」
コルトの飛び去った後のラストレア家。
その後ろ姿を見送るとまるで一仕事終えたような仕草をするポスリオ。
そこにモモリエが割って入る。
「あたいに文句があるなら、なんであたいじゃなくてコルトを責める?コルトのあの顔、父親であるアンタに言われたからこそあんなに傷ついてるんだぞわかっているのかオイ!?」
言葉遣いが荒くなるモモリエ。
自分が責められるのは慣れているからいい。
だがそれを理由にコルトを矢面に立てられたのが何より納得いかなかった。
「そうだよパパ!どうしたのさ!?私ならともかくコルトと喧嘩なんて…それにあんな一方的にまくし立てるなんてパパらしくない!」
「謝りに行ってよパパ!あのままだと本当にコルトに嫌われちゃうよ!?」
「3人の言う通りよポスリオ。いいの?本当に嫌われてしまっても。」
「覚悟の上だ。」
「え?」
ポスリオの言葉を、その場の全員が理解できなかった。
「これからやる事を、コルトは生涯許さないだろう…。だがせめて、コルトに見せる訳にはいかなかったから。」
「パパ?何を言って」
言うな否や、ポスリオは腰に下げている剣を抜く。
元冒険者の功績で国より与えられ、村の皆を守る為に常に手放さない誇りの剣。
「父親である俺が、娘の友人を殺める姿など。」
「は。」
その剣の切っ先を、モモリエに向けて言い放つ。
「パパ!?」
「モモちゃん、逃げ…!」
バン!と、机を蹴り飛ばしモモリエに接近する。
「この世界から消えろ、呪い人!」
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