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知ってしまった現実


 ふふふふ、この時を待っていた!


 わたしはしゃきんと自分の爪を出した。

 手入れされた猫の爪は鋭い。きっと一撃で奴らに報いを受けさせられるはず!


 廊下の柱に隠れながら、一組の親子を見つけた。あいつらは用もないのにカイデンに近づき、ちくりちくりと嫌がらせを言う嫌な奴だ。

 使用人たちの噂話を総合すれば、王妃と第1王子にすり寄ろうと失敗したため挽回しようとカイデンに決定的な失敗をさせたいらしい。たまに嫌味を言うぐらいでどんな決定的な失敗を引き出すのかは想像できないが、どちらにしろカイデンに害があることは確かだ。


 貴族にとって使用人は無視してもいい存在かもしれないが、使用人も人間だ。感情もあるし、判断力もある。

 カイデンの母であるルーシーは寵姫であっても、立場を超えたことは何もしていない。どちらかというと朗らかで、使用人をモノのように扱わない。


 ルーシー親子を好ましく思っている使用人たちは、あの親子が来るのを見つけると騎士に告げ口してカイデンと鉢合わせにならないようにしていた。いつまでも無駄にカイデンを探して彷徨っている。


 だけどそれではわたしの気が済まない。


 一歩一歩こちらに近づいてくる親子を凝視した。

 あと少し、こちらによって来たら飛び出してあのいけ好かない顔にこの爪を閃かせる。


 最近はなかなかうまく披露できていないけど、今までもこの必殺技でカイデンに害成す人間を何人も排除してきた。

 今日だって念入りに何度も何度も想像してきたのだから、きっとうまくいくはず。

 すぐに治らない傷が顔にできたら、しばらく登城できないだろう。


 敵がわたしの攻撃範囲内に入ってきた。


 突撃準備開始。

 爪を出したまま、構える。


 残り5歩。


 4、3、2……。


 ぐっと後ろ足に力を入れて飛び出した。


「あら、ミューじゃない」


 ジャンプした時にすっと腹に手が回り、ぎゅっと抱きしめられた。肉の塊が顔に押し付けられて、息が苦しい。苦しさから逃れようと、爪を引っ込めてにゃーにゃーと暴れた。


「……ルーシー様、ミューが息苦しそうですが」

「あら、ごめんなさい。思いっきり抱きしめてしまったわ」


 悪く思っていないような口ぶりで謝ってくる。ようやく解放されて、わたしは大きく息を吸った。

 死ぬかと思った。女性の胸はふんわりと柔らかい見た目なのに、なんて恐ろしい凶器だ。


 目的を思い出して、慌てて見失った攻撃対象親子を探した。親子はこちらの動きに気がつくことなく、すでに通り過ぎていた。今からでは先ほどの攻撃ができない。


 がっくりと項垂れれば、擽るように頭を撫でられた。ついでに耳も揉まれる。あまりの気持ちのよさに喉がなりそうだ。

 だけどわたしはこんな程度で誤魔化されない。ルーシーはわざとわたしの邪魔をしたのだ。


「貴女のやりたいことはわかるけど、あんな小物を相手にすることはないわ。無視して、遠くから笑ってやるのが貴族のやり方よ」

「にゃー」


 納得いかなくて不貞腐れたように鳴けば、くすくすと笑われた。


「丁度いいから一緒にいらっしゃい」


 これから?

 それは困る。この後カイデンと一緒におやつを食べる予定だ。今日のおやつはクリームがたっぷり塗られたケーキだ。しかも新作ケーキだと昨日聞いている。


「今日のおやつ以上のものが沢山あるわよ。他国から呼び寄せた菓子職人が作ったものですって」


 なんですと!?


 他国の菓子職人が作ったと聞いて、わたしは大人しくルーシーの腕の中に納まった。


「ふふ、かわいいわ。人間の言葉がわかっているみたい」

「本当ですね。カイデン様にお伝えしてきます」

「あそこに騎士がいるでしょう? 彼に伝えておけばいいわ」

「わかりました」


 ルーシーに付き添っていた侍女が頷くと、やや早い足取りで騎士に近づいて行った。ルーシーはわたしの耳の後ろを擽りながら、どこか上機嫌だ。


「貴女がいてくれて本当に感謝しているのよ」


 突然何を言い出すのかと、顔を上に向ける。優しい眼差しがわたしに注がれていた。カイデンによく似た顔立ちだが、その瞳の強さが違う。カイデンの瞳は不安に揺れる時があるが、この目は見つめられれば鳥肌が立ってしまうほど力強く真っすぐだ。


「カイデンは本当に気持ちが弱い子なの。あまり自分を出すことができなかったわ。寵姫の息子だから余計にね」


 カイデンが突っかかってくる貴族たちをできるだけ刺激しないようにしているのは知っている。

 ルーシーの実家は男爵家で、国王に侍るにはとても身分が低い。この国の国王は王妃の他に側室、愛妾を持つことができる。ルーシーは寵姫であるが、公的な身分は側室ではなく愛妾なのだ。後ろ盾などないに等しい。

 カイデンが気持ちのままに振舞った場合、いくら国王の寵愛があろうともルーシーの立場が悪くなる。幼いながらにカイデンは城での生き方を理解していた。


 ルーシーは色々なことをわたしに語りながらゆっくりと歩く。どのくらい歩いたのか、わからないが彼女の足が止まった。目の前には大きな扉がある。護衛騎士が二人立っていた。きょろりと辺りを見回したが初めてくる場所だ。


 ルーシーの姿を見て、護衛騎士の一人が扉を開ける。扉の向こうには庭園につながるサロンがあった。


「今日はわたしのお友達を紹介するわ」


 友達?


 友達?!


 サロンで出迎えた女性を見て顎が外れるかと思うぐらいぱかーんと口が開いた。部屋にいたのは黒髪に鮮やかな青い瞳をしたルーシーと同じぐらいの年の女性だった。一度だけ、遠くからカイデンと見かけたことがあった。


「驚きすぎて固まっているじゃない。本当に人間のような反応をするのね。貴女が言うように神の愛し子であっても不思議はないわね」

「ごきげんよう、妃殿下」


 わたしを抱えたまま、ルーシーは優雅に頭を下げた。彼女はやや不満そうに眉を寄せた。


「妃殿下はやめて。ちゃんと名前を呼びなさいと言っているでしょう?」

「うふふ、ごめんなさい。デランナ様」


 王妃と寵姫は国王の寵を巡って仲が悪くて……。

 寵姫が夜会に出席した時王妃の顔は冷ややかで、挨拶しても無視するとか。

 時々王妃によってきつい叱責をされているところが目撃されているとか。


 ……。


 あれ、これ誰からの情報だっけ?

 使用人達だったかな?


 現状が受け入れられずに目を白黒させていれば、デランナは深みのある笑みを浮かべた。


「言葉だけではなく現状も理解できているようね。驚いたかしら?」

「にゃー」


 驚いたなんてもんじゃない。

 何でそんなに仲がいいの?


 ドロドロした女たちの戦いはどこ?

 国王の寵を競っているんじゃなかったの?

 宰相の娘である王妃は寵姫を抹殺しようと、虎視眈々と狙っているのではなかったの?


「内緒よ? わたくしたち、実はとても仲良しなの」

「陛下とわたくしの仲が悪いことは本当だけどもね。だって、好みじゃないんですもの。それなのに王妃の務めだ、とか言って夜もしつこいし」

「だからって寝台からケリ出さなくてもいいじゃない。陛下、すごく落ち込んでいたわよ」


 くすくすとルーシーが笑う。デランナが嫌そうに顔をしかめた。


「でもすぐ貴女の所に泣きついていったでしょう? そういうところが嫌なのよね」

「そこが可愛いところじゃない」

「本当に貴女がいてくれて助かっているわ」


 赤裸々な内容に頭がぽんと沸騰した。会話から想像できる3人の関係に顔をひきつらせた。二人はわたしのことなど気にせず、ころころと話題を変えながら楽しくお話している。その姿には世間で囁かれているような、ぎすぎす感はない。


 現実逃避気味に侍女に切り分けられた今日の菓子に手を伸ばす。ちょいっと肉球にクリームを擦り付けて、ぺろりと舐めた。


 美味しい。

 いつもと違うコクがある。


「君がカイデンの猫?」


 現状を見ないようにしながら、ぺろぺろとクリームを舐めていれば声を掛けられた。顔を上げれば、カイデンよりも大きな男の子がいる。きりっとした顔立ちは時々見る国王によく似ていた。これがカイデンの異母兄かと納得した。


「にゃー」


 とりあえず挨拶だと答えてみれば、彼は新しいお菓子をくれた。綺麗な琥珀色の飴だった。皿の上に置かれたのでぺろりと舐めてみる。


 美味しい。

 美味しいお菓子をくれるのだから、こいつもいい奴だ。


「母上とルーシー様は仲がいいけど性格が悪いから、距離は取っておいた方がいい。巻き込まれると大変だ」

「にゃう?」

「このサロンを出れば二人は犬猿の仲。今日のこの茶会も母上がルーシー様を呼び出していびったことになる」


 いびる?


 ちらりと会話に花を咲かせている二人の美女に目を向けた。とても楽しそうだし、二人とも裏表もないような笑顔だ。


 いびる? どこが?


「それに引き寄せられて、どちらかに取り入ろうと行動する貴族たちがいる。その排除が目的」


 理解できない知らない世界だ。

 律儀に彼はわかりやすく説明してくれる。どうして説明してくれるのかはわからないけど、とてもありがたい。子供らしくないため息をつくと、彼は優しくわたしの耳を撫でた。


「こんなことを聞かせても理解できないか。君が伝えられたらよかったのに。カイデンは多分二人の関係を知らないから辛いと思う。できるだけ側にいてあげて」


 優しいお兄ちゃんだな。思わず顔を彼の手にこすりつけた。


「ふふ。可愛い。それとも君は僕の所に来る?」


 カイデン以外のところに行くなんて、ありえない。


 ふいっと顔を背けて、尻尾でその手を叩けば彼は子供らしく声を上げて笑った。


「明日の噂話、楽しみにしてて」

「なー」


 お菓子を食べながら、気乗りしない返事をしておいた。子供の戯言に付き合うほどわたしは暇ではない。



 いつものようにお菓子をもらいながら、使用人たちの噂話に耳を立てれば早くも昨日のことが聞こえてくる。


「ねえ、聞いた? ルーシー様、妃殿下の部屋に呼び出されてお茶を頭からかけられたんですって」

「わたし、知っている。ルーシー様は隠しておきたかったみたいだけど、お部屋から侍女頭とそんな話をしていたのが漏れ聞こえてしまって」

「じゃあ、こちらの話も知っている? 陛下から贈られたドレスを着ているのが気に入らないと破かれてしまったそうよ」

「そうなの? それは知らなかったわ」

「妃殿下のお気持ちもわかるけど……」


 使用人たちは言葉を濁しながらも噂話に夢中だ。

 わたしはある程度の所で、その場所から立ち去った。第1王子の言う通り、噂は一斉に広まっていく。


 この噂を流したのはルーシーで、共犯者は侍女頭。

 悪役になっているにもかかわらず、王妃は楽しげに笑っているのだろう。


 王城って怖い。でもカイデンに伝えないのは、彼がまだ隠しきれないからなのだとか。第1王子との5歳の年の差は大きい。


「ミュー?」


 カイデンに呼ばれて、ぴょんと飛び出した。彼の足に纏わりつけば、すぐに抱き上げられる。ぎゅっと強く抱きしめられて、噂を聞いたのだとわかってしまった。


「母上、辛くないのかな」

「にゃあ」


 楽しんでいると思うから心配いらない。

 女の世界は知らない方がいいのだ。


 そんな気持ちを込めて、ぺろりと彼の頬を舐めた。


Fin.


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